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« 佐藤春夫 未定稿『病める薔薇 或は「田園の憂鬱」』(天佑社初版版)(その17) | トップページ | 南方熊楠 履歴書(その26) 土宜法龍との再会 »

2017/05/08

佐藤春夫 未定稿『病める薔薇 或は「田園の憂鬱」』(天佑社初版版)(その18) / 佐藤春夫 未定稿『病める薔薇 或は「田園の憂鬱」』~了

 

    *    *    *

      *    *    *

 

 その翌日――雨月の夜の後の日は、久しぶりに晴やかな天氣であつた。天と地とが今朝甦へつたやうであつた。森羅萬象は、永い雨の間に、何時しかもう深い秋にも化つて居た。稻穗にふりそそぐ日の光も、そよ風も、空も、其處に唯一筋纖絲のやうに浮んだ雲も、それは自づと夏とは變つて居た。すべては透きとほり、色さまざまな色ガラスで仕組んだ風景のやうに、彼には見えた。彼はそれを身體全部で感じた。彼は深い呼吸を呼吸した。冷たい鮮かな空氣が彼の胸に這入つて行くのが、いかなる飮料よりも甘かつた。彼の妻が、この朝は每日のやうに犬どもを繫いで置けなかつたのも無理ではない。それはよい處置であつた‥‥遠い畑の方では、彼の犬が、フラテもレオも飛び廻つて居るのが見られた。百姓の若者がレオの頭を撫でて居た。音無しいレオは、喜んでするに任せて居る――太陽に祝福された野面や、犬や、そこに身を跼めて居る働く農夫などを、彼はしばらく恍惚として眺めた。日は高い。この景色を見るために、何故もう少し早く目が覺めなかつたらうとさへ、彼は思つた。

[やぶちゃん注:「雨月」(うげつ)は名月が雨で見られないことを指す。前章のシークエンスの夜は「全くその日はひどい風であつた。あるかないかの小粒の雨を眞橫に降らせて、雲と風自身とが、吹き飛んで居た」とあるから、前夜は早くに「あるかないかの」小雨だったものの、それは早々にやんでおり、前段で描写されるロケーションでは殆んど完全に雨は降っていない。それどころか、前段では何度かかなり丸い月がはっきりと顔を出し、月光さえも指している。まさにその印象的にその光りに照らされるシーンを「小雨を降らせて通り過ぎる眞黑な雲のばつくりと開けた巨きな口のフアンタステイツクな裂目から、月は彼等を冷え冷えと照して居た」と描写してさえいる。然るに、この冒頭にその夜を「雨月」と表現するのは私はおかしいと感ずる前章の厠のシーンは確かに既に未明の曉であつたと読める(月令から見ても臥待月・寝待月や宵町月以降であることが明らかであるように読める)。しかし、そう検証してみても、前日の天候状況を「雨月の夜」と表現するのは無理があると私は思うのである(その夜以前が連日の雨であったことは次章で明らかにされるけれども、わざわざ「その翌日――」と冒頭に言ってしまった以上、その以前の連夜の「雨月」と解することはこれ逆立ちしても出来ぬ)。寧ろ、ここにはこの家に入居した当初、妻が「淺茅が宿」と評し、主人公がここを「雨月草舍」と呼ぼうと応じた冒頭の雰囲気を、後付けで連関させ、まさに「雨月物語」的情趣を前章に漂わせんがために行った、かなり強引な処理であるように私には読める

「化つて」「かはつて(かわって)」。

「纖絲」「せんし」。非常に細い糸の一筋。

「跼めて」「かがめて」。]

 

 緣を下りて、顏をは洗うと庭を通ると白い犬が昨夜咥へて行つた筈の竹片は、萩の根元を轉がつて居た。彼は思はず苦笑した。それは、併し、寧ろ樂しげな笑ひであつた。

[やぶちゃん注:最初の一文は問題が多過ぎる(三箇所)ので逆にママで示した。定本では「緣を下りて、顏をうと庭を通ると白い犬が昨夜咥へて行つた筈の竹片は、萩の根元轉がつて居た。」(異同に私が下線を附した)となっている。]

 

