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2017/06/11

「想山著聞奇集 卷の五」 「狸の人と化て相對死をなしたる事」

 

 狸の人と化(ばけ)て相對死(あひたいし)をなしたる事


Tanukisinjyu

 尾張の國熱田在、井戸田(ゐどた)村【東海道宮宿(みやじゆく)より半道程東の方なり。】[やぶちゃん注:愛知県名古屋市瑞穂区井戸田町(いどたちょう)。私の妻の実家のすぐ近くである。ここ(グーグル・マップ・データ)。されば、ここは私の知らない地名にのみ注を附す。]百姓の娘に、ふみといふ女有(あり)て、生得(しやうとく)、身持惡敷(あしく)、後、遂に宮宿(みやじゆく)の内、築出(つきだ)し町(まち)【街道筋東の端松原へ出る所なり。[やぶちゃん注:現在の熱田区熱田伝馬町(ここ(グーグル・マップ・データ))の東附近にあった遊廓。「宮宿」は東海道五十三次第四十一番目の宿場で、一般には「宮の宿」と呼ばれ、公的には熱田宿と称した。「宮の渡し」として知られ、熱田神宮の門前町・湊町でもあった。「築出し町」は同宿場にあった三大遊里(神戸(ごうど)・伝馬(てんま)・築出の順にランキングされていた)の一つがあった。]】へ迯行(にげゆき)、しがらき扇屋など云(いふ)旅籠屋(はたごや)に、飯盛女(めしもりをんな)となりて勤居(つとめゐ)、芝翫(しかん)【俳優中村歌右衞門の俳名なり。[やぶちゃん注:想山と同時代で俳名を芝翫とする歌舞伎役者は三代目中村歌右衛門(安永七(一七七八)年~天保九(一八三八)年)である。彼は天保七(一八三六)年に養子芝翫に四代目中村歌右衛門を襲名させているが、彼の芝翫は養父の俳名を受けた名跡であり、彼の俳名は「芝賞」「翫雀」であるから、彼ではないとしたい。なお、「俳名」とは、歌舞伎役者の場合、舞台の上で使う名跡(みょうせき:芸名)とは別の、公私に亙って自由に使用した名(号)を指す。]】と異名され、近邊にては、誰(たれ)しらぬ者もなき淫亂放蕩なるものなりしが、同所、髮結(かみゆひ)の抱(かかへ)の者に、何とか云男有(あり)て、なかんづく、一頃(ひところ)は此男と忍び合(あひ)しが、或日、今夜中(こんやちう)、心中して【相對死の事也。】の死呉(しにくれ)よと、ふみの乞(こひ)しに任せ、男も其約束して分れぬ。扨、男つくづく考へ、變成(なる)約束をなせしもの哉とは思ひながら、その夜(よ)、約束の時刻も過(すぐ)る頃迄は、何のものかはと思ひ、酒などたべ、ざゝめき步行(あるき)しが、夜も更(ふく)るに隨ひて、約束せし事の忘れがたし、一づなる女心にて、今程は、さぞ待佗(まちわび)て居(ゐ)るべし、※(たばか)るも事によるなり[やぶちゃん注:「※」は「姦」の「女」を三つとも「男」に替えた字体。]、まづ約束の場所へ尋行(たづねゆき)、その上にて、兎も角もせばやと思案を極め、かの約束場所高田村【築出し町より十二三町東。[やぶちゃん注:現在の名古屋市瑞穂区高田附近か。(グーグル・マップ・データ)。但し、ここは築出し町からは距離的にはまあいいが、方向は東ではなく東北に当たる。ただ、そこを抜けた桜山の名古屋市立大学の南、瑞穂区瑞穂通に次に出る「秋葉の森」に相当する秋葉神社があるので同定に誤りはないと考える(グーグル・マップ・データ)。]】秋葉の森へ行(ゆき)て見るに、文(ふみ)[やぶちゃん注:彼女の本名。最初に「ふみ」と出る。]の俤(おもかげ)だにもなし。されども、夫切(それぎり)にも打置(うちおき)かね、歸り來りて、文の主家(しゆか)を尋(たづぬ)るに、九つ比(ころ)[やぶちゃん注:午前零時前後。]