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2017/08/29

北越奇談 巻之五 怪談(スクモムシの怪)

 

北越奇談巻之五

 

        北越 崑崙橘茂世述

        東都 柳亭種彦挍合

 

    怪談

 

 葛塚(くづづか)は七十年前(ぜん)、沼草原(ぬまくさはら)、多かりしを開發して、今、屋並、數(す)百軒、田畑、甚だ廣濶なり。

 爰に辻番太郎と云ふ者、娘一人あるのみにして、家貧しく、昼は農事を營み、夜(よる)は町の番に出て曉まで不ㇾ歸(かへらず)。

 一日、畑に出(いで)て、草沼深く打返(うちかへ)したるに、忽(たちまち)、土中、穴ありて、何かは知らず、竦(すく)み居(ゐ)たるさまなり。猶、深く掘りて見れば、大小田原提灯(をだはらでうちん)の如(ごとく)なる蠐螬(すくもむし)一つ、轉(まろ)び出たり。かの男、鎌を以つて其頭(かしら)を打つに、金鐵(きんてつ)のごとし。依(よつ)て吸居(すひゐ)たる烟草の吹殼(ふきがら)を、かの虫の蟠(わだかま)りたる所に落とせば、虫、猶、縮寄(ちゞみよ)りて、丸くなるを、又、吹殼を數(す)十落したれば、終(つゐ)に燒死(やけし)す。

 其夜も、かの男は、辻の番に出(いで)て居らず、娘一人、茅屋に臥し居(ゐ)たるに、忽然と、犬のごときもの、枕の傍(かたは)らに蟠りありて、押し動かす。女、驚き起上(おきあが)り見れば、更に一物もあることなし。

 眠(ねふら)んとすれば、又、如ㇾ此(かくのごとし)。女家に居ること、能(あた)はず、即(すなはち)、番小屋に至(いたり)て、父に告ぐ。父、叱つて是を歸す。女、(おんな)、家に至れば、又、如ㇾ此。

 夜々、化物、來たり、驚かすこと、數(す)日、終に奇病を發す。

 依(よつ)て僧を請じ、法華(ほつけ)を讀誦して、此怪、止みぬ。怪しむべし、躶虫(くはちう)と雖も、數(す)百歳のもの、其(その)死氣(しき)、妖怪をなすこと如ㇾ此(かくのごとし)。

 

[やぶちゃん注:「葛塚(くづづか)」新潟県新潟市北区葛塚(くずつか)。現在は「つか」は濁らない。「巻之一 蝮蛇」で既に「葛塚は福湖の西涯」と出、現在も一部が残る福島潟(既出既注)の西北にいある現在の新潟県新潟市北区葛塚周辺。ここ(グーグル・マップ・データ)。先の謂いから見ても、福島潟の一部或いは西岸の低湿地地帯だったものを干拓したものであることが分明。新潟市街区とは阿賀野川を挟んで東の端近い。北区公式サイト福島潟の干拓によると、『阿賀野川の松ヶ崎開削で、広大な開発可能な土地ができると、幕府は』宝暦四(一七五四)年、『福島潟周辺の』三十三箇村『を幕府領とし、潟の開発を頸城郡鉢崎村(現柏崎市)の山本丈右衛門に許可し』、『丈右衛門は潟に流れ込む水量を少なくするため加治川や新発田川の改修、新太田川の掘削などを行い、新鼻や太田地区など』八十九町歩(約八十九ヘクタール)を開発、明和七(一七七〇)年に病死したが、それは、その十九年後の寛政元(一七八九)年、『水原町市島徳次郎をはじめとする』十三『人衆に受け継がれ』る。『開発する場所を土手で囲み、中にマコモ』(単子葉植物綱イネ目イネ科エールハルタ亜科 Oryzeae 族マコモ属マコモ Zizania latifolia『を植えて土砂を沈殿させ、水を抜いて水田にする方法が行われ』、『また、潟に流入する河川の上流から土を流し、潟の底を高くする方法もとられ』た。『さらに、潟の全面開発を目指し、浜茄子新道(県道豊栄・天王線)、天王新道、山倉新道(主要地方道新潟・五泉・間瀬線)の堤防を築き、潟を分割しましたが、洪水で決壊し、不成功に終』わったものの、この十三『人衆の開発面積は潟の周囲全面に』及び、じつに四百五十二町歩を増やした、とある。

 

「七十年前(ぜん)」「北越奇談」の刊行は文化九(一八一二)年春であるから、一七六〇年代初頭となり、最短時間で宝暦末(宝暦九(一七五九)年~宝暦一二(一七六二)年)に相当する。

「辻番太郎」原典「つぢばんたらう」とルビするが、この呼称は「辻番」の愛称略称「番太」「番太郎」と完全に一致するから、私は全体が一語の通称とする(彼は「太郎」という名ではない)ととる。辻番は江戸時代の主に城下町の町村に召し抱えられた見張り番で、職務は町によっては四つ辻などにある番小屋に於ける木戸番(夜間の出入の監視)或いは火の番や夜警、村によっては山野水門の警備や火急の用件の使い走(ぱ)しりや浮浪者の取締りなどであった。地方のそれは非人身分の者が担当したことが多かったようである。

「竦(すく)み居(ゐ)たるさま」身体を見た目で小さくしようと殊更に縮んで固くしている様子。

「小田原提灯(をだはらでうちん)」直筒灯籠型(円筒形)で、不用な時には、畳んで袂又は懐中に入れて携帯の出来る提灯。天文年間(一五三二年~一五五五年)相模国小田原の甚左衛門が箱根越えの旅人のために考案して売ったものが起源とされる。懐(ふところ)提灯とも称し、大きさはここでは後で変化したと思われるものが「犬のごときもの」と出るから、六寸提灯(直径十八センチ・高さ六十五センチメートル)程度をイメージすればよかろう。

「蠐螬(すくもむし)」これは所謂、「地虫」、本邦では主に、鞘翅(コウチュウ)目多食(カブトムシ)亜目コガネムシ下目コガネムシ上科コガネムシ科スジコガネ亜科スジコガネ族スジコガネ亜族コガネムシ属 Mimela に属するコガネムシ類の幼虫を指す。なお、和名「すくもむし」の「すくも」とは、古くから葦や萱(かや)などの枯れたものや、藻屑、葦の根などを指したようだが、語源は不明である。私の和漢三才圖會卷第五十三 蟲部 目録 / 蠐螬 乳蟲を参照されたい。

「金鐵(きんてつ)」金属。

「押し動かす」「押し蠢く」、顫動する、の謂いと読む。

「法華(ほつけ)」鳩摩羅什(くまらじゅう)漢訳本「妙法蓮華經」。主人公は日蓮宗徒であろう。

「躶虫(くはちう)」「躶」は音「ラ」で「らちう」が正しい。「躶」は「裸」の異体字であるから「赤裸の・露出した・剝き出しの・赤裸々な」の意で、「裸虫」。これはもともと陰陽五行説に基づく生物分類で、身体の大部分を蔽う羽・鱗・毛などを持たずに生まれてくる動物を指す。通常は実は特に人間を意味するのであるが、ここは「蠐螬(すくもむし)」をそう捉えての呼称。見かけ上は納得出来る。]

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