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2017/08/12

北越奇談 巻之二 俗説十有七奇 (パート7 其八「湧壷」)

 

其八 「沸壷(わきつぼ)」【「熱壷(ねつつぼ)」なり。】蒲原郡柄目木村(かんばらごほりからめきむら)【即、油の湧く所。】十丁計(ばかり)隔(へだて)て、山の尾上(おのへ)、丘の引𢌞(ひきまは)りたる所、經(わたり)四、五尺の井あり。其中(なか)、水、自然に高く沸上(わきあが)ること、二、三尺、外(ほか)に漏るゝ所もなく、更に增減なし。是は越中立山、南部怖山(おそれざん)等(とう)のごとし。即(すなはち)、地中、硫黄(ゐわう)の氣(かざ)或ひは臭水油(くさみづのあぶら)の氣(き)、泉脉(せんみやく)を押して此動搖をなすなるべし。先ツ「寰宇記(くはんうき)」に云咄泉(とつせん)の類(たぐひ)なり。

[やぶちゃん注:これは「熱壷」とある以外は、温泉を感じさせない。所謂、通常の水温の井戸でありながら、気体がぼこぼこと湧き上がっており、水位の増減が無く、その井戸から流れ出る川筋なども全くないというのであれば、これはやはり前章に出た「古の七奇」の「其七 火井」でそこで崑崙が「是は、必、臭水油(くさみづあぶら)の氣なるべし」として「凡(およそ)、國中(こくちう)、是に類する所、甚だ多し。柄目木村(からめきむら)、即、入方村(によほふじむら)に同じ。寺泊大和田山(おほわだやま)の間(あいだ)、少しの水溜(みづたま)りありて、冷水なれども、常に湯の沸くがごとく泡立(あはだち)てあり。是に火をかざせば、忽、然(もゆ)る」(下線太字やぶちゃん)と同じ場所・同じ現象である(場所の旧「蒲原郡柄目木村(からめきむら)」は複数回既出で既注の、現在の新潟市秋葉区柄目木(がらめき)。ここ(グーグル・マップ・データ))から、まずはそこと同じ

〈井戸の中での石油由来の天然ガスの自然湧出〉

と判断出来る

 しかし、崑崙が後で似ている、として出す、

「越中立山」と「南部怖山」(恐山に同じ)は孰れも硫黄噴気孔を持つ真正の温泉であって、これとは違うと当初は私も思った

のであるが、確認のために再度、現在の柄目木の地図を確認してみると、

同地区の東南で僅かに接する同じ秋葉区草水町に「秋葉温泉 花水」という温泉施設がある

ことが判ったのである。しかも同施設の公式サイトの「基本ガイド」を読むと、秋葉温泉は弱アルカリ性・ナトリウム・塩化物温泉と明記し、さらに地下千から千二百メートルら湧出する、およそ四百五十万年前の化石海水(英語:fossil salt water太古の海水が地層の隙間などに封じ閉じ込められたもので、帯水層中に液体のままの昔の海水が貯留しているものを指す語。海水が石になっているわけではない。生物等の遺骸が実際に石化した「化石」とは全く無関係な比喩的表現であるので注意されたい)を『主成分とした各種天然ミネラルを含有する成分豊富なお湯で』、『この湯の源泉は薄緑褐色で肌に吸い付くような豊かな浴感と、肌をつるつるにする豊富な炭酸水素イオン成分が特徴で』あるとあるのである。但し、恐らくは当該水の熱水古代海水の採取の深さから見て、近代以降に開発された温泉と思われ、これをもってここに示された「湧壷」「熱壷」を安易に、

天然ガスの地下水脈からの湧出ではなく、やはり〈温泉〉じゃないか、と言い換えるわけには私はいかないと考える

のである。大方の御叱正を俟つものである。

「十丁」一キロ九十メートル。

「山の尾上(おのへ)、丘の引𢌞(ひきまは)りたる所」前でかく言ったものの、この距離と位置は柄目木か見て、よく秋葉区草水町の「秋葉温泉 花水」のある場所に一致するようにも読めるのである。悩ましい。

「經(わたり)四、五尺」直径一・二二~一・五一センチメートル。

「水、自然に高く沸上(わきあが)ること、二、三尺」六十一~九十一センチメートルほどの高さまでぼこぼこと吹き上がるというのだから、相応の圧がかかっていることが判る。

「先ツ」「まづ」であろう。

「寰宇記(くはんうき)」正式書名は「太平寰宇記」。北宋の楽史(がくし)によって十世紀後半に編纂された中国の地理書。全二百巻。各地ごとに著名な人物や文芸を記すその構成は後代の中国の地理書の規範となった。太平興国四(九七九)年に宋の太宗は北漢を滅ぼして天下統一を成し遂げたが、これはその天下統一を湛えるために太宗に進上された書であった。参照したウィキの「太平寰宇記」によれば、『大量の書籍を引用するが、その多くは唐・五代以前のものであるため、宋のみならず唐代の地理を知るためにも重要な書物である』とある。

「咄泉(とつせん)」中文サイトの「太平寰宇記」原典では捜し得ず、本邦の漢籍サイトの四庫全書の中にこれかと思われる文字列を発見したが、一部の電子化文字に疑義を持った。さらに調べるうちに、幸い、本邦の寺島良安の「和漢三才圖會」の「卷之五十七」の「水類」にある「妒女泉(うはなりゆ)」(「うはなり」は「妬(うわなり)」=嫉妬の意。有間温泉の伝承が有名で、とある人妻が夫に愛人がいるのを知って、愛人を殺して自身も深い温泉に入水して果てたが、その後、美しい女性がこの温泉の近くに立つと、湯が激しく煮えたぎるようになったという伝承から「妬湯(うわなりゆ)」と呼ばれるようになったとされる)の項に以下のように出るのを見出したので、それを電子化しておく。所持する原典(全画像・正規購入品)から視認して、まず白文で示し、後に訓点に従って書き下した文を示す。良安の訓点はすこぶる読み易いものであるが、さらに一部に句読点・記号及び一部の送り仮名や読み等(無論、歴史的仮名遣)をオリジナルに追加した(因みに私は別に「和漢三才圖會」(水族の部は個人サイト内でずっと昔に完遂、現在は「蟲類」の部をブログにて作業中)の電子化注も手掛けている)。

   *

寰宇記云安豐郡咄泉在淨戒寺北至泉旁大叫則大湧小叫則小湧若咄之其湧出彌甚世人奇之號曰咄泉

   *

「寰宇記(くわんうき)」に云く、『安豐郡の咄泉(とつせん)は、淨戒寺の北に在り。泉の旁(かたはら)に至りて、大きに叫(わめ)くときは、則(すなは)ち、大きに湧き、小さく叫ぶときは、則ち、小(すこ)し湧く。若(も)し、之れを咄(しか)れば[やぶちゃん注:「叱れば」。]、其の湧き出づること、彌々(いよいよ)甚だし。世人、之れを奇(あや)しみて、號して「咄泉」と曰(い)ふ。』と。

   *]

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