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2017/03/22

父上のおん手の詩   山村暮鳥

 

  父上のおん手の詩

 

そうだ

父の手は手といふよりも寧ろ大きな馬鋤(からすき)だ

合掌することもなければ

無論他人(ひと)のものを盜掠(かす)めることも知らない手

生れたままの百姓の手

まるで地べたの中からでも掘りだした木の根つこのやうな手だ

人間のこれがまことの手であるか

ひとは自分の父を馬鹿だといふ

ひとは自分の父を聖人だといふ

なんでもいい

唯その父の手をおもふと自分の胸は一ぱいになる

その手をみると自分はなみだで洗ひたくなる

然しその手は自分を力強くする

この手が母を抱擁(だきし)めたのだ

そこから自分はでてきたのだ

此處からは遠い遠い山の麓のふるさとに

いまもその手は骨と皮ばかりになつて

猶もこの寒天の瘦せた畑地を耕作(たがや)してゐる

ああ自分は何にも言はない

自分はその土だらけの手をとつて押し戴き

此處ではるかにその手に熱い接吻(くちつけ)をしてゐる

 

[やぶちゃん注:「大きな馬鋤(からすき)」「唐鋤」。単に「犂」一字でかく読む場合もある。柄が曲がって刃が広い、非常に古くから汎世界的に使われていた鋤で、多くは牛馬に引かせて田畑を耕すのに使う。「うしぐわ」とも呼ぶ。]

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