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2017/05/07

佐藤春夫 未定稿『病める薔薇 或は「田園の憂鬱」』(天佑社初版版)(その16)

 

    *    *    *

      *    *    *

 

 「決して熱なんかは無くつてよ、反つて冷たい位だわ。」

 彼の額へ手を翳して居た彼の妻は、さう言つて、手を其處からのけて、自分の額へ手を當ててみて居た。

 「私の方がよつぽど熱い。」

 それが彼には、反つて甚だ不滿であつた。試みに測つて見ようと、驗溫器を出させてみると、それは度度の遠い引越しのために、折れて居た。

 

 若し熱のためでないとすれば、それはこの天氣のせいだ、このひどい風のせいだ。と彼は思つた。全くその日はひどい風であつた。あるかないかの小粒の雨を眞橫に降らせて、雲と風自身とが、吹き飛んで居た。そのくせ非常に蒸暑かつた。こんな日には、彼は昔から地震に對する恐怖で怯えねばならなかつたのだけれども、今日はこの激しい風のためにその點だけは安心であつた。併し、風の日は風の日で、又その異常な天候からくる苛立たしい不安な心持が、彼を胸騷ぎさせたほどびくびくさせた。

 

  猫よ、猫よ。あとへあとへついて來い!

  猫よ、猫よ。おくへおくへすつこめ!

 ふと、劇しく吹き荒れる大風の底から一つの童謠の合唱が、ちぎれちぎれに飛んで來た。それらは風のかたまりに送り運ばれて、吐絶え勝ちに、彼の耳もとへ傳つて來たやうに思はれた。けれども、それもやはり幻聽であつたのであらう。それは長い間忘れて居た彼の故郷の方の童謠であつたからである。風の劇しい日(然うだ、こんな風の劇しい日に)子供たちが、特に女の子たちが、驅けまわりながら互に前の子の帶の後へつかまり合つたり、或は前の子の羽織の下へ首を突込んだりしながら、こんな謠を今のやうな節で合唱して、繰り返して、彼等は風のためにはしやぎながら、彼の故郷の家の門前の廣場をぐるぐると環になつてめぐつて居たものであつた‥‥それはモノトナスな、けれどもなつかしいリヅムをもつた疊句のある童謠で、また謠の心持にしつくりとはまつた遊戲であつた。それを見惚れて、砂埃の風のなかで立つて居る子供の彼自身が、彼の頭にはつきりと浮んで來た。それが思ひ出の緒口になつた。‥‥城跡のうしろの黑い杉林のなかで、或る夕方、大きな黑色の百合の花を見出した事、そのそばへ近よつてそれを折らうとして、よくよく見て居るうちに、急に或る怪奇な傳説風の恐怖に打たれて、轉げるやうに山路を驅け下りた。次の日、下男をつれて、そのあたりを隈なく搜したけれども、其處には何ものもなかつた。それは彼には、奇怪に思へる自然現象の最初の現れであつた。それは子供の彼自身の幻覺であつたか、それとも自然そのものの幻覺とも言へる眞實の珍奇な種類の花であつたか、それは今思ひ出しても解らない。ただその時の風にゆらゆらゆれて居るその花の美しさは、永く心に殘つた。その珍らしい花が、彼の「靑い花」の象徴ででもあつたやうに。彼はその頃からそんな風な淋しい子供であつた。さうして彼の家の後である城跡の山や、その裏側の川に沿うた森のなかなどばかりを、よく一人で步いたものであつた。「鍋わり」と人人の呼んで居た淵は、わけても彼の氣に入つて居た。そこには石灰を燒く小屋があつた。石灰石、方解石の結晶が、彼の小さな頭に自然の神祕を教へた。又、その淵には、時々四疊半位な大きな碧瑠璃の渦が幾つも幾つも渦卷いたのを、彼はよく夢心地で眺め入つた。さうしてそれを夢のなかでも時々見た。その頃は八つか九つででもあつたらう‥‥。何か噓をつくと、其の夜はきつと夜半に目が覺めた。さうしてそれが氣にかかつどうしても眠れなかつた。母を搖り起して、その切ない懺悔をした上で、恕を乞ふとやつと再び眠れた。‥‥それから、然う、然う、夜半に機を織る筬の音を每夜聞いたこともあつた。あの頃、俺は五つか六つ位であつたらう。俺は昔から幻聽の癖があつたものと見える――彼はさう思ひ出して愕いた。それ等幼年時代の些細な出來事が、昨日のことよりももつとありありと(その頃の彼には昨日のことは漠然として居た)思ひ出された。然もそれ等は今日まで殆んど跡方もなく忘却し盡して居たことばかりだつたのに。さうして、彼はその思ひ出のなかのその子供のやうに、彼の母や兄弟や父を戀しく懷しく思ひ浮べた。この時ほど切なくそれらの人人を思ひ出したことは、今までに決してない。その母へも、父へも、どの兄弟へも、彼はもう半年の上も便りさへせずに居た。彼は第一に母の顏を思ひ出さうと努めて見た。それは、半年ばかり前に逢つて居ながら、決して印象を喚びせなかつた。奇妙にも、無理に思ひ出さうとすると、十七八年も昔の或る母の奇怪な顏が浮び出た――母は丹毒に罷つて居た。黑い藥を顏一面に塗抹して、黑い假面のやうに、さうして落窪んだ眼ばかり光らせて、その病床の傍へ來てはならないと言ひながら、物憂げに手を振つた怪物のやうな母の顏である。さうして、その時子供の彼はしくしくと庭に出て一人で泣いた。その泣いた目で見た、ぼやけた山茶花の枝ぶりと、簇つた花とが、不思議とその母のその顏よりもずつと明瞭に目に浮び出る‥‥‥‥

