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2017/02/04

小穴隆一「鯨のお詣り」(3) 「妓女」

 

 妓女

 

『その時私達が招いた黛玉(タイユイ)といふ女の手をとりながら、友はいつた。「何といふ華奢(きやしや)な指だ! まるで象牙をみがいて、ほんのりと紅(べに)をさしたような指だ! こんな指には日本ぢやお目にかゝれないよ。」‥‥』

 これは、村上先生(ソンサンシエヌシオン)の「日本の女・支那の女」のなかの一節である。

 私は私の現代百美圖の中の⦿南花(なんくわ)黛玉(タイユイ)老(らう)二近影⦿ならばともかく、不幸にして、生きの身の黛玉(タイユイ)を見知つてはゐない。天橋(チイエヌチヤオ)の本屋は、私が天橋もこれで最後といふ日に現代百美圖の二册、三十六美圖全圖一册、合せて三册を一毛錢(イマオチエヌ)で私に賣つた。單に美人寫眞の貼込帖(はりこみてふ)と思つて買つたそれらの物は、民國二十年のカレンダーの一枚一枚の裏を大事にして貼つてゐた物であり、一年は三百六十五日、二百三十六日を引いて殘り百二十九日分が缺けた物である。寫眞でよろしい。私は殘りの百二十九美(び)にも接してみたく思つてゐる。

[やぶちゃん注:小穴隆一特有の朦朧文体で、以下の不詳も絡んで、注の付けようがない。

「黛玉」芸妓名(日本の源氏名)らしい。この名は、かの「紅楼夢」(十八世紀中頃、清朝中期(乾隆帝期)に書かれた中国四大奇書の一つ。全百二十回から成るが、前八十回分が曹雪芹(そうせつきん)の、後の四十回は高鶚(こうがく)による続作とされる)に登場する美少女の名として知られる。ウィキの「紅楼夢によれば、主人公賈宝玉(かほうぎょく)の『従妹で幼馴染み。詩才と機知に富む一方病弱で繊細。厭世的で悲観的かつ神経質で極めて感受性の強い美少女。宝玉が好きだがプライドが高いためか素直になれない。西施や趙飛燕にたとえられる華奢で嫋やかな儚げな美貌。西施同様よく眉を顰めている』とある。

『村上先生(ソンサンシエヌシオン)の「日本の女・支那の女」』不詳。いくら調べても、村上姓の同名の書が見つからぬ。識者の御教授を乞う。

「現代百美圖」「三十六美圖全圖」以下の叙述から、昭和一三(一九三八)年以前に中国で作られたものらしいが、不詳。後の小穴の説明から見ると、一部が欠損したか、或いは未完成の、手製のそれ限りのオリジナル美人写真貼り混ぜ帖らしいが、よく判らぬ。従って以下の「南花黛玉老二」という人物も不詳。やはり識者の御教授を乞う。

「民國二十年」一九三一年で昭和六年に当る。小穴隆一の渡中は「民國二十七年」で一九三八年(昭和十三年)。

 

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