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2016/11/22

譚海 卷之二 (天明五年八月御觸書に云……)

○天明五年八月御觸書に云、中國・西國筋是迄無支配盲僧共、靑蓮院宮御支配に相成候に付、武家陪臣の世悴盲人は盲僧に相成、右宮御支配に付候共、又は鍼治導引琴三味線等いたし、檢校支配に相成候共、勝手次第たるべく候。百姓町人の世悴盲人盲僧には不相成鍼治導引琴三味線等致し、檢校支配にて相成候。若内分にて寄親等いたし、盲僧に相成候儀は、決て不相成事に候。右の外百姓町人の世悴盲人にて、琴三味線鍼治導引を以渡世不ㇾ致、親の手前に罷在候のみのもの、幷武家への抱主人の屋敷人にて、主人の在所引越他所稼不ㇾ致分は、安永五申年相觸候通、制外可ㇾ爲事。右の通可相守旨、不ㇾ洩樣可相觸義、以上。

[やぶちゃん注:本条は最後に、底本が底本としたものには載らないとする編者注があり、従って標題がない。但し、前条「座頭仲間法式の事」と連関性があり、ほぼ完全な触書の引用という今迄にない特異点であることから、前条に関わって書かれたもの(或いは後のためのメモランダ)であることはまず間違いあるまい。今回は上記本文には一切、私の読みを加えず、以下でまず、全体を書き下し、通読し易くするために、そこで一部の漢字を平仮名化し、読みや記号、一部では助詞をも添え、改行も行った。我流のものであって誤読の可能性も多分にあるので注意されたい。

 

天明五年八月「御觸書(おふれがき)」に云はく、

中國・西國筋、是れまで支配無き盲僧ども、靑蓮院宮(しやうれんゐんのみや)御支配に相ひ成り候ふに付き、武家陪臣の世悴(せがれ)なる盲人は盲僧に相ひ成り、右宮御支配に付き候えども、又は鍼治・導引・琴・三味線等いたし、檢校支配に相ひ成り候えども、勝手次第たるべく候ふ。

百姓・町人の世悴(せがれ)なる盲人は、盲僧には相ひ成らず、鍼治・導引・琴・三味線等致し、檢校支配にて相ひ成り候ふ。

若(も)し内分(ないぶん)にて寄親(よりおや)等いたし、盲僧に相ひ成り候ふ儀は、決して相ひ成らざる事に候ふ。

右の外、百姓・町人の世悴(せがれ)なる盲人にて、琴・三味線・鍼治・導引を以つて渡世致さず、親の手前に罷り在り候ふのみのもの、幷びに、武家への抱へ・主人の屋敷人(やしきにん)にて、主人の在所引越の他所稼(よそかせぎ)致さざる分(ぶん)は、安永五申年、相ひ觸候ふ通り、制外と爲すべき事。

右の通り、相ひ守るべき旨、洩れざる樣(やう)相ひ觸るるべきの義、

   以上。

 

「天明五年」一七八五年。

「御觸書」一般向け成文法を指す。「武家諸法度」「禁中並公家諸法度」のような支配階級向けの法令とは異なり、老中が将軍の裁可を受けて配下に下達し、必要に応じて一般に触れて書きとめさせて公布した。

「靑蓮院宮」青蓮院は現在の京都市東山区粟田口三条坊町にある天台宗の寺で延暦寺三門跡の一つ。視覚障碍者は前条注で示したように、幕府の統制政策によって「当道座」に繰り込まれて支配されていたが、視覚障碍を持った僧(盲僧)は各地の寺社と結びついて盲僧頭(がしら)の下に独自に仲間を組織し,小頭(こがしら)・平僧(ひらそう)などの身分を分かち、自律的に各種権利の相続や紛争処理を行っていた。ところがこの盲僧の縄張も当道座に侵食され始めたため、盲僧集団はそれに対抗するため、天明三(一七八三)年以降、この京都の青蓮院の支配下に入って組織を守ろうとした。

「導引」按摩。

「檢校支配に相ひ成り候えども、勝手次第たるべく候ふ」これは武家の視覚障碍者は僧になるならば、青蓮院支配の、記されたような「当道座」系の諸技芸を生業とするならば、検校(当道座)支配の、その孰れに入っても構わない、と読める。

「内分」内々に。

「寄親」「寄子(よりこ)」とともに身元保証のため、仮の親子関係を結ぶ制度。身元を引き受ける主人や有力者を「寄親」、被保護者を「寄子」と称した。ここは百姓・町人がこの制度を用いて武家身分を詐称し、盲僧となることを厳に禁じているのであろう。

「親の手前に罷り在り候ふのみのもの」親の保護のみを受けて生活し、自らは職を持たぬ者。

「武家への抱へ・主人の屋敷人にて、主人の在所引越の他所稼致さざる分」武家お抱えの使用人、或いは、武家の主人の屋敷内専属の技芸者として雇われ、主人の実家や移転先などに於いて、屋敷から外に出て諸技芸を以って稼ぎをしない(外部でのアルバイトをしない)場合に於いては。「他所稼(よそかせぎ)」の訓読は自信がないが、意味は一応、通ると思う。

「安永五申年」一七七六年。

「制外と爲すべき事」この百姓・町人の視覚障碍者の子の禁制からは除外し、許可する、という謂いであろう。]

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