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« 宿直草卷三 第二 古狸を射る事 | トップページ | 宿直草卷三 第四 狸の腹つゞみも僞りならぬ事 »

2017/07/03

宿直草卷三 第三 狸藥の事

 

     第三 狸藥(たぬきくすり)の事

 

 打身(うちみ)の藥に狸藥といふあり。藥味(やくみ)、狸を入るゝにもなし。狸の教へし故にその名に呼べり。

 ある侍の奧(おく)、夜に入(いり)、雪隱(せつゐん)に行くに、毛のある柔らかなる手にて、局所に寄するもの有り。靜まりかへり驚かぬに、後の時も違ふ事なし。

 夫にかくと語るに、

「定(さだめ)て狐なんどの業(わざ)にや、心得給へ。」

と云ふ。

「さらば。」

とて、重ねて行くに、化粧箱(けはいばこ)に祕めし、守り刀(がたな)の優しきを執り出(いだ)し、襲(かさね)の衣(きぬ)の下に隱して、柄に手かけ、拔き寛(くつろ)げて待つに、露(つゆ)これを知らで、又、手を差し出(いだ)す。

 やがて、拂ひ斬(ぎ)りに薙(な)ぐに、狸の前足、節(ふし)かけて斬りたり。

「さればこそ、これらならんと思ひしぞかし。」

と。

 夫婦、語りて其手を取りて置くに、次の夜、妻戸(つまど)を叩(たゝ)くもの、有り。

「誰(た)そ。」

と咎(とが)むれば、

「いや、苦しからぬ。昨夜(ゆふべ)、手を失なひし狸にて侍らふ。はかなくも、無用の事致し、今更、迷惑にさふらふ。御立腹(はらだち)はさる事なれど、ひたすら、免(ゆる)し給ひて、その手、これへ下され候へかしと、詫び事に參り候。」

と云ふ。

 侍、聞(きき)て、

「やおれ。畜生の分(ぶん)に、女(をんな)なりとて、人を侮(あなど)る。如何(いか)で手を返さん。よし、また、返すとも、一度切れ離れし手の何の役にか立たん。とく歸れ。深き咎になければ、命は助くるぞ。」

と云ふ。狸、聞いて、

「幾重(いくへ)にも御詫び事申(まうす)べし。又、手さへ下され候へば、良き藥も以ちて接(つ)ぎ侍る。」

と云ふ。

「さらば。その藥、教へたらば、取らせん。」

と云ふ。

「やすき事なり。」

と、

「其草、此の木などにて、斯樣(かやう)に合(あ)はする。」

と語りて、狸は手貰ひて歸れり。

 その方(はう)、今にあり。驗(しるし)、まゝ有(あり)て、めでたき藥にて侍る。

 

[やぶちゃん注:これは、概ね腕を斬られて謝りに来る変化(へんげ)を河童とし、それを返す見返りとして神妙な薬方を教えて貰うという「河童の妙薬」譚として知られるものの化け狸版であるが、以下に見る通り、実はこの河童の専売特許のような河童譚は元は、まさにこの話が濫觴で、河童ではなく、狸こそが本家本元であるとも言われているらしいウィキの「河童の妙薬によれば、『河童が人間や馬に悪戯をし、その人間、もしくは馬の持ち主に懲らしめられ、詫びの印として』『河童が持つといわれる』霊妙な『薬を渡すというもので』『東北、関東、四国など各地に同様の伝説が残されて』いる。『河童の妙薬の伝説に多くみられる』梗概は、『河童が悪戯を懲らしめられる際に手を切り落とされ、後にその手を返してもらいに現れ、手を繋ぐ良い薬があるといって、手を返してもらう代わりにその薬を渡したり、調薬の方法を教えたりする』というもので、『薬の種類には、骨接ぎ』・打ち身・火傷に『効く薬などがある』。『河童は相撲が好きで、怪我が多いためにこうした薬を持っていると考えられ、水の妖怪である河童が金属を嫌う性質から、刃物による切創』(金創(かなきず))『に効果が高いなどともいわれる』。『茨城県小美玉市与沢にある手接神社も、こうした伝説上の河童を祀ったものであり、伝説にちなんで手の負傷や病気に利益があるといわれ、手の治療を願う者は手の形をした絵馬を奉納する風習がある』。『また、隣町の同県行方市玉造には、この河童が悪戯の際に手を斬り落とされたといわれる川の橋に「手奪橋」の名が残されている』。『日本各地の郷土地誌によれば、かつては伝説にちなむ薬が家伝薬として実際に販売されていた。代表的なものとして、茨城県那珂郡大宮町(現・常陸大宮市)の万能家伝薬「岩瀬万応薬」』、『新潟市の猫山宮尾病院の湿布薬「猫山アイス」』『等がある。後にはこうした家伝薬の販売はすべて廃れているが、これは薬事法が改正された』結果として販売が出来なくなったり、『明治時代に入って医学が漢方医学から西洋医学へ移行し、薬の販売が売薬本舗から』近代的な製薬業者へと『移行したためと考えられている』。『悪戯の詫びの際に、河童が薬ではなく』、『骨接ぎの方法を教えるという伝説もあ』る。そうして、『変わった類例として、岡山県の郷土史家・岡長平の著書『岡山太平記』に「狸伝膏(ばけものこう)」という話がある。河童ではなくタヌキが人間に悪戯をし、河童の伝説同様に腕を切り落とされ、その腕を返してもらうかわりに骨接ぎの薬を渡すという伝説である』。また、『延宝時代の怪談集『宿直草』にも「たぬき薬の事」と題し、同様に悪戯をしたタヌキが、切り落とされた手と引き換えに妙薬の製法を教える話がある。河童の妙薬の話は』、実は『この『宿直草』の時代よりも後に民間に登場しているため、「たぬき薬の事」が改変されて河童の伝説が生まれたとも考えられている』(下線やぶちゃん)。

