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2017/07/03

宿直草卷三 第二 古狸を射る事

 

  第二 古狸(ふるたぬき)を射る事

 

Ubume

 

[やぶちゃん注:挿絵は底本のもの。清拭した。]

 

 さる人のいはく、

「慶長七、八年の比か、半弓を習ひし師の方(かた)へ行(ゆく)に、

『ゆふべの手柄(てがら)、これ、見給へ。』

とて、古き狸を見す。

『何處(いづく)にて射給ふ。』

と云ふに、

『子細ありて。』

とばかりに已(や)みぬ。

 二、三年過(すぎ)て、兄弟子、語りて云ふやう、

『其時の狸は、師と某(それがし)と、たゞ二人して射たり。東寺あたりにある僧、人の娘に馴れ染めて、忍び忍びに通ひしが、淺からぬ妹背(いもせ)の山の、不覺の色香、いや增して、あまさへ、たゞならぬ身となる。人目の關(せき)もいぶせく、洩れてや他(よそ)にしらなみの、立つ名も如何にと思ふうち、はや、月も滿ち、殊に難産にして、孕みしまゝに、死(しに)たり。

 空しき身は西の墓にて、空(そら)たつ煙(けぶり)と消え行けど、恨みはさこそ殘るらめ、その夜より、産女(うぶめ)となりて、僧の臥所(ふしど)、藪の中、竹にとりつきて泣く。

 是より僧、迷惑の思ひをなし、色々と弔(とふら)へども、更に已む事なし。岩に口ある世の例(ため)し、人、次第に知りて、名も四方(よも)に高し。

 寺出(いづ)べき程に恥けるに、ある人、僧に語(かた)らく、

「定(さだめ)て狐狸(きつねたぬき)やうのものゝ、化けて來ぬる事もあるべし。其心をも得給へ。」

と云ふ。

 さらばとて、わが師を賴むに、

「定めて迷ひのものなるべし。先(まづ)、行(ゆき)て見申(まうす)べき。」

とて、多き弟子の中にも、我を連れて、かの僧房の窓を塞(ふさ)ぎ、左右に矢狹間(やざま)切りて待つに、幽(かす)かにものゝ聲す。僧、

「あれにて候。」

と云ふ。やうやう近づくに、生まれ子(ご)の泣くがごとし。夜更け、人しづまれば、聲も澄み渡りて、あぢきなくぞ侍る。

 半弓に弦(つる)塡(は)め、矢を取り添へて、狹間近く寄る。

 師のいはく、

「物いふべき樣(やう)なし。膝(ひざ)にて膝突くべし。其時、矢を放(はな)せよ。」

と、約束して待つに、次第に近づきて、窓先(まどさき)へ來(きた)る。

 狹間よりこれを見るに、黑髮をさばき、白きものを着たり。腰より下は見えず。竹にとりつきゐたる體(てい)、猶、泣く聲の、物あはれなる。紛(まが)ひもなき迷ひの物なりしかども、

「心弱くて叶(かな)はじ。」

と、弓、引き絞り、相圖違(たが)へず放つ矢に、手應(てごた)へして、倒(たふ)れたり。

「扨は、姿、有(ある)べし。」

と、燭(しよく)を振りて見るに、古き狸、二筋(ふたすぢ)の矢、枷(かせ)になりて有(あり)しを、そのままゝ、叩き殺せしなり。

「此事、隱し呉れよ。」

とありしかば、口の外に洩らさずありしが、その惡戲法師(いたづらはうし)も、去年(こぞ)の秋、果てたりしかば、今は話すなり。』

と語りし。」

と云へり。

 

[やぶちゃん注:「慶長七、八年」一六〇一年末から一六〇四年年初。正に江戸時代に始まり、徳川家康の治世の前後である。家康の征夷大将軍拝命は慶長八(一六〇三)年二月十二日である。

「半弓」和弓の長さによる分類名。六尺三寸(約一メートル九十一センチ)が標準とされ、七尺三寸(約二メートル二十一センチ)よりも短いものの、「半弓」だからといって実際に半分の長さなわけではないので注意された。使用する矢長も約七十二センチ(大弓(本弓)のそれは約一メートルであった)。ここでも描写される通り、もともと座位でも射ることが可能なものとして開発されたものであるが、ここで実際に使用されたそれは射出場所から見て、或いは標準よりさらに小さなものではあったかも知れない。

