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2016/12/10

ジョナサン・スイフト原作 原民喜譯 「ガリヴァー旅行記」(やぶちゃん自筆原稿復元版) 大人國(9) 鷲にさらはれて / 第二章「大人國」~了

 

八章   鷲にさらはれて

 

 私は〔、〕いつかは自由の身になりたい〔、〕といふ氣持を〔、〕いつも持つてゐました。しかし、どうしたら自由になれるのか、それはまるでわかりませんでした。私にできさうな工夫は〔てんで〕見つからないのでした。〔す。〕この國の海岸に吹きつけられた船は、〔後にも前にも、〕私の乘つて來た船のほかに〔、〕誰も見たことはありません。 〔しかし〕國王は〔、〕もし〔万一〕また他の船が現れたら、すぐ海岸へ引張つて來て、船員〔や〕乘客を手押車に載せ〔〕て〔、〕ローブラルグラウドへ連れて來るやうにと、云渡されてゐました。

[やぶちゃん注:「ローブラルグラウド」原典の綴りは“Lorbrulgrud”。大人国(Brobdingnag:ブロブディンナグ)の首都で、ウィキの「ブロブディンナグ」では「ローブラルグラッド」と音写してある。「ロアブラルグラッド」でもよかろう。]

 國王は〔、〕私に私と同じ大きさの女→と〕妻に〔結→妻と〕させて〔、〕私たちの子供〔を〕増やしてみたかつたのです。〔い〔、〕と〔非常に熱心に〕望まれていまし〕た。しかし〔〕私は、馴れたカナリヤのやうに〔、〕籠の中で飼はれたり、國中の貴族たちの慰みに賣られるために、子供をつくる位なら、そんな恥かしい目にふよりか〔、〕死んだ方がましだと思つてゐました。それに〔、〕私は國に殘して來た家庭のことも〔、〕忘れることが出來ませんでした。もう一度〔、〕氣楽に話の出來る人間の中にかへり、街や野を步いて〔くとき〕も、蛙や犬の子みたいに踏み潰される心配なしに步けるところ〔國〕へ行きたかつたのです。しかし〔、〕私は〔たまたま〕思ひがけないことから、〔全く〕うまく〔、〕〔こ〕この國を離れることが出來たのです。それを次にお話し致します。

 それは私がこの國へ來て二年が過ぎ、ちようど三年目の初め頃のことでした。グラムダルクリツチと私は、國王と王妃のおともをして〔、〕南の海岸の方へ行きました。私はいつものやうに〔、〕旅行用の箱に入〔れ〕られていましたが、これは十二呎四方の非常に便利な部屋でした。私はハンモツクを天井の四隅から絹糸で吊し、旅行中はよくこれで眠ることにしました。部屋の屋根には指物師に賴んで、方一呎の穴をあけてもらひました。これは寢る時、空気の流通をよくするためでした。

[やぶちゃん注:最後の二文「部屋の屋根には指物師に賴んで、方一呎の穴をあけてもらひました。これは寢る時、空気の流通をよくするためでした。」は現行版では存在しない

「十二呎」三メートル六十六センチメートル弱。

「方一呎」三〇・四八センチメートル四方。]

 いよいよ海岸に着くと、〔國王は、〕その海岸からあまり遠くないところにある離宮で数日間、お過しになることになりました。グラムダルクリッチも私も、ヘトヘトに疲れてゐました。私も少し風邪をひいてゐましたが、グラムダルクリツチは非常に加減がわるいので部屋で休んでゐなければなりませんでした〔らなかつたのです〕。私はなんとかして海へ〔行つて〕見たかつたのです〔いと思ひまし〕た。海へ行けば〔、〕この國から何か逃げだすに→す〕工夫が〔見つか〕るかもしれないのでした。〕〔ません。〕そこで、私は病氣が重さうなことを云つて、自分の病氣のことを訴へて大袈裟さに〕身躰ぐわいのわるいことを陛下に訴えて、〔一つ〕海岸へ行つていい空氣が吸いた〔い〕のですが、行かせて下さいと賴みました。〔そして、〕私の供には〔私と一緒に〕 仲よしの侍童がついて行くこと〔つてくれることに〕なりました。しかし、グラムダルクリッチは〔、〕私が海へ行くのを喜びませんでした。別れるとき、〔これからさきを何か悪い彼女は〔何か〕蟲〔が〕知らせでもある〔るのか〕やうに〔しきりに〕涙を流してゐました。

