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2016/12/11

柳田國男「一目小僧その他」 附やぶちゃん注 鹿の耳(5) 生贄の徴

 

     生 贄 の 徴

 

 但しさういふ理窟ばかりこねても、凡その見當が付かなければ何にもならぬ。自分の推測では、耳を取られるといふ樣な平凡で無い昔話が、何等の經驗にも基くことなくして、そこにも爰にも偶發することはあるまい。夢であつても夢の種はあらう。いはんや只の誤解であり誇張であつたとすれば、すべての歷史が學問に由つて精確になつて行く如く、必ず元の事實が其陰に隱れて居るのである。幸ひにして若千の手掛りは既に發見せられた。或地の耳取橋に於て耳を取られたといふのは、祭の式に奉仕する靈ある鹿の頭であつた。事によると生贄の慣習が夙く廢せられて後、その印象深き一部分のみが、斯うして幽かに記憶せられたのかも知れぬ。假にさうだつたら我々の信仰史の、重要なる變化の跡である。是非とも一應は考へて見なければならぬ問題である。

 魚鳥を御贄とする神の社は、現在尚算へきれぬ程多い。諸國の由緒ある舊社に於て、獸を主とした例も少なくはなかつた。九州では阿蘇、東國では宇都宮又信州の諏訪の如く、特に祭の日に先だつて狩を行ひ、供進の用に充てた場合には、鹿はその氣高い姿、又さかしい眼の故を以て、最も重んぜられたことも疑が無い。ところが奈良の春日の若宮などの御祭の贄には、澤山の狸兎猪の類が集められたけれども、鹿のみは靈獸として其列に加はらなかつたらしいので、或は異議を挾む餘地があるやうだが、是は寧ろ其地位の一段と高かつた證據になる。イケニエとは活かせて置く牲である。早くから神用に指定せられて、或ものは一年、あるものは特殊の必要を生する迄、之を世の常の使途から隔離して置く爲に、其生存には信仰上の意義が出來たのである。諸處の神苑に鹿を養うたのも、恐らくは之を起原として居る。八幡の放生會の如きも、佛者には別樣の説明があるが、要するに彼等の教條と牴觸せざる部分だけ、在來の牲祭(にへまつり)が儀式を保存したものであらうと思ふ。

 片目の魚の傳説は此推測を裏書する。卽ち社頭の御手洗の水に住む魚のみが、何等かの特色を以て常用と區別せられたので、實際又斯うして一方の目を取つて置くのが、昔の單純なる方式でもあつたらしい。耳ある獸の耳を切るといふことは、之に比べると更に簡便であり、又牲の生活を妨げることが少なかつた。最初は我々が野馬に烙印し、若くは猫の尻尾を切る如く、常人の家畜乃至は俘虜などにも、斯うして個々の占有を證明したかも知らぬが、後には方法其もの迄が、神の祭に限られることになつて、追々に普通の生活からは遠ざかつて行つたらしいのである。

 牲の頭が繪となり彫刻となつて、終には崇高なる感情を催すだけの、一種の裝飾となつてしつまつたことは、希臘の昔なども同じであつた。たつた一つの相異は日本の學者が、今まで神樂のお獅子に對して、根原を問はんとしなかつた點である。さうして生贄の耳を斷つといふことは珍しい例でも何でもなかつた。 日本でも諏訪の神社の七不思議の一つに耳割鹿(ミミサケジカ)の話があつた。毎年三月酉の日の祭に、俗に御俎揃(おまないたぞろ)へと稱する神事が前宮(さきみや)に於て行はれる。本膳が七十五、酒が十五樽、十五の俎に七十五の鹿の頭を載せて供へられる。鹿の頭は後には諸國の信徒より供進したといふが、前は神領の山を獵したのである。其七十五の鹿の頭の中に、必す一つだけ左の耳の裂けたのがまじつてゐた。「兼て神代より贄に當りて、神の矛にかゝれる也」とも謂つて、是だけは別の俎の上に載せた。諸國里人談には「兩耳の切れたる頭一つ」とあつて、何れが正しかを決し難い。兎に角に是は人間の手を以て、切つたので無いから直接の例にはならぬが、耳割鹿で無ければ最上の御贄となすに足らなかつたことは窺はれる。或は小男鹿の八つ耳ともいつて、靈鹿の耳の往々にして二重であつたことを説くのも、斯うして見ると始めて其道理が明かになるのである。

