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2017/01/13

柴田宵曲 妖異博物館 「ものいふ猫」

 

 ものいふ猫

 

 猫がものを言ふ話は「耳囊」の中に二つある。緣側の端にゐた雀に飛びかゝつて逃した時、殘念だといふのを聞いて、びつくりした主人が早速捕へ、おのれ畜類の身として、ものを言ふこと奇怪である、と既に殺さうとする。猫再び聲を出して、ものを言つたことはありません、と云ひ、主人が驚きの餘り、手をゆるめた際に飛び上つて、遂に行方不明になる。爾來その家では猫を飼はぬことにしたといふのが一つ。

[やぶちゃん注:私の原文と訳注「耳囊 卷之六 猫の怪異の事」を参照されたい。]

 もう一つは寺の猫で、庭に下りた鳩を狙ふので、和尚が追ひ逃すと、これも同じく殘念だと云つた。和尚これを捕へて手に小柄を持ち、人語をなしたことを責める。猫答へて、猫のものを言ふのは私に限りません、十年も生きれば皆申しますので、更に十四五年もたてば、神變を得るのですが、それだけ命を保つた猫がないのです、といふ。それでものを言ふわけはわかつたが、お前はまだ十年にならぬぢやないか、と詰ると、狐との間に生れた猫は、その年功がなくても、ものが言へるのです、と答へた。よしよし、今日ものを言つたことは、わしの外に聞いた者がない、今まで通りこゝに居つてよろしい、と和尚が云ふのを聞いて、猫は三拜して出て行つたが、それきり歸つて來なかつた。この話は寛政七年の春、牛込山伏町の某寺院と明記してある。

[やぶちゃん注:同じく私の「耳囊 卷之四 猫物をいふ事」を参照されたい。

「小柄」「こづか」。雑用に用いる小刀。

「寛政七年」一七九五年。]

 やはり寺院の猫の話ではあるが、「新著聞集」にあるのは、もう少し複雜になつてゐる。淀の城下の淸養院の住持が、天和三年の夏痢病を煩ひ、夕方便所へ行つたところ、緣の切戸を敲いて、これこれと呼ぶ聲がする。七八年も飼ひ馴らした猫が、それまで火燵の上に居つたが、走り出て戸を明け、聲の主である大猫を火燵の上まで連れて來た。今夜納屋町に踊りがある、一緒に行かう、といふのは外から來た猫で、生憎この頃御住持が御病氣で、お側に居らねばならぬから、わしは行かれぬ、といふのが寺の猫である。それでは手拭を貸せ、といふ賴みに對しても、御住持が始終使つていらつしやるから駄目だ、と斷つて送り出した。住持はこの顚末を見屆けて病床に戾り、猫の頭を撫でて、わしの側に居らんでも大事ないから、誘はれたところへ早く行け、手拭もやるぞ、と云ひ聞かすと、猫は早速走り出て、遂に歸つて來なかつた。――この場合猫同士の會話は、ゴロニヤンで差支ないが、住持にわかつたところを見れば、どうしても人語でなければならぬ。「新著聞集」の著者は、この事實に重きを置いて、もの言ふ方は深く問はなかつた。

[やぶちゃん注:「新著聞集」(しんちよもんじふ)は、寛延二(一七四九)年に板行された説話集。日本各地の奇談・珍談・旧事・遺聞を集めた八冊十八篇で全三百七十七話から成る。俳諧師椋梨(むくなし)一雪による説話集「続著聞集」という作品を紀州藩士神谷養勇軒が藩主の命によって再編集したものとされる(以上はウィキの「新著聞集」に拠った)。当話は同「第十 奇怪篇」の四話目。吉川弘文館随筆大成版を参考に、例の仕儀で加工して示す。歴史的仮名遣に誤りがあるが、そのまま引いた。

   *

   ○妖猫友をいざなふ

淀の城下の淸養院の住持、天和三年の夏、痢病わづらゐ、晩方に便にゆかれけるに、緣の切戸をたゝき、これこれと呼こゑきこへしに、七八年も飼(かひ)をきし猫、火燵(こたつ)の上にありしが、頓(やが)てはしり出て、鎰(かぎ)をはづしけるに、外より、大猫一匹來りしを内に入れ、鎰をかけ、火燵の上に伴ひしに、外の猫がいはく、今夜納屋町に踊(をどり)あり。いざ行(ゆか)んと有(あり)ければ、されば此ごろ、住持の病みたまふて、伽(とぎ)をするまゝ、行(ゆく)事は成(なり)がたしといへば、しからば、手拭(てぬぐひ)を借(か)せ、それも住持のひまなく遣ひたまふて、叶(かな)はじとておくりかへし、本のごとくに鎰かけたり。住持、件(くだん)のあらましをうかゞひ見たまふて、立(たち)かへり猫をなで、我(わが)伽はせぬとてもくるしからず、誘ひに來(きた)る所へはやく行け。手拭も得さするぞと云(いひ)れしかば、猫はしり出て、後又も歸らざりしと也。