[やぶちゃん注:抹消部の「ぐわい」(「具合」であるから「ぐあひ」が正しい)はママ。]

 侍童は〔、〕私を箱に入れて〔、〕宮殿から半時間ほどの道を步いて〔、〕海岸の岩のところへ來ました。私は賴んで下に降ろしてもらふと、窓を一枚開けて、海の方を熱心に〔じつと〕眺めてゐました。そのうち少し氣分が悪くなつたので私は〕〔今から〕ハンモツクのなかで晝寢がしたいをしてみた→してみたい、〕良くなるだらうと侍童に言ひました。すると、侍童は寒氣の入らないやうに窓をしめてくれました。私はハンモツクのなかで、すぐ眠りに陷ちました。

 ところで〔、〕侍童は私が眠つてゐる間に、まさか危險も起るまいと思つて、岩の間へ鳥の卵でも探しに出掛けたらしいのです。〔といふのは〕私が眠る前から、彼は卵を探し𢌞つてゐたし、岩の割目から一つ二つ拾上げてゐる姿を私は窓から見てゐた〔から〕です。それはともかくとして、私が〔ふと箱のなかで〕眼を覺してみると、どうでせう驚きました。箱の上についてゐる鐵の環を誰かがぐいぐい引張つてゐるのです。と、つづいて私の箱は空高く引揚げられ、猛烈な速さで前へ走つて行くやうな氣がしました。はじめ私はハンモツクがひどく搖れて落つこちさうになりましたが、その後はずつと靜かになりました。私は二三度声をはりあげて呼んでみましたが、誰も答へてくれません。窓の方へ眼をやつて見ると、目にうつるものは雲と空ばかり、そして私のすぐ頭の上で〔、〕何かはばたきのやうな物音が聞えるのでした。

 これで〔で、〕私は自分がどんなことになつ〔てゐる〕のか〔やつと〕分りかけました。今、一羽の鷲が、私の箱をくはへてゐるのですが、これは丁度あの龜の子を〔とつた〕とき〔する〕やうに、〔やがて〕箱を巖の上に落して〔割■■り、〕箱の なかにゐる〔私の身躰〕をほじくり出して食はうと〔ふつも〕りなの〔で〕せう。といふのは鷲は非常に 臭ひを嗅ぎつけるのが非常に〔よく臭ひを嗅ぎつける鳥ですから、たとへ〕獲物が上手に隱れてゐても、すぐ見つけ出すので、私が箱のなかにゐることはのを→ことも〕ちやんと〔もう〕知つてゐるのです。〔るにちがひありません。〕

 しばら〔く〕して、羽音がはげしくなつたかと思ふと、箱はまるで風のなかの看板のやうにひどく搖れだしました。と今度は何か〔鷲にズシンドシンドシン→ズシン〕と鷲に〔ぶ〕つつかる音がして、突然、私〔は〕まつさかさまに〔一分間以上も〕落ちて行くのを 〔やう〕な気がしました。〔のを感じました。〕〔一分間あまりは〕恐ろしい速さで、殆ど息もできない位でした。それから一分ぐらゐたつと、と何か〔私の耳には〕ゴーゴーとナイヤガラの瀧のやうな音がして、ひどく物が〔何か凄いものに箱が〕打つかつてゐるやうでした〔におもへました〕。ふと、落ちて行くのがや〔んだかとおもうと、〕み、あたりは眞暗になりました。

 それから一分もすると、こんどは箱がどんどん上にあがつてゆき、窓の方から光が見えだしました。それで海の中へ落ちたことがはじめてわかりました。箱は私の身躰や家具などの重みで、水のなかに五呎ばかり浸りながら浮いてゐます。

[やぶちゃん注:「五呎」一メートル五十二センチ。]