[やぶちゃん注:「幻聽であつたのであらう。」底本は「幻聽であたのであらう。」。脱字と断じて、定本に依って補った。

「モノトナス」monotonous。「単調な・変化がなくて同じ調子の音が連続する・抑揚の殆んどない」の意。

「疊句のある童謠で、」底本は「疊句のあるの童謠で、」。衍字と断じて、定本に依って除去した。

「緒口」「いとぐち」。定本にもかくルビする。

「黑色の百合の花」狭義の高山性(北海道では平地にも植生する)の単子葉植物綱ユリ亜綱ユリ目ユリ科バイモ属クロユリ(Fritillaria camschatcensis は、佐藤春夫の生地で少年期を過ごした和歌山県新宮市には分布しない。バイモ属 Fritillaria には、褐色系のものや花に黒斑を有するもの(例えば、近畿地方を中心に分布するコバイモ(ミノコバイモ)Fritillaria japonica)があるが、これらは逆立ちしても「黒百合」には見えない。当初、私は対先だってまで家の裏山に沢山咲いていた、単子葉植物綱オモダカ亜綱オモダカ目サトイモ科テンナンショウ属ウラシマソウ Arisaema urashima の肉穂花序を包む大型の濃紫色の仏炎苞(ぶつえんほう)の誤認ではないか(遠目には私には黒く見え、筒状のそれは百合に似ていないとは言えぬと私は感ずる)と疑ったが、植物に詳しい佐藤春夫が幾ら少年期の記憶とは言え、誤認するとは思われぬから、ここはやはり〈幻花〉であったととるべきである。

