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2017/05/01

f佐藤春夫 未定稿『病める薔薇 或は「田園の憂鬱」』(天佑社初版版)(その5)

 

    *    *    * 

      *    *    *

 

 自然の景物は、夏から秋へ、靜かに變つて行つた。それを、彼ははつきりと見ることが出來た。

 夜は逸早くも秋になつて居た。轡蟲だの、蛼だの、秋の先驅であるさまざまの蟲が、或は草原で、或は床の下で鳴き初めた。樂しい田園の新秋の豫感が、村人の心を浮き立たせた。村の若者達は娘を搜すために、二里三里を凉しい夜風に吹かれながら、その逞しい步みで步いた。或る者は、又、村祭の用意に太鼓の稽古をして居た。その單純な鳴りものゝ一生懸命なひゞきが、夜更けまで、野面を傳うて彼の窓へ傳はつて來た。

[やぶちゃん注:「轡蟲」「くつわむし」。

「蛼」「こほろぎ(こおろぎ)」。]

 

 彼の狂暴ないら立たしい心持は、この家へ移って來て後は、漸く、彼から去つたやうであつた。さうして秋近くなつた今日では、彼の氣分も自ら平靜であつた。彼は、ちやうど草や木や風や雲のやうに、それほど敏感に、自然の影響を身に感得して居ることを知るのが、一種の愉快で誇りかにさへ思はれた。この夜ごろの燈は懷しいものの一つである。それは心身ともに疲れた彼のやうな人人の目には、柔かな床しい光を與へるランプの光であつた。そのランプのガラスの壺は、石油を透して琥珀の塊のやうに美しかつた。或る時には、薄い紫になつて、紫水晶のことを思はせた。その燈の下で、彼は、最初、聖フランシスの傳記を愛讀しようとした。けれども彼は直ぐに飽きた。根氣というものは、彼の體には、今は寸毫も殘されては居なかつた。さうしてどの本を讀みかけても、一切の書物はどれもこれも、皆、一樣に彼にはつまらなく感じられた。そればかりか、そんな退屈な書物が、世の中で立派に滿足されて居るかと思ふと、それが非常に不思議でさへあつた。何か――人間を、彼自身を、別世界へ引きづり上げて行くやうな、或はこの古い世界を全然別のものにして見せるやうな、或は全く根底から覆すやうな、非常な、素晴らしい何ものかが何處かにありさうなものだ、と彼はしばしば漫然とそんなことを攷へて見た。さうして、この重苦しい退屈が、彼の心に巣喰うて居る以上、その心の持主の目の見る世界萬物は、何時も、すべて、何處まででも、退屈なものであるのが當然であることを、彼が知らないのではなかつた。但、さういふ狀態の己自身を、どうして新鮮なものにすることが出來るか、人人が大勇猛心と呼で居るものは、どんなものか。それを何處から彼の心へ齎すべきか、それらのすべては彼には全然知り得べくもなかつた。さうして田舍にも、都會にも、地上には彼を安らかにする樂園はどこにもない。

 「ただ萬有の造り主なる神のみ心のままに‥‥」

 と、言つて見ようか‥‥。彼の心は太鼓のひゞきに耳を傾けて、その音の源の周圍をとり圍んで居るであらう元氣のいい若者達を、羨しく想像した。

[やぶちゃん注:「聖フランシス」中世イタリアで最も知られた聖人の一人で、フランシスコ会(フランチェスコ会)の創設者として知られるアッシジのフランチェスコ(イタリア語:Francesco d'Assisi/ラテン語:Franciscus Assisiensis:本名:ジョヴァンニ・ディ・ピエトロ・ディ・ベルナルドーネ Giovanni di Pietro di Bernardone 一一八二年~一二二六年)。「裸のキリストに裸でしたがう」ことを求め、悔悛と「神の国」を説いた。よく知られることであるが、参照したウィキの「アッシジのフランチェスコによれば、彼は『ウサギ、セミ、キジ、ハト、ロバ、オオカミに話しかけて心がよく通じ合ったといわれ』、『魚に説教を試み、オオカミを回心させた伝説が知られ、とくに小鳥に説教した話は有名である』。

「呼で」「よんで」。]

 

 彼の机の上には、讀みもしない、又、讀めもしないやうな書物の頁が、時々彼の目の前に曝されてあつた。彼はその文字をたゞ無意味に拾つた。彼は、又、時々大きな辭書を持ち出した。そのなかから、成可く珍らしいやうな文字を搜し出すためであつた。言葉と言葉とが集つて一つの有機物になつて居る文章といふものを、彼の疲れた心身は讀むことが出來なくなつて居たけれども、その代りには一つ一つの言葉に就てはいろいろ空想を呼び起すことが出來た。それの靈を、所謂言靈(ことだま)ありありと見るやうにさへ思ふこともあつた。その時、言葉に倦きた時には、彼はその辭書のなかにある細かな插畫を見ることに依つて、未だ見たことも空想したこともない魚や、獸や、草や、木や、蟲や、魚類や、或は家庭的ないろいろの器具や、武器や、古代から罪人の所刑に用ひられたさまざまな刑具や、船や建築物の部分などを知ることを喜んだ。それらの器物の形や言葉の言靈のなかには、人類の思想や、生活や、空想などが充ち滿ちて居るのを感じた――それは極く斷片的にではあつたけれども。さうして、彼の心の生活はその時ちやうどそれらの斷片を考へるに相應しただけの力しか無いのであつた。

[やぶちゃん注:「成可く」「なるべく」。]

 

 彼は、時々、夜更けになつてから、詩のやうなものを書くこともあつた。それはその夜中、彼自身には非常に優秀な詩句であるもののやうに信ぜられた。併し、翌日になつて目を覺して最先きにその紙片を見ると、それは全く無意味な文字が羅列されてあつた。

 

 彼は家の圖面を引くことを、再び始めた。彼は非常に複雜な迷宮のやうな構へを想像することがあつた。さうかと思ふと、コルシカの家のやうに、客間としても臺所としても唯大きな一室より無い家を考へることもあつた。

[やぶちゃん注:「コルシカ」地中海西部、イタリア半島の西に位置するフランス領のコルシカ島(コルシカ語: Corsica/フランス語:Corse(コルス))。フランス皇帝ナポレオン一世の出身地として知られるが、ウィキの「コルシカ島によれば、『コルシカ島は面積の割に急峻な山岳地帯が大半を占め、それほど大規模の農業・産業が展開できない土地であるため』、『居住人口は少なく、沿岸部および山岳部には手付かずの自然が残されている』とある。]

 

 かうして又しても生氣のない無聊が來た。さうしてそれが幾日もつづいた。

 

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