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2016/12/19

柳田國男「一目小僧その他」 附やぶちゃん注 鹿の耳(13) 蛇と盲目 / 鹿の耳~了

 

     蛇と盲目

 

 さうすると、自分などの斯ういふ思ひ切つた假定説のやうなものを批評する場合に、昔からよく聞く「めくら蛇におぢず」といふ俗諺なども、今一度とくと其起原を考へて見る必要はあるまいか。元來目あきが蛇を畏るゝ道理も、實はまだ明白でも何でも無いのだが、我々の流儀ではそれを究めようとはしない。單に畏れて居るか否かを問うて、靜かに其事實の何物かを語るを待つだけである。併し少なくも盲の蛇を畏れざる所以を、なんにも知らぬからであらうと速斷したのは誤りで、彼等は此通り蛇に關する珍らしい知識を、昔から持つて居たといふ事實が擧がつたのである。從つて行く行く彼等の蛇をおぢなかつた積極的原因も、改めて又發見せられるかも知れない。

 今だつてもう少しは分つて居るのである。第一には全國に弘く分布する琵琶橋琵琶淵などの言ひ傳へに、琵琶を抱いて座頭が飛込んだといふものは、往々にして蛇の執念、若くは誘惑を説くやうである。卽ち盲人には何かは知らず、特に所謂クラオカミに由つて、すき好まれる長處のあるものと想像されて居たのである。第二には勇士の惡蛇退治に、似合はぬ話だが折々目くらが出て參與して居る。九州で有名なのは肥前黑髮山下の梅野座頭、是は鎭西八郎の短刀を拜借して、谷に下つて天堂岩の大蛇を刺殺したと稱して、其由緒を以て正式に刀を帶ぶることを認められて居た。しかもよほど念の人つた隱れた理由の無い限り、人は到底盲人を助太刀に賴む氣にはなり得まい。卽ち彼等には一種の神力を具へて居たのである。

 西國の盲僧たちには、寺を持つて其職務を世襲した例が多い。よその目くらを取子とする以前に、成るべく其實子の目が潰れてくれることを、親心としては望んだであらう。卽ち曾ては自ら目を傷けて、神に氣に入る者と成らうとした時代が、有つたと想像し得る根據である。耳の方ならば猶更差支がなたかつたわけである。昔信仰の最も強烈であつた世の中では、神に指定せられて短かく生き、永く祀らるゝことを欣幸とした者は多かつた。其世が季になつて死ぬことだけは御免だと考へ始めた頃には、よくしたもので八幡の放生會の如く、無期の放し飼ひが通則として認められた。耳切團一が信仰の爲、又同時に活計の爲に、深思熟慮の上で自ら耳を切つて來たとしても、自分たちは之を恠まうとは思はぬ。又さう迄せずとも話は成立したのである。

 然し彼等如何なる機智巧辯を以てするとも、我々の間に之を信ぜんとする用意が無かつたならば、畢竟は無益のほら吹きに過ぎぬ。ところが我々は忘れたるが如くにして、實は無心に遠き世の感動を遺傳して居た。鹿を牲とすれば耳が割けて居り、獅子を舞はしむれば忽ち相手の耳を喰ひ切り、記念に巖石に姿を刻めば、耳を團扇の如く大きくせざるを得ず、さうして盲人を見ると永く水の神の威德と兇暴とに對して、一喜一憂するを禁じ得なかつたのである。之を無意識にしかも鋭敏に、測量し得た者が色々の歌を物語り、又散々の言ひ習はしを作つて、久しく我々の多數を導いて居たのである。前代は必ずしも埋もれ果てたとは言はれない。例へば耳に關し又目に就いて、普通の同胞が信じ且つ説いて居る小さな知識の中にも、日本の固有信仰の大切な「失はれたる鏈」を、引包んで假に隱して居る場合が、まだ幾らでもあるらしいのである。

       (昭和二年十一月、中央公論)

[やぶちゃん注:「琵琶橋琵琶淵などの言ひ傳へに、琵琶を抱いて座頭が飛込んだといふものは、往々にして蛇の執念、若くは誘惑を説くやうである」不学にしてそのような例を私は知らないが、「橋」「淵」で「座頭」なら、水辺から蛇神(弁財天に習合した蛇体の宇賀神)との連関伝承は当然の如く生まれるであろうとは思われる。適切な伝承事例を見出したら、追記する。

「クラオカミ」「闇龗(くらおかみ)」。「くら」は「谷」、「おかみ」は「竜神」の意とする。記紀神話で、高龗(たかおかみ)とともに水を司る竜神。京都の貴船(きぶね)神社奥宮の祭神として知られる。ウィキの「淤加美神」によれば、「淤加美神(おかのかみ)」或いは「龗神(おかみのかみ」は、『罔象女神(みつはのめのかみ)とともに、日本における代表的な水の神で』、「古事記」では「淤加美神」、「日本書紀」では「龗神」と表記するとし、『日本神話では、神産みにおいて伊邪那岐神が迦具土神を斬り殺した際に生まれたとしている』。「古事記」及び「日本書紀」の一書では、『剣の柄に溜つた血から闇御津羽神(くらみつはのかみ)とともに闇龗神(くらおかみのかみ)が生まれ』、日本書紀の『一書では迦具土神を斬って生じた三柱の神のうちの一柱が高龗神(たかおかみのかみ)であるとしている』。『闇龗神と高龗神は同一の神、または、対の神とされ、その総称が龗神であるとされ』、「古事記」に『おいては、淤加美神の娘に日河比売(ひかはひめ)がおり、スサノオの孫の布波能母遅久奴須奴神(ふはのもぢくぬすぬのかみ)と日河比売との間に深淵之水夜礼花神(ふかふちのみづやれはなのかみ)が生まれ、この神の孫が大国主神であるとしている』。『貴船神社のほか、丹生川上神社(奈良県吉野郡)では罔象女神とともに祀られており、また、全国に「意加美神社」などと称する神社がある。 祈雨(きう)、止雨(しう)、灌漑の神として信仰されている』とある。「闇」の字から視覚障碍者との関連が持ち出されたものか。

「肥前黑髮山下の梅野座頭」先行する「生目八幡」に既出既注であるが、最後なので、再録しておく。現在の佐賀県の西部に位置する武雄(たけお)市梅野(うめの)に近い黒髪山(くろかみやま:武雄市と同県西松浦郡有田町の市町境にある。標高五一六メートル)には源為朝による大蛇退治伝説があり、それには梅野村に住んでいた海正坊或いは梅野座頭と称された盲目僧が絡んでいる。古賀勝氏のサイト「筑紫次郎の世界」の「為朝の大蛇退治」に詳しい。但し、彼は神主よりも僧の印象の方が強い。

「鎭西八郎」源為朝。

「天堂岩」先の古賀氏のサイト「筑紫次郎の世界」の「為朝の大蛇退治」では「天童岩」と表記されてある。

「欣幸」「きんかう(きんこう)」幸せに思って喜ぶこと。

「季」「すゑ」。末。

「活計」「たつき」。生業。

「團扇」「うちは」。

「水の神」視覚障碍者→琵琶→弁財天→水神という連想。

「鏈」「くさり」。鎖。]

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