 私はその時かう思ひました。これは多分、箱をさらつて逃げた鷲が、仲間の二三羽に追つかけられたのでせう。〔そして、お互に〕箱の獲物を爭ひあつてゐるうちに、思はず鷲は〔箱〕を放したのでせう。私の〔この〕箱の底に〔は〕鐵があつた張つてあつた〔ある〕ため、海に落ちても壞れなかつたのです。部屋はぴつたり〔し〕まつてゐたので、水にも濡れなかつたのです。〔そこで〕私はハンモツクから下りるとまづ天井の引窓を開けて空気を入れかへました。

[やぶちゃん注:抹消字「爪」は「私」かも知れぬ。]

 私の箱は今にもコナゴナ〔バラバラ〕になるかもしれないのでした。大きな波一つで、〔箱はすぐ、〕ひつくりかへるかもしれませんし、窓硝子一つ壞れただけで私は〔も〕駄目になります。こんな、〔あやうい〕有樣〔狀態〕で私〔の箱〕は四時間ばかり〔水に〕漾つてゐました。ところが、この箱の窓のない側に、〔その時〕ふと何か軋むやうな音が聞えました。それから間もなく何か〔私〕の箱が、海の上を引張られてゐるやうな気がしました。時時、グイと引かれたかと思ふと、窓の上あたりまで波が見えて、部屋の中が暗くなります。これは助かるのかしら、〔と、ふ〕と私はかすかにかすかな希望〕が湧いて來ました。

 そこで、私は出來るだけ口を窓に近づけて、大聲で助けを呼んでみました。それからステツキの先にハンカチを結んで穴から出して振つてみました。もし船でも側にゐてくれた〔るの〕なら、この箱のなかに私がゐることを知つてもらひたかつたからです。

 しかし〔何の〕手應は〔も〕ないのでした。〔ただ、〕部屋がドンドン動いて行つてゐることだけがはつきりわかります。〔それから〕一時間ばかりして、突然、私の箱に何か固いものが突當りました。■巖■にあたつたのかしらと思つてゐると、箱はひどく搖れ出しました。と、〔箱の〕屋根の上に綱を通すやうな物音が聞えて來ました。それから、そろそろと〔箱は〕引揚げられるやうでした。私はステツキの先に結へた〔の〕ハンカチを振り、声をかぎりに助け呼んでみました。すると、たしか〔それに〕答えて大きな叫び声が二三度繰り返されて來ました。ああ、その時の嬉しさ‥やがて頭の上で足音がしたかとおもうと、誰か穴の口から大声で、

 「誰かゐるなら返事をし→ろ〕」と怒鳴りました。〔これは相手は〕英語で言つてくれてるのです。

 「私はイギリス人です〔です〕、今ここでひどい目にあつてゐるのだから〔です〕、〔何とか〕〔うまく〕助け出してもらひたい〔下さい〕」と、私は一生懸命、賴みました。

 「もう大丈夫だ、箱は本船に縛りつけたし、今すぐ大工が屋根に穴をあけて出してやるから」と外では云つてゐました〔す〕。それで私はかう答へました。

 「そんなことしなくてもいいのですよ。そ〔れ〕より〔早く〕誰かチヨイとこの箱を指でつまみ上げて船長室へ持つて行つて下さい」私がかう答へると、船員たちは私を狂人だと思つたらしく、大笑してゐました。が、 やがて大工が來て、〔箱の〕屋根に穴をあけ、そこから私は救ひ出されたのでした。本船に移されました。

 船員たちはみな驚いて、いろんなことを一たいどうしたのかと→いろんなことを〕たづねますが、私はもう答へる氣もしないのでした〔です〕。〔こんな大勢の小人を見て私の方も驚いてしまつたのです。〕なにしろ長い間あの大きな人間ばかり見つけて來た〔ので〕、私からは、船員たちが小人としか思〔船員たちが小人のやうに思へるのです。〕〔私が今〕にも氣絶しさうな顏をしてゐるので、船長は自分の〔氣つけ〕藥を飮ませてくれました。それから自分の〔船長〕室に私を案内〔つれ〕て行き「まあ一寢入りしなさるんですね」と云つてくれました。私は箱のなかに殘して來たまだまだ大切な〕品物〔殘■へてゐ〕るので、〔それを〕ここへ持つて來てもらひたいと〔下さいと〕賴みました。

