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2017/09/10

進化論講話 丘淺次郎 藪野直史附注 第七章 生存競爭(1) 序・一 競爭の避くべからざること

 

    第七章 生存競爭

 

 自然界は常に略々平均を保つて、或る一種の動植物だけが盛に增加することはなかなか出來ぬやうになつて居るが、動植物各種の實際に子を生む數は甚だ多いのが普通である。而して、自然界の平均が保たれて居るのは、全く一對の動物からは、平均二疋の子、一本の草からは、平均僅に一粒だけの種が生存して、たゞ親が自然界に占領して居た位置を受け繼いで守るの結果であるから、殘餘のものは無論每囘實際に死に絶えて居るので、我々が之に心附かぬは單に注意の行屆かぬためである。

 

 假に雀が十年間每年十個づゝの卵を生むと考へても、一生涯には百疋の子を生ずるが、年々歳々雀の數に著しい變化のないのを見れば、その中平均九十八疋ずつは何かの理由によつて死んでしまふに相違ない。他の動植物とても之と同じ理窟で、一生涯に數百萬も卵を生む魚類なども、先づその中から平均二疋だけが生き殘つて、他は悉く死んでしまふが、このものがどうして死ぬかと考へるに、之には種々の原因がある。例へば寒暑・風雨の如き氣候上の關係から死ぬものも澤山ある。水に溺れて死ぬものもあれば、浪に揉(も)まれ、岩に碎けて死ぬものもある。また他の動植物のために直接に命を奪はれるものも澤山にあり、食物が足らぬために死ぬものも無數にある。

 

     一 競爭の避くべからざること

 

 地球上には動植物各種をして自由に增加せしむべき餘地は少しもない。その所へ動稙物の各種が遠慮なしに多數の子を生むのであるから、互の間に劇しい競爭の起るは見易い道理ではあるが、その有樣を詳しく論ずるには、先づ諸生物の生活する有樣から考へてかゝらなければならぬ。

 

 動物の中には獅子・虎・狐・狸のやうに肉を食ふものもあれば、牛・馬・羊・鹿の如くに草を食ふものもあるが、獅子・虎等の餌となるものはやはり草を食ふ動物故、動物の食物は直接にか間接にか必ず植物より取るの外はない。また海産の動物を取つて見るに、三尺の魚は一尺の魚を食ひ、一尺の魚は三寸の魚を食ひ、三寸の魚は一寸の蟲を食ひ、一寸の蟲は三分の蟲を食ふといふやうな具合で、どれもこれも皆肉食動物ばかりのやうであるが、最も小さな蟲類は大洋の表面全體に浮いて生活する無限の微細藻類を餌とするから、この場合にも動物の食物の根元はやはり植物界にある。然らば植物は何を食ふかといふに、陸上の植物ならば空中より炭酸瓦斯を取り、地中より水と鹽類とを取り、水中の植物ならば水中より總べての養分を取り、孰れも日光の力を借りて之を自分の體質に造り換へ、生長し繁殖するのである。それ故、綠色を呈する植物は全世界の生物總體に對し、食物供給の役を務めるものといつて宜しい。

 

 斯くの如き有樣故、植物なしには草食動物は生きて居られず、草食動物なしには肉食勤物は生きて居られぬ。草を食はなければ生命が保てぬのが草食動物の天性であるから、草食動物を飼ふ人は初より每日若干の草を犧牲に供する積りでなければならず、また他の動物を食はなければ生命が保てぬのが肉食動物の天性であるから、肉食動物を飼ふ人は初より日々若干の動物を殺す覺悟でなければならぬ。草と草食動物と肉食動物とが相竝んで互に犯さず、共に生存して行くといふことは到底出來ぬことである。

 

