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« 谷の響 四の卷 九 人を唬して不具に爲る | トップページ | 谷の響 四の卷 十一 題目を踏んで病を得 »

2016/11/27

谷の響 四の卷 十 戲謔長じて酒殽を奪はる

 

 十 戲謔長じて酒殽を奪はる

 

 これは寛政の年間、紺屋町のもの共四五人茸をとるべしとて酒肴をもたらし鬼澤の山へ行き、各々心々に散らかりて茸をまきて居たりけるが、安田屋七左衞門といへるもの元よりおどけなるものから、人の見ぬうち其酒肴をとある木蔭に穴を掘りてかくしおき、知らず顏して有けるがやがて晝にもなりつれば、いざにおきし酒汲んで興をそえんと一つ所に寄りかたまりて辨當持を促せしに、置きし處になかりしとて彼方此方を尋ねさがし、しばしあれども見得ざればいかゞなれるといぶかるに、七左衞門のいへりけるは己れ八卦をおいてそが有處を示すべし、その御最花におのおのより茸二枚つゝをうくべしとて、さまざまのたわゝざをなし、それの處を掘りて得べしとあるに、又いつものくせよと笑ひておしへし處を掘りたれど、さらに見るべきものなければ、七左衞門うち驚き自ら立居て此處か彼處かと心まとひて數ケ處掘れど、形代(かたしろ)だにもあらざるに皆人あきれてつぶやきたるが、御藏町の彌兵衞といふものいと腹立て、面白くもなきわるしやれして己ばかりか人にまでひたるき思ひをさすたわけ者よとのゝしりけるに、こが元となりて互にわめき爭ふほどにつひに打あひたゝきあひして、鬢(びん)も髻(たぶさ)もとけみだし、人のさへるもうけがはずして眞赤になりてもみ爭ふから、皆人かゝりやうやうにおしわけてしづめたれど、興も盡き腹もすきていと馬鹿らしく力もなくて、わづかとりし茸を携へ、鬼澤村の茶屋に來り酒と飯とをあがなひて、やうやうにうゑをしのぎはつみなくして反りしなり。こはこの七左衞門が穴を掘りてかくせるを見るものありて、又これを奪ひしものなりき。さりとは惡きひが事ながら、又おかしきいさかいなり。

 さて、かゝるたわけしことは往昔もありける。そは兼好がつれづれ草に、御室にいみじき兒(ちご)のありけるを、いかてさそひ出してあそばんとたくむ法師どもありて、能あるあそび法師ともなどかたらひて、風流のわり子やうの物念頃にいとなみいでて、箱ふぜいのものにしたゝめ入れてならびの岡に便りよき處にうづみおきて、紅葉(もみぢ)ちらしかけなんどおもひよらぬさまして、御所へまゐりて兒(ちご)をそゝのかしいでにけり。うれしくおもひてこゝかしこあそびめぐりて、有つる苔のむしろになみゐて、いたうこそこうじにたれ、あはれ紅葉をたかん人もがな、しるしあらん僧だち祈り心みられよなんといひしろひて、埋みたる木のもとにむきて數珠をすり、印ことことしくむすび出てなとして、いらなくふるまひて木の葉をかきのけたれどつやつや物も見得ず。處のたがひたるにやとて、ほらぬ處もなく山をあさりけれどもなかりけり。うづみけるを人の見おきて、御所へまゐりたるまにぬすめるなりける。法師どもことはなくて聞にくゝいさかひ、はら立て反りにけり。あまりに興あらんとすることは、必ずあいなきものなり云々とあげたるは、よくこの事にかなへり。今もこれに似よれるはまゝありぬべし。いとよからぬことなり。

 