   *

「淀の城」現在の京都府京都市伏見区淀本町にあった江戸時代の山城淀藩の淀(よど)城。話柄内時制では第二代藩主石川義孝が城主。

「淸養院」白犬ぴーたろー氏のブログ「義犬、忠犬の伝説・墓碑・銅像・史跡を巡る旅〈ワン旅〉」の「にゃん旅 Vol.45 清養院の妖猫(京都府京都市伏見区)」によれば、廃寺で詳細不明であるが、京阪「淀」駅の北にあった寺で、浄土宗系と推測されるらしい。

「納屋町」京阪「淀」駅の二つ隣りの京阪「伏見桃山」駅の西側で、「淸養院」跡辺りからは約五キロメートルほどの場所である。ここ(グーグル・マップ・データ)。中央下方が淀城跡。

「天和三年」一六八三年。まさに「生類憐みの令」の徳川綱吉の治世。]

 日本の猫が人語をなす以上、妖怪の本場たる支那の猫がものを言はぬ筈がない。「夜譚隨錄」の傳ふるところは、たまたま人語をなした猫が、飼主に縛られ打たれる。この場合の飼主の言草は、畜生の分際でもの言ふのは奇怪千萬、といふに在る如くである。その時猫は答へて、猫だからとてものが言へぬわけはありません、禁を犯して敢てせぬまでです、今うつかり口をすべらしてしまつて、後悔しても及ばぬのですが、牝の中にはよく言へぬ者があります、と云つた。その家の人々はこれを信ぜず、更に他の牡猫を縛し、打つてものを言へと命ずる。この猫はニヤアニヤア云ふだけであつたが、前の猫が、わしですらものを言はざるを得なくなつたのだ、お前は無論の事だ、と云つたので、遂に人語を發して、許して下さい、と歎じた。乃ち兩猫ともに之を縱(はな)ち、後また不祥多し、とある。

[やぶちゃん注:「夜譚隨錄」は清の和邦額(一七三六年~?)の小説集。以上は「第二卷」の「貓怪三則」の中の以下。中文サイトより一部の表記や記号を変更して引用する。

   *

永野亭黃門爲予言、其一親戚家、喜畜貓。忽有作人言者、察之、貓也。大駭、縛而撻之、求其故、貓曰、「無有不能言者、但犯忌、故不敢耳。今偶脱於口、駟不及舌、悔亦何及。若牝貓則未有不能言者矣」。其家不之信、令再縛一牝者、撻而求其語、初但嗷嗷、以目視前貓、前貓曰、「我且不得不言、況汝耶」。於是亦作人言求免、其家始信而縱之、後亦多不祥。予聞其説、愈謂「太平廣記」所載、貓言「莫如此、莫如此」之事、爲不誑也。

蘭岩曰、「以言遭楚、貓應自悔、然猶以駟不及舌、痛自懲責、乃人也、每以多言取禍、反怨天尤人、不克自省、誠此貓之不若矣」。

   *]

 以上の諸例は和漢を問はず、たまたま人語をなして人に怪しまれるまでであるが、「夜譚隨錄」にある某公子の話は、著しく妖氣を加へてゐる。太平無事の家で、十數疋の猫を飼ふ。或日の食後、家族閑談の際、召仕が一人も側に居らぬので、夫人が侍女を呼ぶこと三四囘、答へがないのを怪しんでゐると、窓外に當り妙な聲で、同じやうに呼ぶ者がある。公子が簾を挑げて見ても、あたりは寂として誰もゐない。たゞ一匹の猫が窓の上にうづくまつて居り、公子の方を振向いて笑ふやうな表情をした。公子は大いに驚き、皆と共に出て見たが、笑談半分に、今人を呼んでゐたのはお前かと問へば、さうですと答へる。公子の父は甚だ不祥とし、猫を捉へよと命ずると、猫は「わしをつかまへるな、わしをつかまへるな」と繰返し、一躍して屋根へ飛び上つてしまつた。數日間その姿は見えなかつたが、或日小婢が猫に飯を與へる時、ふと氣が付いたら、例の猫が中にまじつて何か食つてゐる。急いで家人に報じ、猫は捉へられて縛られた。鞭打たれること數十度に及んでも、たゞ唸るだけである。公子の父は皆の殺さうといふのを制し、かういふものは棄てた方がいゝと云つたので、米囊に入れて川に投ずることにした。然るにこれを運ぶ二僕が、途中で囊の輕くなつたのに驚き、空しく歸つて來たら、猫は已に家に居つた。それからこの猫が胡牀に登つて、大いに公子の父を罵殺する一條があるが、これはもの言ふ域を遙かに通り越し、演説に類する嫌ひがあるので、こゝには省略する。この猫の妖味は、公子を顧みた時、「面に笑容あり」といふのが頂點であらう。

[やぶちゃん注:これはやはり「夜譚隨錄」の「第二卷」の前に引用した直前にある「貓怪三則」の第一話。但し、全体の話柄の初めの三分の一しか訳出していない。同前の仕儀で、柴田がカットした後半の部分(公子一党の殆んどが滅亡してゆく)も全部含めて、引いておく。