 昔、釋迦が印度の山中で難行苦行をして居られる處へ、惡魔が試(ため)しに來た話がある。先づ鳩に化けて飛んで來て、「お釋迦樣、今鷹が私を捕つて食はうと追ひ掛けて來ます。どうか憐れと思うて御肋け下さい」といつたので、釋迦は直に鳩を懷に入れて隱してやつた。所へ、また惡魔が直に鷹に化けて飛んで來て、「お釋迦樣、私は久しく物を食はず、非常に腹が減つて居ります。今追ひ掛けて來た鳩を食はなければ必ず直に餓死します。どうぞ憐れと思うて今の鳩を出して下さい」といつたから、釋迦はどうしたら宜しからうと思案した後、自分の腿の肉を少し殺(そ)ぎ取つて之を鷹に與へ、遂に鳩をも鷹をも助けられたといふことである。素より之は苛も慈悲忍辱を旨とするものはこの心掛けでなければならぬといふ譬で、教訓としては最も妙であるが、實際この方法で鳩も鷹も助けられるかといふに、なかなかさやうには行かぬ。若し世の中に鳩も一疋、鷹も一疋よりなく、之を僅に一日だけ助けるのならば、この方法で差支はないが、總べての鳩と總べての鷹とを兩方ともに何時までも助けることは決して出來ぬ。幸ひ惡魔が一囘だけより鳩と鷹とに化けて來なかつたから宜しいやうなものの、若し根氣よくこの試しを何囘も繰り返し、また鳩に化けて來て隱して貰ひ、また鷹に化けて來て腿の肉を殺いで貰つたらば、一度に半斤づゝとしても、十囘には五斤となつて、今度は釋迦が死んでしまふ。

[やぶちゃん注:ここに示された、釈迦と鳩と鷲の物語は、元はインドの叙事詩「マハーバーラタ」に登場するシビ王の物語である。ウィキの「シビによれば、この構成は『多くの仏典に取り入れられ』、シビ王とは『釈迦が過去世において菩薩として檀(布施)波羅蜜を修行していた時の名とされた。漢訳経典では「尸毘」、「尸毘迦」と音訳される。「シビ王の捨身」「シビ王と鷹と鳩」などの物語で知られる』。『シビ族にウシーナラという高徳な王がいた。雷神インドラ(帝釈天)と火神アグニは彼を試すために、インドラは鷲に変身し、アグニは鳩に変身した。アグニは鷲から逃げた鳩を演じ、ウシーナラ王のもとに庇護を求めた。 鷲は王に言った。「諸王はあなたのことを法(ダルマ)を本性とするものと言っている。なぜ法に背くことをするのか?」 王は鷲に言った。「この鳩は庇護を求めて来たのだ。この鳩を守らねば、非法(アダルマ)となるだろう。この鳩は震え、救いを求めて私のもとに来た。助けなければ私は非難されるだろう。」 鷲は言った。「すべての生き物は食べ物によって生きている。人は財物を失っても生きるが、食事を捨てたら生きられない。食べ物を奪われたら俺は死ぬ。俺が死ぬと息子や妻も死ぬだろう。あなたがこの鳩を保護すれば多くの生命を殺すことになる。それは法ではなく悪法だ。何ものをも妨げることなき法が真の法だ。」 王は言った。「お前は法をよくわきまえている。しかし庇護を求めてきたものを捨てることは正しいだろうか。お前の目的は食べ物を得ることだが、他の方法によっても、もっと多くの食べ物を得ることができる。牛や猪や鹿や水牛、何でもお前のために用意してやろう。」 鷲は言った。「俺は猪や鹿や水牛なぞ食わぬ。俺のために鳩を放せ。鷲は鳩を食うものなのだ。もしあなたが道理を知っているなら、バナナの幹に登ってはならない(道理に背いてはならない)。」 王は言った。「お前が望むなら、シビ族の王国を統治してもよい。お前の望むものは何でもやろう。しかし庇護を求めて来たこの鳩をやるわけにはいかぬ。私にできることがあったら言ってくれ。」 鷲は言った。「そんなに鳩が愛しいなら、自分の肉を切って、秤にかけて鳩と同じ重さの肉を俺にくれ。俺はそれで満足する。」 王は言った。「今すぐ自分の肉を秤にかけてお前にやる。」 そして、王は自分の肉を切って、鳩とともに秤にのせた。しかし秤の上の鳩はだんだん大きくなっていった。王は自分の肉をさらに切り続け、ついに鳩とつり合う肉が無くなってしまうと、王は自ら秤に乗った。 すると鷲は告げた。「私はインドラで鳩はアグニだ。我々は今日、法に関して汝を試すためにやって来たのだ。自分の身体から肉を切り取るとはすばらしい。この世で汝の名声は永遠に存続するだろう」』というのが「マハーバーラタ」の話であるが、正確にはこれは『実はシビの父ウシーナラの物語であるが、写本によってはシビ自身の話としても収められている』という。『この話は、後世、仏の布施を称賛する比喩として』「大智度論」・「賢愚経」・「仏本行経」・「十住毘婆沙論」・「六度集経」など、『多数の漢訳仏典に好んで引用された』。「ジャータカ」・「大智度論」など『では、シビ自身の話となっている』とある。

