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2017/09/24

老媼茶話 廣五行記(病原の妖魚・瘧を噛み殺した絵の獅子)

 

      廣五行記

 

 唐(もろこし)に僧あり。膈噎(カクイツ)の病(やまひ)を愁(うれへ)、すへて食をくたさす、數年にして命をはらむとす。其弟子に告(つげ)て曰、

「我(わが)氣、絶(たえ)て後(のち)、吾(わが)むねをさき、のんどをひらき見よ。いつれの物か、病となりたる。其根本をたゝせよ。」

と云(いひ)て、終(つひ)に死せり。

 弟子、則(すなはち)、むねをさきひらくに、一物を得たり。

 形、魚に似て、兩の頭あり。遍體(へんたい)ことことく、是(これ)、肉鱗(にくりん)なり。

 鉢のうちに入るゝに、おとりて止(し)す。諸味の食を致すに、くろふと見へすして、須臾(しゆゆ)に化して水と成(なる)。

 又、もろもろの毒藥を入るゝに、皆、消(きえ)て水となる。

 時、夏の中、藍(アイ)の熟したるを、水にもみ出し、靛(テイ)となして、少し鉢の中へ傾入(いれ)たるに、此むし、大きにおそれて、鉢のうちを走り𢌞り、しはらくの内に、化して、水となる。

 是より、世に傳えて、靛水(ていすい)を以て噎(カツ)を治すといへり。

 

 唐土(もろこし)に、おこりを煩ふ人、年を越(こえ)ておちす。いろいろと百針(ひやくしん)すれとも、しるしなし。

 其頃、顧光寶(ココウホウ)といふ、當時、無雙(ぶさう)の繪師、獅子をゑ書(かき)て、戸外に、かけおく。

 其夜、戸外、さわかしき物音、あり。

 夜明(よあけ)てみれは、繪かく所のしゝの口中およひ胸板(むないた)、皆、血に染(そ)み、戸外にも爰(ここ)かしこに、血、あり。

 おこりわつらふ人、病、すなわち、いへたり。

 

[やぶちゃん注:二部に分かれるので、一行空けた。

「廣五行記」明の李時珍の博物書「本草綱目」にも引用されるが、佚書。「太平廣記」の「醫三」に「廣五行記」を出典として「絳州僧」(こうしゅうそう)で前半が以下のように載る。

   *

永徽中、絳州有一僧病噎、都不下食。如此數年、臨命終、告其弟子云。吾氣絶之後、便可開吾胸喉、視有何物、欲知其根本。言終而卒。弟子依其言開視、胸中得一物、形似魚而有兩頭、遍體悉是肉鱗。弟子致鉢中。跳躍不止。戲以諸味致鉢中。雖不見食、須臾、悉化成水。又以諸毒藥内之、皆隨銷化。時夏中藍熟。寺衆於水次作靛。有一僧往。因以少靛致鉢中。此蟲恇懼。遶鉢馳走。須臾化成水。世傳以靛水療噎疾。

   *

後半の話は同じく「太平廣記」の「畫一」に「顧光寳」として以下のように見出せるが、これはそこでは「八朝畫錄」(或いは「八朝窮怪錄」)を出典としている。

   *

顧光寶能畫。建康有陸、患瘧經年。醫療皆無効。光寶常詣引見於臥前。謂光曰。我患此疾久、不得療矣、君知否。光寶不知患、謂曰。卿患此、深是不知。若聞、安至伏室。遂命筆、以墨圖一獅子、令於外牓之。謂曰。此出手便靈異、可虔誠啓心至禱、明日當有驗。命張外、遣家人焚香拜之。已而是夕中夜、外有窣之聲、良久、乃不聞。明日、所畫獅子、口中臆前、有血淋漓、及於外皆點焉。病乃愈、時人異之。

