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2016/11/26

谷の響 四の卷 八 存生に荼毘桶を估ふ

 

 八 存生に荼毘桶を估ふ

 

 高杉村の福次郎と言へるもの、酒を飮むときは人と爭ひを起してよからぬ者のよしなるが、安政改元の二月の下旬、紺屋町桶匠專四郎と言へるものに立寄て、そが店に荼毘桶あらざるを見て價(かは)んことを言へるに、專四郎の曰、先に賣りて未だこしらえざれば外より求め玉はるべしといふに、そはわろしとて持てる傘にて專四郎が肩骨をしたゝかに叩きたれば、專四郎由緣(いはれ)なきことゝて腹を立て、互に打合はんとするをあたりの者共來りて取しづめたるに、專四郎時にのりて言へるは、親父なるもの病みてうせぬれば玆なる荼毘桶をわざわざ買ひに來れるに、うちきらせりとの挨拶心に不中(あたらず)とて、ぢだんだふんでわめきけるに皆々もて餘し、專四郎が分家なる桶匠より急に荼毘桶を取寄せ彼が求めにあてたりしに、親父の死せりといふは元よりの僞妄(いつはり)にて、此桶匠に荼毘桶のなきを幸ひに起せる喧嘩なれば、かく桶をおしつけられて詮方なく、とまれかくまれ言ひのがれて逃げ出さんとするなれど、言葉の惡(にく)さにゆるされずしていとやかましくあらがへるに、役筋の人來かゝりて鬪爭(いさかひ)の樣子を問ひきはめ、福次郎にこの荼毘桶を背負せ町役人夫五六人にかたく守らせ、高杉村の庄屋へ有りし仕方を書きたる御用狀を添えてつかはしたるに、庄屋これを見てきもをつぶし、彼が親彦四郎と言へる老父を呼てかくと語りけるに、彦四郎・福次郎が妻もいたくおとろき詮方を知らず、偏に庄屋の世話而已をたのみけれど、庄屋もひとりに測り得ずして手代に相談するに、手代も亦一己(ひとり)にけつしかたくして御代官所へ訴へしに、役筋の屆けなれば其まゝに放下(すて)おかれずと福次郎を役所に呼び上げ、常の不行狀よりかゝる扱いを引出せるわる者とていたく呵り、速かに上書(かきつけ)をもて申上ぐべしとあれど、この上書には筆のたてかたなかりしとて書くべきものにもあらざれば、奈何(いかゝ)すべきとくるしみしに、さすが子を思ふ親の心とてとん智をおこし、彦四郎の家は親なるもの六十の歳記(とし)をこゆれば荼毘桶を用意することは累代の家法にしあれば、兼て悴に言付けたるからに今般(こたび)あかなひ得たるものなりと言はゞいかなるべきと言ひけるに、村役どもそはいとよき言譯(いひわけ)なりとて、やがてその旨を書いて上げたりしがそのまゝになりて、ゆゑなくおさまりしとなり。こは己が親しく見たる事なりき。

 

[やぶちゃん注:「存生に」「ぞんしやうに」。生きているうちに。

「荼毘桶」「だびをけ」或いはこれで「かんをけ」と当て読みしているかも知れぬ。死者を入れる座棺の火葬用の棺桶。本邦では仏教の普及とともに、平安以降に既に皇族・貴族・僧侶・浄土宗の門徒衆などで火葬が広まっている。それでも近代に至るまで土葬の方が一般的であったのは、火葬自体に時間と労力・費用がかかったからとも言われる。

「估ふ」「かふ」。買う。

「高杉村」底本の森山氏の補註によれば、『弘前市高杉(たかすぎ)。弘前の西郊八キロの農村。』とある。ここ(グーグル・マップ・データ)。

「酒を飮むときは人と爭ひを起してよからぬ者のよしなる」この時も一杯入ってたんだろうねえ。

「安政改元の二月の下旬」嘉永七年十一月二十七日(グレゴリオ暦一八五五年一月十五日)に内裏炎上・地震・黒船来航などの災異の起こったことを理由に安政に改元している。この改元日から見て、しかし、この「二月の下旬」とは嘉永七年の二月の下旬と読むしかない。従ってグレゴリオ暦では一八五四年となる。同旧暦の二月は大の月で二月三十日は一八五四年三月二十八日である。

「紺屋町」現在の弘前市紺屋町(こんやまち)。弘前城の西北直近。ここ(グーグル・マップ・データ)。

「立寄て」「たちよりて」。

「曰」「いはく」。

「時にのりて言へるは」文字通り、売り言葉に買い言葉で、エキサイトしてい放ったは。

「玆なる」「ここなる」ここで売っている。

「うちきらせり」売切れちまった。

「心に不中(あたらず)」「納得出来ねえ!」。他でもない、お前(めえ)さんの作った荼毘桶を買ってやろうというのに、その応えは、如何にも不誠実ってえもんだ! といった難癖をつけているのである。

「ぢだんだふんでわめきける」「地團駄踏んで喚きけるに」。

「言葉の惡(にく)さにゆるされずしていとやかましくあらがへる」のは福次郎である。捻くれたやくざ者にありがちな、訳の分からぬ、所謂、〈ためにする〉喧嘩である。

「役筋」後の展開から見て、町同心である。

「町役」町奉行の支配下にあって町政に携わる町人身分の役職。

「有りし仕方」事件の経緯。

「彼が親彦四郎と言へる老父」福次郎が死んだと嘘をついた実父である。

「呼て」「よびて」。

「おとろき」ママ。「驚き」。

「詮方を知らず」どうしたらよいか判らず。

「偏に」「ひとへに」。

「而已」「のみ」。

「手代」ここは庄屋の使っていた使用人の上級の者。庄屋は何か商売をしていたのかも知れぬ。

「一己(ひとり)」二字へのルビ。

「けつしかたくして」「決し難くて」。

「呵り」「しかり」。

「上書(かきつけ)」福次郎、普段からの悪行三昧であったによって、形式上、藩主の裁可を受けるべく(実際には代官或いは町奉行が処断を決めたのであろうが)、公式の事件詳細を記した上申書。

「申上ぐべし」「まうしあぐべし」。

「筆のたてかたなかりし」父が死んだという訳のわからぬ不忠極まりない嘘から始まって、意味不明の怒りやそこから乱暴狼藉に及んでいるという状況自体、事件の中身全部が不届き千万で、確かに私でも筆の執りよう、上申書の書きようが、これ、ない。

「べき」可能。

「奈何(いかゝ)」読みはママ。

「とん智」「頓智」。

「歳記(とし)」二字へのルビ。

「荼毘桶を用意することは累代の家法にしあれば、兼て悴に言付けたるからに今般(こたび)あかなひ得たるものなり」「あかなひ」はママ。「購(あがな)ひ」。火葬の棺桶を生前に用意するのが家法であるとか、私も還暦を越え、お迎えも近いものと覚悟致し、以前から息子に死ぬ前に荼毘桶は事前に購入してちゃんと準備しておくようにと言いつけ、今回、それに基づいて息子が購入したものであるという、これ全部が、これまた、嘘っぱちなのである。でなくては「頓智」とは言わぬ。

「村役」郡代や代官の下で村の民政を預かり、領主に対して年貢・公事(くじ)納入の責任を負っていた百姓身分の者。この庄屋もそうであろう。]

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