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2017/06/26

宿直草卷二 第二 蜘蛛、人をとる事

 

  第二 蜘蛛、人をとる事

 

 ある人、まだ朝まだき、宮へ詣りて、瑞垣(みづがき)のほとり、嘯(うそぶ)くに、拜殿の天井に、こちたくも呻(うめ)くものあり。いぶかしかりければ、上(あが)りてこれを見るに、大きなる𧍱蟷(つちぐも)、をのが糸にて人を卷き、首筋に喰(く)いつきてゐたり。上ると、そのまゝ、蜘蛛は逃げぬ。

 やがて立ちより、取まく蜘(くも)の糸筋をとりて、

「さて、いかなる人ぞ。」

といへば、

「さればとよ。是は旅いたすものに侍るが、昨日(きのふ)の黃昏(たそがれ)、此のところにきたり。求(もとむ)べき屋(や)どしなければ、この宮居にあかさんと思ひ、行方(ゆくゑ)も知らぬ旅の空、憂さもつらさも身をかこちて、つれづれに侍りしに、また跡より座頭、これも疲れ顏の、をちかた人(びと)とみえて、きたる。ともに寄りゐて、あだくらべの旅の物語などするにぞ、我にひとしき人もあめりと思ふに、かの琵琶法師、香合(かうばこ)のやさしきを取りだし、『これ良きものか、見て給(たまは)れ』とて、わが方(かた)へ投げたり。さらば、とて、右の手にとるに、鳥黐(とりもち)の如くして、離れず。左にて押(おさ)ふるにも、又、とりつく。左右の足にて蹈み落とさんとせしに、足も離れず。とかくとする内に、かの座頭、蜘蛛と現じて、我をまとひて、天井へのぼり、ひたもの、血を吸ひ喰(くら)ふ。いたく堪へがたふして、命も消ゆべきにきはまりしに、不思議に救ひ給ふ。命(いのち)の親なり。」

と語り侍りしと也。

 

[やぶちゃん注:本話は湯浅佳子氏の論文『「曾呂里物語」の類話』を読む限り、先行する「曾呂里物語」巻三の六「おんじやくの事」のインスパイアと見て間違いない。私は「曾呂利物語」を所持しないので、同論文から梗概を引用させて貰う。

   《引用開始》

 信濃国すゑきの観音堂で、愚かな若者が肝試しで一夜を明かしていると、夜半過ぎに琵琶箱を持った座頭が来る。互いに名乗り合い、若者が平家を所望し座頭は数曲を語る。すると琵琶の転手が軋んだので、座頭は温石を糸に塗る。若者が興味を持って温石を受け取ると、両手にくっ付いて離れなくなる。そのうち手が板敷に付いて動かなくなると、座頭は一丈ほどの高さの恐ろしい鬼となり、若者を嬲り威して後、消えた。若者がようやく温石を離して悔しがっていると、大勢の仲間が様子を見に訪れる。若者が事情を語ると、皆手を打って笑う。見ると、仲間と思ったのは皆例の化物であったので、若者は気絶する。夜明けに本当の仲間が尋ねてきたが、若者は正体も無く、後に本性を取り戻して語ったということだ。

   《引用終了》

また、これもやはり、本書と同年刊行の「諸國百物語」の、それも以前にも類話として掲げた「卷之三 一 伊賀の國にて天狗座頭(ざとう)にばけたる事」と物が接着して手足が動かせなくなる怪異で酷似し、しかも怪が化けているのが「座頭」を自称し、しかも「琵琶法師」であるという設定は確信犯である。同様の接着系怪異は同書の「卷之五 四 播州姫路の城ばけ物の事」にも出る(リンク先は孰れも私の電子化注)。こちらは怪異を受けるのが姫路城酒城主秀勝で場所も本丸内という設定で甚だ結構は異なるものの、同様の趣向で変化が見知りの「座頭」に化けており、くっつくのが琴の爪「箱」でアイテムの点でも意識的な類似性と思しき部分を見出せる。

