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2017/02/22

小穴隆一「鯨のお詣り」(89)「一游亭句集」(1)「鄰の笛」(全)~芥川龍之介との二人句集の小穴隆一分五十句全!

 

 一游亭句集

 

 

  鄰の笛

 

[やぶちゃん注:これは芥川龍之介との二人(ににん)句集で大正一四(一九二五)年九月一日発行の雑誌『改造』に「芥川龍之介」の署名の龍之介の発句五十句とともに掲載されたものの小穴一游亭隆一の発句五十句である。

 芥川龍之介分の五十句は「やぶちゃん版芥川龍之介句集 二 発句拾遺」の「鄰の笛――大正九年より同十四年に至る年代順――」を参照されたい。近い将来、芥川龍之介のそれとこの小穴隆一のこれをカップリングした、初出「鄰の笛」の原型に近いものを電子テクスト化したいと考えている。暫くお待ちあれかし。

私は当該初出誌を所持せず、現認したこともないので断言は出来ないが、龍之介のものが「芥川龍之介」署名である以上、以下の小穴隆一分も「小穴隆一」署名と考えてよいと思う)。岩波書店旧「芥川龍之介全集」の編者の「後記」によると、文末に次の一文があるとする。

   *

後記。僕の句は「中央公論」「ホトトギス」「にひはり」等に出たものも少なくない。小穴君のは五十句とも始めて活字になつたものばかりである。六年間の僕等の片手間仕事は畢竟これだけに盡きてゐると言つても好い。即ち「改造」の誌面を借り、一まづ決算をして見た所以である。 芥川龍之介記

   *

なお、大正十四年七月、芥川龍之介はこの二人句集「鄰の笛」掲載について以下のような記載を残している

 七月二十七日附小穴隆一宛葉書(旧全集書簡番号一三四八書簡)では、

「冠省 僕の句は逆編年順に新しいのを先に書く事にする、君はどちらでも。僕は何年に作つたかとんとわからん。唯うろ覺えの記憶により排列するのみ。これだけ言ひ忘れし故ちよつと」

とある。続く八月五日附小穴隆一宛一三五〇書簡では、

「あのつけ句省くのは惜しいが 考へて見ると僕の立句に君の脇だけついてゐるのは君に不利な誤解を岡やき連に與へないとも限らずそれ故見合せたいと存候へばもう二句ほど發句を書いて下さい洗馬の句などにまだ佳いのがあつたと存候右當用耳」

と続き、八月十二日附小穴隆一宛一三五四書簡では、

「けふ淸書してみれば、君の句は五十四句あり、從つて四句だけ削る事となる 就いては五十四句とも改造へまはしたれば、校正の節 どれでも四句お削り下され度し。愚按ずるに大利根やもらひ紙は削りても、お蠶樣の祝ひ酒や米搗虫は保存し度し。匆々。」

最後に八月二十五日附小穴隆一宛一三五八書簡で、

「改造の廣告に君の名前出て居らず、不愉快に候。」

となって(太字やぶちゃん)、出版社関係の個人名が挙げられ、経緯と今後の対応が綴られている。[ちなみに全集類聚版ではここが八二字削除されている]。

 察するに、芥川龍之介は親友の小穴を軽く見た、『改造』編集者への強い不快感を持ったのである(それと関係があるやなしや分からぬが、翌大正十五年の『改造』の新年号の原稿を芥川は十二月十日に断っている)。以上は私が「やぶちゃん版芥川龍之介句集 続 書簡俳句(大正十二年~昭和二年迄)附 辞世」で注した内容の一部に手を加えたものである。

 なお、その経緯の中に現われる「大利根や」は以下の、

 

大利根や霜枯れ葦の足寒ぶに

 

の句を、「もらひ紙」は、

 

よごもりにしぐるる路を貰紙

 

を、「お蠶樣の祝ひ酒」は、

 

ゆく秋やお蠶樣の祝ひ酒

 

を「米搗虫」は、

 

ゆく秋を米搗き虫のひとつかな

 

の句を指すから、当然と言えば当然乍ら、芥川龍之介の望んだ句は削除対象四句から外されていることが判る。]

 

 

   信濃洗馬にて 

 雪消(ゆきげ)する檐(のき)の雫(しづく)や夜半(よは)の山(やま)

 

 伸餅(のしもち)に足跡つけてやれ子ども

 

 雨降るや茸(たけ)のにほひの古疊(ふるだたみ)

 

 百舌鳥(もず)なくや聲(こゑ)かれがれの空曇(そらぐも)り

 

   雨日

 熟(う)れおつる蔓(つる)のほぐれて烏瓜(からすうり)

 

