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2016/11/27

谷の響 四の卷 九 人を唬して不具に爲る

 

 九 人をして不具に爲る

 

 寛政のころ、紺屋町に百澤屋忠吹郎といへる湯屋ありて、そこの婆々なる人長わつか四尺ばかりにしていと小さかなるが、産付(うまれつき)おどけなるものなるから、年々の盆には必ず踊りに出けるとなり。ある年、踊のかへさ夜いたく更けて鷹匠町を戾れるに、後方より同町の染屋の悴平太郎といへる長五尺六七寸もあるべき大男歌をうたひて來れるに、元よりしれるものにしあればいざやびつくりさしてんと、五十石町の淫地(やち)が草むらに身をかくしてぞ待れける。平太郎は何心なく來りしが、草むらの内よりキヤツくといふてむなさきへはねかゝるに、平太郎ふてきものにてことゝもせず、其まゝひつつかみて淫地(やち)の中へどうとなげつくるに、呍(うん)と苦聲(さけび)しまでにて音もあらざれば、何者ならんと月の明りにすかし見れば、股引をはき胴着をきたる小さきものゝ片息になりてうめき居たるに、助けおこしよく見れば湯屋の老母にてありけるに、いと驚き言譯して連れかへらんとすれど、腰間(こし)が痛みて步行得ずとあれば、背負ひて宿にかへりけり。さるに其腰いたくなやみしだいしだいに重りて已に死ぬべく見へつれば、いろいろ藥を盡し神に祈り佛に願きて、百日近くにしてわづかにいゆることを得たりしかど、しかと腰をのばすことならずといへり。いたづらのこはきは、身をそこねることまゝあることなり。愼み戒むべし。

 

[やぶちゃん注:「して」「だまして」。「騙して」。現代中国語では「虚勢を張って人を脅かす」「大げさに言って人をだます」の意とする。私はここで生まれて初めて見た漢字である。

「寛政」一七八九年から一八〇一年。

「紺屋町」現在の弘前市紺屋町(こんやまち)。弘前城の西北直近。ここ(グーグル・マップ・データ)。

「湯屋」私の趣味で「ゆうや」と読んでおく。

「長」「たけ」。背丈。

「わつか」ママ。「僅か」。

「四尺」一メートル二十一センチ。

「鷹匠町」「たかじやうまち」。現存。ここ(グーグル・マップ・データ)。城の南西直近である。

「五尺六七寸」百七十~百七十二センチ強。言わずもがな乍ら、当時としては非常に背が高い。異様に背の低い老婆との組み合わせは、やや作為を感じさせる話柄ではある。

「五十石町」「ごじつこくまち」。現存。ここ(グーグル・マップ・データ)。城の西部直下の御堀沿い。鷹匠町は北でこの町に接している。

「淫地(やち)」底本の森山氏の補註によれば、『ヤチは湿地のことをいう津軽の方言』とある。堀端なので納得。

「ふてきもの」「不敵者」。

「苦聲(さけび)しまでにて」二字へのルビ。

「股引」「ももひき」。本来は男子用のズボン様の下肢の着用着。後ろで左右の股上が重なり、脚部が細い。近世以降、半纏と組み合わせて商人や職人が用いた。季語は「冬」で、女性が穿いているつると、なおの事、冬っぽい青森とはいえ、やや不審。次注参照。

「胴着」「どうぎ」。胴衣。腰までの丈(たけ)の綿入れの衣服。普通は防寒用として冬に上着と肌着の間に着るものである。前の股引と併せて、夏の盆踊りの季節の着用着としては不審である。或いは、この老婆、高い確率で先天性の腰椎奇形が疑われ(ここでもそれゆえに投げられて打撲した後の予後がひどく悪いものと思われる)、夏場でも血行が悪く、体が冷えたために着用していたのかも知れぬ。また、この、夏らしからぬ、女らしからぬ異例の服装ゆえに平太郎は獣か化け物と誤認したとは言えぬか? 〈悪戯の脅(おど)かし〉以前に、その異様なそれにこそ、激しく投げ飛ばされることとなる不幸な素因があったのではあるまいか?

「片息」「かたいき」で「肩息」の方が意味をイメージし易い。ひどく苦しそうに息を吐くことを指す。

「腰間(こし)」二字へのルビ。

「步行得ず」「あるきえず」と当て訓しておく。

「願きて」ママ。「ぐわん祈(き)て」などを考えたが、案外、「ねがひ來て」(この場合の「きて」は「行って」の意味とする)か。

「いたづらのこはきは」「こはき」は「強き」「怖き」の両様が想起される。「強き」ならば「度が過ぎたもの」で意が通る。両用で採る。]

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