 井戸端には、こぼれた米を拾はうとして――妻はわざわざ餘計にこぼしてやつたかも知れぬ、と彼は思つた――雀が下りて居た。彼の今までここらで見たこともないほどの澤山で、三四十羽も群れて居た。彼の跫音に愕かされると、それが一時に飛び立つて、そこらの枝の上に逃げて行つた。その柿の枝には雀とは別の名も知らぬ白い顏の小鳥も居た。さうして彼の家の軒端からのぼる朝の煙が、光を透して紫の羅のやうに柿の枝にまつはつた。雨に打ち碎かれて、果は咲かなくなつて居た薔薇が、今朝はまたところどころに咲いて居る。蜘蛛の網は、日光を反射する露でイルミネエトされて居た。薔薇の葉をこぼれた露は、轉びながら輝いて蜘蛛の網にかかると、手にはとる術(すべ)もない瞬間的の寶玉の重みに、網は鷹揚にゆれた。露は絲を傳うて低い方へ走つて行く、ぎらりと光つて、下の草に落ちる。それらの月並の美を、彼は新鮮な感情をもつて見ることが出來るのであつた。

[やぶちゃん注:「羅」定本では「うすもの」とルビする。

「薔薇」再確認しておく。「さうび(そうび)」である。]

 

 水を汲み上げようと繩つるべを持ち上げたが、ふと底を覗き込むと、其處には涯知らぬ蒼穹を徑三尺の圓に區切つて、底知れぬ瑠璃を靜平にのべて、井戸水はそれ自身が内部から光り透きとほるもののやうにさへ見えた。彼はつるべを落す手を躊躇せずには居られない。それを覗き込んで居るうちに、彼の氣分は井戸水のやうに落着いた。汲み上げた水は、寧ろ、連日の雨に濁つて居たけれども、彼の靜かな氣分はそれ位を恕すには充分であつた。

[やぶちゃん注:「徑」「わたり」と訓じておく。

「恕す」「ゆるす」。]

 

 妻の用意した食卓についた時には、彼の心は平和であつた。食卓には妻が先日東京から持つて來た變つた食物があつた。火鉢の上には鐡瓶が滾(たぎ)つて居た。さうして、陰氣な氣持は妻の言つたとほり、いやな天候から來たものだつた――と、彼は思つた。彼は箸をとり上げようとして、ふと、さつき井戸端で見た或る薔薇の莟の事を思ひ出した。

 「おい、氣がつかなかつたかい。今朝はなかなかいい花が咲いて居るぜ。俺の花が。二分どおり咲きかかつてね、それに紅い色が今度のは非常に深い落着いた色だぜ。」

 「ええ、見ましたわ。あの眞中のところに高く咲いたあれなの?」

 「然うだよ。一莖獨秀當庭心――奴さ」彼はそれからひとり言に言つた。「新花對白日か。いや、白日は可笑しい。何しろ彼等は季節はづれだ‥‥」

 「やつと九月に咲き出したのですもの。」

 「どうだ。あれをここへ摘んで來ないかい。」

 「ええ、とつて來るわ」

 「さうして、ここへ置くんだね」彼は圓い食卓の眞中を指でとんとんとたたきながら言つた。

 妻は直ぐに立上つたが、先づ白い卓布を持つて現れた。

 「それでは、これを敷きませう。」

 「これはいい。ほう! 洗つてあつたのだね。」

 「汚れると、あの雨では洗濯も出來ないと思つてしまつて置いてあつたの。」

 「これや素的だ! 花を御馳走に饗宴を開くのだ。」

 樂しげな彼の笑ひを聞きながら、妻は花を摘むべく立ち去つた。

[やぶちゃん注:「一莖獨秀當庭心」「新花對白日」前者には定本では「いつけいひとりひいでてていしんにあたる」、後者には「しんくわはくじつにたいす」とルビする(歴史的仮名遣変換した)。この前者は、盛唐の詩人儲光羲(ちょこうぎ 七〇七年~七六〇年?)の「薔薇」の一節。中文ウィキの「全唐詩」の「卷百三十八」を参考に、一部、他のサイトのものと比較し、恣意的に訂正・加工して示す。

   *

 

  薔薇

 

 裊裊長數尋

 靑靑不作林

 一莖獨秀當庭心

 數枝分作滿庭陰

 春日遲遲欲將半

 庭影離離正堪玩

 枝上嬌鶯不畏人

 葉底飛蛾自相亂

 秦家女兒愛芳菲

 畫眉相伴采葳蕤

 高處紅鬚欲就手

 低邊綠刺已牽衣

 蒲萄架上朝光滿

 楊柳園中暝鳥飛

 連袂踏歌從此去

 風吹香氣逐人歸

 

