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2017/09/15

ブログ・アクセス1000000突破記念 火野葦平 妖術者




[やぶちゃん注:底本「河童曼荼羅」では、この後に「河童音頭」全十二編番が配されて、本文が終わっている。

 本篇は戯曲であるので表記が相応の配置となっているが、ブログのブラウザでの不具合を考え、ト書きは特定字数で改行した。また、台詞が二行以上に渡る場合、底本では、二行目以降が一字下げとなっているが、無視した。なお、台詞内の丸括弧のト書きを含め、ト書きは総てややポイント落ちであるが、本文と同ポイントで示した。傍点「ヽ」は太字とした。

 文中に出る「がんがさ」は「雁瘡」で、慢性湿疹或いは痒疹(ようしん)の一種で難治性の非常に掻痒性の皮膚疾患。雁の来る頃に起こり、去る頃に治るところから称するという。

 「シンデリイラ」はママ。無論、シンデレラのこと。

 本電子化は2006年5月18日のニフティのブログ・アクセス解析開始以来、本ブログが百万アクセスを突破した記念として公開する。【2017年9月15日 藪野直史】]

 

 

 妖術者

 

 

 登場人物 三角帽をかぶつた妖術者のほか、

      大勢の河童たち。

 舞  臺 水邊。靑空と、樹と、草と、花と

      を、幻想的に。中央に岩。

 

   幕あくとだれもゐない。蛙、蟬、鳥の聲。

 

   二匹の河童、右手から登場。一匹は老河

   童、眼鏡、蕗(ふき)の菜の鞄をぶら下

   げてゐる。醫者である。一匹は跛(びつ

   こ)をひきひき、ときどき頭に手をやる。

 

河童醫 これこれ、そんなに觸(さは)つてはいけないつてば。なんど言うたら、わかるんぢや。

河童一 どうも、ひりひりしましてな。

河童醫 痛むのは仕方がないよ。でも、がまんせんことにや、手の毒でもはいつて、敗血症でもおこしたら、どうする?

河童一 おどろきましたな。あんなことは、生まれてはじめてですよ。ほんとに、おどろいた。皿が腐るやうなことはないでせうな?

河童醫 わしの腕を信用せんといふのかな?

河童一 いえ、あなたの醫者としての名聲を疑ふわけではないのですが、……どうも、頭の具合がただごとでありませんでな。ひりひりするうへに、かう、まんなかのところが、はち割れるやうな氣がしますんでな。氣分も惡いんですよ。だいぶん、ひどい故障ができとりますか。

河童醫 なに、大したことはない。ぢき、なほるよ。

河童一 さうですか。わたしを安心させようと、輕くいひなさつとるのとちがひますか。わたしにや、どうも、取りかへしのつかぬ、飛んでもないことがおこつとるやうな氣がして、仕方がないんですが……

河童醫 よい藥が塗つてあるから大丈夫ぢや。

河童一 たいそうしみる藥ですが、どんな妙藥です?

河童醫 うるさい患者だな。さつぱり醫者を信用しをらん。お前さんの皿に塗つたのは、わしの祖先から傳はつた家傳の特效藥でな、ゼラチンとカストリとをねりあはせたもんぢや。萬々まちがひはないと思ふが、そんなに心配なら、念のため、もうひとつ療法を教へとくから、おぼえときなさい。三日も經つて、ひりつくのがやまなんだり、變色する氣配があつたら、ええかな、金魚藻を石でくだいてな、その綠いろの汁を皿にすりこむんぢや。ぢやが、けつして、ぢかに手でやつてはいかん。熊笹の葉でやるんぢや。

河童一 金魚藻を石でくだいて、熊笹の葉で、皿に、……わかりました。それで安心しました。……だが、おどろいたな。あんな馬鹿なことつて、あるもんぢやない。畜生、生意氣なおたまじやくし奴が!

河童醫 おたまじやくし?

