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2016/12/06

谷の響 五の卷 十五 龍まき

 

 十五 龍まき

 

 文化十四年の事にてありけん、御嶽堂の堤普請ありし時、七月の頃にや俄に大雨もの凄じく降り來りて、黑雲渦を卷き中天(なかぞら)におほひたりしが、普請の人夫共數百人すは龍卷ぞとて、ときの聲をあぐること三四度なりしが、その卷ける雲橫にそれて品川町の上に覆ひかゝりけるに、人家二軒廂抔(など)多く卷きあげ卯辰をさして、龍の下りしものと世うはさの風説なりき。この時己も幼少の時にて、その卷きたる雲を遙かに見たりしなり。これより先き天明中に鳥海山より龍卷の出たることあり。そのしたとめの見得ざるは、暫く玆にもらしぬ。

 

[やぶちゃん注:「文化十四年」一八一七年。

「御嶽堂」不詳。識者の御教授を乞う。以下で「堤普請」(人工水路の藩による事業と思われる)とあることから、堂宇の名ではなく、地名か? 後に出る「品川町」は現在の弘前市品川町であるから(ここ(グーグル・マップ・データ))、この地区の外縁にあったと考えてよい。

「七月」グレゴリオ暦では同年旧暦七月一日は八月十三日である。

「廂」「ひさし」。

「卯辰をさして」底本では「さして」にママ注記するしかし「卯辰」は東北東であり、そちらに向かって竜巻が動いたと解釈すれば、不審はない。或いは編者の森山氏は、前の「廂」から、これを方位としての「卯辰」ではなく、「梲・卯建」(うだつ・うだち:民家の両褄に屋根より一段高く設けた小屋根附きの土壁及びこれにさらに附属させた袖壁の称。家格の豊かなるを示し、装飾だけでなく防火をも兼ねた)と採り、それを「さす」というのはおかしいから、「壊して」の意味の誤記かと考えられたのではなかろうか?

「この時己も幼少の時にて」平尾魯僊は文化五(一八〇八)年生まれであるから、満九歳。少年の日のトラウマとしての実見記憶である。

「天明」一七八一年から一七八九年。

「鳥海山」現在の山形県と秋田県に跨がる、標高二千二百三十六メートルの山。出羽富士。

「そのしたとめの見得ざるは、暫く故にもらしぬ」「下留(したと)め」(下書きしたもの・メモ)で、それが手元にあるはずなのだが、見当たらないので、しばらくはここに記すことが出来ぬ、の謂い。次条に「下留(したどめ)」と出る。

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