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2017/04/14

「想山著聞奇集 卷の貮」 「馬の幽魂殘りて嘶く事」

 

 馬の幽魂殘りて嘶(いなゝ)く事

 

[やぶちゃん注:「嘶く」のルビは目録にある。]

 

Umanorei

 

 美濃の國岐阜の西の方に芥見(あくたみ)村と云(いふ)有(あり)。此邊(あたり)にては馬に灸治(きうぢ)せし後三つ目七つ目廿一日目とて、此三日の内に、一日は血返し迚(とて)、馬を休ませねば凶事(まがごと)有(あり)と云傳(いひつたふ)る事にて、必らず休まする風俗也。然るに同村何某の馬、灸治して七日目に當りし日、よき荷物の出來たるまゝ、主人、此馬を遣ふべしと云けるに、常々任せ置(おき)たる馬士(まご)聞(きき)て、三つ目にも休ませず、けふは七日目の血返しゆゑ、此馬は休ませて下されと云て賴む。主人の云(いはく)、廿一日目には休ませ申すべし。眼前によき荷の來(きた)るを差置(さしおき)て、休ますると云ふ事やある、汝はすゝまずばよせ、我等自身に牽行(ひきゆく)べしとて、やがて荷を付(つけ)て、主人自ら馬を牽て出行(いでゆき)ぬ。夫(それ)より關の方へ行(ゆく)道に、日野坂といふ有(あり)、【岐阜より關へは北の方へ七里程も有(あり)、此(この)日野坂迄は岐阜より三里なりと。】此所へ行懸(ゆきかか)ると、ギバのかけて、俄(にはか)に馬は斃(たふれ)たり。【ギバのかけると云事は、三の卷に委敷(くはしく)書記(かきしる)し置(おき)ぬ、頽馬(だいば)とも云(いひ)、馬の急死也。】夫より此馬の靈魂、此地に止(とどま)りたるか、其後、此所へ馬を牽行(ひきゆく)と、必(かならず)、馬の嘶(いななく)聲(こゑ)聞きこ)ゆるまゝ、牽行(ひきゆく)馬も、必、鳴合(なきあふ)事なれども、何も目に見ゆるものはなし。其嘶く所、道より右の方、五間[やぶちゃん注:九メートル。]程むかふの畑の中に當りて、いつにても同じ所にて嘶き、又、その馬の音色(ねいろ)も、いつとても同じ音(ね)とぞ。今、此邊の馬を牽(ひく)ものは、皆、現に此事をしり居(を)る事也。元來、かの抱(かかへ)の馬士(まご)が此馬を愛する事、大方(おほかた)ならざりし故、馬の斃(たふれ)たる後は甚(はなはだ)力を落し、主人の血合[やぶちゃん注:不詳。不審。仏教用語で貪欲を意味する「痴愛(ちあい)」の誤記か? 識者の御教授を乞う。]をも構はず、牽行(ひきゆき)たる事をいたく悲しみ、遂に是が病根と成(なり)て、此馬士(まご)も間もなく死(しに)たりとぞ。されば、若(もしく)は馬の靈と馬士の靈と合(がつ)して、か樣に魂魄を止(とど)めたるか。何にもせよ、名僧智識の引導などなし給ふものならば、忽ち得脱(とくだつ)して鬼(き)は散滅(さんめつ)なすべきものをと、殘(のこ)り多き事におもふなり。昔、唐土(もろこし)に幽明の鬼をよく見る覡(げき)有(あり)て、違(たが)ふ事なし。或人、鵞(がてう)の死(しに)たるを塚に埋置(うめおき)て、かの覡に鑑覽(かんらん)なさしむるに、再應(さいわう)考(かんがへ)て不審をなし、此塚には靈魂なし、唯、鵞一羽のみ彳(たたず)み居(をり)たりといへり。鵞にも鬼は【鬼とは俗に云(いふ)幽靈の事也。】有(ある)ものかとの事、酉陽雜俎(いうようざつそ)に見えたり。是を以て見る時は、此馬もかの覡に見せしめば、馬の鬼の殘り居るは、鏡に懸(かか)たる如き事也。此馬の斃(たふれ)たるは文政四年【辛巳(かのとみ)】[やぶちゃん注:一八二一年]の事とぞ。是は予が方(かた)の下男、同州志津野(しつの)村吉松が、自身に其地へ馬を牽步行(ひきありきゆき)、此事を能(よく)知居(しりゐ)て、具(つぶさ)に語りし事なり。