 けふ晴れて枝(えだ)のほそぼそ暮(くれ)の雪

 

   庚申十三夜に遲るること三日 言問の

   渡に碧童先生と遊ぶ

 身をよせて船出(ふなで)待つまののぼり月(づき)

 

[やぶちゃん注:ブラウザの不具合を考え、前書を改行した。以下、長いものでは同じ仕儀をした。以下、この注は略す。

「庚申十三夜」旧暦九月十三日の十三夜に行う月待(つきまち)の庚申(こうしん)講(庚申の日に神仏を祀って徹夜をする行事)。但し、ここの「庚申」とは、その定日や狭義の真の庚申講(庚申会(え))を指すのではなく、ただの夜遊びの謂いと思われる。

「言問の渡」「こととひのわたし」。浅草直近東の、現在の隅田川に架かる言問橋(ことといばし)の附近にあった渡し場。架橋以前は「竹屋の渡し」と称した渡船場があった。ここ(グーグル・マップ・データ)。]

 

 薯汁(いもじる)の夜(よ)から風(かぜ)は起(た)ち曇(くも)る

 

 山鷄(やまどり)の霞網(かすみ)に罹(かゝ)る寒さ哉(かな)

 

 手拭(てぬぐひ)を腰にはさめる爐邊(ろべり)哉

 

   厠上

 木枯(こがらし)に山さへ見えぬ尿(いばり)かな

 

[やぶちゃん注:「厠上」後でルビを振っているが「しじやう(しじょう)」と読み、「厠(かわや)にて」の意。]

 

 鳥蕎麥(とりそば)に骨(ほね)もうち嚙むさむさ哉

 

 わが庭をまぎれ鷄(どり)かや殘り雪

 

   暮秋

 豆菊(まめぎく)は熨斗(のし)代(がは)りなるそば粉哉

 

 籠(かご)洗ひ招鳥(をどり)に寒き日影かな

 

[やぶちゃん注:「招鳥(をどり)」は現代仮名遣「おとり」で、「媒鳥」「囮」の字を当てる。鳥差しに於いて仲間の鳥を誘い寄せるために使う、飼い慣らしてある鳥のこと。「招き寄せる鳥」の意である「招鳥(おきとり)」が転じたものとも言われる。秋の季語である。]

 

   冬夜 信濃の俗 鳥肌を寒ぶ寒ぶと云ふ

 寒(さ)ぶ寒ぶの手を浸(ひた)したる湯垢(ゆあか)かな

 

 雉(きじ)料理(れう)る手に血もつかぬ寒さかな

 

 壜(びん)の影小窓に移す夜寒(よさむ)哉

 

 鶴の足ほそりて寒し凧(いかのぼり)

 

 大利根(とね)や霜枯(しもが)れ葦(あし)の足(あし)寒(さ)ぶに

 

 尺あまり枝もはなれて冬木立(ふゆこだち)

 

 まろまりて落つる雀の雪氣(ゆきげ)哉

 

   三の輪の梅林寺にて

 厠上(しじやう) 朝貌(あさがほ)は木にてかそけき尿(いばり)かな

 

[やぶちゃん注:「三の輪の梅林寺」現在の東京都台東区三ノ輪にある曹洞宗華嶽山梅林寺であろう。ここ(グーグル・マップ・データ)。

「厠上」は電子化した通り、句上部に同ポイントで入る。但し、これは句の一部ではなく、句意を強調するために前書とせずに句頭に掲げたもので、或いは小穴隆一はポイントを小さくする予定だったものかも知れぬ。似たような用例は芭蕉の名句、

 狂句こがらしの身は竹齋(ちくさい)に似たる哉(かな)

は言うに及ばず、後の芥川龍之介の大正一五(一九二六)年九月の『驢馬』「近詠」欄初出形、

 破調(はてう) 兎(うさぎ)も片耳垂(かたみみた)るる大暑(たいしよ)かな

でも見られる。そこでは芥川龍之介は「破調」のポイントを落している。但し、後に龍之介はこれを前書に移している。]

 

   すでに冬至なり そこひの伯父は

   庭鳥の世話もづくがなければ賣つ

   ぱらふ

 餌(ゑ)こぼしを庭に殘せる寒さかな

 

[やぶちゃん注:「づくがなければ」こちらの記載によれば長野方言のようである(現代仮名遣では「づく」は「ずく」のようである)。「億劫でそれをする気が起こらない・根気がない・やる気が続かない」といった感じの意味合いを持つものと考えてよい。

「庭鳥」「にはとり」。鷄。]

 

 連れだちてまむしゆびなり苳(ふき)の薹(たう)

 