「或る怪奇な傳説風の恐怖」「風」とあるから、特段に具体的な黒百合の不吉な具体伝承を示す必要はないと思われるが、参考までに言っておくと、まず、私は山岳部で何度もクロユリを見たが、見た目が山では特に目立ち、可愛い(と私は思う)ものの、蠅(じょう)媒花であるため、嗅ぐと、生ゴミの饐えたような変な匂いがする花である。黒百合の花言葉は「恋」と「呪い」「復讐」で、前者はアイヌの伝承に於いて、好きな人への思ひを込めた黒百合を相手の近くに置き、相手がそれを誰が置いたかを知らずに手にとれば、その二人はいつか必ず結ばれるとされることに由来するとされるが、後者の不吉なそれは、佐々(さっさ)成政が寵愛した側室早百合を正室の讒言から惨殺、その際に早百合が「立山にクロユリの花が咲いたら、佐々家は滅亡する」と呪いの言葉を吐き、後に事実、成政は切腹なって佐々家も断絶したという伝承に基づくものとされる(詳しくは、例えば占いサイトのこちらの記事がよく書けている)。これはかなり有名な黒百合伝説であるから、或いは春夫の念頭にはこの残酷譚があったのかも知れぬ。アイヌのそれは相手に知られないようにというところがミソであり、孰れにしても黒百合は人に贈るのはすこぶるまずいことが判る。

「下男」佐藤家は代々、下里村(現在の那智勝浦町の内)で医師を生業としてきた家系で、春夫の父豊太郎も医者で九代目に当たった。

「靑い花」ドイツ・ロマン派初期の代表的詩人で小説家であったノヴァーリス(Novalis:本名:ゲオルク・フィリップ・フリードリヒ・フォン・ハルデンベルク:Georg Philipp Friedrich von Hardenberg 一七七二年~一八〇一年:ペン・ネームの「ノヴァーリス」はラテン語で「新開墾地」の意)の未完の教養小説で、ロマン派文学の代表作の一つとされる“Heinrich von Ofterdingen(「ハインリヒ・フォン・オフタァディンゲン」の邦訳題が意識されていよう。原題の主人公の名で訳されることはまずなく、「青い花」と言う語は、この翻案邦題によって、本邦では特に、思春期の若者が心に抱くところの理想的恋愛像としての文学的シンボルとなった。なお、作中主人公ハインリヒが夢の中で見、恋い焦がれた「青い花」は、一般にはヤグルマギク(キク目キク科ヤグルマギク属ヤグルマギク Centaurea cyanus の主調色である青い花)がモデルであるという説が有力であるらしい。

「城跡」現在の和歌山県新宮市にある新宮(しんぐう)城跡。丹鶴(たんかく)城跡とも呼ばれ、熊野川(新宮川)に臨む河口沿いの右岸丘陵部にある。ここ(グーグル・マップ・データ)。

「鍋わり」この淵の呼称は少なくとも現在の同所附近には残っていない模様である。

「碧瑠璃」「へきるり」。定本でもそうルビする。

「恕」「ゆるし」。定本でもそうルビする。

「機を織る筬」「はたををるをさ」。「筬」は機(はた:織機(おりき))の付属用具の一つで、竹の薄片を櫛の歯のように並べて枠を附けたもの。織物の幅と経(たて)糸を整え、杼(ひ)で打ち込まれた緯(よこ)糸を押さえて、織り目の密度を決める道具。

「半年の上も」半年以上も。

「丹毒」(たんどく)は化膿菌の一種である化膿連鎖球菌(フィルミクテス門バシラス綱ラクトバシラス目ストレプトコッカス科連鎖球菌属化膿連鎖球菌 Streptococcus pyogenes)が皮膚に感染し、真皮内に化膿性炎症を起す疾患。小さな外傷や火傷及び湿疹などが細菌の侵入経路となり、顔及び手足に好発する。悪寒・発熱を伴って皮、膚に、境界のはっきりした発赤と腫れが生じ、触れると硬く、灼熱感と圧痛があり、リンパ節も腫脹して痛む。病変は高熱とともに周囲に拡大する。粘膜の侵されたケースや小児・高齢者に生じた場合は重症化することが多く、治癒したと思われても、かなりの頻度で再発する。現行の治療では安静にさせて抗生物質の全身投与を行い、病変部には湿布を行う。なお、母は主人公に感染するからと近寄らせないが、丹毒は通常の接触では感染することは、まず、ない。私はALS(筋萎縮性側索硬化症)に冒されて動けなくなった母にキスをしたとき、母が「病気がうつる」と呟いたのを忘れられない