[やぶちゃん注:「戲謔」戯れ。悪戯。おどけ。

「長じて」調子に乗り過ぎて。

「酒殽」「酒肴」に同じい。

「寛政」一七八九年から一八〇一年。

「紺屋町」現在の弘前市紺屋町(こんやまち)。弘前城の西北直近。ここ(グーグル・マップ・データ)。

「鬼澤」弘前市鬼沢(おにざわ)。岩木山東北山麓の裾野附近。ここ(グーグル・マップ・データ)。地区の南西に山(黄金山)があり、確かに茸、採れそう。

「散らかりて」散開して。

「まきて」「卷く・捲く」と思われる。ある地域の周りを取り囲み、包囲するように茸を狩るのである。最初に散開して、そのように特定の中心位置に向かって狩って行けば、迷うこともなく、皆、全員が最後に落ち合える訳で、頭のいい、やり方ではある。そこに酒肴を置いてもいたのである。

「ものから」接続助詞で、ここは順接の確定条件。~なので。~だったから。

「いざに」ママ。この「に」は文法嫌いの私には説明出来ぬ。

「辨當持」「べんたうもち」。ここは特に下男というのではなく、仲間内の弁当担当の者であろう。

「己れ」「われ」。

「八卦をおいて」ここは単に占いをしての謂い。

「有處」「ありどころ」。

「御最花」「おはつほ」と読む。本来は「御初穂」。元は神前に供える初物を指し、「初穂」は「先穂」「早穂」「最花」などとも書く。最初に穫れた稲穂を神に感謝して供えた民俗祭儀に基づくもので、後にその他の供物や代わりの金銭(初穂料)をも指すようになった。ここは、神の託宣を得る占いをするその供物としての謂いだが、悪戯だけでなく、この七左衛門、ちゃっかりしているところが、如何にも不快な奴である。私なら、後で真っ先に殴る。

「二枚つゝ」ママ。「二枚づつ」。

「うくべし」「受くべし」。受け取ろうぞ。

「たわゝざ」「たはわざ」で「戲(たは《ぶ)れの》業(わざ)」という造語であろうが、とすれば、歴史的仮名遣は誤りである。

「それの處を」そこを。

「又いつものくせよと笑ひて」この時、他の連中は七左衛門のいつもの、しょうもない悪戯と判っていながら、付き合っているのである。こいつ、よほどのオオタワケである。

「自ら立居て」占いのポーズをするのに座っていたのを、慌てて立ち上ってそこここにしゃがみ込んでは掘り、また立ち走っては、しゃがみ掘って。

「形代(かたしろ)だにもあらざるに」影も形もないという事態に。

「つぶやきたるが」ぶつぶつ不平を漏らしていたが。

「御藏町」現在の青森県弘前市浜の町。ここgoo地図)。「弘前市」公式サイト内の「古都の町名一覧」の「浜の町(はまのまち)」に、『参勤交代のとき、もとはここを経て鯵ヶ沢に至る西浜街道を通って、秋田領に向かっていました。町名は、西浜に通じる街道筋にちなんだと思われますが』、宝暦六(一七五六)年には『藩の蔵屋敷が建てられ、「御蔵町」とも呼ばれました』とある。

「わるしやれして」「惡洒落して」。悪い冗談ごとを成して。

「己」「おのれ」。

「ひたるき」「饑るし」。であるが、通常は「ひだるし」と濁る。「空腹だ・ひもじい」の意。

「たわけ者」「戲(たは)け者」。歴史的仮名遣は誤り。愚か者。

「鬢(びん)」頭の左右側面の、後ろに撫でつけて揃えた髪。

「髻(たぶさ)」「髷」に同じい。髪を頭上に集め束ねた所。もとどり。

「さへる」「障へる」。制止する。

「はつみなくして」不詳。「彈(はづ)み無くして」で、「勢いも元気もすっかり失せてしまって」の謂いか?

