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2017/05/21

自畫像   萩原朔太郎

 

                 自畫像

わたしは兩手を坭だらけの兩手をふつて

わたしは海岸〔を〕の砂をはしつて居た

風の〔かみのくる〕ふく方角にむかつた

わたしは〔風のやうに〕とんで居た

風のやうにはしつて居た

沖では舟〔が〕〔帆が白→を→があ〕ふくらんで

わたしは

沖〔に〕ではそのとき舟はみよいつさい沖に帆をはらみ

かもめは地上に白く光りかがいてゐた

ああ、わたしは風のいとけないわたしの心は

 

[やぶちゃん注::底本は昭和五二(一九七七)年刊筑摩書房版全集第三巻の「未發表詩篇」(三一九頁)に拠った。〔 〕は抹消に先き立って抹消された箇所を示し、「→」は推敲順序を示す。「自畫像」という添題らしきものは底本の注に従って推定して私が再現した。「坭」は「泥」に同じい。当該詩篇は底本本文で以下のように全集編者によって校訂されたものが載る。お分かりの通り、九行目の「かがいていた」は編者によって脱字と判断されて「や」が補塡されてある

 

坭だらけの兩手をふつて

わたしは海岸をはしつて居た

風のやうにはしつて居た

そのとき舟はいつさいに帆をはらみ

かもめは地上にかがやいてゐた

いとけないわたしの心は

 

底本ではこの詩篇の八篇後に『一九一五、四』のクレジットをもつ詩篇を編者は配しており、この「未發表詩篇」は編者によって推定編年順で配列されているから、それよりも前、「月に吠える」時代(同詩集刊行(大正六(一九一七)年)前の創作期)の詩篇と推定出来る。]

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