   *

後者は、南北朝時代の南斉の詩人謝朓(しゃちょう 四六四年~四九九年)の「詠薔薇詩」の一節。中文サイトの全詩集より引く。

   *

 

  詠薔薇詩

 

 低枝詎勝葉

 輕香幸自通

 發萼初攢紫

 余采尚霏紅

 新花對白日

 故蕊逐行風

 參差不俱曜

 誰肯盻薇叢

 

   *

なお、途中にある「奴さ」は『(って)「奴」(やつ)さ』の謂いであろう。

「それでは、これを敷きませう。」底本では「それでは、これを敷きましせう。」。「し」は衍字と断じて除去した。

「素的」「すてき」。素敵。

 なお、次のパートの直接話法の部分は一箇所(会話の最後)を除いて総て行頭から始まっているが、前例に徴して総て一字下げた。]

 

 彼の女は花を盛り上げたコツプを持つて、直ぐ歸つて來た。少し芝居がかりと見える不自然な樣子で、彼の女はそれを捧げながらいそいそと入つて來た。それが彼には妙に不愉快であつた。彼自身が、人惡く諷刺されて居たやうに感じられた。彼は氣のない聲で言つた。

 「やあ、澤山とつて來たのだなあ。」

 「ええ、ありつたけよ。皆だわ!」

 さう答えた妻は得意げであつた。彼にはそれが忌々しかつた。言葉の意味の通じないのが。

 「何故?。俺は一つでよかつたんだ。」

 「でもさうは仰言らないのですもの。」

 「澤山とでも言つたのかね‥‥。それ見ろ。俺は一つで澤山だつたのだ。」

 「ぢや外のは捨てて來ましせうか。」

 「いいよ。折角とつて來たものを。まあいい。其處へお置き。‥‥おや、お前は何だね――俺の言つた奴は採つて來なかつたのだね。」

 「あら、言つたの言はないのつて、これ丈しきあ無いんですよ! 彼處には。」

 「然うかなあ。俺は少し、底に斯う空色を帶びたやうな赤い莟があつたと思つたに。それを一つだけ欲しかつたのさ。」

 「あんな事を。底に空色を帶びたなんて、そんな難しいのはないわ。それやきつと空の色でも反射して居たのでせうよ。」

 「成程、それで‥‥?」

 「あら、そんな怖い顏をなさるものぢやない事よ。私が惡かつたなら御免なさいね。私はまた澤山あるほどいいかと思つたものですから‥‥」

 「さう手輕に詫つて貰はずともいい。それより俺の言ふことが解つて貰ひ度たい。‥‥一つさ。その一つの莟を、花になるまで、目の前へ置いて、日向へ置いてやつたりして俺は凝乎と見つめて居たかつたのだ。一つをね! 外のは枝の上にあればいい。」

 「でも、あなたは豐富なものが御好きぢやなかつたの。」

 「つまらぬものがどつさりより、本當にいいものが只一つ。それが本當の豐富さ。」彼は自分の言葉を、自分で味つて居るやうに沁み沁みと言つた。

 「さあ、早く機嫌を直して下さい。折角こんないい朝なのに‥‥」

 「然うだ。だから――折角のいい朝だから、俺はこんな事をされると不愉快なのだ。」

[やぶちゃん注:「いいよ。折角とつて來たものを。」底本は「いいよ。折角とつて來てものを。」。定本で訂した。

「詫つて」「あやまつて」と訓じておく。定本は「謝(あやま)つて」となっている。

「凝乎と」「じつと」。]

 

 彼は、併し、そんなことを言つて居るうちにも、妻がだんだん可哀想になつて居る。さうして自分で自分の我儘に氣がついて居た。妻の人示指には、薔薇の刺で突いたのであらう、血が吹滲んで居る。それが彼の目についた。しかし、そんな心持を妻に言ひ現す言葉が、彼の性質として、彼の口からは出て來なかつた。寧ろ、その心持を知られまい、知られまいと包んで居る。さうしてどこで不快な言葉を止めていいやら解らない。それが一層彼自身を苛立たせる。彼は強いて口を噤んだ。さて、その花を盛り上げたコツプを手に取上げた。最初は、それを目の高さに持上げて、コツプを透して見た。綠色の葉が水にしたされて一しほに綠だ。葉うらがところどころ銀に光つて居る。そのかげにほの赤い刺も見える。コツプの厚い底が水晶のやうに冷たく光つて居る。小さなコツプの小さな世界は綠と銀との淸麗な秋である。