河童一 さうですよ。おたまじやくしが天から降つて來やがつたんだ。そんなことつて、ありますか。わたしは水から首を出して、ぼんやりしてたんだ。ぼんやり、(にやつと笑つて)ぢやなくて、考へごとしてたんだ。

河童醫 ふん、また、あの娘(こ)のことぢやらう。

河雲 勿論ですよ。あの娘(こ)のこと以外に、考へることがありますか。あの娘はすばらしいな。あの美しい皿、まるで牡丹の花のやうぢやないか。あの娘の皿のやうにすばらしい皿をもつた女が、この沼のどこにゐますか。太陽にあたつたら、きらつきらつと、金いろに光る。朝陽、夕陽で、まるきりダイヤモンドのやうにかがやく。さうでせう。こんなすばらしい天氣の日に、彼女のことを思ふのは、われわれ靑年の特權でせう。それは靑春の歌だ。わたしは水面に浮かんで、彼女の夢を見てゐたんだ。そして、きつと、彼女もわたしのことを考へてゐるにちがひない、さう思つて、うつとりしてたんだ。なんたることか。靑天の霹靂(へきれき)とはこのことだ。天から、なにかが降つて來て、わたしの瞑想(めいさう)をぶつこはしたんだ。そればかりぢやない。大事な皿を破壞してしまつた。こんな馬鹿なことがありますか。……ああ、痛い、痛い。また、ひどく疼きだした。……打ちあけますが、情なくて、泣きたいのですよ。皿が割れたことは、わたしの靑春の破壞なんだ。こんなぶざまな恰好になつて、どうして、二度と、あの娘に會へますか。ああ、俺はもう駄目だ。戀人をあいつにとられる。あいつも狙つてるんだ。畜生、おたまじやくし奴!……だが、變だな、おたまじやくしが天から降るなんて? ぴつくりして見たら、ただ一匹のおたまじやくしが、ちよろちよろ泳いでゐるだけなんだ。爆彈でも落ちて來たかと思つたのに……

河童醫 (笑ひだす)

河童一 なにがをかしいんです?

河童醫 そりや、お前さん、森靑蛙(もりあをがへる)だよ。

河童一 森靑蛙?

河童醫 頭のうへに、木の枝が出てゐなかつたかい?

河童一 さういへば、出てゐた。

河童醫 廣い葉つぱはなかつたかい?

河童一 ありました。

河童醫 そんなら森靑蛙にちがびない。森靑蛙は、木のうへに卵を生むんだよ。しかも、水のうへにさし出してゐる枝にな。本能的に知つてゐるんだな。そして、おたまじやくしになつてから、水のなかへ落ちるんぢや。單なる動物の生態にすぎんよ。自然現象にすぎんよ。その眞下にゐたお前さんが、運が惡かつただけだ。

河童一 とぼけちやいけませんよ。そんなことぢやないですよ。わたしには、ちやんとわかつてるんだ。陰謀だ。あいつの陰謀だ。あの娘を狙つてるあいつが、戀敵(ライバル)の俺を不具者にしようとしたんだ。畜生、負けるもんか。……あいた、あいた。やけに疼きやがる。……まちがひないでせうな。熊笹を石でくだいて、その汁を、金魚藻で……

河童醫 あべこべだよ。

河童一 うん、あべこべだ。ちよつと、まちがつてみたんだ。金魚藻、熊笹、……金魚藻、熊笹……

 

    河童一、左手に去る。

 

河童醫 どうもこのごろの連中はひねくれてゐる。まともな心をどこかに忘れてしまつた。なにかの墮落がはじまつてゐる。でなかつたら、おたまじやくしくらゐで、負傷する筈がない。おまけに、賤しうなりをつて、昔なかつたやうな下品な病氣ばかりしをる。内臟だけならよいが、不潔な皮膚病が流行するには閉口だ。がんがさ、ひぜん、たむし、風眼、兎唇(みつくち)、梅毒、水むし、……ああ、きたない、きたない。

 

