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2016/12/17

ブログ890000アクセス突破記念 火野葦平 十三夜

 

[やぶちゃん注:本テクストは、2006年5月18日のニフティのブログ・アクセス解析開始以来、本ブログが890000アクセスを突破した記念として公開する。【2016年12月17日 藪野直史】]

 

 

 十三夜

 

 

        一 家  の  外

 

 もしもし、誰もゐませんか。ちよつと起きてくれませんか。誰もゐないのですか。……困つたな。どうも、誰かゐるやうに思はれるのだがなあ。さつき、話し聲や物音がしたやうに思つたのだが、行きには點(つ)いてゐた灯(ひ)も消えてしまつてゐる。寢てしまつたのかな?……

 もしもし、もしもし、留守なのですか。……返事がない。……すつかり、ぐるりは戸じまりがしてあるし、すき間はあるが、中はまつ暗なので、なにもわからない。狐や狸のやうに、どんな小さな穴からでも風のやうに忍びこむことはできないし、はて、どうしたものかな。もう一ペん引つかへして、探してみようかしら。……だが、もう足がしびれるくらゐ、さうだ、三十ぺん以上も往復したのだから、いくら俺の眼がわるいといつたつて、こんな明るい月の晩に、見そこなふ筈はない。やつぱり、この家の人間が拾つたものにちがひない。この往還にはこの家一軒しかないのだし、時間からいつても、誰も通らなかつたのだから、さうとしか考へやうがない。この家にはたしか、四十くらゐの樵夫(きこり)夫婦と、六つか七つの女の子が一人ゐたやうに思つたのだが、……

 もしもし、聞えないのですか。すみませんが、ちよつと起きてくれませんか。ちよつとおたづねしたいことがあるのですが、……わたくしはこの山の水天宮の池にゐる河童です。あなたがたもわたくしのことは聞いたことがあると思ひます。なにもいたづらをしようの、危害を加へようのといふのではありません。ほんとに困つてゐるので、おたづねやら、お願ひやらにまかりでたものです。

 わたくしは、今夜、この麓の目痛川(めいたがは)の溜(たまり)でひらかれた仲間の集合に行つたのです。十三夜の月の晩に、毎月もよはされる例會なのですが、今夜もたそがれどきから、この地方一帶の仲間が百匹ちかくも集つたのです。なぜ十三夜の晩にかぎつて集るやうになつたかといふことは、實はわたしもよくは知りません。なんでも、昔、やはり水天宮の池にゐましたわたくしの祖先が、どうしたはずみか、崖のうへから落ちて皿を割る事件が起ったことがあるさうです。河童にとつて頭の皿ほど大切なものはなく、水分が減つてさへも氣力が衰へて病になることがあるのですから、皿が割れることは、生命にかかはるやうな大事でありまして、ただちに附近の仲間たちが召集されることになりました。何故なら、わたくしの祖先は、若いころ、筑後川にゐます河童の頭目九千坊の膝下にゐまして、直接の薫陶をうけ、且つは阿蘇の那羅延坊の覺えもめでたい出色の者であつたために、ここに來ましてからは、由緒ある水天宮の宮附として、ここらあたりの河童の見かじめをしてをりましたので、臨終にあたつて、いひ殘さねばならぬことがあつたからです。そのときもわたくしの祖先の遺言は十六箇條にわたる綿密なもので、河童の生きてゆく根本の精神について、生活の方法について、あるひは、眞實について、歷史について、藝術について、科學について、戀愛について、道德について、さまざまの示唆(しさ)にあふれた格言に滿ちて居りましたが、それらの言葉も精神も、いまは朦朧としたものになつたやうに思はれます。あきらかに文字に書きしるされて殘つてゐるにもかかはらず、勝手な解繹を加へたり、故意に歪曲(わいきよく)したり、自分に都合のわるい部分はかへりみず、都合のよいところのみをとりあげたり、或ひは全的に信奉するものがあるかと思ふと、全然否定するものがあり、まつたくそんなもののあることすら知らないものさへあるやうになつたからです。これこそは古典の持つ運命かも知れませんが、いまの世に生きるものたちの輕薄さを裏書きしてゐると思ひ、わたくしはときどき、もう古ぼけて苔の蒸した祖先の遺訓をとりだしては淚する日もあるわけです。わたくしはこれでも水天宮の池を繼承した名門の裔(すゑ)なのでありますが、その祖先が死の床で同族を召集して教へを垂れたのが十三夜の月の晩であつたとかいふことで、それ以來、この夜が、今日まで、仲間の月例集會の日となつたといひ傳へられてゐます。しかしながら、いまはその夜の持つてゐた嚴肅な意義といふものはまつたく忘れられて、ただ、習慣に過ぎなくなり、集合の席での語といへば、ほとんど、祖先の精神とは似ても似つかぬ、低俗で、賤しく、且つは、愚劣で、卑猥な話ばかりなのであります。ときには、聞くに足る話も出ますが、それはまるで問題にされず、多數を占める現世的な俗論が壓倒してしまつて、集會はいつでも、猥雜な笑ひで終つてしまふことが多いのであります。