「ぼやけた山茶花」底本では「ぼやけは山茶花」。誤植と断じて定本で訂した。]

 

 決して思ひ出したことのないやうな事柄ばかりが後へ後へ一列に並んで思ひ浮んで來た。その心持がふと、彼に死のことを考へさせた。こんな心持は確に死を前にした病人の心持に相違ない。してみれば、自分は遠からず死ぬのではなからうか‥‥それにしても知つた人もないこんな山里で、自分は、今斯うして死んで行くのであらうか‥‥死んで行くのであるとしたならば。彼の空想は谷川の水が海に入るやうに死を思ひ初めるのであつた。彼は今まで未だ一度も死に就て直接に考へたことはなかつた。さうして彼はこの時、最初には、多少好奇的に彼の特有の空想の樣式で、彼自身の死を知つた知人の人々のその時の有樣を一つ一つ描いて見た。

[やぶちゃん注:「知人の人人のその時の」底本は「知人の人人?その時の」。誤植と断じて、定本で訂した。]

 

 すさまじい風のなかに、この騷々しい世界から獨立した靜寂へ、人の靈を誘ひ入れるやうに彼の牀(とこ)の下ではげしく啼きしきるこほろぎの聲に耳を澄した。

 

 彼は手をさし延べて、枕のずつと上の方にある書棚から、何か書物を手任せに抽かうとした。さうして手を書棚にかけた瞬間に、がちやん! と物の壞れる音がした。彼は自分自身が、何かをとり落したやうに、びくつと驚いて、あたりを見まわした。それは彼の妻が臺所の方で、ものを壞した音が、風に吹きとばされて聞えて來たのだつた。

[やぶちゃん注:「抽かう」定本では「抽」に『ぬ』とルビする。

「さうして手を」底本では「うして手を」であるが読めない。定本ではこの語自体がカットされて「手を書棚に」に続いているため、訂正根拠はない。しかし、ここは私の判断で脱字と断じ、特異的に「さ」を挿入した。但し、或いは「そして」の誤植ともとれなくもない。しかし、「そして」より「そうして」の方が朗読した際にはより自然であると私は判断した

「それは彼の妻が臺所の方で、ものを壞した音が、風に吹きとばされて聞えて來たのだつた。」ここの部分、底本では、「それは彼の妻が臺所の方で    」(で行末)「壞した音が、風に吹きとばされて聞えて來たのだつた。」と五字相当分が空欄になっている定本に従ってかく訂しはしたが、疑問がある。何故なら、空欄は五字分であるのに、補填したそれは四字しかないからである。或いは「、なにかを」「皿か何かを」等が候補とはなるが、今の私には未定稿原稿を確認出来ない以上、定本での以上の補填で我慢するしかない。]

 

 彼の書棚も今は哀れなさまであつた。其處には僅かばかりの古びた書物が、塵のなかで、互に支へ合ひながら橫倒しになりかかつて立つて居た。あまり金目にならないやうなものばかりが自然と殘つて、それは兩三年來、どれもこれも見飽きた本ばかりであつた。彼が今抽き出したのは譯本のフアウストであつた。彼は自分の無益な、あまりに好奇的な自分自身の死といふやうな空想から逃れた居ために、何の興味をも起さないその本をなりと讀まうとしたけれども、風の首は斷えず耳もとを掠めた。臺所の流し元に唯一枚嵌められて居るガラス戸が、がちやがちやと搖れどほしに搖れて、彼の耳と心とを疳立せた。

[やぶちゃん注:「癇立せた」「かんだたせた」。]

 

 彼は腹這ひになつて、披げた頁へ目を曝して行つた。

[やぶちゃん注:「披げた」「ひろげた」。]