   *

「膈噎(カクイツ)」漢方では「噎」は「食物が喉を下りにくい症状」を指し、「膈」は「飲食物を嚥下出来ないこと」「一度は喉を通っても後で再び嘔吐する症状」を指す。精神的な嚥下不能から喉の炎症、アカラシア(achalasia:食道アカラシア。食道の機能障害の一種で、食道噴門部の開閉障害若しくは食道蠕動運動の障害或いはその両方によって飲食物の食道通過が困難となる疾患)や咽頭ポリープによるもの、更には食道狭窄症や逆流性食道炎、重いものでは咽頭癌・食道癌や噴門部癌や胃癌も含まれると思われる。

「すへて食をくたさす」「總(すべ)て食を下(くだ)さず」。あらゆる食物を嚥下することが出来ず。恐らくは悪性の食道癌と思われる。食道癌と診断された人は診断時点で七十四%の患者が嚥下困難を訴え、十四%の人に嚥下痛がある。食道癌は現在でも消化器系癌の中では予後が極めて悪い(これはリンパ節転移が多いことと、食道が他の消化器系臓器と異なり、漿膜(外膜)を有していないために周囲に浸潤しやすいことによるとされる)。食道癌全体の五年生存率は現在でも十四%ほどである。以上はウィキの「食道癌」に拠った。

「我(わが)氣、絶(たえ)て後(のち)」この「氣」は生気で、気絶や仮死状態ではない、完全に絶命したと断定出来る状態を指している。

「むねをさき」「胸を裂き」。

「のんど」「喉(のんど)」。

「ひらき」「開き」。

「いつれの物か病(やまひ)となりたる」「か」は疑問の係助詞(「たる」で係り結び。僧の強い思いから言えば、ここは句点ではなく、下に続く読点としたいが、それでは結びにならないので、涙を呑んで底本通りの句点とした)。孰(いづ)れの物がこの宿痾の原因であったものか。

「たゝせよ」「糺(ただ)せよ」。

「遍體(へんたい)」全身。

「ことことく」「悉(ことごと)く」。

「肉鱗(にくりん)」肉芽で出来た鱗(うろこ)。形状はまさに実際の進行した癌の感じに酷似しているのが不気味である。

「おとりて」「躍りて」。踊り入って。

「止(し)す」魚の形をしているくせに、泳ぐことなく、鉢の中で凝っとして動かずに静止しているのであろう。鉢底か、鉢の中央かは判らぬが、映像的には後者がよい。

「諸味の食を致すに」いろいろな種類の餌を試みに与えて見たが。

「くろふと見へすして」「喰(くろ)ふと見えずして」。摂餌する様子は全く見せない。ところが! と後に続く。

「須臾(しゆゆ)に」僅かの間に。

「もろもろの毒藥を入るゝに、皆、消(きえ)て水となる」そう現認出来るからには、透明でない色つきの毒物を複数、試みたのであろう。

「夏の中、藍(アイ)の熟したるを、水にもみ出し、靛(テイ)となして」タデ目タデ科イヌタデ属アイ Persicaria tinctoria から染料を製する手法で、その完成した染料を濃い藍色の顔料を中国で「靛(テイ)」と称する。所謂、暗青色の染料インジゴ(Indigo)である。ウィキの「アイ(植物)」によれば、本邦へは草体としての「アイ」は六『世紀頃に中国から伝わり、藍色の染料を採る為に広く栽培された』。『藍染めは奈良時代から続く歴史があり、藍による染色を愛好する人もいる。海外では“Japan Blue”、藍色を指して“Hiroshige Blue”と呼ばれることもある。染色には生葉染め、乾燥葉染め、すくも染めがある。生葉染めには、最も古い方法である布に生葉をそのまま叩きつけて染める叩き染めか、すり潰した汁で染める方法があるが、濃く染まらない、葉が新鮮なうちでなければ染色できない(インジカンがインジゴに変化して利用できなくなるため)といった欠点がある』。『乾燥葉染めは、アイ葉を乾燥させたものを用いる方法。そのままでは色素が繊維に沈着しないので、還元反応を行って色素の沈着ができるようにしなければならない。生葉に比べて無駄なく染色でき、時期もあまり選ばない』。『すくも染めは、乾燥したアイ葉を室のなかで数ヶ月かけて醗酵させて』「すくも」と呼ぶもの『を造り、更にそれを搗き固めて藍玉を作り、これを利用する方法である。生産に高度な技術と手間を必要とするため、現在では徳島以外で日本産のすくもを見ることはほぼない。染色には、藍玉(すくも)を水甕で醗酵させてから行う(醗酵すると水面にできる藍色の泡を「藍の華」と呼び、これが染色可能な合図になる)ので、夏の暑い時期が最適である。すくもの利点は、いつでも醗酵させて染色できること、染料の保存が楽なこと、木綿にも濃く染められることなどが挙げられる』とある(下線やぶちゃん)。この本文では「夏の中、藍(アイ)の熟したるを、水にもみ出し」とあるから、二番目の「乾燥葉染め」か「すくも染め」であろうが、「熟す」というのは発酵に最もふさわしいし、季節も「夏の中」(夏真っ盛り)で、まさにその「藍玉」を「水に」揉(も)「み出し」て藍の顔料を溶かした水を作ってそれを試してみたのだと読むなら、その製造過程もすこぶる鮮やかで映像的に映える