[やぶちゃん注:「人示指」「ひとさしゆび」。定本「人差指」。

「吹滲んで」「ふきにじんで」。]

 

 彼はコツプを目の下に置いた。さうして一つ一つの花を、精細に見入つた。其處にある花は花片も花も、不運にも皆蝕んで居る。完全なものは一つもなかつた。それが少し鎭まりかかつた彼の心を搔き亂した。

[やぶちゃん注:「花片」「はなびら」。

「蝕んで」「むしばんで」。]

 

 「どうだ、この花は! もつと吟味してとつて來ればいいのに。ふ。皆蝕ひだ。」

 彼は思はず吐き出すやうにさう言つて仕舞つたが、又、妻が氣の毒になつた。急に、その中の最も美しい莟を一本拔き出すと、彼は言葉を和げて、

 「ああ、これだよ。俺の言つた莟は。それ、此處にあつた! 此處にあつた!」

 彼の言葉のなかには、妻の機嫌を直させようとする心持があつた。けれども、妻は答へようとはしないで、默つて彼の女自身の御飯を茶碗に盛つて居るのであつた。彼は橫眼でそれを睨みながら、妻の顏を偸視(ぬすみみ)た。このコツプを彼處へ、額の上へたたきつけてやつたなら‥‥。いや、いけない。もともと自分が我が儘なのだ。彼は仕方なく、寂しく切ない心をもつて、その撮み上げた莟を、彼自身の目の前へつきつけて眺めて居た。‥‥。その未だ固い莟には、ふくらんだ橫腹に、針ほどの穴があつた。それは幾重にも幾重にも重なつた莟の赤い葩を、白く、小さく、深く蕋まで貰いて穿たれてあつた。言ふまでもなくそれは蟲の仕業である。彼は厭はしげに眉を寄せながら、尚もその上に莟を觀た。

[やぶちゃん注:「蝕ひ」「むしくひ」。

「彼處」「あそこ」。

「撮み」「つまみ」。「摘」の誤字ではない。「撮」には「つまむ」の意があり、そう訓ずるし、定本でもこの漢字でそうルビしてある。

「葩」「はなびら」。

「蕋」定本では「しべ」とルビする。]

 

 はつと思ふと、彼はそれをとり落した。

 

 その手で、す早く、滾つて居る鐵瓶を下したが、再び莟を摘み上げると、直ぐさまそれを火の中へ投げ込んだ。――莟の花片はぢぢぢと焦げる‥‥。そのいこり立つた眞紅の炭を見た瞬間、

 「や?」

 彼は思はず叫びさうになつた。立上りさうになつた。それを彼はやつと耐へた――ここで飛び上つたりすれば、俺はもう狂人だ!さう思ひながら、彼は再び手早に、併しなるべく沈着に、火鉢で燒けて居る花の莟を、火箸の尖で撮み上げるや、傍の炭籠のなかに投込んだ。

[やぶちゃん注:「いこり立つた」火がぼっと燃え立った、の意。定本では「おこり立つた」と書き変えられているが、訂する必要性は、ない。何故なら、関西方言では広く、「火が燃え上がる」という意の動詞は「おこる」ではなく「いこる」であり、佐藤春夫は和歌山出身だからである。

「炭籠」「すみかご」炭を小出しにして室内に置いておく籠(かご)。炭入れ。炭取り。]

 

 彼はこれだけの事をして置いて、さて、火鉢の灰のなかをおそるおそる覗き込むと、其處には何もない。今あつたやうなものは何もない。愕き叫ぶべきものは何もない。彼は灰の中を搔きまわして見た。底からも何も出ない。水に滴(したた)らした石油よりも一層早く、灰の上一面をぱつと眞靑に擴がつた! と彼の見たのは、それは唯ほんの一瞬間の或る幻であつたのである。

[やぶちゃん注:「或る幻であつた」底本は「或る幻であた」。脱字と断じて底本で「つ」を補った。]

 