[やぶちゃん注:「まむしゆび」別名「杓文字(しゃもじ)指」とかなどと呼ばれるが、医学的には「短指症(たんししょう)」と称し、指が正常より短い形態変異を広く指す。爪の縦長が短く、幅があって、横に爪が広がっているような状態に見える。実際には手の指より足の指(特に第四指)に多く見られ、成長とともに目立つようになるという。女性に多く見られる遺伝的要因が大きいとされる先天性奇形の一種であるが、機能障害がない限り(通常は障害は認められない)は治療の対象外である。ここは蕗の薹を採るその手(兄弟の子らか)であるから、手の指、特に目立つ親指のそれかも知れぬ。一万人に一人とされるが、私は多くの教え子のそれを見ているので、確率はもっと高く、疾患としてではなく、普通の他の個体・個人差として認識すべきものと考える。]

 

   望郷

 四五日は雪もあらうが春日(はるひ)哉

 

 庭の花咲ける日永(ひなが)の駄菓子(だぐわし)哉

 

   端午興

 酒の座の坊(ぼう)やの鯉(こひ)は屋根の上

 

 桐の花山遠(とほ)のいて咲ける哉

 

 夏の夜の蟲も殺せぬ獨りかな

 

 豌豆(ゑんどう)のこぼれたさきに蟆子(ぶと)ひとつ

 

[やぶちゃん注:「蟆子(ぶと)」「蚋」(ぶゆ・ぶよ)に同じい。昆虫綱双翅(ハエ)目カ亜目カ下目ユスリカ上科ブユ科 Simuliidae に属するブユ類の総称。体長は標準的には二~八ミリメートルで蠅に似るものの小さい種が多い(但し、大型種もいる)。体は黒又は灰色で、はねは透明で大きい。の成虫は人畜に群がって吸血し、疼痛を与える。これ自体も(「豌豆」は夏)夏の季語である。]

 

 餝屋(かざりや)の槌音(つちおと)絶ゆる夜長かな

 

   澄江堂主人送別の句に云ふ 

    霜のふる夜を菅笠のゆくへ哉

   卽ち留別の句を作す

 木枯にゆくへを賴む菅笠(すげがさ)や

 

   望郷

 山に咲く辛夷(こぶし)待つかやおぼろ月

 

 しやうぶ咲く日(ひ)のうつらうつら哉

 

 庭石も暑(あつ)うはなりぬ花あやめ

 

   長崎土産のちり紙、尋あま少なるを貰ひて

 よごもりにしぐるる路(みち)を貰紙(もらひがみ)

  

   大正十二年正月脱疽にて足を失ふ

   松葉杖をかりて少しく步行に堪ふるに

   及び一夏を相模鎌倉に送る 小町園所見

 葉を枯(か)れて蓮(はちす)と咲(さ)ける花(はな)あやめ

 

   短夜

 水盤に蚊の落ちたるぞうたてなる

 

   平野屋にて三句

 藤棚の空をかぎれをいきれかな

 

 山吹を指すや日向(ひなた)の撞木杖(しゆもくづゑ)

 

 月かげは風のもよりの太鼓かな

 

   思遠人 南米祕露の蒔淸遠藤淸兵衞に

 獨りゐて白湯(さゆ)にくつろぐ冬日暮(ふゆひぐ)れ

 

[やぶちゃん注:先行する帳」で前書にルビを振っており、「思遠人」は「ゑんじんをおもふ」で、「祕露」は「ペルー」。]

 

 しぐるるや窓に茘枝の花ばかり

 

[やぶちゃん注:「茘枝」ムクロジ目ムクロジ科レイシ属レイシ Litchi chinensis。花は(ウィキ画像)。]

 

   よき硯をひとつほしとおもふ

 ゆく秋を雨にうたせて硯やな

 

   せつぶんのまめ

 よべの豆はばかりまでのさむさかな

 

 みひとつに蚊やりうち焚く夜更けかな

 

 笹餅は河鹿(かじか)につけておくりけり

 

 

[やぶちゃん注:「河鹿」これは奇異に思われる向きもあろうが、私は断然、これは両生綱無尾目ナミガエル亜目アオガエル科カジカガエル属カジカガエル Buergeria buergeri であると思う。その何とも言えぬ美声を賞玩するために人に贈ったのである。これは近代まで嘗ては普通に季節の贈答として行われていたからである。]

 

 ゆく秋やお蠶樣(かひこさま)の祝ひ酒

 

 ゆく秋を米搗(こめつ)き虫(むし)のひとつかな

 

[やぶちゃん注:「虫」はママ。ここまでが「鄰の笛」の小穴隆一分全五十句である。]

 

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