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2017/06/08

大和本草卷之十四 水蟲 介類 ワレカラ

 

【外】

ワレカラ 古歌ニヨメルハ藻ニ住ム蟲ナリ本草約言曰紫

菜其中有小螺螄今按此類ワレカラナルヘシ藻ニツキテ

殻ノ一片ナル螺アリ分殻ノ意ナルヘシフタナキ故ナリ

○やぶちゃんの書き下し文

【外】

ワレカラ 古歌によめるは、藻に住む蟲なり。「本草約言」に曰く、『紫菜(しさい)、其の中に、小螺螄(しやうらし)、有り』と。今、按ずるに、此の類、「ワレカラ」なるべし。藻につきて、殻の一片なる螺あり。「分殻(われから)」の意なるべし。「ふた」なき故なり。

[やぶちゃん注:節足動物門甲殻亜門軟甲綱真軟甲亜綱フクロエビ上目端脚目ドロクダムシ亜目ワレカラ下目 Caprellida に属するワレカラ類。代表種はワレカラ科ワレカラ属マルエラワレカラCaprella acutifrons・トゲワレカラ Caprella scaura・スベスベワレカラ Caprella glabra など。小さな頭部に細長い七つの胸節と小さな 六つの腹節を持ち、第一と第二胸脚は鋏を持った顎脚となっている。一般には第三胸脚と第四胸脚を欠き、代わりに葉状の鰓を持っている。後ろの三対の脚で、潮間帯や浅海の藻場の海藻・海草類などにしがみついて生活する。海藻等の棲息場所では体形が擬態を示し、体色も海藻に似せている。所謂、エビ・カニの仲間であるが、通常の種は体長一~二センチメートルで、体も多くの種では透過度が高いので自然界では見過ごされることが多い。但し、オオワレカラ Caprella kroeyeri などは最大六センチメートルにも達し、形状的には昆虫のナナフシ類(有翅昆虫亜綱新翅下綱直翅上目ナナフシ目 Phasmatodea。但し、ナナフシ類は翅や飛翔能力を失ったものが多い)に似ており、その運動は尺取虫(主に昆虫綱鱗翅(チョウ)目シャクガ科 Geometridae の幼虫)にも似ている(というとイメージはし易いであろう)。なお、同種はが腹部に育児嚢を持つ。属名はラテン語の「小さな山羊(やぎ)」の意の“caprella”に由来する。具体な形態画像などは、筑波大学生命環境科学研究科生物科学専攻動物進化発生学「和田洋研究室」公式サイト内の「ワレカラの形態進化の謎を解く」を参照されたい。

「古歌によめる」「伊勢物語」の第五十七段に、

   *

 むかし、男、人知れぬ物思ひけり。つれなき人のもとに、

 

  戀ひわびぬあまの刈る藻に宿るてふ

  われから身をもくだきつるかな

 

   *

と出、五十五段の中にも、

   *

 

  海人(あま)の刈る藻に住む蟲のわれからと

   音(ね)をこそ泣かめ世をば恨みじ

 

   *

とある(孰れも「われから」を「我れから(してしまった事)」に掛ける)。後者は「古今和歌集」の「卷十四」の「戀四」の八〇七番歌として、藤原直子(なほいこ 生没年不詳)の歌としても出る。和歌ではないが、清少納言の「枕草子」の知られたもの尽くしの章段の一つ「虫は」でも、「われから」を最初の方で挙げている。このお蔭で世の本邦の高校生は、この世界では見過ごされて、知らぬ人間が多い小甲殻類を、皆、知っているのである。「枕草子」、ワレカラたちは自分達のバイブルとしているに違いない。「われから食はぬ上人もなし」(「殺生するなと言うが、たとえ徳の高い上人様でも、ワレカラは海藻と一緒に知らずに食っているではないか」という殺生戒を皮肉った諺)という諺もまた、海産生物フリークの私には「してやったり!」の名言と思うのである。

「本草約言」「藥性本草約言」明の薛己(せつき)編の本草書。和刻本は万治三(一六六〇)年刊。

「紫菜」現代中国では紅色植物門紅藻綱ウシケノリ目ウシケノリ科ポルフィラ属 Porphyra に当てるが、本属の多くはシート状で、ワレカラの棲息対象としては一般的とは思われず、「本草約言」のそれは同種を指しているかどうかは甚だ疑問ではある。

「小螺螄」小さな螺(にな)の意であるが、ワレカラは尖塔形のニナ類とは形状が異なり、或いは「本草約言」で言っているものは、そうした微小の腹足類(巻貝類)であってワレカラでないのではないかと私は疑っている。否、「殻の一片なる螺あり」と言っている益軒さえも、この「われから」を現在のワレカラと認識しているかどうか甚だ怪しいとさえ思っているのである。益軒、実はワレカラを見たことがなかったのでは?

『「分殻(われから)」の意なるべし。「ふた」なき故なり』「われから」という呼称は、藻塩を精製する際、藻についたワレカラが、熱ではじけて外骨格の「殻」が「割れ」るから「割れ殻」なのではあるまいか? そもそも、ここで益軒が『「ふた」なき故なり』と言っているのは、或いは藻に附着する微小貝類(蒂は肉眼では小さくて見えない)か、見かけ上の殻(貝)を持たない微小なウミウシなどの後鰓類と「ワレカラ」を混同している気さえしてくるのである。大方の御叱正を俟つ。但し、私の疑義をせせら笑う御仁のために紹介しておくと、私が電子化注した栗本丹洲の「栗氏千蟲譜」(文化八(一八一一)年の成立)巻七及び巻八(一部)の中に於いても、かの偉大な博物学者にして、ワレカラをハマトビムシ類(甲殻亜門軟甲綱真軟甲亜綱フクロエビ上目端脚目ハマトビムシ科 Talitridae )や、明らかに藻につく微小貝類と認識していることは明白な事実である(図有り)。

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