「反り」「かへり」。「歸り」。

「さりとは」「これは、まあ、その」。

「惡きひが事」(隠した七左衛門の、勿論、それをこっそり奪った部外者の誰かの、その行為は)孰れもすこぶる性質(たち)の悪い悪事。

「往昔」「むかし」。

「兼好がつれづれ草に、御室にいみじき兒(ちご)のありけるを……」以下は「徒然草」第五十四段。敢えて西尾が引いた伝本とは異なるものを引いた。

   *

 御室(おむろ:現在の京都市右京区御室にある真言宗大内山(おおうちさん)仁和(にんな)寺。開基の宇多法皇が居られた事蹟からかく呼ぶ。後の「御所」の同じ)に、いみじき兒(ちご:美童の稚児。僧侶の同性愛の対象であった。)のありけるを、いかで誘ひいだして遊ばんとたくむ法師ありて、能(のう:芸能の才や技。)ある遊び法師(:僧形で音曲や舞いなどをして金品を得た芸能者。)どもなどかたらひて、風流(ふりう:稚児が喜ぶように洒落た感じに意匠を施した)の破子(わりご:白木で折り箱のようにして造作し、中に仕切をつけて、被せ蓋をした弁当箱。)やうの物、ねんごろにいとなみ出でて、手箱(てはこ)樣(やう)の物にしたためいれて、双岡(ならびのをか:仁和寺近くの三つのピークが並んでいる岡。因みに、この二番目の麓に兼好の墓がある)の便(びん)よき所に埋(うづ)みおきて、紅葉(もみぢ)散らしかけ、思ひよらぬさまにして(:どうみても人為が加わった場所とは見えぬようにして。後を見ると紅葉を散らしただけでなく、苔なども移植して自然に見せているようである。)、御所へ參りて、兒をそそのかし、いでにけり。 嬉しと思ひ、ここかしこ、遊び巡りて、ありつる(:先の埋めたところの。)苔のむしろに並みゐて、

「いたうこそ困(こう)じにたれ」(:えろう疲れたことじゃ。)

「あはれ、紅葉を燒かん人もがな」(:ああ、こうい所(とこ)で紅葉を焚いて酒を温めてくれる人はおらんかいなぁ。)

「驗(げん)あらん僧達、祈り試みられよ」(:効験(こうげん)あらたかななる貴僧方よ、何かそうした我らが願いを叶えて下さるよう、一つ、御(おん)祈禱など試みられい。)

など言ひしろひて(:言い騒いで。)、埋(うづ)みつる木(こ)の本に向きて、珠數(ずず)をしすり、印形(いんけい)ことごとしく(:如何にも大袈裟に。)結びいでなど振舞(ふるま)ひて、木(こ)の葉をかきのけたれど、つやつや(:丸っきり。)物も見えず。ところの違(たが)ひたるにやとて、掘らぬところなく山をあされども、なかりけり。埋(うづ)みけるを、人の見おきて、御所へ參りたる間(ま)に盜めるなりけり。法師ども、言葉なくて、いと聞きにくくいさかひ、腹立ちて歸りにけり。

 餘りに興あらんとすることは、必ず、あいなき(:無効な。)ものなり。

   *

なお、「あはれ、紅葉を燒かん人もがな」という台詞は、白居易の詩「寄題送王十八歸山仙遊寺」(王十八の山(やま)に歸るを送り、仙遊寺に寄せて題す)、の「林間煖酒燒紅葉」(林間に酒を煖(あたた)めて紅葉を燒(た)き」を踏まえたもの。

「いかて」ママ。「如何(いか)で」。何とかして。

「たくむ」「企む」。

「箱ふぜいのもの」「箱風情の物」。より大きな装飾を施した豪華な箱型の入れ物。

「したゝめ」食物や肴を調整して。

「なとして」ママ。「などして」。

「いらなく」大袈裟に。わざとらしく。

「ことはなくて」ママ。「言葉無くて」。

「聞にくゝいさかひ」「きき難く諍(さか)ひ」僧侶であるにも拘らず、聴くも無惨なる下卑た様子で言い争い。

「反り」「かへり」。前出。

「似よれるは」「似寄れるは」似通った出来事は。]

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