 

     現世以上の快樂ですね。

     闇と露との間に山深くねて、

     天地を好い氣持に懷に抱いて、

     自分の努力で天地の髓を搔き撈り、

     六日の神業を自分の胸に體驗し、

     傲る力を感じつつ、何やら知らぬ物を味ひ、

     時としては又溢るる愛を萬物に及ぼし、

     下界の人の子たる處が消えて無くなつて‥‥

 

[やぶちゃん注:「撈り」「すなどり」。定本では『毮(むし)り』と変えられているが、以下に示すように、引用元はこの「撈り」であり、この字を「むしり」と訓ずることは出来ない。せいぜい可能だとすれば「かきとり」ぐらいであるが、それでは屋上屋になってしまうからあり得ない。

「傲る」「おごる」。

 以上はヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ(Johann Wolfgang von Goethe 一七四九年~一八三二年)の戯曲「ファウスト」(“Faust”)の、一八〇八年に発表された「第一部」(「ファウスト」第二部はゲーテの死の翌年に発表)の第十三場“Wald und Höhle”(「森と洞窟」)の、三二八三行から始まるメフィストの台詞であるが三二九〇行目で切ってあって、ここの台詞まるまるではない(以下参照。台詞としては最後の部分がカットされている)。序でに言うと内容も、一部が改変されていて、正確なものではない。ともかくも、以上の訳文と、場の題を「森と洞(ほら)」とする点で、これはもう、森鷗外訳の「フアウスト」(第一部は大正二(一九一三)年一月、第二部は同三月に冨山房刊)のそれである。但し、一部異なる箇所があること、次のシーンで主人公は「森と洞」の最初のファウストのモノローグから読み直していることから、やや長くなるが、昭和三(一九二八)年岩波文庫版から、「森と洞」に初めから、この台詞を含み、さらに後に引かれる部分の直後までソリッドに引いておく。春夫の引いている箇所に相当する部分には傍線を引いておいた。なお、「己」は鷗外は本作の初めの方の「主」(しゅ)の台詞で「己(おれ)」と振っている。老婆心乍ら、「傍杖」は「そばづゑ」、「宥める」は「なだめる」。「差し升つて」は「さしのぼつて」(さし昇って)、「噓き掛けた」は恐らく「うそぶきかけた」、「お負にそれを」は「おまけにそれを」と読む。

   *

 

 森と洞

 

