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2017/06/27

宿直草卷二 第五 三人、品々、勇ある事

 

  第五 三人、品々、勇(よう)ある事

 

Banyuu

 

[やぶちゃん注:挿絵は底本のものであるが、やはり清拭し、上下左右の枠部分を除去した。]

 

 さる所に、里遠き宮(みや)有(あり)て、妖(ばけもの)住み、夜になれば、人、通(かよ)はずといふ。

 其の近き所に、馬鹿もの、三人(みたり)有て、

「人の行かぬ所には、何たる事かある。後の話の種(たね)なり。いざ、見に行かん。」

といふ。似るを友なふ習ひなれば、頭(あたま)なる血に任(まか)して、三人同(どう)じて、出(いで)けり。

 さて、かの宮の拜殿に並みゐて、闇の夜暗しともなく、鳴りを靜めて有(あり)しに、異(こと)なる事もなく、堪(こら)へすましてゐるに、やや時を經て、天井に人の寢返(ねが)へる音してげり。車座に並みゐるもの、

「かたがた、今の音、聞きしや。」

といふ。中に居る者のいはく、

「最早、先程の事よ。我(わが)頭(かうべ)の上へ、しばしづゝ、間(ひま)有(あり)て、三雫(しづく)ものゝ落(おち)けるが、指につけて嗅いで見れば、殊の外、生臭(なまぐさ)し。いかさまにも天井にあやしき物あると見えたり。」

といふ。

 其時、いと哀れなる女の聲にて、

「下にまします人々、一人御あがり候て、我をたすけ給へ。」

と呼ぶ。

 すさましくぞありける。

 左(ひだり)に居たる男、つゐ立ちて、

「いづくよりか上(あが)る。」

といふ。

「其隅(すみ)に梯(はし)の候はん。」

と。

 聽きながら探りつゝ、天井へのぼり、

「さていかなる者ぞ。」

といへば、

「恥かしくは侍れども、申さねばこそ理(ことわり)も知れね。みづからは、その里の其家にて、誰(たれ)がしが妻にて候に、又、片方(かたへ)より、わりなくも云ひこし、藻(も)に住(すむ)虫のわれからと、身もこがす由(よし)に聞えし袖のさふらひしかば、まさなき心のはかなさに、げに、其人の情(なさけ)も捨てがたく、風に尾花(おばな)のいと亂れつつ、結ぶ契りも淺茅生(あさぢふ)の、小野の篠原忍ぶれど、あまりて人の目に漏れて、徒名(あだな)も餘所(よそ)に立田越(たつたご)え、ふた道かくるありさまの、包むとすれど紅葉(もみぢ)ばの、濃きはわが身の思ひかは、色(いろ)てふ增さる戀衣(こひごろも)、垢(あか)づかぬ間(ま)に顯(あら)はれて、何時(いつ)しか隱す甲斐もなく、我(わが)夫(おつと)、これを知り、過(すぎ)にし夜、その人も殺し、こゝにしも連れ來て、亡き人の首(かうべ)を抱(いだ)かせ、かく搦(から)めて、

『化(ばけ)物のために喰はれよ。さなくは、干死(ひじに)にせよ。今なん思ひ知るべし。』

なんどいふて、かく恐ろしき遠近(をちこち)の、方便(たつき)も知らぬここへしも、連れ來たれり。」

「さりとては、憂きにはたへぬ玉の緒(を)の、長(なが)かれとだに思はぬに、つれなき命の消えなくも、今更、恥を爰(こゝ)にさらす。あさましきにかかづらふも、我(わが)心よりの事なれば、誰(たれ)託(かこ)つべきにもあらず。また、今日(けふ)、晝も來てはんべれば、『たゞに殺しくれよ』といへど、なかなかにさはせずして、小刀にて股(もゝ)のほど、三かたな突きて歸りしも、此身よりなす事なれば、更に恨(うらみ)をやる方(かた)ぞなき。下(した)なる御袖の、『三雫(しづく)おちて生臭し』とありしは、其血にてこそ侍らめ。かくなりゆきて、命を惜しむにてはなけれど、今ひと度(たび)、古郷(ふるさと)へ歸り、老たる母にも會ひ、後の世の事も申し置きたく侍れば、知らぬ袖の御情(おなさけ)にも、繩を解きて助け給へかし。」

