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2016/12/03

谷の響 五の卷 四 狼の力量幷貒

 

 四 狼の力量

 

 狼といふもの體に似合はぬ力量のあるものにて、去ぬる天保七申の年の二月永代村の辨助といへるもの養ふところの馬死たれば、皮を剝とりそのむくろを湯船川に捨んと、柴雪舟といふものにのせて六人の男ども精力を出して三四丁の路を捨たりき。さるに何處より來れるにや、一疋の狼ありて人の去るを見てしづかに歩行(あゆみ)より、かの馬の足をくはへてひきつり行くに、力を勞する氣しきもなく一の岱といふをこして次なる澤へ持行しが、その路程六七丁となり。又、去ぬる己亥年同村なる藤次郎といへるものゝ馬死して、そのむくろを山に捨置しが、狼に喰はれて腰の肉と二つの足のみ殘れりたるに、是を餌にして狼をとらんと所のもの共四五人語り合せ、かの馬をひきゆきて程よきところに捨置しに、果して一疋の狼來りてこれをくはへ、首さしあげてゆふゆふと往き過ぎるを見て、二人一同に鐡砲を打かけしに一つは胸にあたり一つは股を貫きたれど、さしてよわる氣色もなく馬を銜へながら十六七間走りしが、つひにそこにて倒れたり。この者共得物を提けて立向へば、狼は手負ひながら立上りてくらひつかんとするを、皆々立かゝりて終に殺せり。實に牛馬もかなはぬものなれば、斯ることもあるべきなりと永代村の彌左衞門といへるもの語りしなり。

 又、貒(まみ)といへる獸もいといと力量ありて、二人の男の動かし得ざる程の岩をいと易く押のくるとなり。この獸岩岸の岩洞(あな)に巣みて狢(むじな)ごとくなるが、狢より口箸(くちはし)とがり前足短く後足高く形なり。齒牙と四爪(つめ)はいと鋭く、これにふるれば死に至るものも有と言へり。性いたく烟を忌るからに、こをとるものその洞穴の口に蕎麥(そば)の殼などをいぶして、しきりに烟を吹き入るれば洞穴に耐へずして駈出るを、矢庭に命門(きふしよ)をうつて殺せるとなり。又この獸前足短かなる故、とく走り得ずとなり。赤倉の岩岸(くら)盲人岩(めくらいは)にはいと多くすめるとなり。

 

[やぶちゃん注:「貒」本文でルビするように、「まみ」と読み、これは後の本文に出る形態描写とその燻しによる狩猟法から、食肉(ネコ)目イヌ型亜目クマ下目イタチ小目イタチ上科イタチ科アナグマ属ニホンアナグマ Meles anakuma である。ウィキの「ニホンアナグマによれば、『日本の本州、四国、九州地域の里山に棲息』。十一月下旬から四月中旬まで『冬眠するが、地域によっては冬眠しないこともある』。体長は四〇~五〇センチメートル、尾長六~十二センチメートルであるが、地域や個体差により、かなり異なる。体重は四~十二キログラム。『指は前肢、後肢ともに』五本あり、親指は他の四本の『指から離れていて、爪は鋭い。体型はずんぐりしている。 食性はタヌキ』((ネコ)目イヌ科タヌキ属タヌキ Nyctereutes procyonoide)と殆んど同じである。『特にミミズやコガネムシの幼虫を好み、土を掘り出して食べる。 巣穴は自分で掘る。 ため糞』『をする習性があるが、タヌキのような大規模なものではなく、規模は小さい。本種は』タヌキ同様、『擬死(狸寝入り)をし、薄目を開けて動かずにいる』とあり、『タヌキと本種は混同されることがある』『が、その理由の一つとして、同じ巣穴に住んでいる、ということがあるのではないかと推察される。本種は大規模な巣穴を全部使用しているのではなく、使用していない部分をタヌキが使用することもある』。『昔の猟師は本種の巣穴の出入口を』一『ヶ所だけ開けておき、残りのすべての出入口をふさぎ、煙で燻して本種が外に出てくるところを待ち伏せして銃で狩猟した。そのときに本種の巣穴の一部を利用していたタヌキも出てきたことも考えられ、このことがタヌキと本種を混同する原因の一つになったと思われる』とある(下線やぶちゃん)。本文に「狢より口箸(くちはし)とがり」とある通り、本種はタヌキより遙かに頭部前部が尖っている

「天保七申の年の二月」天保七年は丙申(ひのえさる)で一八三六年。同年の旧暦二月一日はグレゴリオ暦の三月十七日に相当する。

「永代村」現在の鰺ヶ沢町長平町(ながたいまち)。(グーグル・マップ・データ)。前条に出た「芦萢(あしやち)村」の尾根を越えた東方。

「湯船川」「ゆぶねがは」。長平を通る(「川の名前を調べる地図」のデータ)。

「柴雪舟」一応、「しばゆきぶね」と訓じておくが、これは舟ではなく、簡易に仕立てた橇(そり)様の運搬装置らしい(さればこそ次の運搬難渋の様子が腑に落ちるのである)。底本の森山泰太郎氏の補註に、『しばぞり。木の枝を切ったものをそのまま「そり」の代りにして物をのせ、引いて運んだものであろう。いわば枝ぞりであり、飛騨地方でいう柴ぶねというものと同じか』とあるからである。

「三四丁」三百二十八~四百三十六メートル。

「ひきつり行く」ママ。「引き摺(ず)り行く」であろう。

「氣しき」「氣色」。

「一の岱」「いちのたい」。これで場所を指す固有名らしい(具体な位置は不詳)。「岱」は一般に山の上にある湿原或いは草原様の箇所を指す語である。

「持行しが」「もちゆきしが」。

「六七丁」六百五十五~七百六十四メートルほど。

「去ぬる己亥年」天保一〇(一八三九)年。「己亥」は「つちのとい/キガイ」。

「銜へながら」「くはへながら」。

「十六七間」二十九~三十一メートルほど。

「得物」鉄砲或いは鉈などであろう。

「提けて」ママ。「さげて」。手に。

「立向へば」「たちむかへば」。

「實に」「まことに」。

「押のくる」「おしのくる」。「押し退くる」。

「岩岸」後で「くら」と読んでいる。しばらくそれに従う。

「岩洞(あな)」二字へのルビ。

「狢(むじな)」狸。

「性」「しやう(しょう)」。

「忌る」「いめる」、或いは「いやがる」と訓じているかも知れぬ。

「洞穴に耐へずして駈出るを」「洞穴に」籠れるに「耐へずして」駈出」(かけいづ)「るを」。

「矢庭に」「やにはに」。間髪を入れずに。

「命門(きふしよ)」「急所」。

「とく」「疾く」。早くは。

「赤倉の岩岸(くら)」岩木山東北の赤倉沢((グーグル・マップ・データ))の切岸か。ここを下ると、青森県弘前市百沢東岩木山の赤倉山神社があり、ここは岩木山の登山口でもある。

「盲人岩(めくらいは)」不詳。こうした古い差別地名は、今のうちに同定しておかないと永久に所在が判らなくなってしまうと私は内心、危惧している。識者の御教授を乞う。]

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