         フアウスト一人。

フアウスト 崇高なる地の精。お前は己に授けた。己の求めたものを

 皆授けた。燄の中でお前の顏を

 己に向けてくれたのも、徒事(いたづらごと)ではなかつた。

 美しい自然を領地として己にくれた。

 それを感じ、受用する力をくれた。只冷かに

 境に對して驚歎の目を睜ることを

 許してくれたばかりでなく、友達の胸のやうに

 自然の深い胸を覗いて見させてくれた。

 お前は活動しているものの列(れつ)を、己の前を

 連れて通つて、森や虛空や水に棲む

 兄弟どもを己に引き合せてくれた。

 それから暴風(あらし)が森をざわつかせ、きしめかして、

 折れた樅の大木が隣の梢、

 鄰の枝に傍杖を食(く)わせて落ち、

 その音が鈍く、うつろに丘陵に谺響(こだま)する時、

 お前は己を靜かな洞穴に連れ込んで、己に己を

 自ら省みさせた。その時己の胸の底の

 祕密な、深い奇蹟が暴露する。

 そして己の目の前に淸い月影が己を宥めるやうに

 差し升つて來る時、岩の壁から、

 濕つた草叢から、前世界の

 白金(しろかね)の形等が浮び出て、

 己の觀念の辛辣な興味を柔らげる。

 あゝ。人間には一つも全き物の與へられぬことを

 己は今感ずる。お前は己を神々に

 近く、近くするこの喜(よろこび)を授けると同時に、

 己に道連(みちづれ)をくれた。それがもう手放されぬ

 道連で、そいつが冷刻に、不遠慮に

 己を自ら陋(いや)しく思はせ、切角お前のくれた物を、

 噓き掛けたただの一息で、無(む)にするのを忍ばねばならぬ。

 そいつが己の胸に、いつかあの鏡の姿を見た時から、

 烈しい火を忙しげに吹き起した。

 そこで己は欲望から受用へよろめいて行つて、

 受用の央(なかば)に又欲望にあこがれるのだ。

         メフイストフエレス登場。

メフイスト もう今までの生活は此位で澤山でせう。

 さう長引いてはあなたに面白いはずがありませんから。

 それは一度はためして見るのも好いのです。

 これからは又何か新しい事を始めなくては。

フアウスト ふん。己の氣分の好いのに、來て己を責めるよりは、

 君にだつてもつと澤山用事があるだらうが。

メフイスト いゝえ。御休息のお邪魔はしません。

 そんな事をわたしに眞面目で言つては困ります。

 あなたのやうな荒々しい、不愛想な、氣違染みた

 友達は無くても惜しくはありません。

 晝間中手一ぱいの用がある。

 何をして好(い)いか廢(よ)して好いか、

 いつも顏を見てゐても知れないのですから。

フアウスト それが己に物を言ふ、丁度好い調子だらう。己を

 退屈させて、お負にそれを難有がらせようと云ふのか。

メフイスト わたしがゐなかつたら、あなたのやうな

 此世界の人間はどんな生活をしたのですか。

 人間の想像のしどろもどろを

 わたしが當分起らぬようにして上げた。

 それにわたしがいなかったら、あなたはもう

 疾(と)つくにこの地球にお暇乞をしてゐなさる。

 なんの爲にあなたは木兎(みゝづく)のやうに

 洞穴や岩の隙間にもぐつてゐるのです。

 なぜ陰氣な苔や雫の垂る石に附いた餌(ゑさ)を

 蟾蜍(ひきかへる)のやうに啜つてゐるのです。

 結構な、甘つたるい暇の潰しやうだ。

 あなたの體からはまだ學者先生が拔けませんね。

フアウスト うん。かうして人里離れた所に來てゐると、

 生活の力が養はれるが、君には分かるまい。

 もしそれが分かつてゐたら、そんな幸福を己に享けさせまいと、

 惡魔根性を出して邪魔をするだらう。

メフイスト 現世以上の快樂ですね。

 闇と露との間に、山深く寢て、

 天地を好(い)い氣持に懷に抱いて、

 身分のやうにふくらませて、

 推思の努力で大地の髓を搔き撈り、

 六日の神業(かみわざ)を自分の胸に體驗し、

 傲る力を感じつつ、何やら知らぬ物を味ひ、

 時としては又溢れる愛を萬物に及ぼし、

 下界の人の子たる處が消えて無くなつて、

 そこでその高尚な、理窟を離れた觀察の尻を、

 一寸口では申し兼ねるが、

      (猥褻なる身振。)