 彼は炭籠の底から、もう一度莟を拾ひ出した。火箸で撮まれた莟は、燒ける火のために色褪せて、それに眞黑な炭の粉にまみれて居た。さて、その莖を彼は再び吟味した。其處には、彼が初めに見たと同じやうに、彼の手の動き方を傳へて慄へて居る莖の上には、花の萼から、蝕んだただ二枚の葉の裏まで、何といふ蟲であらう――莖の色そつくりの靑さで、實に實に細微な蟲が、あのミニアチュアの幻の街の石垣ほどにも細かに積重り合うて、莖の表面を一面に、無數の數が、針の尖ほどの隙もなく裹み覆うて居るのであつた。灰の表を一面の靑に、それが擴がつたと見たのは幻であつたが、この莖を包(つつ)みかぶさる蟲の群集は、幻ではなかつた――一面に、眞靑に、無數に、無數に‥‥

 「おゝ、薔薇、汝病めり!」

 ふと、その時役の耳が聞いた。それは彼自身の口から出たのだ。併しそれは彼の耳には、誰か自分以外の聲に聞えた。彼自身ではない何かが、彼の口に言はせたとしか思へなかつた。その句は、誰かの詩の句の一句である。それを誰かが本の扉か何かに引用して居たのを、彼は覺えて居たのであらう。

[やぶちゃん注:イギリスの詩人でロマン派の先駆者として知られ、版画家としても優れていたウィリアム・ブレイク(William Blake 一七五七年~一八二七年)の一七八九年刊の詩集“Songs of Experience”(「無垢の歌」)の中の一篇“The Sick Rose”(「病める薔薇」)。

   *

 

 The SICK ROSE

 

 O Rose thou art sick.

 The invisible worm,

 That flies in the night

 In the howling storm:

 

 Has found out thy bed

 Of crimson joy:

 And his dark secret love

 Does thy life destroy.

 

   *

壺齋散人(引地博信)氏のサイト「ウィリアム・ブレイクの詩とイラストの世界」のこちらで、訳とブレイクの絵附きの原典画像が味わえる。]

 

 彼は成るべく心を落ちつけようと思ひながら、その手段として、目の前の未だ伏せたままの茶碗をとつて、それを靜かに妻の方へ差し出した。その手を前へ突き延す刹那、

 「おお、薔薇、汝病めり!」

 突然、意味もなく、又その句が口の先に出る。

 

 彼はやつと一杯だけで朝飯を終へた。

 

 妻はしくしくと泣いて居た。嗟! また始まつたか、と心のなかで呟きながら。さうして食卓を片付けつつ、その花のコツプをとり上げたが、さてそれをどうしようかと思惑うて居た。あの蝕んだ燒けた莟は、彼が無意識に毮り碎いたのであらう――火鉢の猫板の上に、粉粉(こなごな)に刻まれて赤くちらばつて居た。彼はそれらのものを見ぬふりをして見ながら、庭へ下りようと片足を緣側から踏み下す。と、その刹那に、

 「おゝ、薔薇、汝病めり!」

[やぶちゃん注:「思惑うて」「おもひまどうて」。

「猫板」長火鉢の端の引き出しの部分に載せた板。名は、そこに猫が好んで蹲ることに由来する。]

 

 「フエアリイ・ランド」の丘は、今日は紺碧の空に、女の橫腹のやうな線を一しほくつきりと浮き出させて、美しい雲が、丘の高い部分に小さく聳えて末廣に茂つた木の梢のところから、いとも輕々と浮いて出る。黃ばんだ赤茶けた色が泣きたいほど美しい。何日か一日のうちに紫に變つた地の色は、あの綠の縱縞を一層引立てる。そのうへ、今日は縞には黑い影の絲が織り込まれて居る。その丘が、今日又一倍彼の目を牽きつける。

[やぶちゃん注:「末廣」底本は「未廣」。定本から、誤植と断じて訂した。

「何日か」「いつか」。]

 

 「俺は、仕舞ひには彼處で首を縊りはしないかな? 彼處では、何かが俺を招いて居る。」

 「馬鹿な。物好きからそんなつまらぬ暗示をするな。」

 「陰氣にお果てなさらねばいいが。」

 彼の空想は、彼の片手をひよつくりと擧げさせる。今、その丘の上の目に見えぬ枝の上に、目に見えぬ帶をでも投げ懸けようとでもするかのやうに‥‥

 「おゝ、薔薇、汝病めり!」

 井戸のなかの水は、朝のとほりに、靜かに圓く漾へられて居る。それに彼の顏がうつる。柹の病葉が一枚、ひらひらと舞ひ落ちて、ぽつりとそこに浮ぶ。其の輕い一點から圓い波紋が一面に靜にひろがつて、井戸水が搖らめく。さうしてまたもとの平靜に歸る。それは靜で、靜である。涯しなく靜である。

