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2017/08/26

北越奇談 巻之四 怪談 其九(生まれ変わり)

 

    其九

 

 關谷大島(せきたにおほしま)と云へる所の百姓某(それがし)、娘一人あり。養子聟(やうしむこ)を迎ひ、五年にして、娘、懷妊す。老親(ろうしん)・夫婦、甚だ喜び、勞(いたは)りけるに、其児(そのこ)、生(むまれ)て後(のち)、三日にして、死せり。老母いたく嘆き、その死(しゝ)たる児を抱(いだ)き上げ、

「汝、果報少(すくな)く、祖父祖母(ぢゝばゝ)の顏も見知らで、又、黄泉(くはうせん)に歸ることを。再び、生(むま)れかへりて來(きた)るべし。其印(そのしるし)、付(つけ)てやらん。」

とて、淚と共に、己(おのれ)が指三本に茶釜の下の炭(すみ)を付(つけ)、死たる児の腹を撫で、終(つゐ)に是を葬(ほうむり)ぬ。

 扨、一ととせあまりを歴(へ)て、娘、又、懷妊す。生(むま)るゝに及(およん)で、其児、即(すなはち)、腹の上に三ツ指の痕(あと)、黒くありて不ㇾ消(きえず)。十歳ばかりの頃までありしが、次第に消失(きえう)せぬ。不思義と云ふもあまりあり。

 然りと雖も、世上、中智の輩(ともがら)、必(かならず)、此説を聞(きい)て、万物(ばんもつ)の生死(せいし)、皆、如ㇾ此(かくのごとき)もの、とのみ思ふべからず。人智、各(おのおの)、差別あること、百人にして一人(ひとり)も同じきことを不ㇾ得(えず)。儒(じゆ)・仏(ぶつ)・神(しん)の道(みち)より、士農工商、今日(こんにち)世間の交(まじはり)に至るまで、何(いづ)れをか異(こと)なりとせん。今、仏を以(もつて)これを論ぜんに、煩悩即生死即涅槃(ぼんのうそくぼだいしやうしそくねはん)を見破(けんぱ)し、四大本(しだいほん)に皈(き)し、性(せい)、空(くう)に去(さつ)て苦樂ともに免(まぬ)かる。是を以(もつて)大悟と第一智となす。其下(そのしも)、數(す)十段にして不ㇾ可ㇾ盡(つくすべからず)。仏名(ぶつみよう)を稱し、別世界を願ふは、下愚(かぐ)の人に示方便にして、勧善懲悪の教(おしへ)、實(じつ)に治國平天下(ちこくへいてんか)の奇法となすべし。智にして愚を謗(そし)るは、明智(めいち)にあらず。只、此道(このみち)、上(かみ)は以(もつて)聖智なるべく、下(しも)は以(もつて)下愚なるべし。下をして必(かならず)、智ならしむべからず。上智はよく明らかなれども、得難く、中智は疑(うたがひ)、且(かつ)、侮(あなど)る。下愚は冥(くら)くして、よく信ず。故に是(これ)を云ふ。密(ひそか)に按ずるに、死後の性(せい)は今の性を曳(ひ)く所がありて、仏(ほとけ)とやならん、鳥獸(ていじゆう)とやならん、再び、此生(せい)を願ふ者、死して、又、其性の託(たく)する所を得て生(しやう)ずべし。仏(ほとけ)を念じ、別世界を願ふ者は、死後の性、かの西方十万億土外(がい)に至(いたつ)て、如何なる仏(ほとけ)となるやらん、予は是を知らず。かの十万億土外に尋ね當たることなくんば、又、其先、十万億土外に行行(ゆきゆ)かば、其性、遂に眞空に歸するなるべきか。今の僧俗、共に中智の輩(ともがら)、よく空(くう)を云へども、他(た)の空なることを知りて、其(その)己(おのれ)を空(くう)ずることを知らず。神(しん)の道を行ひども、六根淸淨(ろくこんせいじよう)ならしむること、不ㇾ能(あたはず)。聖教(せいきよう)を學んで行ふこと、不ㇾ能。仏(ぶつ)を信じて、其性を悟(さとる)事、不ㇾ能。煩惱、止(やむ)時なく、死に至る者、其性、凝塊(ぎくわい)して、不ㇾ散(さんぜず)。體(たい)なくして、苦愁(くしう)、隙(ひま)なきなり。是を地獄と云へ、生死(しようし)の間(あいだ)に託す。是を迷(まよひ)と云へ、喜怒愛樂[やぶちゃん注:ママ。]に心を不ㇾ滯(たいせず)。生死(しようし)二ツながら、念を斷(たつ)者、死して、其性、真空に皈す。是を大悟(だいご)の人と云ふ。凡(およそ)、後(のち)、生(せい)を願ふ者は、かの鍋炭(なべずみ)の説を喜ぶけれど、生は皆、迷(めい)にして、今の生、後の生を不ㇾ知(しらず)。是(これ)を以(もて)思へば、今、貧賤下愚(ひんせんかぐ)、即(すなはち)、死後、仮令(たと)へ、富貴上智(ふうきしやうち)の人に生(むま)るとも、今の我(われ)なることを知事(しること)なくんば、何ぞ、樂しとするに足らん。只今の生人(せいひと)の富貴上智を羨むがごとくなるべし。然(しから)ば、大悟(たいご)の人、生死(しやうし)を離れ、真空に皈することを得んには劣れるか。聖人の道も、仁義の性、正しく、孝貞忠臣の行ひ、不ㇾ違(たがはず)。今の生(せい)を守り得る時は、死もまた、安然として、迷ふ所なく、豈(あに)大悟の人に異(こと)ならんや。

