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2017/06/05

「想山著聞奇集 卷の五」 「天狗に連行れて鐡砲の妙を得來りし者の事」

 

 天狗に連行(つれゆか)れて鐡砲の妙を得來りし者の事

 

Tengu

 

 文化二年【丙寅】[やぶちゃん注:一八〇五年。]の事成(なる)が、美濃國郡上郡大豆(おほまめ)村[やぶちゃん注:不詳。但し、後に出る現在地の判明している「劍村」(注参照)の近くとある。]に重五郎といふ者有。年十四五の時、裏(うら)にて風呂に入居て天狗にとられ、先(まづ)、自分の家の入口に有(ある)三圍(みかこみ)程の松の木の梢へ行たりと。此松は鴨枝(かもえだ)有(あり)て祟(たゝ)るとて、枝打(えだうち)もせざる木にて、日來(ひごろ)、天狗の來ると云傳ふる木也。【此邊にては、木の枝の鴨のごとく成たる木と、又箒(はふき)の如く成たる枝の有(ある)木とは、切れば祟るとて一切手差(てざゝ)ぬよし、此枝の有(ある)木のたゝりたる事は十七の卷に記し置きたり。】其天狗は、鼻の高さ、繪に書(かく)如きの顏色(がんしよく)にて有しと也。扨、夫より四十里程行て、十疊敷程の松の木の上へ行と、種々(しゆじゆ)の天狗、大勢より合居(あひゐ)て、酒宴の所にて、猶、夫(それ)より所々連(つれ)られて步行(あるき)しが、或時、大名の祝儀の所へ行て馳走を食ひたるに、誰(たれ)も咎むる人もなかりしと。遂に三年居て後、鐡砲の妙を得て歸り來りて、翔鳥(かけとり)を打(うつ)ても外(はづ)るゝ事なく、總躰(さうたい)、何を打(うつ)ても百發百中の妙を得來りし儘、獵師と成(なり)て稼ぎたるに、誤(あやまつ)て、或[やぶちゃん注:底本・原典ともに「成」。底本の訂正注で訂した。]村の雁(かり)の池の大蛇を打(うつ)て、祟りを恐れ、書置(かきおき)して所を立去(たちさり)、行衞(ゆくゑ)しれずと也。【此大蛇を打(うち)たる事は、十四の卷に委敷(くはしく)記し置ぬ、此時、砲術の妙を得居たる故、危急の死地を出(いで)て一生を得たり。】扨、其とられて行たる内に、稻の穗を手にて按(もま)せられたるが、籾(もみ)にて手が痛みて悲しかりしと。此(この)田の出來の惡敷(あしき)のも、あの田の出來の惡敷のも、みな、天狗が我等どもにもませし故、か樣に出來の惡敷の也といひしと。劍村(つるぎむら)[やぶちゃん注:現在の郡上市大和町(ちょう)剣。(グーグル・マップ・データ)。]の與三左衞門は近隣の事にて友達ゆゑ、至(いたつ)て心易かりしが、是等の咄、僅(わづか)計(ばかり)ならでは聞置(きゝおか)ざりしとて、咄すおもむき、右の通り也。三年の間の天狗界の咄は、嘸々(さぞさぞ)珍敷(めづらしき)事のみにこれ有べきに、殘り多し。【天狗の事は所々にしるし、なかんづく、廿一の卷に委敷有(あり)、合せ見るべし。】

 

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