 「おゝ、薔薇、汝病めり!」

 薔薇の叢には、今は、花は一つもない。ただ葉ばかりである。それさへ皆蝕ひだ。ふと、目につくので見るともなしに見れば、妻は今朝の花を盛つたコツプを臺所の暗い片隅へ、ちよこんと淋しく、赤く、置いてある。それが彼の目を射る。「お前はなぜつまらない事に腹を立てるのだ。お前は人生を玩具にして居る。怖ろしい事だ。お前は忍耐を知らない。」

[やぶちゃん注:「漾へられて」「たたへられて」。

「病葉」「わくらば」。

「怖ろしい事だ。お前は忍耐を知らない。」底本は「怖ろしい事だお前は忍耐を知らない。」。脱字と断じて、定本で句点を補った。]

 

 「おゝ、薔薇、汝病めり!」

 裏の竹藪の或る竹の或る枝に、葛の葉がからんで、別に風とてもないのに、それの唯一枚だけが、不思議なほど盛んに、ゆらゆらと左右に揺れて居る。さうしてその都度、葉裏が白く光る――それを凝と見つめて居ても‥‥。彼を見つけた犬どもが、いそいそ野面から飛んで歸つて、兩方から彼に飛び縋る。それを避けようと身をかわしても‥‥。どこかの樹のどこかの枝で、百舌が、刺すやうにきりきり鳴き出しても‥‥、渡鳥の群が降りちらばるやうに、まぶしい入日の空を亂れ飛ぶのを見上げても‥‥明るい夕空の紺靑を仰いでも‥‥何側の丘の麓の家から、細々と夕餉の煙がゆれもせず靜に立昇るのを見ても‥‥

 「おゝ、薔薇、汝病めり!」

 言葉がいつまでも彼を追つかける。それは彼の口で言ふのだが、彼の聲ではない。その誰かの聲を彼の耳が聞く。それでなければ、彼の耳が聞いた誰かの聲を、彼の口が卽座に眞似るのだ。――彼は一日、何も口を利かなかつた筈だつたのに。

[やぶちゃん注:ここまでで朝から夕暮れまでが、主人公の意識の中で、瞬く間に経過している妙を味わいたい

「どこかの樹のどこかの枝で」底本は「どこかの樹のこかの枝で」。脱字と断じて定本で補った。]

 

 犬どもは聲を揃へて吠えて居る。その自分の山彦に怯えて、犬どもは一層吠える。山彦は一層に激しくなる。犬は一層に吠え立てる‥‥彼の心持が犬の聲になり、犬の聲が彼の心持になる。暗い臺所には、妻が竃へ火を焚きつける。また何處かから歸つて來た猫が、夕飯の催促をしてしきりと鳴く。はつと火が燃え立つと、妻の顏は半面だけ、眞赤に浮び出す。その臺所の片隅では、蝕ひの薔薇の花が、暗のなかで、ぽつかりと浮き出して居る。薔薇は煙がつて居る!

[やぶちゃん注:「犬の聲が彼の心持になる。」底本は最後の句点がなく、一字空け。脱字と断じて、定本で句点を補った。

「はつ」(傍点「ヽ」)は底本では傍点「ヽ」で「ぱつ」。

「暗」「くらやみ」と訓じておく。

「煙がつて」「けむたがつて」。]

 

 彼はランプへ火をともさうと、マツチを擦る。ぱつと、手元が明るくなつた刹那に、

 「おゝ、薔薇、汝病めり!」

 彼はランプの心へマッチを持つて行くことを忘れて、その聲に耳を傾ける。マツチの細い軸が燃えつくすと、一旦赤い筋になつて、直ぐと味氣なく消え失せる。黑くなつたマツチの頭が、ぽつりと疊へ落ちて行く。この家の空氣は陰氣になつて、しめつぽくなつて、腐つてしまつて、ランプヘも火がともらなくなつたのではあるまいか。彼は再びマツチを擦る。

 「おゝ、薔薇、汝病めり!」

 何本擦つても、何本擦つても。

 「おゝ、薔薇、汝病めり!」

 その聲は一體どこから來るのだらう。天啓であらうか。預言であらうか。兎も角も、言葉が彼を追つかける。何處まででも何處まででも‥‥‥‥

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