「慈悲忍辱」「じひにんにく」と読む。「慈悲」は「慈しみ深い心」、「忍辱」は「苦難を耐えて忍ぶ」ことで、情け深く、如何なる苦難も耐えて忍ぶことを指す。

「半斤」一斤は六百グラムだから三百グラムで、「五斤」は三キログラムとなる。]

 

 また長閑な春の日に野外に散步して見ると、草木の靑々と茂り、花の美しく咲いて居る處に、蝶が面白さうに飛び廻り、小鳥が樂しさうに歌うて居る。詩人は之を詩に作り、畫家は之を繪に畫いて、ともにこの世の樂しさを賞め讃へるが、之は極めて皮相な感じで、少し丁寧に考へて見たらば、世の中は決して斯く無事平穩なものではない。鳥が斯く歌うて居られるのは今日までに數千萬の蟲を食ひ殺した結果で、歌ひながらも尚蟲の命を取らうと探して居る。また蝶が斯く舞うて居られるのも幼蟲の頃に澤山の菜類を食ひ枯らした結果である。而してあそこの樹の枝には蝶を捕へて殺し食はうと蜘蛛が巧に網を張つて待つて居り、こゝの樹の頂上には小鳥を捕へて殺し食はうと鷹が鋭い目を張つて狙つて居るから、蝶の命も、小鳥の命も、殆ど風前の燈の如く、一つ油斷すれば忽ち食ひ殺されてしまふので、なかなか氣樂に遊んでばかりは居られぬ。動植物は總べて斯くの如く相殺し相食つて、自然界の平均を保つて居るのである。

 

 斯かる所へ、年々歳々動植物の各種が夥しく子を産むのであるから、その多數は無論他の動物のために餌として食ひ殺され、生き殘るものも餌を得るために甚しく相爭はなければならぬ。動植物の增加力は前にも述べた通り實際無限であるが、それは代々生れる子が悉く生存し繁殖するものと假定した上のことで、現在の如く每囘生れる側(そば)から他の動物にその大部分を食はれてしまふ場合には、素より著しい增加の出來る筈がない。尚その上に一地方に於ける各種の動物の食物の總量には常に制限があつて、生き殘つたものを皆養ふことは到底出來ぬが、假に兎が一疋居るのを大が二疋で見附けたとしたならば、先に兎を捕へた大は飽食し、後れた方は餓死せねばならぬ譯故、如何なる動物も食ふための競爭は免れぬ。また兎の二疋居る所へ犬が一疋來れば、速く逃げた兎は生き殘り、遲い方は食はれてしまふ譯故、大抵の動物は食はれぬための競爭も避けることは出來ぬ。動植物ともに各自皆食ふやうに、食はれぬやうに、殺すやうに、殺されぬやうにと競爭して居るのが實際の狀態である。

