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2017/04/06

「想山著聞奇集 卷の貮」 「猫のもの云たる事」

 

 猫のもの云たる事

 

Nekonomonohiitarukoto

 

 牛込榎町(えのきちやう)御先手組に住(すめ)る羽鳥何某の家に、年久敷(ひさしく)飼置(かひおき)たる白黑ぶちの雄猫有(あり)。天保六年【乙未(きのとひつじ)】[やぶちゃん注:一八三五年。]の秋の事成(なる)が、此猫、椽側(えんがは)に居て、人の言葉をなして、來たかと云(いへ)ば、隣の猫來り、ニヤア、と答へたり。主人、直(ぢき[やぶちゃん注:「近いこと」の名詞と採った。])障子の側に居て、障子越(ごし)に此聲を聞(きき)、不審思ひ、外(そと)に人も居(ゐ)ず、正敷(まさしく)猫がもの云(いひ)たるなと知(しり)ながら、羽鳥も寛優(ゆたか)なる人にて、一向驚(おどろき)もせず。大切にして人にも語らず居たるに、又或日、常々出入する町の者來り居(ゐ)たるに、そのものゝ少し側(そば)にて、猫がニヤアと鳴(なく)と、直障子の外の椽の所にて、又來たなと云(いひ)たり。人なき所ゆゑ、驚き障子をあけて能(よく)見ると、隣の猫、向(むかひ)より來(きた)るに、内の猫もの云(いひ)たるに相違なし。因(よつ)て大(おほき)に驚き、主人に告(つぐ)ると、成程、夫(それ)は猫の物云たるに相違なし。此間、我等も聞たりとて、一向驚かずして、夫なりに飼置たるに、其後(のち)一年餘り過(すぎ)て、老(おい)て斃(おち)たり[やぶちゃん注:死んだ。]と。猫のもの云たりと云(いふ)咄はいくらも有(あり)て、新著聞集にも、淀の淸養院の住持、天和三年の夏、痢病を煩ひて、便(べん)に行(ゆか)れけるに、緣の切戸(きりど[やぶちゃん注:大きな戸に設けた出入りの小さな戸。])をたゝき、是々と呼(よぶ)聲聞えしに、飼置し猫、火燵(こたつ)の上に在(あり)しが、頓(やが)て走り出(いで)て、鎰(かぎ)をはづしけるに、外より大猫一疋來りしを、内にいれ鎰をかけ火燵の上に伴ひしと。かの猫が曰、今夜納屋町に踊(をどり)あり、いざ行(ゆか)んと有(あり)ければ、此頃は住持のやみ給ふて、伽(とぎ)をするまゝ、行事(ゆくこと)成(なり)難しと斷る。然らば手拭(てぬぐひ)をかせと云(いへ)ば、夫(それ)も住持の隙(ひま)なく遣ひ給ふて叶はじとて送り返し、本(もと)の如くに鎰かけたりとの事あり。全く同日の話なり。又、同書に、增上寺の脇寺德水院にて、猫、梁の上にて鼠を追(おふ)とて取(とり)はづし、梁の下へ落ち、南無三寶と大聲して云(いひ)たりと云(いふ)も、同日の談にて珍しからざれども、前の談は眼前の事也とて、羽鳥が同役の内藤廣庭(ひろには)より聞(きき)たるまゝを記しぬ。又、猫の人言(ひとごと)をなす事、天中記に、北夢瑣言(ほくぼうさげん)を引(ひき)て云(いふ)。左軍容使嚴遵美閹官中仁人也、嘗一日發ㇾ狂手足舞踏、傍有一猫一犬猫忽謂ㇾ犬曰、軍容改ㇾ常顚發也、犬曰、莫管ㇾ他從一ㇾ他、俄而舞定自驚自笑と云々是等も珍と云べし。見當り置(おき)しまゝ、記し添置(そへおき)ぬ。扨、猫の言(ものいふ)其(その)譯は、耳囊と云(いふ)隨筆に見えしは、成程、左も有べき事かと思ふまゝ、是又、其儘寫(うつ)しおきぬ。前の言(ものいひ)たる猫も、十年程、飼置たる猫との事なれば、怪(あやし)むにはたらざる事にや。耳囊に曰、寛政七年の春。牛込山伏町の何とかいへる寺院、祕藏して猫を飼ひけるが、庭に下りし鳩の、心能(こころよ)く遊ぶをねらひける樣子ゆゑ、和尚聲を懸(かけ)、鳩を追逃(おひのが)し遣(や)るに、猫、殘念也と物云(ものいひ)しを、和尚大(おほき)に驚(おどろき)、右猫、勝手の方へ逃(にげ)しを押へて小柄(こづか)を持(もち)、汝、畜類として物を云(いふ)事、奇怪至極也、全(まつたく)化け候て人をもたぶらかしなん、一旦人語をなすうへは、眞直(しんちよく)に尚又(なほまた)申(まうす)べし、若(もし)いなみ候におひては、我(われ)殺生戒を破りて汝を殺(ころさ)んと憤りければ、彼(かの)猫の申(まうし)けるは、猫の物云事、我等(われら)に限らず、十年餘りも生(いき)候へば、都(すべ)て物は申(まうす)物にて、夫(それ)より十四五年も過(すぎ)候へば、神變を得候事也、併(しかし)、右の年數ほど命を保(たもち)候猫これなきよしを申けるゆゑ、然らば汝等の物云も分りぬれど、未(いまだ)拾年の齡(よはひ)にあらずと尋問(たづねとひ)しに、狐と交(まぢは)り生れし猫は、其年功(ねんこう)なくとも物云事なりとぞ答(こたへ)ける故、然(さ)らば今日(けふ)物云しを外(ほか)に聞(きき)たる者なし、我(われ)暫くも飼置たるうへは何か苦しからん、是迄の通り罷在(まかりある)べしと和尚申ければ、和尚へ對し三拜をなして出行(いでゆき)しが、其後(のち)いづちへ行(ゆき)しか見えざりしと、彼(かの)最寄(もより)に住(すみ)ける人の語り侍る。