 今夜など、わたくしは仲間たらからさんざんに嘲笑されて、はとんど憤りと悲しみとで息がとまらんばかりの思ひをしました。順當にいけば、もともと名門の裔であるわたくしがこの地方の見かじめをしなくてはならぬのでありますが、生まれつき氣の弱い、ひとをやつつけたり、おとしいれたり、ごまかして自分だけよいことをしたりするやうな政治的手腕にまつたく缺けてゐるわたくしには、さまざまの性向を持つた百匹もの部下を統御してゆく能力はとてもありませんので、いまは、わたくしの伯父にあたる鎭守(ちんじゆ)の河童に、その代役を賴んであるのです。

 この伯父は恰幅(かつぷく)が立派で、押しだしでまづひとを壓するのですが、また鼻孔の太いのと、聲の大きいのとで、仲間うちで重きをなして居りました。その伯父から、わたくしは今夜ひどい侮辱を受けました。以前、わたくしが見かじめ役をたれか親戚のものに代つてもらひたいといふことを申し出たときには、この伯父は毎夜のごとく、水天宮の池へ、いろいろわたくしの好きさうな土産ものなどをしつらへて、やつて參りまして、猫なで聲をだして、頭をペコペコ下げ、自分を代役に指名してくれと、哀願したものです。權力に對する魅力はたれも押へがたいものがあるとみえます。そのほかの親類のなかにもわたくしの小庵をおとづれるものがありましたけれども、その伯父のやうに執拗で卑屈なものはありませんでした。わたくしは權力などにはすこしも未練はありませんでしたから、もつけの幸として、この伯父に代役を指名したのです。うるさいと同時に、また、なにか脅迫めいたものを感じて怖くもなつたからです。その伯父は正式にその役に就任しますと、態度はがらりと一變して、橫暴のかぎりをつくすやうになりました。

 伯父は、今夜、仲間たちの面前で、わたくしを仲間の面よごしだといつて罵倒しました。……恥しい話ですが、わたくしはこの半月ほど前に、結婚をしまして、……いや、それが、その結婚といふのが、實は問題となつたのですが、……さあ、どういつたらいいか、わたくしは立派な結婚だと思つてゐるのに、伯父はそれを結婚ではないといふのです。さういへば、べつにことごとしく親戚にひろめもせず、身内にも知らないものもゐるくらゐでしたから、その點はわたくしにも落度があつたのかも知れませんが、相談をすれば反對するにきまつてゐますし、……といふのが、白狀しなければわからないのですけれども、わたくしはすこし前から、ひとりの娘の河童と知りあひになつてゐまして、そして決心をして、たれにも無斷で、その娘と結婚してしまつたわけです。二人の愛情の純粹さ淸さについては、たれに憚かるところもなかつたし、戀愛の眞實と自由とについては、祖先の憲章にいささかも悖(もと)らない確信も持つてゐたからです。それ故に、水天宮の池底のわたくしの新婚の家庭はまことにささやかではありますが、幸福に滿ちたものであつたのです。

 ところが、そのことを伯父にいはせますと、もつてのほかの氣ちがひ沙汰で、名門の榮譽を冒瀆し、德義を無視した靑年の客氣にすぎない。素性(すじやう)もさだかでない女を神聖な水天宮の棲家(すみか)にひきいれるのは神をおそれぬ危險思想である。且つは、親戚一統の承認を輕ないのは正式の結婚とは認められず、單なる野合にすぎない、といふことになるのです。さうして、伯父は滿座のなかで、例の大聲を發し、巨大な鼻孔をぶうぶう鳴らし、さういふ淫蕩なる不良靑年を仲間から出したのは心外であるから、その女をただちに離別するか、自分がこの土地から退去するか、どちらかを選べと、くりかへしくりかへし、わたしを面詰するのでした。座中にはなだめるものもありましたが、伯父の劍幕に辟易(へきえき)して沈默し、多くの仲間は伯父に阿諛(あゆ)して、ともどもにわたくしを嘲笑するのでした。