 

 英國のマルサスといふ經濟學者は「人口論」といふ書物を著したので有名な人であるが、この書の要旨は略々下の如く、「凡そ國の人口は幾何級數の割合で增加するが、之に對する食物その他の需要品は多く見積つても算術級數の割合よりかは殖えぬ。それ故、必ず近い内に食物の不足する時が來る。その時には營養不良のために身體は弱くなり、隨つて病氣も殖え、生活の困難なるために強盜・竊盜・詐欺その他總べての罪惡が劇しく蔓延つて、如何とも出來ぬ世の中となる。これを防ぐには今より結婚を制限し、獨身生活を奬勵し、子の生れる數を減ずる工夫をするより外には致し方がない」といふのである。ダーウィンもこの書を讀んで、動植物はどうであるかと考へ、自然淘汰の理に氣が附いたといつて居るが、自然淘汰説はつまりマルサスの「人口論」を廣く動植物界に當て嵌めたやうなものである。尤もこの書の始めて出版になつたのは今より百何年も前のことで、その中には根據のないことや、實際と違つたことが幾らもある。倂し、人口の增加の急劇なるベきこと、隨つて生存のために競爭が起らざるを得ぬといふだけは、誰も眞理と認めねばならぬ。動植物は前にも述べた如く現在既にこの有樣に達して居るのであるから、如何なる種類と雖も、苛も生存して居る間は決して競爭以外に立つことは出來ぬ。