[やぶちゃん注:最後の「私は箱のなかに殘して來たまだまだ大切な〕品物〔殘■へてゐ〕るので、〔それを〕ここへ持つて來てもらひたいと〔下さいと〕賴みました。」という部分は現行版には存在しない。

 數時間眠つた後でふと

 私は數時間眠りましたが、その間、絶えずいろんな夢をみては眼が覺めてゐました。だが、起きて見るとすつかり元氣を取りもどしてゐました。夜の八時頃でした。船長は、〔私が〕長い間食事をしてゐないだらうと思つて、直ぐ晩食を言付けてくれました。私がもう気狂じみた目付をしたり、変なことを喋舌らなくなつたのを見〔ると〕、彼は大変親切にしてくれました。一體何處へ行つたのか、またどうしてあんな大きな箱に入れられて流されたのか、一つ話してくれと云ひます。

[やぶちゃん注:ここも冒頭部、現行版とは異なる。

   *

 私は数時間眠って、すっかり元気を取り戻しました。起きたのは夜の八時頃でした。船長は、私が長い間食事をしていないだろうと思って、すぐ晩食を言いつけてくれました。私がもう気狂じみた目つきをしたり、変なことをしゃべらなくなったのを見ると、彼は大へん親切にしてくれました。一たいどこへ行ったのか、またどうしてあんな大きな箱に入れられて流されたのか、ひとつ話してくれと言います。

   *]

 彼の言ふに→の言ふに〕は、正午頃だつた、望遠鏡をのぞいてゐると、あの箱が眼に映つたので、最初は船だと思つた〔のだ〕さうです。それからボートを出して近づいて見ると、家が游いでゐるといふので、みんなびつくりしました。本船の方へ引つぱつて戾〔り上げようとしてゐ〕ると、その上のなかから〔丁度その時〕、ハンカチのついた棒を穴から突き出す者があるので、これはきつと誰か不幸な人間がとぢこめられてゐるにちがひないと思つた〔考へ〕のだ 思つた〔わかつた〕さうです〔といふことです〕。思つたのださうです。船長たちはみんなさう考へたのださうです。→思つたのださうです。〕

[やぶちゃん注:この最後は恐るべき推敲回数である。少なくとも八回は表現を直している。しかも決定稿は恐らくは最初の表現に戻っている。一字一句を疎かにしない原民喜の〈表現の鬼〉に、頭が下がる。]

私は〔それ〕では〔一番はじめ〕この箱〔私〕を見つけた頃、何か大きな鳥でも空を飛んでゐるのを見かけなかつたでせうか。」と私はたづねてみました。すると一人の船員が「あ、〔あの時、〕鷲が三羽北を指して飛んでゐたぶのを■みました、→ゐた〕、でも不■別に普通の鷲と変つたところはなかつたやうだが…〔です。〕」と一人の〔船〕員が答へました。だが、それは非常に高く飛んでゐ〔た〕ので、小さく見えたのでせう。どうも私のたづね〔たり言つたりする〕ことは、皆に合點がゆかないやうでした。

[やぶちゃん注:以下の現行版と見比べて戴きたい。

   *

「それでは一番はじめ私を見つけた頃、何か大きな鳥でも空を飛んでいるのを見かけなかったでしょうか。」

 と私は尋ねてみました。

「あ、あのとき、鷲が三羽北を指して飛んでいました。でも別に普通の鷲と変ったところはなかったようです。」

 と一人の船長が答えました。

 だが、それは非常に高く飛んでいたので、小さく見えたのでしょう。どうも私の尋ねたり言ったりすることは、みなに合点がゆかないようでした。

   *

現行版の「一人の船長」は明らかにおかしいことに気づく。実はここまででも指摘していないが、現行版は「船員」とあるべきところが「船長」となっている箇所が他にもあるのである。]

 私はイギリスを出發した時から、今迄のことを、ありのまま話して聞かせました。私は〔それから〕あの國で集めた珍しい品を見せてやりました。王の髯で作つた櫛や、王妃の拇指の爪を台にして作つた櫛も〔、〕あります、一呎半ヤードもある縫針やピン、〔それから〕地蜂の針が四本あります。〕、〔それから〕王妃の金の指輪、(これは私の頭にすつぽりはまる大きさです)。その他、いろいろのを取出して見せ〔てやり〕ました。私は船長に、長さ約一呎、直徑四吋もある召使の齒を

