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2016/12/04

谷の響 五の卷 九 沼中の主

 

 九 沼中の主

 

 食川村の淸助といへるものゝ話に、往ぬる天保の年間(ころ)六七月にて有けん、暑を避けんとてそが村頭(むらはし)なるアシケ沼といふ邊(ほとり)に徜徉(あそ)び、蠶の殼を投入れ小魚(ざこ)の跳躍(はねあがる)をなくさみゐたりけるに、忽ちに水の面(おも)の大に搖れて渦文を疊めるからに、何ものにかあらんと近く進みて水底を窺ひ見れば、大きなる牛の如きもの有て全身(みうち)白く頭面(かしら)また牛とひとしかるが、兩眼鼻口麁省(あらあら)に見えたりければ、此こそ聞傳へたる沼の主ならめと思ひしが、寒嘆(ぞつ)して身の毛逆立早く脱(にげ)んとする時境(をりから)、沼の中俄然(にはか)に潮の發(おこ)れる如く鳴り響き、大浪逆卷て汀(みぎは)の路に溢れしかば、彌々怕しくやうやうに遁歸れるなり。

 却説(さて)、この沼は往昔はいと廣大なりしよしにて、慶長の末年(すえ)とかや當村某なるものゝ畜(やしな)ひたる馬(あしけうま)ありけるが、一日(あるひ)暴(にはか)に狂氣(くる)ひ出てこの沼の中に躍沒(い)り、遂にこの處の主に變(な)れりといひ傳へて、五六十年の前(さき)まては罕々(まれ)に水底を游げるを見ることありと聞つれど、近き頃は見たりといふ者もなく、又この沼は小魚多かるからに、里人ども網を下し釣を埀るゝもの每(つね)なれども、靈異(あやしきもの)に遇へるといふ風説(うはさ)もなければ、かゝる事のあることは夢おもはざりしに、今現にこの怪しきことの有るを看て、古人の遺談の誣(しふ)べからざるを知れり。誠に二百五十年の今に至る迄、かゝる怪しき事を爲すは怪(おそろし)きものと語りしなり[やぶちゃん字注:「」=「馬」+「忽」。]。

 

[やぶちゃん注:「食川村」底本の森山氏の補註に、『いま五所川原市内』とあるが、これは旧「喰川(しょくかわ)村」である。かなり手こずったが、五所川原駅南西直近の、附近かと考えられる(グーグル・マップ・データ)。この変わった名は岩木川による河川浸食の謂いである。

「天保」一八三〇年から一八四四年。

「アシケ沼」もし、上記の「喰川村」の位置が正しいとすれば、にそれらしい池塘らしきものはある(グーグル・マップ・データ)。

「渦文」これで「うづ」と訓じておく。

「疊める」「たためる」。重ねる。

「大きなる牛の如きもの有て全身(みうち)白く頭面(かしら)また牛とひとしかる」同定不能。淡水魚で、閉鎖された状況下(これだけ大きいとこの池沼から自由に往来は出来まい)で、この時代では、比定候補となる魚類そのものがいない。事実とすれば、アルビノ個体ではある。

 当初は条鰭綱軟質亜綱チョウザメ目チョウザメ科チョウザメ亜科チョウザメ属 Acipenser の仲間で、本邦の北海道や東北近海で現在でも漁獲されることがある本邦固有種ミカドチョウザメ Acipencer mikadoi(北海道では昭和初期まで遡上が確認されている)、或いは近年本邦での棲息が確認されたチョウザメ亜科ダウリア属ダウリアチョウザメ Huso dauricus を考えたが、陸封されて、ここまで大きくなって生存しているというのは考えにくい

 或いは、新鰭亜綱骨鰾上目ナマズ目ナマズ科ナマズ属ナマズ Silurus asotus (本邦産在来種は三種のみで、青森にいるとしたら、これしかいない)超大型アルビノ個体か?

 条鰭綱スズキ目タイワンドジョウ亜目タイワンドジョウ科タイワンドジョウ属カムルチー Channa argus argus も九十センチメートルにも巨大化するが、残念ながら、同種は近代(大正一二(一九二三)年から翌年頃)になって朝鮮半島から人為的に持ち込まれた、中国産亜種で、全くの新参外来種であるから、候補にはならない

「麁省(あらあら)に」漢字から見ると、大まかではあるが、まあ、明らかに、の謂いか。

「聞傳へたる」「ききつたへたる」。

「寒嘆(ぞつ)して」二字へのルビ。

「逆立」「さかだち」。

「時境(をりから)」二字へのルビ。

「俄然(にはか)に」二字へのルビ。

「潮」海の波。

「逆卷て」「さかまきて」。

「彌々」「いよいよ」。

「遁歸れる」「にげかへれる」。

「往昔」「むかし」。

「慶長の末年(すえ)」慶長は二十年までで、同年はグレゴリオ暦一六一五年

馬(あしけうま)」(「」=「馬」+「忽」)。ルビはママ。「葦毛馬(あしげうま)」であろう。馬の毛色の名で、体の一部や全体に白い毛が混生し、年齢(とし)とともに次第に白くなる。しばしば駿馬の代名詞ともなる。但し、ここは奇怪なアルビノの未確認動物の白さと合わせた伝承のようである。

「躍沒(い)り」「をどりいり」。

「五六十年の前(さき)」「二百五十年の今に至る迄」本「谷の響」は幕末の万延元(一八六〇)年成立であるから、後者は、まあ、正確な謂い。ここから五、六十年前となると、

「まては」ママ。一八〇〇年か一八一〇年で、元号では寛政十二年から、享和を経て、文化七年に相当する。

「罕々(まれ)に」二字へのルビ。

「誣(しふ)べからざる」でっちあげや作りごとをしたのでは全く、ない。]

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