            これで結ばうと云ふのですね。

フアウスト ふん。怪しからん。

メフイスト         お氣に召しませんかな。

 御上品に「怪しからん」呼(よば)はりをなさるが宜しい。

 潔白な胸の棄て難いものも、

 潔白な耳に聞せてはならないのですから。

 手短に申せば、折々は自ら欺く快さを

 お味ひなさるのも妨なしです。

 だが長くは我慢が出來ますまいよ。

 もう大ぶお疲(つかれ)が見えてゐる。

 これがもっと續くと、陽氣にお氣が狂ふか、

 陰氣に臆病になってお果(はて)になる。

 もう澤山だ。あの子は内にすくんでゐて、

 何をかをも狹苦しく物哀しく見てゐますよ。

 あなたの事がどうしても忘れられない。

 あなたが無法に可哀いのですね。

 あなたの烈しい戀愛が、最初雪解(ゆきどけ)のした跡で、

 小川(こがは)が溢れるやうに溢れて、そいつをあなたは

 あの子の胸に流し込んだ。

 そこであなたの川は淺くなつたのですね。

 わたくし共の考では、檀那樣が森の中の

 玉座に据わつてお出(いで)になるより、

 あの赤ん坊のような好い子に、惚れてくれた

 御褒美をお遣(やり)になるのが宜しいやうだ。

 あの子は日が溜まらない程長いと見えて、

 窓に立つて、煤けた町の廓の上を、

 雲の飛ぶのを見てゐます。

 「わしが小鳥であつたなら。」 こんな小歌を

 晝はひねもす夜(よ)はよもすがら歌つてゐます。

 どうかするとはしやいでゐる。大抵は萎(しを)れてゐる。

 ひどく泣き腫れてゐるかと思へば、

 又諦めてゐるらしい時もあります。

 だが思つてゐることはのべつですよ。

 

   *

 佐藤春夫が御大鷗外のそれを改変したのは、訳語が難解であると考えたからであろう。私はドイツ語は解せないので、以上の引用箇所を私が別に持つ高橋義孝訳(昭和四二(一九六七)年新潮文庫版)のそれも並べて見てみよう。

《佐藤春夫の本文引用》

   *

 現世以上の快樂ですね。

 闇と露との間に山深くねて、

 天地を好い氣持に懷に抱いて、

 自分の努力で天地の髓を搔き撈り、

 六日の神業を自分の胸に體驗し、

 傲る力を感じつつ、何やら知らぬ物を味ひ、

 時としては又溢るる愛を萬物に及ぼし、

 下界の人の子たる處が消えて無くなつて‥‥

   *

《鷗外訳》

   *

 現世以上の快樂ですね。

 闇と露との間に、山深く寢て、

 天地を好(い)い氣持に懷に抱いて、

 身分のやうにふくらませて、

 推思の努力で大地の髓を搔き撈り、

 六日の神業(かみわざ)を自分の胸に體驗し、

 傲る力を感じつつ、何やら知らぬ物を味ひ、

 時としては又溢れる愛を萬物に及ぼし、

 下界の人の子たる處が消えて無くなつて、

   *

《高橋義孝訳》

   【引用開始】

 超俗的快楽というやつですな。

 夜露を浴びて山に寝て、

 恍惚(こうこつ)として天地を胸に抱き、

 思い上がって、神さま気取りさ。

 予感の力を働かせて地の髄を搔き回し、

 神の六日間の仕事を自分の心のうちで繰返して、

 他愛もなく胸を張って何やら訳のわからぬものを味わい、

 そうかと思うと愛情をすべてのものに頒(わか)ち与え、

 下界の子たる趣をすつかりなくしてしまい、

   【引用終了】

まあ、春夫の改変も判らぬではないな。]

 

 偶然、それは「森と洞」との章のメフイストの白(せりふ)であつた。この言葉の意味は、彼にははつきりと解つた。これこそ彼が初めてこの田舍に來たその當座の心持ではなかつたか。

 

 彼は床の中からよろけて立ち上つた、机の上から赤インキとペンとを取るために。さうして今讀んだ句からもつと遡つて、洞の中のフアウストの獨自から讀み初めた。彼はペンに赤いインキを含ませて讀んで行くところの句の肩に一々アンダアラインをした。その線を、活字には少しも觸れないやうに、又少しも歪まないやうに、彼は細い極く神經質な直線を引いて行つた。それがぶるぶるとふるへる彼の指さきには非常な努力を要求した。

 

    手短かに申せば、折々は自ら欺く快さを

    お味ひなさるも妨げなしです。

    だが長くは我慢が出來ますまいよ。

    もう大ぶお疲れが見えて居る。

    これがもつと續くと、陽氣にお氣が狂ふか、

    陰氣に臆病になつてお果てになる。

    もう澤山だ‥‥

 