 わたくしは座にゐたたまれなくなつて、目痛川の溜をとびだしました。わたくしの背後でどつと笑ひ聲がおこりましたが、わたくしはもう憤りでぶるぶる顫へながら、まつすぐに水天宮の池へ急ぎました。十三夜の月が晝間のやうに明るい道を急ぎながら、嘗て、この十三夜の月の晩、祖先が死の嚴肅のなかにあつて遺した教訓が、このやうにも完全に忘れ去られてゐることにおどろき、憤りのなかにはてもない悲しみとさびしさがわいて來ました。さうして、複雜な感慨にひたりながら、ただ、池底で待つてゐる新妻のことを考へ、なにはおいても彼女に會ふことによつて一切が償はれるのだと、ほとんど走るやうに、道を急いだのです。……ああ、そのわたくしの興奮が、つひに、わたくしに途方もない災ひをもたらしたのです。

 もしもし、聞いてゐますか。

 わたくしはほとんど混亂してゐたために、大變な失策をいたしました。どこかに、池へかへる鍵を落してしまつたのです。わたくしたちには傳説のきびしい掟があります。その掟はつねにわたくしたちの生命であり、宿命の規律であり、なにものをもつてしても犯すことができません。水天宮の池底にかへるためには、わたくしはその鍵を持つてゐなくてはならないのです。いつも腰の袋に入れてゐて、落すなどといふことはないわけなのですが、きつと、興奮して急ぎすぎたために、知らぬ間にとびでたものと思はれます。形はただ丸い平凡な小石で、わたくしには絶對になくてはならぬものですが、……あなたがた人間にはなんの役にも立たぬものです。もし、あなたがたが拾つて居られるものなら、返して下さいませんか。どんなお禮でもいたします。

 わたくしは鍵を落したことを知ると、氣も動顚(どうてん)せんばかりでした。それでも、この明るい月夜ですから、まもなく見つからうと、この往還を必死で探しました。そして、たうとう、三十ペん以上も往復し、へとへとになりました。足もしびれてしまひました。いくらわたくしの眼が惡くても、こんなに明るいのですから、あれば見つからぬわけはありません。ないのです。この道には落ちてゐないのです。いや、一度は落ちたかも知れないが、誰かが拾つたのです。さうにちがひありません。さうとすれば、あなたがたよりほかにはありません。わたくしは血眼で道ばかり探してゐたので、あまりよくは氣づきませんでしたが、ともかく、麓から池までの間には、この家一軒しかありません。はじめは戸もあいてゐたし、燈もともつてゐたやうに思ひます。誰かゐる氣配も感じました。それが、いまはすつかり戸じまりができ、灯も消えてゐます。家のなかは眞暗になつてゐますが、きつと、皆さんが居られるとわたくしは信じてゐます。

 もしもし、もうおやすみですか。ちよつと起きてくれませんか。きうして、戸をあけて下さいませんか。けつして、いたづらをしたり危害を加へようといふのでありません。それどころか、わたくしは命がけなのです。こんなに困つたことははじめてです。もし、その石を拾つて居られるなら、……いや、きつと拾つて居られると思ひますから、わたくしに返して下さいませんでせうか。さつきもいふとほり、わたくしにはなくてはならぬものでありますが、あなたがたには用もないものです。どんな御恩返しでもいたします。

 ああ、かうしてゐる間にも、氣がせきます。實は伯父がわたくしの妻に邪(よこしま)な懸想(けさう)をしてゐたことを、わたくしはよく知つてゐるのです。その石の鍵がなければ、わたくしは池にかへることができません。妻は池から出ることもできません。つまり、わたくしたちは二度と會ふことができなくなるのです。ああ、もう、彼女にこれきり會へないなんて、……さうして、池にかへれないなんて、……伯父が、伯父がひよつとしたら、今ごろは、水天宮の池に行つて、……もしもし、もしもし、お願ひです。お願ひします。石の鍵を返して下さい。どうぞ、お返し下さい。……もし、もし、もし、……もし、……