    呟きつつ左手に去る、蛙、蟬、鳥の

    聲。左手から、三角帽をかぶつた河

    童、蓮の葉の大きな袋をもつて出て

    來る。あたりをうかがひ、中央の岩

    石のうへにそれをひろげる。中から、

    多くの首。ならべる。

    そこらを步きながら、長い葦笛を喇

    叭(らつぱ)のやうに、四方へ鳴ら

    す。

    大勢の河童左右から登場。

 

三角帽 さあさ、皆さん、お立らあひ。よく、お集り下きつた。わが輩も本望。わが輩は香具師(やし)ではありません。ごらんのとほり、わが輩も諸君の眷族(けんぞく)、この沼に籍のある者ではないが、遠からぬところの他にすむ同族の河童です。機を得ず、諸君とはいまだ面識がなかつた。そのわが輩が、このたび、わざわざ諸君の沼へやつて參りましたのは、やむにやまれぬわが輩の義俠心、道義心、同情心、美へのあこがれ、靑春への讚歌、眷族の幸福をねがふ博愛心、つまり、實にロマンチシズムの精神の然らしむるところなのであります。わが輩は晦澁(くわいじふ)なことをいつて、諸君を困惑せしむるものではない。諸君の顏に、あきらかにあらはれてゐるその疑念をといてください。わが輩はきはめて、簡明直截な用件で參つたものだ。つまり、諸君を美しくするために、やつて來たのです。

 

    河童たち、おたがひの顏や姿を見あ

    つて、動搖。

 

三角帽 (聽衆を見まはしながら、大仰に)聞きしにまさる慘狀だ。これほどまでとは思はなかつた。まるで、化物屋敷ぢやないか。いや、失禮、お氣にさはつたらお許しくだきい。諸君を輕蔑したわけではない。率直にわが輩のおどろきと感想を述べたまでです。それにしても、ひどいものですな。まつたく、同情にたへない。わが輩は生涯を美にささげてゐる者です。美とともに生命はある。然るに、この沼は、諸君の慘狀は、全然美とは隔絶してゐる。それは、生命と絶緣してゐるといふことだ。お氣にさはつてもしかたがない。怒られてもよいです。お世辭にも、その諸君のざまを見て、美しいなどとはいへないぢやないですか。もつとも美しいと思へる顏だつて、さうですな、この顏と(一つの首をとりあげる)くらべたら、古いたとへだが、まるきり月とすつぽんですな。種も仕掛けもない。諸君の眼がしかと見てゐるとほりです。ところが、ごらんください。この顏は、わが輩がここにならべた首のなかでは、もつとも最下等でせう。どうです、これらの首のかがやくばかりの美しさは? まるで、巨大な寶石をならべたやうではありませんか? いや、あわてないでください。わが輩は諸君をなぶりに來たのではない。諸君を救ひに來たのです。わが輩の目的は、諸君を美しくするにある。美こそ、生命です。(思はせぶりに、ならべた首の頭の毛を櫛でなでつけたりしながら)それにしても、諸君はひどいですな。もはや哀れといふやうなものではない。さつきから諸君の顏を見てゐたら、嘔氣(はきけ)をもよほして來ましたよ。はじめは乞食ばかり集つたのかと思つた。かさかき、眼くされ、面瘍(めんちやう)、兎唇(みつくち)、ひびわれ皿、田蟲、しらくも、口ゆがみ、拔け毛、禿、耳だれ、にきび、鼻まがり、……醜惡むざん、まるきり、疫病(えきびやう)の展覽會ぢやないか。この沼には、智者はゐないと見えますな。智者がゐたとしても、これぢや匙(さじ)をなげるほかはあるまい。多少の治療はできようが、根本的な療治は到底むつかしい。まして、どんな名醫でも、金輪際(こんりんざい)、手に負へぬことがある。若さ、これです。老衰はとどめようがない。諸君のなかにも、相當おいぼれたのが見える。齒も拔け、嘴も折れ、眼もかすんでゐるらしい。死期も遠くはないでせう。ああ、見るに耐へぬ。待つてください。わが輩の心もせいて來ました。美こそ生命、何度でもいひます。若さこそ、永遠の幸福、たれが疑ふ者がありませう。この臺のうへを見てください。すべて、若さと美、靑春の豐饒(ほうぜう)さ、かがやかしい生命力の充實、橫溢(わういつ)、……いえ、この贈りものを諸君にさしあげます。……まあ、まあ、そんなに、あわてないで。……もはや、諸君の顏は醫學の及ぶどころではない。整形術の限界をはみだしてゐる。首をすげかへる以外に、絶對に方法はないです。ここにある首は、わが輩の精根こめた作品です。これによつて、諸君を美と若さの幸福のなかへみちびき入れてあげる。……これこれ、そんなにあわてなさんなといふに……

