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2016/12/03

譚海 卷之二 京白河牛石幷加茂川石の事

 

京白河牛石幷加茂川石の事

山城の白川(しらかは)は、如意天台の川より流れくる谷川也、往古(むかし)志賀の山こえせし道と云(いふ)。白川村の山中を入(いる)事二里ばかりにして川中に牛石(うしいし)と云(いふ)あり、長さ九尺斗(ばか)り橫五六尺あり、牛のかたち彷彿(はうふつ)たり。背の筋など分明にありといふ。下加茂みたらしの中にも石蠶(せきさん)といふものあり、口などもあり、水あるときは動き行くをみる、水なき時はすべて小石の如し。

[やぶちゃん注:「山城の白川は、如意天台の川より流れくる谷川也」淀川水系鴨川支流の白川は現在の滋賀県大津市及び京都府京都市を流れが、その流域の殆んどは京都市東山区及び左京区に属する。滋賀県と京都府との境界付近に連なる東山の山々の中の、天台宗延暦寺のある比叡山と、如意ヶ岳の間に位置する滋賀県大津市山中町の山麓、俗に「白川山」と呼ばれる場所に源を発する(以上はウィキの「白川(淀川水系)」に拠る)。附近(グーグル・マップ・データ)。

「白川村」旧京都府愛宕郡白川村附近。現在は京都市左京区の一部であるが、旧村域は非かなり広い。ウィキの「白川村によれば、『東山山中から発する白川が京都盆地東北角に入』ることで形成された『広大な扇状地(北白川扇状地)を中心とする』地域で、『北は愛宕郡修学院村(現在の左京区一乗寺地区)、東は滋賀県、南は京都市上京区吉田町・浄土寺町(現在の左京区吉田地区・浄土寺地区)、西は愛宕郡田中村(現在の左京区田中地区)に囲まれており、村の境域は現在の京都市左京区南部の北白川地区(北白川を町名に冠する地域)にほぼ一致する』とある。

「牛石」「都名所圖會」の「卷之三 左靑竜」に『北白川は銀閣寺の北なり。里の名にして、川は民家の中を西へ流れる。これなん名所三白川のその一なり』とし、『この里は洛(みやこ)より近江の志賀坂本への往還なり。志賀の山越えといふ。素性法師が「君が代までの名こそありけれ」とつらねし白川の滝は道の傍らにありて日陰を晒し、川の半ばに橋ありて、はじめは右手(めて)に見し流れもいつとなく弓手(ゆんで)になりて、谷の水音浙瀝(せつれき)として深山(みやま)がくれの花を見、岩ばしる流れ淸く澄みて皎潔(きやうけつ)たる月の影鬧(いそがは)しく、橋のほとりに牛石(うしいし)といふあり。形は牛の臥したるに似たり。これよりひがしに山中(やまなか)の里あり。比叡(ひえ)の無動寺へはこの村はづれの細道より北に入る。右のかたの一つ家(や)に川水を筧(かけひ)にとりて水車めぐる』とあることで位置が概ね判る(「浙瀝」は「物侘びしい興趣を添えること」か。「皎潔」は「白く清らかで汚れのないさま」「鬧」は「五月蠅いこと」で月光が川流れにきらきらちらちらすることを却って小五月蠅いものと形容したのであろう)。現行、白川の流れの中にはこの石があるという情報がない。直近にある京都府京都市左京区北白川仕伏町(しぶせちょう)の北白川天神宮((グーグル・マップ・データ))には視認は出来なかったが、ネット上の情報では「牛石」があるらしい。移されてここに祀られたものか? 識者の御教授を乞う。

「九尺」二メートル七七十三センチ弱。

「五六尺」一メートル五十二センチから一メートル八十二センチ弱。

「下加茂みたらし」下賀茂神社(正式には賀茂御祖神社(かもみおやじんじゃ)の手水とされる御手洗川。

「石蠶」以下の「口などもあり、水あるときは動き行くをみる、水なき時はすべて小石の如し」という叙述から、これは前の牛石のシミュラクラなんどではなく、昆虫綱毛翅上目トビケラ目 Trichoptera に属する昆虫類の幼虫であることが判る。最も知られるものとしては、砂礫で作られた蛹巣(ようそう)を人形に見立てた山口県岩国市の民芸品「石人形」で知られる(和名の由来もそれ)、トビケラ目ニンギョウトビケラ科ニンギョウトビケラ属ニンギョウトビケラ(人形飛螻蛄)Goera japonica などが知られる(本種は幼虫期、細かい砂を分泌物で綴り合わせて筒状の巣を作り、さらにその側面に大きな砂粒を人形の手足の様に附ける)。さても、これを説明をし出すと、また、諸君に飽きられる長々しいものとなるので(私は楽しいのだがね)、そうさ、幾つかあるのだが、私の大和本草卷之十四 水蟲 蟲之上 石蠶の本文及び私の注などを是非、参照されたい。]

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