[やぶちゃん注:『マルサスといふ經濟學者は「人口論」といふ書物を著した』イングランドのサリー州ウットン出身の、古典派経済学を代表する経済学者トマス・ロバート・マルサス(Thomas Robert Malthus 一七六六年~一八三四年)が一七九八年に発表したAn Essay on the Principle of Population(「人口の原理に関する一考察」:この時の初版は小冊子で匿名であったが、一八〇三年には大幅な訂正増補を加え、著者名を付して第二版を出版、以後、版を重ねるごとに増補を加え、一八二六年に出した最後の第六版では初版の約五倍の語数に達した)。参照したウィキの「人口論によれば、まず、『マルサスは基本的な二個の自明である前提を置くことから始める』。それは『第一に食糧(生活資源)が人類の生存に必要である』という命題で、『第二に異性間の情欲は必ず存在する』である。『この二つの前提から導き出される考察として、マルサスは人口の増加が生活資源を生産する土地の能力よりも不等に大きいと主張し、人口は制限されなければ幾何級数的に増加するが生活資源は算術級数的にしか増加しないので、生活資源は必ず不足する、という帰結を導く』(太字はママ)。而して『次にマルサスは』、『このような人口の飛躍的な増加に対する制限が、どのような結果をもたらすかを考察している。動植物については本能に従って繁殖し、生活資源を超過する余分な個体は場所や養分の不足から死滅していく。人間の場合には動植物のような本能による動機づけに加えて、理性による行動の制御を考慮しなければならない。つまり経済状況に応じて人間はさまざまな種類の困難を予測していると考える。このような考慮は常に人口増を制限するが、それでも常に人口増の努力は継続されるために人口と生活資源の不均衡もまた継続されることになる。人口増の制限は人口の現状維持であり、人口の超過分の調整ではない』。『このような事実から人口増の継続が、生活資源の継続的な不足をもたらし、したがって重大な貧困問題に直面することになる。なぜなら人口が多いために労働者は過剰供給となり、また食料品は過少供給となるからである』。これは現状の必然的帰結であり、社会制度の改良によっては回避され得ないとした。これを一般には「マルサスの罠」と呼ぶ。『このような状況で結婚することや、家族を養うことは困難であるために人口増はここで停滞することになる。安い労働力で開墾事業などを進められることで、初めて食料品の供給量を徐々に増加することが可能となり、最初の人口と生活資源の均衡が回復されていく。社会ではこのような人口の原理に従った事件が反覆されていることは、注意深く研究すれば疑いようがないことが分かるとマルサスは述べている』。『このような変動がそれほど顕著なものとして注目されていないことの理由は』、『歴史的知識が社会の上流階級の動向に特化していることが挙げられる。社会の全体像を示す、民族の成人数に対する既婚者数の割合、結婚制度による不道徳な慣習、社会の貧困層と富裕層における乳児の死亡率、労賃の変化などが研究すべき対象として列挙できる。このような歴史は人口の制限がどのように機能していたのかを明らかにできるが、現実の人口動向ではさまざまな介在的原因があるために不規則にならざるをえない』とする。こうしたマルサスの思想は産児制限で最貧困層を救おうとする考えに発展し、そうしたものを「マルサス主義」と称するようになって、マルサスは一躍、有名人となった。ウィキの「トーマス・ロバート・ルサによれば、「人口論」は『次のような命題につながる。人口の抑制をしなかった場合、食糧不足で餓死に至ることもあるが、それは人間自身の責任でありこれらの人に生存権が与えられなくなるのは当然のことである』。『戦争、貧困、飢饉は人口抑制のためによい』。『これらの人を社会は救済できないし、救済すべきでないとマルサスは考えた』。『これらマルサスによる生存権の否定は、ジャーナリストのウィリアム・コベット』(William Cobbett 一七六三年~一八三五年:マルサスと同じサリー州のファーナム出身)『などから人道に反すると批判を受けた』。『人口を統計学的に考察した結果、「予防的抑制」と「抑圧的抑制」の二つの制御装置の考え方に到ったが、この思想は後のチャールズ・ダーウィンの進化論を強力に支える思想となった』(ダーウィン(Charles Robert Darwin 一八〇九年~一八八二年)が進化論を明確に主張した「種の起源」(原題On the Origin of Species」)は一八五九年十一月二十四日(安政六年十一月一日相当)の出版)。『特に自然淘汰に関する考察に少なからず影響を与えている』。『すなわち、人類は叡智があり、血みどろの生存競争を回避しようとするが、動植物の世界にはこれがない。よって』、『マルサスの人口論のとおりの自然淘汰が動植物の世界には起きる。そのため、生存競争において有利な個体差をもったものが生き残り、子孫は有利な変異を受け継いだ』、『とダーウィンは結論したのである』。『またマルサスは救貧法について、貧者に人口増加のインセンティブ』(incentive:欲求の動機付け)『を与えるものであり、貧者を貧困にとどめておく効果があるとし、漸進的に廃止すべきであると主張していた』ともある。なお、『マルサスの悲観的な予言にも拘らず、マルサスの』主張以降、『人口爆発が起こっており、特に先進国では食糧不足も起こっていないため、マルサスの予言は外れたようにみえる』。『このような結果をもたらしたのは科学技術の発展により、農作物の生産量やその輸送方法が劇的に改善したからであ』り、『なかでも、ハーバー・ボッシュ法』(ドイツの、物理学者フリッツ・ハーバー(Fritz Haber 一八六八年~一九三四年)と化学者カール・ボッシュ(Carl Bosch 一八七四年~一九四〇年:後に百五十年の歴史を持つ、かの世界最大の総合化学メーカーBASFの代表となった)が一九〇六年に開発した「ハーバー=ボッシュ法」(Haber–Bosch process)。鉄を主体とした触媒上で水素と窒素を高温・高圧状態に置き、直接反応させてアンモニアを生産する工業法。所謂、大気中の遊離窒素を取入れて窒素化合物を生成させる「空中窒素固定」(fixation of atmospheric nitrogen)の画期的技法である)『などによって化学肥料が発明された事の役割がきわめて大きい』とある。]

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