少年河童 小父ちやん、その首、どうしてこしらへたの?

三角帽 いやいや、さやうなことは輕々しくは申されんな。わが輩のみの祕傳だからな。また、諸君には用のないことだ。諸君に必要なことは、この美しい首がここにあるといふこと、そして、やがて、諸君のそのうすぎたない首と交換するといふことだけだ。

少女河童 その首、眼をつぶつてるわね。盲目とちがふの?

三角帽 (得意氣にけらけら笑つて)なるほど、もつともだ。眼をつぶつてる。(一個とりあげる)ほらごらん。(頭をさういひながら、ばんとたたく。眼、ぽちつとひらく。感歎のつぶやき。)どうです。ぱつちり澄んだ眼をひらいた。どれ、まづ、これを孃ちやんにあげるかな。なんと、孃ちやんの顏はきたないなう。そのただれ眼はどうしたんだ。眼やにがうんこのやうにたまつとる。可哀さうに、食べものが惡いんで、榮養失調だな。顏色が靑くて、毛に艷がない。鼻もまがつとるぢやないか。諸君、いま、わが輩が最初の實驗を行ふ。ことはつておくが、わが輩は最初に述べたやうに、香具師(やし)ではない。商賣人ではない。美と生命の使徒、藝術家、救世主、ロマンチシストだ。代價など貰はうとは思はない。商取引などは、考へても蟲唾(むしず)がはしる。だが、お待ちなさい。わが輩もこれだけの作品をものするには、若干の實費を要してをる。奇特の士あつて、應分の喜捨をたまはらば、辭退するものではない。(三角帽のさしだす蓮の葉に、皆、あらそつて金錢、品物を投げる。)これはこれは、多大の志、ありがたく頂戴いたす。(置く。)さて、では、孃ちやん、もつと、こつちへ。おう、臭いこと。虱もわいとるな。よくもまあ、こんなみつともない首を、がまん強うこれまでつけとつたもんだ。さ。(とりかへる。皆感歎のつぶやき。)おう、立派になつたぞ。まるで、お伽噺(とぎばなし)のお孃さまだ。シンデリイラもかなはぬぞ、すばらしい、すばらしい。

老河童 わしも、ひとつ顧みます。

三角帽 やあ、これは、なんとよぼよぼ爺さん、もう、棺桶に半分足を入れてござつとるな。

老河童 さやう、今年、六百七十三歳になるでな。

三角帽 それぢや、餘命いくばくもない。ひとつ、若がへりと行きますかな。

老河童 うんと若いところをな。

三角帽 さて、このあたりかな。

老河童 もつと、若いの、賴みてえな。

三角帽 うふん、爺さん、若がへつて、もう一ぺん娘つ子口説(くど)くといふ算段とみえる。よろしからう。靑春の快復だ。生命の讚歌だ。これにするかな。(老河童の首と靑年河童の首とかへる)ほう、これはどうだ。わが輩が娘つ子なら、ひと目でふるひつくぞ。

河童一 僕も願ひたいですが……

三角帽 やあ、あんたの皿はどうなさつた?