 

[やぶちゃん注:これは生まれ変わりの奇談を枕とした崑崙独自独特の死生観である。但し、かなり、くだくだしく、部分的に意味をとりにくい箇所もある。さればここで、ここでの以下の注は、場合によっては私の勝手な解釈であることをお断りしておく。

「關谷大島(せきたにおほしま)」新潟市中央区の関屋を冠する地域のどこかか。この関屋分水路の右岸広域(グーグル・マップ・データ)。

「老親(ろうしん)」後で出る祖父母。

「夫婦」娘の父母。

「世上、中智の輩(ともがら)」巷間の中程度の「智」しか持たない連中。この発語からし「四大本(しだいほん)」仏教に於いては物質界は地・水・火・風の性質を本元とする元素、四大種によって構成されているとする。ここはそれに完全に還元されることを指す。

「其下(そのしも)」「性(せい)、空(くう)に去(さつ)て苦樂ともに免(まぬ)かる」ところの最上の「第一智」である「大悟」に至るまでの階梯。過程。

「數(す)十段にして不ㇾ可ㇾ盡(つくすべからず)」数十段の大きなレベルに分かれており(その一段階一段階がこれまた無数に区分けされていて)数え尽くすことは出来ない。

「故に是(これ)を云ふ」よく判らぬが、以下のようにとった。「仏名(ぶつみよう)を稱し、別世界を願ふは、下愚(かぐ)の人に示方便にして、勧善懲悪の教(おしへ)、實(じつ)に治國平天下(ちこくへいてんか)の奇法と」言うべきものであって、「智にして愚を謗(そし)るは、明智(めいち)にあらず。只、此道(このみち)、上(かみ)は以(もつて)聖智なるべく、下(しも)は以(もつて)下愚なるべし。下をして必(かならず)、智ならしむべからず。上智はよく明らかなれども、得難く、中智は疑(うたがひ)、且(かつ)、侮(あなど)る。下愚は冥(くら)くして、よく信ず」というのは、まさに「故」にこそ「これ」(「是」)が、その仏教に於ける凡愚の大衆に仏説を分かり易く説く際に用いられるところの、真実の教えに至る前段階として教化される側の能力に応じるように変形された教法としての真理ではない「方便」なのであり、儒教に於ける馬鹿にも判る「勧善懲悪」の辛気臭い教訓的理論であり、それは実に「大學」で語られてある「修身斉家(せいか)治國平天下」(天下を真にやすらかに治めるには、まず、各個人自身が自律的に行いを正しくし,次に家庭を円満に豊かにし、次にその中から生まれた優れた人格者である君子が、その家族の集合体としての国家を治め、そこで初めて天下を絶対の安静平和へと向かわせるという儒教の国家論のパラドキシャルな基本理念)という世にも稀な迂遠にしていたく巧妙なる政治的奇法である、と「言う」(「云ふ」)のであろう。