 をかしいな。いくらいつても返事がない。やつぱり、誰もゐないのだらうか。きつと居ると思つたのだが、……困つたなあ。……實直さうな樵夫の夫婦だし、居れば、さうして事情を聞けばかならず返してくれると思ふのだが、……もし、鍵がなかつたら、どうなるんだ。池にかへれない。彼女に會へない。伯父が、……畜生、どうしたらいいんだ、絶望だ。

 もしもし、もしもし、もしもしもしもし、……お願ひです。あけて下きい。鍵を返して下さい。

 やつぱり、誰もゐないのだ。……仕方がない。月も傾いたが、もうすこし探してみよう。月が落ちたら、なにもわからなくなる。まだ、探し足りないのだらう。なにしろ、石が小さなものなんだから、……

 

          二 家  の  中

 

「どうやら行つてしまつたらしいな。なにか、永いこと、くどくど喋舌(しやべ)つとつたねえ」

「なにをいつてゐたの? あなた。風のやうにざわざわいつてるばかりで、あたしにはよくわからなかつたけれど」

「俺にもよくわからんが、なあに、河童などのいふことが、なにかわかるもんか。うつかり口車にでも乘つたら大變だよ。相手にならず默つてりやいいんだ。また、來るかも知れんから、返事をするんぢやないよ」

「はい」

「お前、面白いものを拾つたなう」

「父ちやん、これ、なあに?」

「きつと、河童の丸子石(まるこいし)だよ。父らやんが死んだおつ母から聞いたことがある。子供のお前にやいらんものだから、父ちやんにくんな」

「いやん。あたい、折角拾つたんだもの」

「そんなもの、なにするかい」

「なにつて、きれいな石だもの。風鈴に入れるか、簪(かんざし)の玉かにするわ」

「そんなことよりな、父ちやんにくんな。父ちやんがこれを持つて町に行くとな、よろこぶ人があるんだよ。死んだおつ母の話ぢやあ、河童の丸子石は喘息(ぜんそく)の妙藥だつていふことだつた。喘息てな、なほりにくい病氣だが、丸子石があつたら、どんなたちのわるい喘息でも、すぐになほるんだ。父ちやんがいつも世話になる町の旦都がもう長いこと喘息で寢てござる。旦那にや恩になつてゐるから、なにかで恩返ししなくちやと思つてゐたが、貧乏ぐらしでなんにもできなかつた。これは天のお助け、だ。夜があけたら、すぐに旦那のところへ、これを持つて行かう。すりつぶして、味噌汁に入れて飮めばいいんだよ」

「飮んでしまふの?」

「うん、さうしたら、二三日もしたら、すつかり喘息がなほつてしまふんだ。旦那よろこぶだらうな」

「そんなら、惜しいけど、父ちやんにあげるわ」

「よしよし、いい子、だ。そのかはり、父ちやんが町で、美しい風鈴に、玉簪を買つてやるよ。一緒に町に行かうな」

「うれしいわ」

「あなた、あれ、なに?」

「お、河童の足音だ。また引つかへして來やがつたな。……近づいて來る。ものをいふな。音を立てちやいかんぞ。なにをいつても默つてるんだ。いいな。……そら、もう、表に來た。しいつ、なにをいつても、返事するな」

 

[やぶちゃん注:「目痛川」不詳。先の「新月」に登場する川名である。た、ここでは、「水天宮」「筑後川」「阿蘇」とソリッドに固有名詞が出、しかも主人公が河童の中でも正統なる血筋の末裔であることを考え合わせるなら、このロケーションの「水天宮」は高い確率で筑後川が近くを流れる、福岡県久留米市瀬下町(せのしたまち)の、全国の水天宮の総本宮である、「水天宮」と考えてよかろうかと思われる。場所柄、天御中主神の他、安徳天皇・高倉平中宮(建礼門院、平徳子)・二位の尼(平時子)を祀っており、言わずもがな、壇ノ浦で滅びた平家が河童となったとする伝承は広くこの附近に残る。

「九千坊」「河童曼荼羅」の先行作に他出する。

「那羅延坊」先の「白い旗」に登場する。

「見かじめ」「見ケ〆」などと表記する。見回って取り締まること。現行では「みかじめ料」として、暴力団が不当に脅しをかけて飲食店などから徴収する用心棒代・ショバ代・挨拶代の謂いでしか、專らしようされなくなった。

「河童の丸子石」不詳。]

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