[やぶちゃん注:標題「生贄の徴」は「いけにへのしるし」と読む。

「奈良の春日の若宮」春日大社の摂社若宮神社。本殿の東側にあり、天児屋命(あめのこやねのみこと:「春日大明神」とも称し、「天押雲根命」とも書く。天照大神の岩戸隠れの際、岩戸の前で祝詞を唱え、彼女が岩戸を少し開いた際、太玉命(ふとだまのみこと)とともに鏡を差し出した神で、天孫降臨の際には瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)に随伴、「古事記」では「中臣連氏(なかとみのむらじ)」の祖となったとする)。名前の「こやね」は「小さな屋根(の建物)」の意味で、託宣の神の居所のことと考えられる。ここはウィキの「天児屋命に拠った)を祀る。

「牲」「にへ」。

「八幡の放生會」宇佐八幡宮や石清水八幡宮で行われる放生会(ほうじょうえ)。魚鳥を山川に放つ神事。

「佛者には別樣の説明がある」言わずもがな、殺生禁断の戒めを体現することである。

「牴觸」「抵触」と同じい。

「希臘」「ギリシヤ」。

「諏訪の神社の七不思議」長野県の諏訪湖周辺四ヶ所にある諏訪大社に言い伝えられている七不思議。ウィキの「諏訪大社七不思議」によれば、『基本的には諏訪大社の行事・神事に関わる不思議な現象を指すが(特に諏訪大社の神事は数が多いことと、奇異なことで有名である)、蛙狩神事のように行事自体を指す物もある。そして信憑性の低い物もあれば、御神渡(おみわたり)のように現代において科学的に説明ができる物まで様々な物が存在する』とし、一般的なそれは、「御神渡(おみわたり)」・「元朝(がんちょう:元旦の朝)の蛙狩り」・「五穀の筒粥」・「高野(こうや)の耳裂け鹿」・「葛井(くず)の清池(せいち)」・「御作田(みさくだ)の早稲」(わせ)・「宝殿(ほうでん)の天滴(てんてき)」の七種であるが、『実際には上社と下社で重複を含め別々に七不思議が存在し』、計十一を数えられる、とある。詳細は同ウィキ、及び「諏訪法人会」公式サイト内の「諏訪の七不思議」を確認されたい。

「耳割鹿(ミミサケジカ)の話」これは長野県諏訪市豊田上社摂社千鹿頭(ちかとう)神社の伝承で、前の「諏訪法人会」公式サイト内の「諏訪の七不思議」には、『毎年四月』(新暦であろう)『十五日酉の祭りがおこなわれるが、その時』に『集まる鹿の中に必ず耳の裂けた鹿がいる』とある。個人サイト「玄松子の記憶」の「千鹿頭神社」の解説がよい。そこで同神社の位置も確認出来る(「いつもNAVI」の地図データ)。言わずもがなであるが、この神事は現行では行われていないようである。

 

「前宮(さきみや)」長野県茅野市宮川字前宮(めみや)にある諏訪大社上社前宮(まえみや:現行ではこう呼ぶらしい。以下のリンク先を参照されたい)。同じく「玄松子の記憶」の「諏訪大社上社前宮」の解説がよい。そこで同神社の位置も確認出来る(「いつもNAVI」の地図データ)。

「諸國里人談」俳人菊岡沾凉(せんりょう)著になる随筆。寛保三(一七四三)年刊。

「兩耳の切れたる頭一つ」「諸國里人談」の「卷之一」の「一 神祇部」の二番目に、

   *

   ○諏訪祭

信濃國諏訪明神は東征守護の神にて、桓武帝の時、田村將軍これを建るなり。毎年三月七日、鹿の頭七十五供す。氏人の願望にて何方よりと極たる事なく、自然と集事恆例たがはず。まさに一つの增減なし。七十五の内、兩耳の切れたるかしら一つきはめてあり。それから奇なりとす。

上諏訪祭神 建御名方命 下諏訪 祭神 八坂入姫命

上諏訪に七不思議あり。

宮 影 普賢堂の板壁に穴あり、紙をあてゝ日に

    うつせば、下のすはの三重の塔うつる。

    其間一里なり。

社壇雨 毎日巳の刻に雨ふる。

根入杉 根八方へはびこる。

溫 泉 湯山よりおつる所の口をふさげば湯落ず。

氷 橋 冬諏訪湖氷る時、さわたりとて狐わたり

    そめて其後、人馬氷のうへを通路す。春

    又狐渡れば通ひを止る。

鹿の頭 祭の時七十五頭、例年たがはず。

富士移ㇾ湖 湖上に富士の影をうつるなり。

    【甲斐一國をへだつ。其間に高山多くあり。】

    すはの海衣が崎に來て見れば

       富士の浦こぐあまの釣船

   *

とあるのを指す(底本は所持する吉川弘文館の「日本随筆大成 第二期」の第二十四巻に拠った。【 】は割注)。]

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