 アンダアラインをするのに氣をとられて、句の意味はもう一度讀みかへした時に、初めてはつと解つた。メフイストは、今、この本のなかから俺にものを言ひかけて居るのだ。おゝ、惡い豫言だ! 陰氣に臆病になつてお果てになる。それは本當か、これほど今の彼にとつて適切な言葉が、たとひどれほど浩瀚な書物の一行一行を片つぱしから、一生懸命に搜してみても、決してもう二度とはこゝへ啓示されさうもない。それほどこの言葉は彼の今の生活の批評として適切だ。適切すぎるその活字の字面を見て居ると、彼は少しづゝ怖ろしいやうな心にさへなつた。

[やぶちゃん注:「もう二度とは」は底本は「一」で印刷してあり、その下に誰かが手書きで長い横棒を書き込んでいるように見える。「二」にしては上の第一画が明らかに「一」の活字と同じに見えるからである。但し、拡大して見ても、下の二画目が手書きであるところまでは確認出来なかった。一応記しておく。定本は無論、「二」である。]

 

「まあ、何といふひどい風なのでせう。裏の藪のなかの木を御覽なさい。細い癖にひよろひよろと高いものだから、そのひよろひよろへ風のあたること! 怖ろしいほどに搖れてよ。ねえ折れやしないでせうか」彼の妻の聲は、風の音に半かき消されて遠くから來たやうに、さうして何事か重大な事件か寓意かを含んで居るらしく、彼の耳に傳はつた。

[やぶちゃん注:「半」「なかば」。]

 

 氣がついてみると、彼の妻は彼の枕もとに立つて居た。彼の女はさつきから立つて居たのであつた。妻は彼に食事のことを聞いて居た。彼は答へようともしないで、いかにも太儀らしく寢返りをして、妻の方から意地惡く顏をそむけた。けれども再び直ぐ妻の方へ向き直つた。

 「おい! さつき何か壞したね。」

 「ええ、十錢で買つた西洋皿。」

 「ふむ。十錢で買つた西洋皿? 十錢の西洋皿だから壞してもいゝと思つて居るのぢやないだらうね。十錢だの十圓だのと、それは人間が假りに、勝手につけた値段だ。それにあれは十錢以上に私には用立つた。皿一枚だつて貴重なものだ。まあ言はゞあれだつて生きて居るやうなものだ。まあ、其處へ御坐り。お前はこの頃、月に五つ位はものを壞すね。皿を手に持つて居て、皿の事は考へずに、ぼんやり外のことを考へて居る。それだから、その間に皿は腹を立てゝお前の手からすべり落ちるんだ。一體、お前は東京のことばかり考へて居るからよくない。お前はここのさびしい田舍にある豐富な生活の鍵を知らないのだ。ここだつてどんなに賑やかだかよく氣をつけて御覽。つまらぬとお前の思つて居る臺所道具の一つ一つだつて、お前が聞くつもりなら、面白い話をいくらでもしてくれるのだ‥‥」彼は囈言のやうに小言を言ひつゞけた。しかしいくら言はうとしても彼の言はうとして居る事は一言も言へなかつた。彼は人間の言葉では言へない事を言はうとして居るのだ。と自分で思つた。さうして遂に口を噤んだ。

[やぶちゃん注:[やぶちゃん注:「彼は答へようともしないで、」底本は「彼は答へようともしなで、」。脱字と断じ、定本に従って訂した。

「太儀」ママ。

「囈言」「うはごと(うわごと)」。]

 

 二人は默つて荒れ𢌞る嵐の音を聞いた。暫くして妻は、思ひきつて言つた。

 「あなた、三月にお父さんから頂いた三百圓はもう十圓ぼつちよりなくなつたのですよ。」

 彼はそれには答へようともせずに、突然口のなかで呟くやうにひとり言を言つた。

 「俺には天分もなければ、もう何の自信もない‥‥」

 

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