河童一 なにね、油斷してて、おたまじやくし奴にやられましてね。

三角帽 おたまじやくしに? ほう、それは御災難、奇妙な膏藥張つてなさるが……

河童一 ゼラチンとカストリの混合液を塗つたんです。それでもひりつくのがなほらんので、さつき、金魚藻を石でくだいて、熊笹の葉で……

三角帽 馬鹿な! たれがそんな阿呆な療法を教へたのだ。籔醫者がをるとみえるな。よろしい、よろしい。そんな手間ひまはいらん。すこぶる健康、美的な皿のある首ととりかへてあげる。……これ、よろしいか。

河童一 結構です、結構です。(おしいただいて泣く)ありがたい。

三角帽 ほれ、(首、とりかへる)やあ、二十世紀のダンデイ、ドン・ファン。

婆河童 わたくしにも、ひとつ……

三角帽 なんかいうたですかな? 齒が拔けとるで、なにいうとるのかわからんわ。

婆河童 たのみまつする。(拜む)

三角帽 さつぱりわからん。だが、首をかへてくれといふんだらう。なんと、この婆さんの皺くちやぶりはどうだ。まるきり、しなびた冬瓜(とうがん)だ。わかつた、わかつた。思ひきり若くしてあようワ。(若い娘の首とかへる)ほう、すばらしい美人になつた。わが輩が惚れたくなつたぞ。靑春の復歸だ。これから、思ふ存分、戀を語りなさるがよい。

 

    三角帽、心配げに、臺上の首をしら

    べる。見物と首との數を見くらべて、

    小首をかたむける。

 

三角帽 (さりげない風で)諸君、わが輩の美の實驗は、眼のあたり、ごらんのとほりだ。もはや、わが輩をうさんくさい眼で見る者はあるまい。わが筆が諸君の救世主であることはわかつただらう。ところで、諸君は、いづれも、首のとりかへを望まれるか。

群集 勿論。あたしも。俺も。わしも。賴む。どうぞ。ぜひ……(などと異口同音に)

三角帽 希望者は手をあげてください。(皆、手をあげる)はて、全部ですな。(首をひねつて、しばらく考へる振り)どうも、困つた。……弱つたな。名案が浮かばぬ。……諸君、諸君の熱望に、わが輩も大いに感動しました。全部の諸君の期待に添ひたい思ひは山々なのだが、……ごらんのとほり、さつきから數へてゐるのだが、どうも、首の數が足りない。(群衆に動搖がおこる。)わが輩もうかつでした。もつと作つてくればよかつたのだが、今となつては……

 

    にはかにどよめいた群衆は、われさ

    きに臺上におしよせて、勝手に首を

    とらうとする。

 

三角帽 これこれ、そんな亂暴な、……諸君、……おい、諸君、無茶せんで、わが輩のいふことを……

 

    群衆はきき入れず、めいめい首をと

    つて、自分でつけかへる。臺上は古

    い首と新しい首とが入りみだれ、血

    迷つた河童たちはもう首を選擇して

    ゐる餘裕がない。ただ、とりかへれ

    ばよいといふあわてかたで、古い首

    でもなんでもつけかへる。混亂の後、

    左右へ散つて、誰もゐなくなる。い

    つの間にか、岩のうしろ側にかくれ

    てゐた三角帽の河童が、頸を出す。

    散らばつてゐる首を蓮の葉につつみ、

    石のおもりをつけて沼の底へ沈める。

    [やぶちゃん注:ここは改行。]

    三角帽河童、中央に出て來て、岩石

    に腰をおろし、けらけらと奇妙な聲

    をたてて、長いこと、笑ふ。岩のう

    しろへ姿を消す。

    蛙、蟬、鳥の聲。

    一匹の女河童そはそはと右手から出

    て來る。あたりを見まはしながら、

    木かげに來て、沼のなかへ、立小便

    をする。

    その左手から、河童一、出て來る。

 

河童一 (おそるおそる)もしもし、たいへん失禮ですが、御婦人の方が立小便なさるのは、どうかと思ひますな。

女首河童 御婦人? たれが?

河童一 あなたですよ。

女首河童 冗談いつちや困るよ。僕は男ですよ。立小便はわるかつたが、つい、癖だもんだから、……君は警官ぢやないでせう。

河童一 警官ぢやないが、……をかしいな。……さうか。あなたもまちがつたのだ。

女首河童 なにが?