[やぶちゃん注:「芥見村」現在の岐阜市東部の芥見(ここなら(グーグル・マップ・データ)。但し、この地区外にも「芥見」を附す地名が点在する)・大洞・加野・岩井などの地区に相当する。

「馬に灸治せし」想山も後で割注する、先行する「想山著聞奇集 卷の壹」「頽馬の事を参照のこと。

「三つ目七つ目」「三つ日目」「七つ日目」の約。

「血返し」灸療治によって変則した血流を元の状態にゆっくりと戻すことを指すか。

「日野坂」附近(グーグル・マップ・データ)。現在の岐阜市日野東。

「關」現在の岐阜県関(せき)市附近。岐阜市の東北直近。ここ(グーグル・マップ・データ)。「岐阜より北へ」とあるが、正しくは「北東」である。

「ギバ」先行する「想山著聞奇集 卷の壹」「頽馬の事を参照のこと。

「覡」古くは「巫(ふ)」。中国古代のシャーマン。舞を舞ったり、呪文を唱えたりして神霊を下ろし、祈誓して神を憑依させたりして、その神意を伺った。先秦時代からその存在は知られており、漢代になると女性で神がかりになる者を「巫」と呼び、男性のそれを「覡(げき)」と呼び分けるようになった。これら行事は中国道教史に於いてかなり重大な役割を持ち続けている。本邦ではこれや「巫」を「かんなぎ」(古くは「かむなき」。「神(かむ)和(な)ぎ」の意)と和訓する(後代では「みこ」と読むと、概ね「巫女」で、女性のそれを指すこととなった。日本の陰陽道や神道ではその役に未婚の女性が選ばれたことによるもので、本来は男でも「みこ」である)。

「鬼とは俗に云幽靈の事也」とは想山らしくもない不全な割注である。ここは中国の事例を引いた部分への割注である以上、本来の「鬼」の意、単なるフラットな「死者」の意をまずは挙げてから「幽魂」の意を述べるのが筋であろう。

「酉陽雜俎」(現代仮名遣では「ゆうようざっそ」)は唐の段成式(八〇三年~八六三年)が撰した怪異記事を多く集録した書物。二十巻・続集十巻。八六〇年頃の成立。以上はちょっと調べてみたが、「酉陽雜俎」にはどうも見出せず(あるのかも知れぬが、中文サイトの同書の単語検索でも掛かってこない。訳文は持っているので発見したら、追加する)、中文サイト内の「欽定四庫全書」の陳元龍撰「格致鏡原卷八十」の「鳥四」の中に(何故か「雞」のパートにある)以下のようにあるのを発見した。

   *

抱朴子呉景帝有疾召覡視之得一人欲試之乃殺鵞而埋於苑中深小屋施牀几以婦人屣服物著其上乃使覡視之告曰若能説此家中鬼婦人形狀者加賞而即信矣竟日無言帝推問之急乃曰實不見有鬼但見一頭白鵞立墓上所以不卽白然則鵞死亦有鬼也

   *

明らかにシチュエーションが酷似するから、同源の話柄である。

「志津野村吉松」「志津野村」(現在の岐阜県関市志津野(しつの)。ここ(グーグル・マップ・データ))も「吉松」も既出。「想山著聞奇集 卷の壹」「頽馬の事及び「想山著聞奇集 卷の壹」「狐の行列、幷讎をなしたる事 附 火を燈す事」を参照。]

 

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