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2016/11/23

谷の響 四の卷 一 蛙 かじか

 

谷のひゝき 四の卷

 

          弘府 平尾魯仙亮致著

  

 一 蛙 かじか

 

 中村澤目の溪中(さは)にある蛙は、山城の井手の蛙と同じものにて、常の蛙より小さく細く、色皂(くろ)くしてその聲の淸亮(すゞし)きことは蛙の聲とは聞えぬまでなり。往ぬる文政の年間(ころ)、御畫師今村氏御近習の人の命(おほせ)によりてこの中村の溪澗(さは)に至り、數百隻(ひき)を捕得て獻りしに、下久保なる御游館(ちやや)の池に放され、時々御成遊ばして聞かせ玉ひしが、漸々逃うせて三十日もたゝぬに一疋も居らずとなり。蛙は元地へ返るといふこと宜なり。さてこの蛙は、中村溪目の溪澗のうち、流れのいと淸き處に多く住めりと今村氏の語りしなり。

 因(ちなみ)にいふ、橘南溪が北窓瑣談といふ册子に、かじかといふもの近きころ人のまれまれにやしなひたのしむものなり。聲さやかにてこま鳥に似、ひろき座しきなとにおきてよきものなり。かたちはすこし蛙に似て色くろくやせたり。北山矢瀨の邊の谷川の流れ淸きところにすむとぞ。

 

  谷川にかしかなくなるゆふまくれこいし流るゝ水の落あひ

 

といふ古歌ありといふ。誰人の歌にやといへり。このかしかといへるものは、前件(くだり)なる蛙によく似たり。

 

[やぶちゃん注:和歌の前後は空けた。

「中村澤目」底本の森山泰太郎氏の補註に、『中村川(西津軽郡鯵ケ沢町の東を流れ、舞戸で日本海に注ぐ)に沿う山間地帯をいう。中村・横沢・芦苑』(あしや)『(いずれも鯵ケ沢町に属す)などが主な部落である』とある。現在は鯵ケ沢町の鯵ケ沢街道に沿った、それぞれ中村町・浜横沢町・芦苑町となっている。ここを拡大して南北に動かすとと、三つの町名が現認出来る(グーグル・マップ・データ)。

「山城の井手の蛙」底本の森山氏の補註に、『京都府綴喜』(つづき)『郡にある町。歌枕で、古来山吹の名所また蛙の鳴くことで詠まれている』とある。これは、両生綱無尾目ナミガエル亜目アオガエル科カジカガエル属カジカガエル Buergeria buergeri で、ここで西尾が記しているものも大きさ色から、同種に同定してよい。AKIRA OOYAGIカジカガエルの美声Japanese Stream Frog songで、その蛙とは思われぬ、何とも言えぬ美声が聴け、姿も確認出来る。既に「古今和歌集」で、

 

 かはづ鳴く井手の山吹散りにけり花の盛りにあはましものを 読人不知

 

と歌枕として「井手」の川辺の桜とともに詠まれ、小野小町の「小町集」でも、

 

 色も香もなつかしきかな蛙鳴く井手のわたりの山吹の花

 

などとあり、鴨長明の「無名抄」の第十七話の「井手の山吹、幷かはづ」の一節にも、

   *

井手のかはづと申すことこそ、樣(やう)あることにて侍れ。世の人の思ひて侍るは、『ただ蛙(かへる)をば、かはづといふぞ』と思ひて侍るめり。それも違ひ侍らず。されど、かはづと申す蛙は他にいづくに侍らず。ただ、この井手川にのみ侍るなり。色黑きやうにて、いと大きにもあらず。世の常の蛙のやうにして、現(あら)はに踊り步(あり)く事などもいと侍らず。常には水にのみ棲みて、夜更くるほどに、かれか鳴きたるは、いみじく心澄み、物あはれなる聲にてなん侍る。春夏のころ、必ずおはして聞き給へ」と申し侍りしかど、その後、とかくまぎれて、いまだ尋ね侍らず」となん語り侍りし。この事心にしみて、いみじく思え侍りしかど、かひなくて、三年(みとせ)にはなり侍りぬ。また、年長けては步びかなはずして、思ひながら、いまだかの聲を聞かず。かの登蓮(とうれん)が雨もよに急ぎ出でけんには、たとしへなくなん。

   *

と出る。文中の「登蓮」(?~養和元(一一八一)年?)平安後期の僧で歌人。「平家物語」によれば、もとは筑紫安楽寺の僧で、近江の阿弥陀寺に住んだ。俊恵の家で開かれた歌会歌林苑のメンバーとして知られる。

「文政の年間」一八一八年~一八三〇年。

「御畫師今村氏」弘前藩お抱え絵師で西尾が若き日(二十歳の頃)に学んだ今村慶寿か。

「獻り」「たてまつり」

「下久保」藩主がしばしば出向く以上、弘前圏内のはずだが、不詳。。

「游館(ちやや)」二字へのルビ。茶屋。

「橘南溪が北窓瑣談といふ册子」前に出た江戸後期の医師橘南谿(たちばななんけい 宝暦三(一七五三)年~文化二(一八〇五)年)の遺著である文政一二(一八二九)年刊の随筆。その「卷之二」に以下の一章がある(吉川弘文館随筆大成版を参考に漢字を正字化して示し、和歌の前後は空けた)。

   *

一かじかといふもの、近き頃、人の稀々に養ひ樂しむものなり。聲さやかにて駒鳥に似、廣き座敷なとに飼置てよきものなり。形は小き蛙に似て、色黑く瘦たり。北山、矢瀨、小原(おはら)邊(へん)の谷川の流れ淸き所に住むとぞ。

 

   谷川にかじか鳴なるゆふまぐれ小石流るゝ水の落合

 

といふ古歌ありといふ。誰(たれびと)の歌にや。

   *

平尾も引く、この一首の出所。作者は不詳。識者の御教授を乞う。

「前件(くだり)」「まへくだり」。]

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