「傳えて」ママ。

「靛水(ていすい)」「靛」を溶かしこんだ水。

「噎(カツ)」読みはママ。この字の音は「イツ」(但し、慣用音)以外には「エチ」(呉音)「エツ」(漢音)があるが、「カツ」はない。先に「膈噎(カクイツ)」で正しくルビしているから、原作者はその「カクイツ」を誤って頭の「カ」と後の「ツ」を繫げてしまったもののように私には思われる。

「おこり」「瘧(おこり)」。音は「ギヤク(ギャク)」。数日の間隔を置いて周期的に悪寒や震戦、発熱などの症状を繰り返す熱病。本邦では古くから知られているが、平清盛を始めとして、その重い症例の多くはマラリアによるものと考えてよい。病原体は単細胞生物であるアピコンプレクサ門胞子虫綱コクシジウム目アルベオラータ系のマラリア原虫 Plasmodium sp. で、昆虫綱双翅(ハエ)目長角(糸角/カ)亜目カ下目カ上科カ科ハマダラカ亜科のハマダラカ Anopheles sp. 類が媒介する。ヒトに感染する病原体としては熱帯熱マラリア原虫Plasmodium falciparum・三日熱マラリア原虫Plasmodium vivax・四日熱マラリア原虫 Plasmodium malariae・卵形マラリア原虫 Plasmodium ovaleの四種が知られる。私と同年で優れた社会科教師でもあった畏友永野広務は、二〇〇五年四月、草の根の識字運動の中、インドでマラリアに罹患し、斃れた(私のブログの追悼記事)。マラリアは今も、多くの地上の人々にとって脅威であることを、忘れてはならない。

「おちす」「落ちず」。病気が治らないことをかく言う。

「百針(ひやくしん)」いろいろな経絡に鍼(はり)治療を施すこと。ウィキの「によれば、鍼術(しんじゅつ)は元は石器時代の古代中国において既に発明されたとする。『砭石(へんせき)もしくは石鍼(いしばり、石針とも書く)とよばれるこの鍼の元は主に膿などを破って出すのに使われた。これが後に動物の骨を用いて作られた骨針、竹でできた竹針(箴)、陶器の破片でできた陶針などになっていった。現在使われる金属の鍼は戦国時代頃に作られ始めたといわれる。この鍼が黄河文明で発展した経絡の概念や臓腑学(ぞうふがく)、陰陽論(いんようろん)などと結びついて鍼治療が確立していく。黄帝内経(こうていだいけい)と呼ばれる最古の中医学理論のテキストの中に、当時使われていた鍼を特徴で』九『つに分類した古代九鍼が紹介されている』とある。

「顧光寶(ココウホウ)」不詳。

「ゑ書(かき)て」「繪畫きて」。描いて。

「かけおく」「掛け置く」。

「さわかしき」「騷(さはがし)き」。

「すなわち」ママ。

「いへたり」ママ。]

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