「嘯(うそぶ)くに」詩歌を口ずさんでいたところが。

「こちたくも」ものものしい感じで。

𧍱蟷(つちぐも)」底本は「土蜘蛛」。原典に従った。「𧍱蟷」は現代仮名遣の音「テツトウ」で、現行では、地中に穴を掘ってその入り口に扉を付けることを特徴とするトタテグモ(戸立蜘蛛:鋏角亜門蛛形(クモ)上綱蛛形(クモ)綱クモ亜綱クモ目クモ亜目カネコトタテグモ科 Antrodiaetidae 及びトタテグモ科 Ctenizidae に属する種(事実上の主な種群はトタテグモ科に属する類)群を指すこととなっているが、ここはその生物種とは無関係で、恐らくは妖怪としての「土蜘蛛(つちぐも)」のニュアンスである。土蜘蛛は本来は本邦の各地に元からいた土着民族たちの内で、古代に於いて朝廷に反抗した者たちに対する卑称であって、原義は蜘蛛とは無関係と思われるが(穴居生活を意味する「土隠(つちごもり)」が語源と推定される)、後代、その不恭順から蜘蛛の妖怪へと零落させられたものである。別名を「八握脛・八束脛(やつかはぎ)」「大蜘蛛(おおぐも)」などとも称し、「八束脛」は「すねが長い」という意で、その辺りが後に蜘蛛に附会されたものかも知れぬ。詳しくはウィキの「土蜘蛛などを参照されたい。

「屋(や)どしなければ」「屋(や)ど」は「宿」(但し、この場合は旅宿ではなく、心地よく寝泊り出来そうな民「屋」の意)で、「し」は「そんな民家の一軒さえも」の強意の副助詞。

「身をかこちて」「かこつ」は「託つ」で、「心が満たされずに不平を言う・愚痴をこぼす・嘆く」の意。しばしば「身の不運(不幸)を託つ」と使われ、己自身の運の悪さを嘆き、ぼやくの意。

「つれづれに侍りしに」することもなく、退屈してぼんやりしておりましたところが。

「跡より」後から。

「をちかた人(びと)」「遠方人」で原義は「遠方の人・あちらにいる人」であるが、ここは「是(これ)も」と前にあるように、単に、生地を離れて遠方の地を彷徨(さすら)うところの「旅人」の意である。

「あだくらべの旅の物語などする」漢字を当てるなら「徒競べ」といったところで、しがない賤しい流浪の民として、何一つ、実も結ばず、むなしく、無益な旅を人生とする者同士の、その儚さを謂い競うようなしょぼくらしいエピソードなんぞを語り合うことを意味する。

「香合(かうばこ)」香箱(こうばこ)。香を入れる蓋の附いた容器。通常はこれで「かうがふ(こうごう)」と読み、「香盒」とも表記する。木製・漆器製・陶磁器製などがあり、用途上、中・上流階級の持ち物である。

「やさしき」上品な。優美な。

「鳥黐(とりもち)」小鳥や昆虫などを捕らえるために竿の先などに塗って用いる粘り気の強い植物性物質。黐の木(バラ亜綱ニシキギ目モチノキ科モチノキ属モチノキ Ilex integra)・黒鉄黐(くろがねもち:モチノキ属クロガネモチ Ilex rotunda)及び全くの別種の山車)やまぐるま:マンサク亜綱ヤマグルマ目ヤマグルマ科ヤマグルマ属ヤマグルマ Trochodendron aralioides)などの樹皮から採取する。詳しくは私の囊 之七 黐を落す奇法の事注を参照されたい。

「まとひて」絡み付かせて。身につけて。

「ひたもの」「直物」と漢字表記は出来るが、副詞で、「一途に・只管(ひたすら)・矢鱈(やたら)と」の意。]

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