[やぶちゃん注:現行版は以下の通り。なお、ここは現行版では独立段落ではなく、前の続いている。尺減らしで原民喜自身が削ってしまったのであろうが、ここら辺は私は面白い部分で、惜しい気がする。

   *

私はイギリスを出発したときから、今までのことを、ありのまゝ話して聞かせました。それから、あの国で集めた珍しい品を見せてやりました。王の髯で作った櫛や、王妃の親指の爪を台にして作った櫛や、一フートもある縫針や、地蜂の針や、王妃の金の指輪や、そのほか、いろいろのものを取り出して見せてやりました。

   *

「一呎半ヤード」一ヤードは九十一・四四センチメートルだから半ヤードは四十五・七二センチメートルで、足し算してしまうと、この縫い針の全長は実に七十六センチメートルもあることになるのであるが、どうも妙な混用で「半ヤード」を削除しているのもおかしい。原文を当たるとここは“pins”と複数形なのがミソで、その後に“from a foot to half a yard long”とあるので、眼から鱗、足し算しちゃあいけないんだね、複数の縫い針があってそれは長いものでは九十一センチ強、短くても四十六センチ弱はあったと言っているのである。原稿枚数を制限されていた原民喜にしてみれば、文字通り、短くするターゲットであったわけだろう。

「一呎」(現行版の「一フート」)は三十・四八センチメートル。

「四吋」四インチは約十センチ。]

[やぶちゃん注:以下の★で挟んだ太字パートも現行版には存在しない。

   ★

 ところで船長はこんなことを云ひ〔たづね〕ました。

 「あなたとてつもない大声で物を云ふのに、私は一番びつくりしました。一たいその國では王→や〕〔王〕妃→は〕耳でも遠いのですか」。

 「それ〔「私のこの大声〕はそう二年も〔間〕もくせになつてゐたからです。私もあなた

型の声をきいて驚いてゐたところです、聞えることはよく聞えますが…みんな細い声が囁いてゐるやうにしか思へないの〔のです〕」と私は答へました。

   ★

 

 〔この〕船はトンキンに行つて、いまイギリスへ帰る途中なのでした。〔それから■〕航海は無事に進み、一七〇六年六月三日に故國の港に戾りました。〔そこで〕私は船長に別れを告げると、家の方へ向かひました。

[やぶちゃん注:「トンキン」現在のベトナム北部及びその中心都市ハノイの旧称。当時は後黎(れい)朝(一五三二年~一七八九年)期。

「一七〇六年」本邦は宝永三年で第五代将軍徳川綱吉の治世。本“Gulliver's travels”の初版一七二六年に出版、一七三五年に本来の決定稿完全版が出版されている。因みに完全版の一七三五年でも享保二十年で第八代吉宗の治世である。]

 途々、小さな家や、樹や、家畜や、人間などを見ると、なにかリリパットへでも來たやうな氣がします。行きあふ人毎になんだか踏みつけさうな氣がして、私は、

 「退け退け」

 と怒鳴りつけました。

 私の家へ歸つてみると、召使の一人が戸を開けてくれましたが、私はなんだか頭をぶつけさうな気がして、身躰を屈めて入りました。妻が飛んでやつて來ましたが、私は彼女の膝より低く屈んでしまひました。

 娘も〔側へ〕やつて來ましたが、なにしろ長い間、大きなものばかり見なれてゐた〔眼〕には、ヒヨイと片手で娘をつかんで持ち上げたいやうな気がしました。召使や友人たちも、みんな私には小人のやうに思へるのでした。かういふ有樣ですから、他の〔はじめ〕人人は私を氣が違つたものと思ひました。しかし間もなく私〔も〕ここに馴れて、家族とも友人とも、仲よくお互にわかりあふことができました。

[やぶちゃん注:余白にこの原稿のノンブルである175から17を、加算か減算しようとする計算式が書かれてある(結果は書かれていない)。

 これを以って第二章「大人國」は終わっている。]

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