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2017/07/02

宿直草卷二 第十二 不孝なる者、舌を拔かるゝ事 /宿直草卷二~了

 

  第十二 不孝なる者、舌を拔かるゝ事

 

 元和(げんわ)二年の事よ。洛陽大宮通六条に、後家なるもの、男子(なんし)一人を育(はごく)みて、杖柱(つえはしら)とも、賴む。

 しかも、借屋(かりや)の憂き住居、八(やつ)の木もあらざれば、九重(こゝのへ)近きも鄙(ひな)びつゝ、芦(あし)の穗さへも入(いれ)ぬ衣(きぬ)は、愛宕颪(あたごおろし)の風寒(さむ)み、いとゞ貧(まど)しくして、渡りかねたる世こそ憂きに、又、この子、あくまで、不孝なり。

 何事も母の命を背(そむ)き、あまさへ、雜言(ざうごん)を吐く。見る人、聞く袖、皆、憎みて、

「向後(ゆくゑ)、良かるまじ。」

と云ふ。

 案のごとく、此者、十七の夏、我が屋(や)に晝寢せり。母は隣(となり)へ茶を飮みに出づる。未(ひつじ)の頭(かしら)ばかりに、

「あゝ、悲し。」

と云ふ。向ふ隣(どなり)の人々、

「何事ぞ。」

と慌(あは)つるに、母も、ふためきて歸る。

 さて、かの倅(せがれ)を見るに、舌、一尺ばかり引き出して、命、空しくなる。其まま、引き起こしなんどするに、臭(くさ)き事、はかりなし。

 人々、不思議の思ひをなす。

 其わざ、業(ごう)のなす所にして、人力(にんりき)とは見えず。見たる人、慥(たしか)に語れり。

 犬馬(けんば)に至るまで、よく養ふに、敬せずして惡口をなす。良き舌の拔きものなり。勝母(せうほ)の閭(さと)を過(よぎ)らぬ曾子(そし)は、「准南子(ゑなんじ)」といふ書(ふみ)に、尊(たと)き例(ためし)にも引きけるとかや。聞かん人、愼まずんば、名は後人(こうじん)の唇上(しんじやう)に遊ばん。

 

[やぶちゃん注:「元和二年」一六一六年。

「洛陽」京都。

「大宮通六条」中央付近(グーグル・マップ・データ)。

「八(やつ)の木」「木」の字に「八」の字を転倒して加える言葉遊び。「米」のこと。

「芦(あし)の穗」蘆(あし)は葦(よし)とも呼び、現行の和名は後者で、単子葉植物綱イネ目イネ科ダンチク(暖竹)亜科ヨシ属ヨシ Phragmites australis であるが、その穂綿(棉というほどもない)は綿の粗悪な代用品として用いられた。

「聞く袖」既出通り、「聞く人」の意。

、皆、憎みて、

「向後」これから先。現実の今後の未来に加えて後世(ごぜ)も含まれる。その本来なら後世の不孝の報いとして、地獄で抜かれるはずの舌が、この世で抜かれてしまい、冥界の処罰が前倒しされて現報されたのである。

「未(ひつじ)の頭(かしら)」午後一時頃。

「ふためきて」ばたばたと音を立てて慌てて。

「舌、一尺ばかり引き出して、命、空しくなる」「臭(くさ)き事、はかりなし」実際の疾患としては考えにくい。ひどく生臭いのは舌だけでなく、内臓も引き裂かれているからであろうとは推測される。

「犬馬(けんば)に至るまで、よく養ふに、敬せずして惡口をなす」犬や馬のような畜生のようなものであっても、非常に心を入れて飼育してやっているのに、逆らって言うことをきかなかったり、嚙みついたりするように、残念ながら、人の中には、慈しみ育んでくれた父母・師匠・君主に対してさえ、尊敬の念をこれっぽちも持たず、却って罵詈雑言を吐くような不届きの輩(やから)がきっとあるものである。

「良き舌の拔きものなり」(そういう人非人はこのようにあの世ではなく)この世で舌を抜かれるに、至極、相応しい良きもの(ぴったりした例)なのである。

「勝母(せうほ)の閭(さと)を過(よぎ)らぬ曾子(そし)」孔子の弟子曾子は「そうし」と読むのが普通。彼は孔子からその孝道の厚きを買われ、孔子の言説の中の「孝」の概要、天子・諸侯・郷大夫・士・庶人の各個の孝の在り方を細説し、孝道の用を説いた「孝経(こうきょう)」を著わした(事実上の編纂は曾子の弟子か)とされる。前漢の武帝の頃に淮南王劉安(紀元前一七九年~紀元前一二二年)が学者を集めて編纂させた、道家思想を主としてそれに儒家・法家・陰陽家の思想を交えた「雑家」に分類される思想書「准南子」(えなんじ:本邦に伝来したのが「日本書紀」以前であるため、当時、一般的であった呉音で「ゑ」と読むのが現在でも一般化されている)の「説山訓」の中に「曾子立孝、不過勝母之閭。」(曾子、孝を立つ。勝母の閭(りよ)を過(よ)ぎず)と出る。「曾子は何よりも孝を重んじた。そのためたまたま旅の途次、行かんとする道の向うに『勝母(しょうぼ)』」という名の村があったが、これを避けて通らなかった。」という故事を指す。]

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