   *

某公子爲筆帖式、家頗饒裕、父母俱存、兄弟無故、得人生之一樂焉。上下食指甚繁、而猶喜畜貓、白老烏員、何止十數。每食則群集案前、嗷嗷聒耳、飯鮮眠毯、習以爲恒。適飯後閒話、家人咸不在側、夫人呼丫環、數四不應、忽聞窗外、有代喚者、聲甚異。公子簾視之、寂無人、唯一貓奴踞窗臺上、囘首向公子、面有笑容。公子大駭、入告夫人。諸昆弟聞之,同出視貓、戲問曰、「適間喚人者、其汝也耶。」貓曰、「然」、眾大嘩。其父以爲不祥、亟命捉之、貓曰、「莫拏我,莫拏我!」。言訖一躍、徑上屋簷而逝、數日不復來。舉室惶然、談論不已。

一日、小婢方餉貓、此貓複雜群中來就食。急走入房、潛告諸公子。諸公子復大擾、同出捉之、縛而鞭之數十。貓但嗷嗷、倔強之態可惡。欲殺之、其父止之曰、「彼能作妖、殺之恐不利、不如舍之」。公子陰命二僕、盛以米囊、負而投諸河。甫出城、囊驟穴、臨河而返、貓已先歸。直至寢室、簾而入、公子兄弟方咸集父母側論貓事、瞥見貓來、胥發怔。

貓登踞胡床、怒視其父、目眥欲裂、張須切齒、厲聲而罵曰、「何物老奴。屍諸餘氣、乃欲謀溺殺我耶。在汝家、自當推汝爲翁、若在我家、雲乃輩猶可耳孫、汝奈何喪心至此。且汝家禍在蕭牆、不旋踵而至、不自驚怕、而謀殺我、豈非大謬。汝盍亦自省平日之所爲乎。生具蚓蟻之材、夤緣得祿。初仕刑部、以距得上官心。出知二州、愈事貪酷。桁楊斧鑕、威福自詡。作官二十年、草菅人命者、不知凡幾。尚思恬退林泉、正命牖下、妄想極矣。所謂獸心人面、汝實人中妖孽、乃反以我言爲怪、真怪事也」。遂大罵不已、辱及所生。舉室紛拏、莫不搶攘。或揮古劍、或擲銅瓶、茗碗香爐、盡作攻擊之具。貓哂笑而起曰、「我去、我去、汝不久敗壞之家、我不謀與汝輩爭也」。亟出戸、緣樹而逝、至此不復再至。

半年後、其家大疫、死者日以三四。公子坐爭地免官、父母憂鬱相繼死。二年之内、諸昆弟・姊妹・妯娌・子姪・奴仆死者、幾無孑遺。唯公子夫婦及一老僕一婢僅存、一寒如范叔也。

閒齋曰、妖由人作、見以爲怪、斯怪作也。唐魏元忠謂、「見怪不怪、其怪自滅」。非見理明晰、不能作是語。雖然、内省多疚、亦不易作坦率漢。

   *

「續墨客揮犀」に某家に衆妖競ひ作(おこ)ることを記して、牝雞は晨(あした)を告げ、犬は頭を裹(つゝ)んで步き、鼠は白晝群がり出で、道具類も勝手に不斷の場所から動く、とある。その家でも閉口の末、徐といふ老巫女に妖を除くことを賴んだ。徐姥がやつて來て、爐に對坐した時、一匹の猫がそこに寢て居つた。家人が現狀を説明して、うちの中で怪をなさぬのはこの猫ばかりです、と云ふと、猫は人のやうに立つて手を拱き、敢てせずと一言云つたので、徐姥は手を下す能はずして逃げ去つた。この「不敢」の一語は、「夜譚隨錄」の「不敢耳」と同義であらう。この猫は幾分ユーモラスな點もあるが、實際この事に直面したら、徐姥と同じく走り去る外はあるまい。

[やぶちゃん注:「續墨客揮犀」(ぞくぼくかくきせい)は宋代の彭乗の小説集。本話は「卷一」の「妖異未必盡爲禍」。中文ウィキソースの同書の電子テクストを参考に、表記の一部を変更して示す。

   *

鄱陽龔冕仲自言其祖紀與族人同應進士舉、唱名日其家眾妖競作、牝雞或晨雊、犬或巾幟而行、鼠或白晝群出、至於器皿服用之物、悉自變易其常處。家人驚懼不知所爲、乃召女巫徐姥者使治之。時尚寒、與姥對爐而坐、有一貓正臥其側、家人指貓謂姥曰、「吾家百物皆爲異、不爲異者獨此貓耳」。於是人立拱手而言曰、「不敢」。姥大駭而去。後數日捷音至、二子皆高第矣、乃知妖異未必盡爲禍也。

   *

「徐姥」の音は「ジヨモ」或いは「ジヨボ」。]

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