といふ。

 あさましながら、哀れ也。

 下なる者に、

「如何にせむ。」

といへば、二人の者、

「今宵、ここに來(く)べき我々にあらず。然(しか)るに、珍しくも思ひ立つは、その人助けよとの、神佛(かみほとけ)の告(つげ)にや。連れて下(お)り給へ。」

といふ。

 やがて、繩ども切り捨(すて)て、かの女を率て降(お)りけり。さて、

「夫(おつと)の里へ歸るべうなし。親ざとはいかに。」

といふ。

「其處(そこ)。」

と答ふれば、

「何條(なんでう)、五十町には過(すぎ)じ。いざ、とてもの事に送り參らせん。」

といふ。

「尤(もつとも)。」

とて、女を先に押し立(たて)てゆくに、日を經て食物(しよくもつ)を食はず、繩に搦められ、あまさへ、股を突かれて、痛めり。いとゞ步みかねてぞ見ゆ。手を引き、腰を押して、二町ばかりも行(ゆき)しに、女、かき口説(くど)くやう、

「さてさて、我(われ)ゆへに、空しくなりたりし人の、首(くび)のさふらひしを、得て歸り、灰(はい)にもなさば、尸(かばね)の恥も有(ある)まじきに、うれしさのまま慌てゝ忘れ侍り。草葉の陰に恨むべくは、わが黃泉(よみぢ)の障(さは)りともならなん。これまでも、いと罪深くこそ。」

と、さめざめと泣く。

 拜殿にて右(みぎ)に居たる男、

「やすき事、取りて參らせん。人々は送り給へ。我は、後(あと)より追ひつかん。」

と、たち歸りしが、やがて、首をもて來(きた)れり。

 さて、かの首を畔(くろ)に埋(うづ)み、女をば、慥(たしか)に送り屆(とゞ)けしと也。

 あゝ、この三人(みたり)、肝(きも)太(ふと)ふして、甲乙(かうをつ)、その差別(けぢめ)なし。血のかかりて生臭きに、三雫までも問はぬまでは云はず、慌てざる事、知りぬべし。鬼(おに)かなきかの女の聲に、呼ぶに任せて天井へ上がる、又、痴(し)れ者とや云はん。猶、生首を取(とる)に、道より獨り歸るも、大方(おほかた)の血之助(ちのすけ)なり。功(こう)はとりどりなれど、その勇健(けなげ)、同じ。天晴(てんせい)、破家(ばか)者、虎口(こぐち)にも向け、先にも賴(たの)ままし。

 

[やぶちゃん注:この話は「諸國百物語」の「卷之二 五 六端の源七ま男せし女をたすけたる事」と同源である(リンク先は私の電子化注)。但し、こちらが、不倫女を救うのが三人の痴れ者で、彼らへの侠気もほぼ三分割されてしまって著しく減衰してしまうのに比して、「諸國百物語」では救うのは侠客の博打打ち「六端の源七」一人である。その点に於いて私は躊躇なく「諸國百物語」版に軍配を挙げる。なお、本篇は疑似怪談であって、解釈不能な怪異は出来しない。しかし、妻の不貞を苛む夫の仕打ちは真正怪談以上に惨たらしく猟奇的で、まさに人の心の鬼の怪奇を描いて恐ろしい。

「勇(よう)」心が強く物事に恐れぬ、いささか危険な蛮勇。「頭(あたま)なる血」もそうしたエキサイトした血気を指す。

「同(どう)じて」同意して。

「てげり」完了の助動詞「つ」の連用形+過去の助動詞「けり」の濁音化したもので、平安末頃からは「てんげり」とも言った。強調表現。

「間(ひま)有(あり)て」間を置いて。

「つゐ立ちて」歴史的仮名遣は正しくは「ついたちて」。つっと立ち上がって。

「梯(はし)」梯子(はしご)。

「片方(かたへ)より、わりなくも云ひこし」たのは間夫(まぶ)、間男である。「わりなし」は道理に合わない・無理に・無茶をしての謂いであるが、基本、この語の元は理屈では割り切れないほどの男女が深い関係に陥ることを謂うから、この使用は語りの始めとして暗示的で、専ら、男の方から「藻(も)に住(すむ)虫のわれからと、身もこがす由(よし)に聞えし袖」なのである(「聞えし袖」は、強引に節操なくも「言い寄ってきた人」の意)。かの古歌にも詠まれた小さな甲殻類「われから」(節足動物門甲殻亜門軟甲綱真軟甲亜綱フクロエビ上目端脚目ドロクダムシ亜目ワレカラ下目 Caprellida に属するワレカラ類。代表種はワレカラ科ワレカラ属マルエラワレカラCaprella acutifrons・トゲワレカラ Caprella scaura・スベスベワレカラ Caprella glabra など)を、「我から」どうしようもなく恋してしまい、その恋の炎は我が身を焦がすほどだ、という謂いを引き出すのに序詞としたものである。