河童一 鏡を見ましたか。

女首河童 鏡なんか見ないよ。

河童一 見てごらんなさい。

女首河童 (沼に顏をうつしに行つて)あつ、大變だ。女の首だ。

河童一 美人には美人だが、首だけぢや……

女首河童 いつたい、こりやどうなるんだ。俺は男か、女か?

河童一 わたしも弱つてるんです。わたしはあの三角帽の男にちやんとかへて貰つたんで、まちがひはなかつたんですが、わたしの惚れてゐたあの娘がゐなくなつてしまつたんです。あの娘に氣に入られたいばかりに、首をとりかへて貰つたのに、あの娘がどこに行つたかわからなくなつた。なんのためかわからないんだ。きつと、あの娘も首をとりかへたんだ。

女首河童 ひとのことなんかどうだつていい。俺はどうなるんだ。俺は男か、女か?

 

    頭をかかへて右手にかけ去る。

    入れちがひに、ひとりの婆河童出て

    來る。

 

婆首河童 ここにいらしたわ。うれし。(河童一にとびかかる)

河童一 あなたはどなたです?

婆首河童 ひどいわ、あたしよ。あたしがわからないの?

河童一 あなたのやうなお婆さんには……

婆首河童 お姿さんですつて……

河童一 (氣づく)あつ、……(慄然として、左手へ逃げだす)

婆首河童 どうして逃げるの? とうなさつたの? 待つてよ、待つてよ。

 

    追つて入る。

    ひとりの少女河童、泣きながら左手

    から出て來る。

 

少女河童 母ちやんがわからない。母ちやんがわからない。母ちやんがゐなくなつた。母ちやん、母ちやん……

 

    右手に入る。

    若い男河童、左手から出て來る。

 

男河童 僕はほんたうに幸福に思ひます。こんなうれしいことはないです。あなたのやうな美しいひとは、生まれて一度も見たことがありません。

女河童 まあ、お上手ばつかり。それはあたしの申しあげることですわ。あたし、もう、あなたのおそばにゐるだけで、太陽を仰いでゐるやうにまぶしくて……

男河童 あなたは虹です。あなたにお會ひしたとき、僕は明瞭に七色のかがやかしい色彩が、眼のなかに流れこんで來るのを感じました。もう僕の網膜にやきついたあなたの映像は、永久に消えません。永久に、さうです。永久にです。僕の申しあげる意味がおわかりでせうか。

女河童 わかりますわ。あたし、……もう、あなたのためなら……

男河童 どんなことでも聞いてくれますか。

女河童 はい。

男河童 僕は生活のあらたな勇氣がわきました。あなたとなら、どんな苦難にも耐へて、永久に、さうです。何度でもいひます。永久に、暮してゆける自信ができました。僕たちのかたい結ばれを信じてもよろしいですね。

女河童 ええ。

男河童 僕たちの戀愛は淸純です。ロミオとジュリエット、太陽と虹との絢爛(けんらん)たる結合です。なんといふすばらしいことか。僕たちは靑春をあらんかぎり滿喫するんだ。(二人、すこしづつ寄り添ふ)すべてを、あなたは許して下さいますね。

女河童 ええ。

男河童 接物も……

女河童 ええ。

男河童 それから、……あの、……あれも……

女河童 (恥かしさうに、うつむいて、うなづく)

男河童 僕は幸福で卒倒しさうです。唇がふるへて、うまく言葉が出ない。しかし、僕たらはもう餘計な言葉はいらないのだ。もはや、すべてを許しあつたのだ。(あたりを見まはし)幸ひ、ここには誰もゐない。もう、僕はがまんができない。

 

    男河童、女河童をひきよせる。兩方か

    ら、同時に、びつくりして飛びはなれ

    る。

 