「たゞならぬ身となる」妊娠してしまった。

「人目の關(せき)」関所のように人を容易に通さない意から、「人目が憚られて思うままに出来ぬこと」を謂う。

「いぶせく」煩わしく。

「しらなみ」女犯(にょぼん)が「知ら」れてしまうことの懼れに「白浪」を掛けて以下の(噂が)「立つ」の縁語とする。

「産女(うぶめ)」ことの顛末と、出現したその様姿様態(挿絵の下半身で簑のように見えるのは、実は異常出産によって出血した血だらけの下半身の、妖怪「産女」の絵図に極めて頻繁に見られる描出法である)から見ても、確かに妊産婦の霊が妖怪化したそれと見える。妖怪としてのそれについては、私の『柳田國男「一目小僧その他」 附やぶちゃん注 橋姫(3) 産女(うぶめ)』の私の注を参照されたい。

「迷惑の思ひ」岩波文庫版の高田氏の注では、『ここでは途方にくれて、の意』とある。

「岩に口ある世の例(ため)し」物言わぬ非生物であるはずの岩でさえ時には口を現わして言葉を喋るとは、世間の噂に戸は立てられぬの謂いと思われる。

「次第に知りて、名も四方(よも)に高し」といってもそうした「産女」の妖怪がかの僧の所に出るという噂であって、その背景としての女犯し、しかも妊娠させ、その女が子とともに死んだ真相までは含まれていない。但し、京雀の口の端のその一端には、そうした憶測(事実なのではあるが)があったことは容易に推測される。さればこそこの僧は「寺出(いづ)べき程に恥」たのでもある。しかし、言えることが一つある。狸は産女と変じて僧の前に出、二人の弓取りにもそう見え、聴こえたという事実である。少なくとも、この狸だけは僧のおぞましい女犯を知っていたのである

「ある人、僧に語(かた)らく」以下の謂いから、この人物はこの破戒僧の親しい善意の友人であり、しかも凡そこの友の僧が女犯を犯している事実はゆめゆめ知らぬのである。だからこそ、かくも忠告するのであると読むべきである。

「其心をも得給へ」恐ろしいものとして鬱々と悩むのではなく、そうした下らぬ狐狸の化けたものに過ぎぬのだという認識を持たれよ、それが心身のためにもよく、それならば、やりよう(退治のしよう)もあるというもので御座ろう、と励ましているのである。

「さらばとて、わが師を賴む」今も破魔矢で知られるように、弓術は「源氏物語」の「夕顔」でも出る通り、その弦(つる)を鳴らす「鳴弦・弦打(つるう)ち」によってさえ悪霊や妖怪変化を遠ざける呪具であり、優れた弓術者が同時に妖魔を調伏する呪術者として登場する話は枚挙に暇がない。

「矢狹間(やざま)」通常は砦や城の塀及び櫓(やぐら)或いは軍船の胴壁部などに設けた、内部から矢を射るために空けた穴を指す。挿絵のそれはかなりデカく、まるで普通の窓のようではあるが、通常の室内にこのような遮蔽物や格子なしの空隙は存在しないから、実際に数箇所の壁を切り空けたか、火灯窓や櫺(れんじ)窓の障子や格子などを切り外して設けたものであろう。

「あぢきなく」「あぢきなし」は「無遠慮だ・道に外れている・乱暴だ・努力の甲斐がない・無意味でつまらない・面白くない」などの意味でちょっとピンとこないが、岩波文庫版の高田氏の注では、『胸がしめつけられるように不気味なこと』とある。果たしてそのような意義を「あぢきなし」から普通に引き出せるか否かは別として、この訳はすこぶる腑に落ちるものではある。

「膝(ひざ)にて膝突くべし」これは師が自身も含めて互いに言葉を発することを禁じた上で、「私が矢にて射るべき間合いをはかり、それという時に私が膝で床をトンと突くから、あやまたず、それを合図と心得て、矢を放て。」と命じているのである。

「心弱くて叶(かな)はじ」兄弟子は変化(へんげ)のものの見かけにビビりかけたのでる。自身で自身の臆病を心内に於いて強く叱咤した言葉である。

「姿」化け物の本性としての実体。

「二筋(ふたすぢ)の矢、枷(かせ)になりて有(あり)し」前の部分や挿絵には話者の弓の師は描かれていないが、実際には師も同じように狙っており、自身が弟子に合図を送ると同時に師も矢を放ったのである。だから矢は二筋であり、それらが狸の身体を地に、動かぬようにV字型に交わって射とめていたのであろう。]

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