「死後の性(せい)は今の性を曳(ひ)く所がありて」人の死後の存在の属性は現在の個人としての人間の属性を残存させているところがあって。

「仏(ほとけ)を念じ、別世界を願ふ者は、死後の性、かの西方十万億土外(がい)に至(いたつ)て、如何なる仏(ほとけ)となるやらん、予は是を知らず。かの十万億土外に尋ね當たることなくんば、又、其先、十万億土外に行行(ゆきゆ)かば、其性、遂に眞空に歸するなるべきか。」野島出版版は下線太字で示した部分がすっぽり抜けてしまっている。恐らく、原典の三度繰り返される「十万億土外」の読み取りの際に、誤まって飛ばしてしまったものと思われる本文翻刻としては致命的なミスである。崑崙の仏教への実証主義的反論が面白い。言わずもがなであるが、極楽浄土は「西方十万億(佛國)土」の外にあることになっている。ある奇特な方の計算によれば、「一仏国土」(一人の仏が教化する面積単位)の広さは銀河系ぐらいで、その十万億倍は、約百六十億光年の先となるそうで、これは現代の宇宙物理学に於ける宇宙の直径と概ね一致するそうである

「今の僧俗、共に中智の輩(ともがら)、よく空(くう)を云へども、他の空なることを知りて、其(その)己(おのれ)を空(くう)ずることを知らず」現代の僧や俗人の中でも、中程度の智しか持っていない輩(やから)に限って、盛んにこの仏教の「空(くう)」の認識に大切さを口角泡を飛ばして述べ立てるけれども、他(ほか)の時空間に於ける「空」という存在の在り方(というよりも「非在」の在り方)を知っているくせに、それを偉そうに主張している自分自身の認識や存在を「空」に対峙させ、自身の心をば「空」にすると言う唯一の大事なことを全く知らない。これはなかなかに正鵠を射ている。こういう輩は今もゴマンといるではないか!

「神(しん)の道」神道(しんとう)。ここ以下は神道批判。

「六根淸淨(ろくこんせいじよう)」正しい発音と歴史的仮名遣は「ろくこんしやうじやう」。本来の「六根清浄(ろっこんしょうじょう)」は仏教用語で、人間に具わった六根(眼根(視覚)・耳根(聴覚)・鼻根(嗅覚)・舌根(味覚)・身根(触覚)五感と、それに第六感たる意根(意識)を指す)を清らかにすることを指すから、どうにも場違いな謂いである。しかし、この修行(不浄な対象を見ない・聴かない・嗅がない・味わって迷わされて身の内に入れたりしない・触らない・感じないようにすることが求められる)のために、俗世との接触を絶つことが行なわれたが、神仏習合の江戸時代までは、非常に幅広い神仏に対する巡礼や古神道や山岳信仰・仏教(密教)のゴッタ煮の修験道などでは、この言葉が好んで用られたから、崑崙は、或いは「穢れ」を極度に忌避する神道の禁忌や神域結界などに対して、自分勝手にこの言葉を当て嵌めたのではないかと私には読める。このあたりを読むと、崑崙は少なくとも天皇を頂点とするような国家神道的なものはあまり信じていない感じがする。寧ろ、鬼神を強く信じていた辺り、アニマチズム的古神道信仰に近いようにも思われる。

「聖教(せいきよう)」「聖教」聖人の教え。孔子の教え。儒教。ここ以下は儒教批判。

「學んで行ふこと、不ㇾ能」「學んで」も現に「行ふこと」「能(あた)はず」。次も同じ。

「煩惱、止(やむ)時なく、死に至る者、其性、凝塊(ぎくわい)して、不ㇾ散(さんぜず)」「ぎくわい」の読みは原典のママ。凝り固まって。ここからが崑崙の独擅場。鬼神論である。

「體(たい)なくして、苦愁(くしう)、隙(ひま)なきなり」実体は存在しない(従って原則、目には見えない。前で凝り固まってしまって、しかも仏教で言うような四大素に還元されることもない。何でもいいが、崑崙のいう鬼神とは煩悩のような観念の実体物があるとして、それが徹底的に凝縮凝集して点のような存在になるというのだろうか?)状態で、しかしその苦しみや憂いはその時空間の中に隙間なくみっちりと詰っている。点でなければ、パラレル・ワールド、かの「餓鬼草紙」のようなものか?

「後(のち)、生(せい)を願ふ者」輪廻転生。

今、貧賤下愚(ひんせんかぐ)」最初の謂いと合わないし、致命的な論理矛盾をきたすから、見え見えの謙辞である。

「生人(せいひと)」現に生きているこの世界の人々。国名の後を「ひと」と読む漢文調の読みを洒落たものか。

「今の生(せい)を守り得る時は、死もまた、安然として、迷ふ所なく、豈(あに)大悟の人に異(こと)ならんや」この崑崙の言葉は実に清々しい。有象無象の宗教家の話より、百倍、身に沁みた。]

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