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2017/07/07

宿直草卷三 第九 伊賀の池に虵すむ事

 

  第九 伊賀の池に虵(じや)すむ事

 

Igahebibake

 

[やぶちゃん注:挿絵は底本のもの。今回は敢えて全く清拭していない。これは底本ではすこぶるマシな方。如何に汚損がひどいかお判り戴けることと思う。]

 

 伊賀の國何(いづ)れの郡(こほり)か、大きなる池ありて、大虵(だいじや)棲む。山、深ふして、道、狹(せば)く、谷、凄(すさ)まじうして、人倫、絶へたり。

 しかるに當時(そのかみ)の事とや、其國の大守の内に、高知(かうち)給りて、何がしの人、度々(たびたび)高名隱れなきあり。ある時、ふと思ひ立て行く。池、近くなりて、下人に云ひつくるは、

「をのれらは、こゝに居て、日の暮(くる)るまで待(まつ)べし。」

とて、其身一人、行く。

 澤(さは)遠(とを)ふしてめぐるに、草臥(くたびれ)たり。

 かくて、半分過(すぎ)もゆくに、「ぞ」と、怖くして、身震(みぶる)ひす。

「一代覺えぬ珍しき事かな。」

と思ふに、廿(はたち)あまりの女房、向ふより來たる。

「これぞ大虵よ。」

と、上(うへ)にはつくろふ事もなく、心に用心して行くに、かの女、行(ゆき)違ふ時、會尺(ゑしやく)して、口の内に聲ありて、笑ふ。この人もすれ違ふて通りしが、何の子細もなし。

「生臭(なまぐさ)き事、いふにたえたり。大虵も化(ば)くるものなり。」

と語られしと也。

 さる人に、此物語り、し侍りしに、

「もちと、その人には、かろし。八尾(やお)八頭(やかしら)の大虵(おろち)を、十握(とつか)の劍(けん)に殺し給ふ尊(みこと)もあれど、彼(かれ)は姫を得給ふ德あり。これは、なし。あまさへ、孝を盡くすべき親と、祿を得て忠に償(つぐ)なふ主(しゆ)もあれば、身を全(また)く持つこそ本意(ほい)ならめ。何の德ありて、あやしの所へ行かんや。『小勇(せうゆう)は血氣の勇(よう)なり。大勇は禮義の勇なり。』と張敬夫(ちやうけいふ)も云ひし。口惜しくこそ。」

と云へり。

 また、其心入も知りがたし。定めて深き寄邊(よるべ)もあめり。かの袖の名字は、よしや云はずとも。

 

[やぶちゃん注:「其國の大守の内に、高知(かうち)給りて」その国の領主の覚えの異様にめでたい人物という意味であろうか。

「一代覺えぬ」生まれてこの方、感じたことのない。

「上(うへ)にはつくろふ事もなく」表面上は素知らぬ振りで、普通通りの表情のまま、身構えもせず。

「もちと、その人には、かろし」「なんともまあ、いささか、その人物は、軽率じゃ。」。

「尊(みこと)」言わずもがな、八岐大蛇を退治した素戔嗚命。

「姫」櫛名田姫。

「張敬夫(ちやうけいふ)」(一一三三年~一一八〇年)は南宋の儒者。大儒朱熹とは友人であった。「小勇(せうゆう)は血氣の勇(よう)なり。大勇は禮義の勇なり」は「孟子」の朱熹注の中に張敬夫の言葉として「小勇者、血氣之怒也。大勇者、理義之怒也。血氣之怒不可有、理義之怒不可無。知此、則可以見性情之正而識天理人欲之分矣。」(小勇は、血気の怒りなり。大勇は、理義の怒りなり。血気の怒りは有るべからず、理義の怒りは無きこと有るべからず。此れを知れば、則ち以つて、性情の正を見、天理人欲の分(ぶん)を識るべし)と引かれるのに基づく謂いであろう。

「また、其心入も知りがたし。定めて深き寄邊(よるべ)もあめり。かの袖の名字は、よしや云はずとも」荻田はこの主人公を辛辣に指弾する前の人物とは違って、少し善意に彼を解釈しようとしている。「確かに、この御仁が命を失いかねないこの暴挙を、どのような強い思いによって成したものかは知ることは出来ない。恐らくは我々の推し量ることの出来ない、何か深い理由や動機があったのではないかと思われる。かの御仁の苗字は、たとえ、ここでは言わぬことにしておくにしても。」。]

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