「まさなき心」尋常ならぬ心。同にも制御出来ない感情。ここではこの女も、その間男に実は惹かれてしまって、女自身の感情をもどうしても制御し得なかったことを多重させている点に注意したい。

風「に尾花(おばな)のいと亂れつつ」の「いと」は「糸」に掛けて、次の「結ぶ」と縁語。

「結ぶ契りも淺茅生(あさぢふ)の、小野の篠原忍ぶれど」「百人一首」三十九番歌で知られる、「後撰和歌集」の「卷第九 戀一」にある嵯峨天皇の曾孫源等(みなもとのひとし)の一首(五七七番歌)、

   *

 淺茅生の小野(をの)の篠原(しのはら)忍(しの)ぶれどあまりてなどか人の戀ひしき

   *

に基づく。「淺茅」は疎らに生えている茅(ちがや)で、「生」は「生えている場所」、「小野」の「小」は調子をとるための接頭語、而して「淺茅生の小野の篠原」全体が「しのはら」の「しの」によって「忍ぶ」を引き出すための序詞である。以前に述べた通り、以下の台詞の如何にもな修辞技巧の説明は原則、略す。

「徒名(あだな)」不倫をしているという噂。

「ふた道かくる」実の夫と間男の二人の男と「二道(ふたみち)」の爛れた関係を持ち続ける。

「垢(あか)づかぬ間(ま)に」垢がつくほどに馴れ親しむ時間が相応に経つこともなく、あっという間に。「あか」は間男(「夫」でもよいが、そうすると、駆け落ちか夫殺しへと展開するから、ここは女の気持ちを良心的に考え、そうはとりたくはない)にいい加減「飽く」(飽きる)の意も掛けていよう。

「干死(ひじに)」飢え死(じに)。

「かく恐ろしき遠近(をちこち)の、方便(たつき)も知らぬここ」「近」は対象があることの添え辞で、意味はなく、「方便」は逃げるための方法もないで、「かくも辺鄙なる、化け物の出るとされるような、逃げようのないこの場所」の意と採る。但し、岩波文庫版の高田氏の注では、「遠近の」に『ここでは現在と未来をさす』とする。これだと、まさに今「現在」の虜となっている状態から、ほど遠からぬ「未来」に於いて「恐ろしき」死を迎えるところの「この」如何なる逃走手段もない「場所」の謂いとなろうか。

「たへぬ」は、このような責め苦に「堪へぬ」の意と、後の添え修辞の「玉の緒(を)の」「絶え」に掛けていよう。それがまた「長(なが)かれ」と縁語にはなる。

「つれなき命の消えなくも」恥知らずな私の命、それがすぐには絶えなかったとしても。

「託(かこ)つ」不平を言う。

「はんべれば」「侍(はん)べれば」。ここは聴き手らへの丁寧表現であろう。

「下(した)なる御袖の」下におられたお方が。

「五十町」五キロ五百メートル弱。

「とてもの事」救い下ろしてやったのだから、どうせ同じことなら序でのことに。

「二町」約二百十八メートル。

「畔(くろ)」道端の耕地の畦(あぜ)。

「甲乙(かうをつ)、その差別(けぢめ)なし」その三人の血気・蛮勇は甲乙つけ難いものであって、そこに有意な差はない。

「鬼(おに)かなきかの女の聲」鬼の声ではないのかと聴き紛うような女の声。岩波文庫版本文では『鬼が哭(な)き、彼の女の』聲とするが、それではどうも上手く意味がとれない気がするので採らない。

「血之助(ちのすけ)」岩波文庫版の高田氏の注では『血気にはやる男』とする。

「天晴(てんせい)」岩波文庫版の高田氏の注では『「天性」のあて字』とする。

「破家(ばか)者」岩波文庫版の高田氏の注では『「馬鹿者」のあて字。常軌を逸した向う見ず、の意』とする。

「虎口(こぐち)にも向け」極めて危険な事態にも、臆することなく、その暴虎馮河とも言える蛮勇で立ち向かい。]

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