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2017/05/10

南方熊楠 履歴書(その29) 生気説 / 窒素固定法(1)

 

 さて以下はまだ洋人が気づかぬらしいから申すは、小生右の一件より考うるに、どうも世界には生気(せいき)とでも申すべき力があるようなり。すなわち生きた物には、死んだ物になき一種の他物を活かす力があるものと存ぜられ候。よって考うるに、今日の医学大いに進んだと申す割合に薬がきかざるは、薬にこの生気がなきによると存じ候。生きた物に、まわりくどき無機物よりも、準備合成の有機物がよくききまわるは知れたことで(土の汁をのむよりも乳の汁をのむ方が早くきくごとく)、この点より申さばむろんむかしの東西の医者のごとく、自分で薬草を栽(う)え薬木を育てて、その生品を用いるが一番きき申し候。しかるに地代が高くなり生活に暇なくなりてより、むかしの仙人ごとき悠長なことはできず。ここにおいて薬舗が初めてできる。これが営利を主とする以上は、なるべく多く利を得んがために生きた物の使いのこりを乾かし焙(あぶ)りなどして貯えおくことになる。これより薬はさっぱりきかなくなれり。西洋とても同様で、生きた薬を使ったら一番きくぐらいのことは知れきったことながら、生活いそがしくなり、無償で薬を仕上げることもならぬとなったところへ、アラビア人がアルコールで薬を浸出することとランビキで薬精を蒸餾することを発明したるより、遠隔の国土より諸種の薬剤を持ち渡すには、途中で虫や鼠に損ぜらるること多く、生きた物に劣ること万々なるを知りながら、止むにまさるの功ありとの考えより、蒸餾や浸液(チンキ)を専用することとなりたるなり。温泉などその現場にゆきて浴すれば大いにきくが、温泉の湯を汲んで来て冷(さ)めたやつを煮てより、入ったりとてさまできかず。これ温泉の湧くうちはラジオ力に富むが、冷めた上は、その力が竭(つ)きるゆえなり。それと等しく、薬も乾かしたり焙ったり、またいわんや蒸餾や浸出して貯え置くは、すこぶるそのききめを減ずることと知り申し候。

[やぶちゃん注:「ランビキ」兜釜(かぶとがま)式蒸留器。日本で江戸時代に薬油や酒類などを蒸留するのに用いた器具で、「羅牟比岐」「蘭引」「らむびき」とも表記される。この名称はその器具を指すポルトガル語“alambique”とされるが、その原型は九世紀のイスラム帝国の宮廷学者ジャービル・イブン=ハイヤーンが発明したとされる「アランビック蒸留器」(英語:Alembic)でそれが語源と考えるべきではあろう。但し、ウィキの「ランビキによれば(リンク先に実物写真有り)、『ヨーロッパで用いられたアランビック蒸留器』(二つの容器を管で接続した蒸留器。現在のレトルト(retort)の元。ウィキの「アラビックを参照されたい)『とは形状が異なり、三段重ねの構造となっているのが特徴で』、『この蒸留器具の日本への伝達経路や時期については不明な点が多く残っている』。『江戸時代、酒類などの蒸留に用いた器具。陶器製の深なべに溶液を入れ、ふたに水を入れてのせ、下から加熱すると、生じる蒸気がふたの裏面で冷やされて露となり、側面の口から流れ出るもの』である。海水から真水を精製するために、江戸後期には比較的長い航海をした中大型の和船にも装備されていた(私は二十代の頃、嘗て八丈島出身の知人に頼まれ、八丈島の御用船(納税品運搬)の弁才船(べざいせん)慶応二(一八六六)年十月に遭難して漂流、辛くも清国に保護されて香港を経て翌年に日本へ戻る(その間、百余日)という壮大な漂流記録を判読翻刻した経験があるが(これは後、最終的に国立公文書館の厳密校訂を経て製本された)、そこにも『ランビキ』と登場していたのを懐かしく思い出す)。

「蒸餾」蒸留に同じい。

「浸液(チンキ)」チンキ剤。生薬をエタノール(或いはそれに精製水を混合したもの)で浸出させて製した液状薬剤。オランダ語“tinctuur”が語源。「丁幾」と漢字を当てたりもする。

「ラジオ力」“radio”であるが、この場合は「放射」「輻射」(これは電磁波の場合)の意。ある物体や物質が、熱線やある種の粒子線や電磁波を放出する性能。]

 

 そのころ、また欧州に空中より窒素を取る発明ありたりとて、日本で喧伝され、三井、三菱等、人を派してその方法をドイツより買入れに勉むるとの評判高かりし。その前に炭酸曹達(ソーダ)ほど手近く必要おびただしきものはなく、その炭酸曹達は、薬局法などに書いた通りの方法で、一挙していつでも木灰からできることとわれわれ十四、五歳のときより思いおりたり。しかるに、大戦起こりて外国よりの輸入絶えたるに及び、いざ実試となって見ると、これほどのものも日本でできざりし。されば自国で何の練習もせず、あれも珍しこれもほししと、見る物ごとに外国伝習をあてに致しては、まさかの時には絹のふんどしかいて角力に立ち合わんとするごとく、思いのほか早く破れてしまうものなり。たとい窒素を空中より取る法があってからが、高い金を出した相応に本当のことを伝授さるべきや、怪しき限りなり。

[やぶちゃん注:「欧州に空中より窒素を取る発明ありたり」ドイツの、物理学者フリッツ・ハーバー(Fritz Haber 一八六八年~一九三四年)と化学者カール・ボッシュ(Carl Bosch 一八七四年~一九四〇年:後に百五十年の歴史を持つ、かの世界最大の総合化学メーカーBASFの代表となった)が一九〇六年に開発した「ハーバー=ボッシュ法」(Haber–Bosch process)。鉄を主体とした触媒上で水素と窒素を高温・高圧状態に置き、直接反応させてアンモニアを生産する工業法。所謂、大気中の遊離窒素を取入れて窒素化合物を生成させる「空中窒素固定」(fixation of atmospheric nitrogen)の画期的技法。

「炭酸曹達(ソーダ)」NaCO。炭酸ナトリウム(sodium carbonate)。

「木灰」「きばい」或いは「もっかい」と読む。草木を焼いて作った灰。水に溶かすと強いアルカリ性を示し、一般には灰汁(あく)抜きやカリ肥料として用いる。但し、木灰の主成分は炭酸カリウム(KCOPotassium carbonate)である。]

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