「藥味(やくみ)、狸を入るゝにもなし」薬の成分の中に狸の身体等の一部が含まれているという訳ではない。

「奧(おく)」奥方。

「雪隱(せつゐん)」厠(かわや)。便所。「河童の妙薬」譚の常套設定である。

「局所」女性の陰部。民話類では「お尻」とソフトになる。

「靜まりかへり驚かぬに、後の時も違ふ事なし」侍の妻なれば、冷静に対処し一切慌てることもなく驚きもしなかったが、その次に雪隠(せっちん)に入ったところが、このスケベな何者かは、騒がぬのに味をしめたものか、同じことを繰り返した。

「心得給へ」よくよく注意なされよ。

「化粧箱(けはいばこ)」化粧道具や小物を入れたもの。武家のものでも、本格的なものは嫁入り道具として、相当にがたいが大きく、装備される道具類も多岐多数に及んだ。これはそれ化粧箱を雪隠に持って行ったのではなく、武家の女の嗜み・節操として化粧箱に潜ませて常置していた「守り刀」を特にそこから取り出して、の謂いであろう。

「優しき」細身で小さなもの。小刀(さすが)である。一般には本来は実用目的ではなく、邪気を払うためのお守りであるが、相応の実用的武器としての機能は十二分に持っていた。

「襲(かさね)の衣(きぬ)」ここは単に重ねて着た長着のこと。

「拔き寛(くつろ)げて」鯉口を切って即座に抜いて使用出来るようにして。

「節(ふし)かけて斬りたり」「節缺けて」か、「節」に「かけて」か、私には不詳。前者ならば、前脚の掌(人間でいう手首から先)の手首の関節部分が欠けた状態で斬られたものとなろうし、後者ならが、より大きく、橈骨を含む手首の関節部分も含んだ部分ということになろう。関節部を含んで体側側の骨をも斬るにはかなりの強い押し切るような力が必要であるから、前者か。

「さればこそ、これらならんと思ひしぞかし。」夫が推定して言った通り、狐狸の類いの腕であったことからの夫婦合点の台詞。

「誰(た)そ。」と以下のように対応したのは、無論、夫の侍である。

「いや、苦しからぬ。」岩波文庫版の高田氏の注では、『差支えのない者です、の意』とある。「決して怪しい者にては御座いませぬ。」の謂いであろうが、考えて見れば、雪隠で女性の陰部を三度までも触ろうとして、掌を斬られた化け狸野郎は充分に「怪しいもの」であるから、こう訳した方がより滑稽で面白かろうとは思う。

「今更、迷惑にさふらふ」「今さらながら、御迷惑をおかけ致しまして誠に失礼致しました」という謂い。

「やおれ」感動詞。相手に呼びかける際に発する語。「やい! おのれ!」、「おい! 貴様!」。

「分(ぶん)に」分際で。

「如何(いか)で手を返さん」反語。「返すとも、一度切れ離れし手の何の役にか立たん」も同じ。

「其草、此の木」無論、実際には具体的な草木名が挙げられた。その明記を避けた意図的伏字である。

「その方(はう)」その処方。

「驗(しるし)、まゝ有(あり)」後で「めでたき藥」と称揚しているから、この「まま」は傷の種類や具合によっては非常に効果を発揮するぐらいの表現と読む。]

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