[やぶちゃん注:引用漢文中の「管」の字の(かんむり)は底本では「竹」ではなく「爫」であるが、中文サイトで原典を複数見るに総て「管」となっていることからそれで示した。

「牛込榎町」現在の東京都新宿区東榎町とその周辺(現行の東榎町・南榎町などを含む)。ここ(グーグル・マップ・データ)。

「御先手組」若年寄支配で江戸の治安維持を職掌とした。旧牛込榎町(えのきちょう)には彼らの屋敷(官舎)地があり、ここらは通称で「馬ノ組」と呼ばれたらしい。

「新著聞集」の前の話は「第十 奇怪篇」の「妖猫友をいざなふ」で、こちらは私の柴田宵曲 妖異博物館 「ものいふ猫」の本文及び私の注を参照されたい。私が原典を引いてそれに詳細なオリジナル注も附してある。

「新著聞集」の前の話は「第十七 俗談篇」の中の「猫人のためにかたる」である(前の話とはセットではないので注意されたい)。所持する吉川弘文館随筆大成版を参考に、漢字を恣意的に正字化して示す。

   *

江戸增上寺の脇寺の德水院に、久しく飼れし赤猫あり。ある時、梁の上にて、鼠をおひまはしけるに、何としたるにや取はづし、梁の下へおち、南無三寶と大ごゑして云しかば、人々聞つけ、扨は猫またぞや。粗相なる化やうやと云ければ、それより、いづくへ逃さりしか。ふつに見へざりし。元祿年中の事なり。

   *

「内藤廣庭」不詳。ただ、想山と同時代人の、幕末の国学者で同じ尾張藩に仕えたこともある内藤広前(ひろさき 寛政三(一七九一)年~慶応二(一八六六)年)の初名は広庭である。同名異人か?

「天中記」明の陳耀文編の典籍考証書。多くの珍しい典故や文章を出所を明記して原文の誤りを正した上、七百九十六類に分けて収録したもの。書名は著者の住居の近くにある天中山に因む。以下の原文は「卷五十四」にあり、中文サイトでは「人言左軍容使嚴遵美閹官中仁人也嘗一日發狂手足舞蹈傍有一猫一犬猫忽謂犬曰軍容改常也顚發也犬曰莫管他從他俄而舞定自驚自笑且異猫犬之言遇昭宗播廷乃求致仕」とある。

「北夢瑣言」唐末から北宋初の孫光憲が、唐末から五代にかけての著名人の逸話を集めた書。因みに同書の「六」にある「好事不出門、惡事行千里」(好事、門を出でず、惡事、千里を行く)は「悪事千里を走る」の典拠として知られる。

「左軍容使嚴遵美閹官中仁人也、嘗一日發ㇾ狂手足舞踏、傍有二一猫一犬一猫忽謂ㇾ犬曰、軍容改ㇾ常顚發也、犬曰、莫二管ㇾ他從一ㇾ他、俄而舞定自驚自笑。」自己流で書き下しておく。一部(「莫二管ㇾ他從一ㇾ他」の箇所)の読点には従わなかった。

   *

 左軍容使嚴遵美(げんしゆんび)、閹官(えんくわん)中の仁人なり。嘗て一日(いちじつ)、狂を發し、手足、舞ひ踏(をど)る。傍(かたは)らに一猫(びやう)・一犬有りて、猫、忽ち、犬に謂ひて曰く、

「軍容、常を改め、顚發(てんぱつ)せるなり。」

と。犬、曰く、

「他(かれ)を管(くわん)する莫(な)かれ、他(かれ)に從へ。」

俄かにして舞ひ定(しづ)まり、自(み)づから驚き、自づから笑ふ。

   *

語注しておく。「遵」を現行で「ジュン」と読むのは慣用読みである。「閹官」は宦官に同じい。「一日」ある日。「莫管他從他」の読みは個人サイト「肝冷斎日録」のこちらの記載を参考にしたが、その訳によればこれは「ほっとけ! やらせとけ!」といった謂いらしい。これ、ここでは前後がないので意味不明の唯の発狂に見えるが(だとしたらしかし、犬猫が言葉を発した「ぐらいのこと」で正気には戻らぬと私は思うのである)、リンク先を読むと眼から鱗である。或いは隠棲したい或いは仕事を辞めたいということから起した「佯狂」ででもあったのかも知れぬ。

「耳囊と云隨筆に見えし」私の「耳囊 之四 猫物をいふ事の電子化注を参照されたい。「耳囊」には別に猫が人語を操る例として之六 猫の怪異の事の外、猫の怪異や報恩譚が満載である。]

 

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