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2017/08/24

北越奇談 巻之四 怪談 其三(少女絡みのポルターガイスト二例)

 

    其三

 

 寛政年中(ねんぢう)、蒲原郡(かんばらごほり)太田村、百姓某(それがし)の少女、十二、三なるべし、燕(つばめ)の町、祭禮見物に出(いで)て、連(つれ)に遅れ、獨り、群衆の内を訊ね求むるに、面(おもて)の赤き僧一人來り、相伴(あひともなふ)て見物す。少女、心に食(しよく)を思ふ。異僧、即(すなはち)、是を知り、茶店(さてん)に入(い)り、其好むところを食さしむ。又、町に出(いで)て、小女、心に欲する所、櫛・笄(かんざし)となく、食物(しよくもつ)となく、何にても、皆、是(これ)に與(あた)ふ。更に錢(ぜに)を償(つくの)はざれども、賣人(うりひと)、また、咎めず。終(つゐ)に家に歸る。

 其日より、少女、心に求(もとむ)る所、ならずといふことなし。坐(ざ)しながら、遙かの物を取らんと欲(ほつす)れば、即、飛來(とびきた)りて、前にあり。家人、是を怪しみ、少女を責むれば、忽(たちまち)、鳴動し、諸器物、おのれと飛(とん)で、人力(じんりき)を以つて制し難し。

 或は食せんとする時、鍋・釜なんど、忽、飛(とん)で梁上(りやうしよう)に上がる。小女を勞(いたは)り、詫(わぶ)る時は、即、飛下(とびくだ)りて本(もと)のごとし。

 如ㇾ此(かくのごとき)事、數日(すじつ)、近村、競ひ來たりて、これを見る。

 もし、誤(あやまり)て怪を謗(そし)る時は、鍬・鎌・棒の類(るい)、獨り手(で)に飛來(とびき)て、その人を打(うつ)。甚だしきの怪なりしが、一月餘りにして、何時(いつ)となく、此事、止(やみ)ぬ。

○同年の秋、村松山(むらまつやまの)北、河谷村(きたかはやむら)、百姓某(それがし)、近村より、子守の小女を抱(かゝ)へたるに、一日(いちにち)、連(つれ)の童女(どうによ)相伴(あいともなふ)て、村端(むらはし)の茶屋に至り、各(おのおの)、柿を求め食(くら)ふ。かの小女、錢(ぜに)無くして、買求(かひもとめ)ること、能(あた)はず、獨り、是を羨む。忽、面(おもて)赤く、老猿(おひざる)のごとき僧の、白衣(はくい)なるが來りて、

「汝、柿を與へんか。」

と問ふ。小女、喜ぶ。

 即、店の柿、四ツ五ツ、おのれと飛來(とびきた)り、小女が袂(たもと)に入(いる)。

 他の童女、さらに見ることなし。

 それより、家に歸(かへり)て、何によらず、得んと思ふもの、皆、飛來りて、懷(ふところ)に入(いる)。

 主人、これを怪しみ、親の家に返さんとすれば、忽、家財道具、おのれと飛び𢌞(めぐ)りて、家の内に居(をる)事、不ㇾ能(あたはず)。小女を勞(いたは)り、上坐(かみざ)に請(しやう)ずる時は、即、止(や)む。

 村長(むらおさ)、是を聞(きゝ)、其家に來り、小女が上坐にあるを叱り、且(かつ)、怪(くはい)を罵(のゝしる)所に、忽、其庭に掛け置きたる鍬一丁、飛來(とびきたり)て、面(おもて)を打たんとす。村長、驚き逃出(にげいづ)れば、又、盥(たらひ)一ツ、飛來(とびきたり)て頭(かしら)に覆(おほ)ふ。

 是によつて、村中(むらぢう)、以(もつて)の外、騷動し、見物、市(いち)を成せり。

 扨、即日、其怪事を領主に訟(うつた)ふ。即、足輕二人をして、其實否(じつふ)を見屆けしめんとす。于ㇾ時(ときに)、足輕、その家に到り、上坐について、小女を責め問へば、忽、勝手口より、斧一丁、飛來(とびきたり)て、足輕の鼻頭(はながしら)を擦りて落(おつ)。是(これ)によりて、衆人、如何ともすることなし。數日(すじつ)にして、何時(いつ)となく止(やみ)ぬ。如何なるものゝ怪異とも知らず。

 是等も、皆、天狗の成す業(わざ)ならんか。

 

Poltergeist

 

[やぶちゃん注:葛飾北斎の挿絵。左上角に「怪物小女について怪異をなす」とある。]

 

[やぶちゃん注:天狗らしい怪人の出現によって少女が怪能力を有する点で連関するが、この天狗を除去すると、実はこれは現代のまで生きているボルタ―ガイスト現象(ドイツ語:Poltergeist/騒霊/天狗の石礫等々)に酷似するものである。その酷似する点は、成人前の少女がその超常現象の主役であったり、必ずその家内にいるという点でも属性が一致している。私は基本的に、これらは霊感を持っているということで他者とは違うという特別な存在という意識を持つことを志向する思春期の少女らによる似非怪奇現象と捉えており、近代以降の無意識的或いは意識的詐欺師としての霊媒師の存在と全く同じものであると考えている。これはまた、「池袋の女」「池尻村の女」などが古くから知られており、そこには信仰上の理由附けがなされていたり、民俗学的アプローチも行われている。それは私の「耳囊 之二 池尻村の女召使ふ間敷事など注を是非、参照されたい。なお、後半の「○」以降の話は原典も野島出版版も改行せずに、前に繋がっているが、これは私は改行をする方がよいと判断して、かく、した

「寛政」一七八九年から一八〇一年。

「蒲原郡(かんばらごほり)太田村」よく判らぬが、現在の新潟県燕市には東太田の地名がある。ただ、ここは燕市街で「燕(つばめ)の町、祭禮見物に出(いで)て」という表現からは近過ぎるか?

「おのれと」自然と。古文ではしばしば「自分と」などと漢字表記するのを見かける。

「村松山(むらまつやまの)北、河谷村(きたかはやむら)」不詳。識者の御教授を乞う。

「他の童女、さらに見ることなし」この一文、私は躓く。前とどう続くのか私には意味不明である。何方か、お教え願いたい。]

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