男河童 (おののきながら)なんたることか。ああ、心臟が止まるやうだ。(女河童の身體を見、自分の身體をつくづく見て身ぶるひする)なんといふ老ひさらぼうた身體か。若さなんかどこにもない。乾からびた、しなびた手足、胸、腰、からからだ。うすぎたなく、ふき出ものまで出てゐる。ああ、恐しい。ぞつとする。首だけいくらとりかへても駄目だ。顏は二十歳でも身體は六官歳だ。靑春の快復なんか、どこにあるか。あの女、顏は虹のやうに美しいのに、身體は、……身體は……俺と同じだ。爺と婆だ。靑春の血などてんで湧きはしない。冷たい骸(むくろ)だ。ああ、畜生、精神と肉體の分裂だ。新しい苦惱の誕生だ。

女河童 さよなら。

 

    右手へ駈け去る。

    男河童、働突する。よろめきながら、沼に投身する。その昔。

    右手から爺河童、登場。そのあとを、婆河童、追つて來る。

 

婆河童 たうとう、見つけた。こんなとこ、うろうろしくさつて。なんちゆう不精たらしい爺さんぢやろか。(後首をつかむ)

爺河童 これこれ、なにしなさる?

婆河童 なにするもないもんぢや。わしがあれだけいひつけといたのに、どうして、胡瓜の芋葉煮(いもばに)を作りなさらん? もう出來たころと思うて、歸つてみりや、まあだ皮もむいてない。どうする氣ぢや。

爺河童 變ないひがかりつけなさんな。胡瓜の芋葉煮なんて、わしの知つたことか。

婆河童 しぶとい爺さんぢやなう。朝から五へんも六ペんも念押してあるぢやないか。知らん振りをしようとて、今日は許さん。わしばかり仕事させて、それでよう氣が安まるこつちやなう。さあ、とつとと歸つて……

爺河童 こら、離せ。どこの糞婆か知らんが、なんちゆう因念つけるか。蹴とばしてくれるぞ。

 

    そこへ右手から、一匹の婆河童來る。

    爺河童左手へ去る。婆河童同志、顏

    見あつて、しばし無言。

 

婆河童 おや、あんたはわしではないか。

婆河童 なにをいひなさる? わしがあんたであるもんか。

婆河童 いんや、あんたはわしにちがはん。わしがどこに行つたかわからんで、探しまはつとつたのに、こんなとこにをつた。さあ、あんたはわしで、わしはあんたぢやから、早う家に歸んなさい。

婆河童 わしがあんたなんて、あんたとわしがどんな關係があるか。わしはあんたなんか知らんがな。わしはわしぢやよ。

婆河童 わからんわしぢやなう。あんたはわしといふとるのに、何べんいや、わかるか。わしのことをわしが勝手にするのに、誰からも文句はいはせん。こら、わし、わしのところへ歸れ。

婆河童 わしはわしぢやが。なんの、わしがあんたぢやろか。離しておくれ。

婆河童 わしよ、わしについて來い。

 

    ぐんぐん右手へひきずつで行つてし

    まふ。

    蛙、蟬、鳥の聲。

    左右から、大勢河童が出て來て、誰

    が誰やらわからず、口口にわめきあ

    ひ、からみあひ、なぐりあひする。

    めちやめちやである。

    左右へ散つてしまつたあと、岩石の

    かげから、三角帽の河童姿をあらは

    す。退屈でたまらぬやうに、長い欠

    伸(あくび)をする。木かげから、

    醫者河童とびだす。

 

河童醫 貴樣、俺たちをたぶらかしやがつて、貴樣、ほんたうに俺たちの眷族か? 河童か? 惡魔ぢやないのか? 皿があるかないか、見せろ! その三角帽をぬいでみろ!

 

    醫者河童、帽子に手をかける。三角

    帽は抵抗しないで、岩の向かふから、

    身體を前方に曲げる。

    帽子がとりはらはれると、頭に皿は

    なく、二本の角が出る。

    その角から、もうもうと靑い煙が出

    て、舞臺中にひろがる。醫者河童、

    尻餅をつく、

[やぶちゃん注:読点はママ。]

    煙につつまれて見えなくなつたなか

    で、三角帽河童の奇妙な笑ひ聲の、

    長々しくひびくなかに。

 

                   幕

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