までは居(ゐ)たれども、夫より居(を)らずといふて、尋ぬる最中也。其外、近邊(きんへん)、かれ是(これ)、尋ぬれど、文のあり所、更にしれ兼(かぬ)るまゝ、不審に思ひなから、せんすべなく、其夜は夫切(それぎり)に打置(うちおき)たりと。扨、文は其夜九つ時、内を出(いで)て、約束のごとく、高田村秋葉の森へ行(ゆき)て見るに、かの男も來り居(ゐ)て、何をかたらひしにや、又、二三丁先、いつくしが森[やぶちゃん注:不詳であるが、「二三丁先」と言っているから、現在の名古屋市立大学病院の敷地内と考えてよかろう]と云(いふ)、千歳(せんざい)の古木(こぼく)森々として、晝にても物すこく恐ろ敷(しき)森有(あり)。此所(このところ)へかの男と二人行て、漸(やうやく)、夜も明(あけ)なんとする頃に及びて、道の端なる榎(えのき)の木の六尺計(ばかり)上より、五胯(いつまた)六胯(むまた)なりたる枝に、腰帶(こしおび)をわなに[やぶちゃん注:「輪奈」で輪・ループ状にしたものの意。「罠(わな)」と同源である。]取(とり)て打懸(うちか)け、その兩端(りやうはし)にて、兩人一度に首を縊(くゝ)りて、【是をつるべ心中といふ】諸共(もろとも)に死なんとなしたるに、如何成(いかなる)事か、男は至(いたつ)て輕(かろ)く、木の股迄(まで)つり上り、女は重(おも)りて、足先の少し地(ぢ)に付(つき)たるまゝ、死せんとすれども死なれず。とやせまじ、かくやせまじと思ふ折から、早(はや)、夜も明渡(あけわた)り懸りて、隣村御器所(ごきそ)村【半道程北なり。】の者、通り懸りて、其躰(てい)を見て大(おほひ)に驚き、能々(よくよく)見るに、女は誠(まこと)の女なれども、片端(かたはし)に縊死[やぶちゃん注:底本は判読を誤り、『速死』としている。また原本は「えきし」とルビする。]して居たるは、猫程の狸なり。人よりは輕きゆゑ、木の股迄、釣上られて、首を木の股へひき込(こま)れて死居(しにゐ)たり。女は夫切(それぎり)に助命はなしたれど、うつけものと成(なり)、又、其事を聞(きゝ)て後、驚(おどろき)たるにや、かの髮結(かみゆひ)の男も、少しうつけものとなりたると也。是は、が家僕(かぼく)彌助(やすけ)と云(いふ)者は、井戸田(いどた)村の直隣(ぢきどなり)、大喜(おほき)村[やぶちゃん注:現在の瑞穂区大喜町(だいぎちょう)。(グーグル・マップ・データ)。]の者なりしが、かの男女(なんによ)とも、竹馬よりの友にて、しかも心中して、いまだ女と狸とともに、木に懸り居たる所へも駈付(かけつけ)て、正敷(まさしく)見たる事也とぞ[やぶちゃん注:挿絵の絵師は中央の人物をその者として描いているように思われる。]。是は、かの人を化(ばか)す狸にて、よの常(つね)の野狸(のだぬき)にてはなきとしられけり。昔より、此森の邊に怪物(くわいぶつ)有(あり)て、折々、人を威(おど)し、甚敷(はなはだしき)に至りては、威し殺したる事、間々(まま)有。其上、此(この)野邊(のへん)にて大(おほひ)に火を揚(あげ)、村々にて出火と心得、火消(ひけし)道具など持出(もちいで)、近寄(ちかより)見ると、消失(きえうせ)たりなどして、種々(しゆじゆ)のいたづらをなして騷がせ、又、例のやつに謀(はか)られたりとて、侮(くゐ)る事、度々なれど、如何成(いかなる)ものゝ所爲(しはざ)ともしられざりしに、此(この)變(へん)の後(のち)は、怪敷(あやしき)事、一度もなし。皆、此狸のなせる業(わざ)にて有(あり)たりと、人々も初(はじ)て知(しり)しと也。

 

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