フォト

カテゴリー

サイト増設コンテンツ及びブログ掲載の特異点テクスト等一覧(2008年1月以降)

The Picture of Dorian Gray

  • Sans Souci
    畢竟惨めなる自身の肖像

Alice's Adventures in Wonderland

  • ふぅむ♡
    僕の三女アリスのアルバム

忘れ得ぬ人々:写真版

  • 縄文の母子像 後影
    ブログ・カテゴリの「忘れ得ぬ人々」の写真版

Exlibris Puer Eternus

  • 吾輩ハ僕ノ頗ル氣ニ入ツタ教ヘ子ノ猫デアル
    僕が立ち止まって振り向いた君のArt

SCULPTING IN TIME

  • 熊野波速玉大社牛王符
    写真帖とコレクションから

Pierre Bonnard Histoires Naturelles

  • 樹々の一家   Une famille d'arbres
    Jules Renard “Histoires Naturelles”の全挿絵 岸田国士訳本文は以下 http://yab.o.oo7.jp/haku.html

僕の視線の中のCaspar David Friedrich

  • 海辺の月の出(部分)
    1996年ドイツにて撮影

シリエトク日記写真版

  • 地の涯の岬
    2010年8月1日~5日の知床旅情(2010年8月8日~16日のブログ「シリエトク日記」他全18篇を参照されたい)

氷國絶佳瀧篇

  • Gullfoss
    2008年8月9日~18日のアイスランド瀧紀行(2008年8月19日~21日のブログ「氷國絶佳」全11篇を参照されたい)

Air de Tasmania

  • タスマニアの幸せなコバヤシチヨジ
    2007年12月23~30日 タスマニアにて (2008年1月1日及び2日のブログ「タスマニア紀行」全8篇を参照されたい)

僕の見た三丁目の夕日

  • blog-2007-7-29
    遠き日の僕の絵日記から
無料ブログはココログ

« トゥルゲーネフ「散文詩」全篇 神西清個人訳(第一次改訳) 處生訓 | トップページ | トゥルゲーネフ「散文詩」全篇 神西清個人訳(第一次改訳) マーシヤ »

2017/10/03

トゥルゲーネフ「散文詩」全篇 神西清個人訳(第一次改訳) 世の終――夢


Konoyonoowari

   世の終

     ――夢

 

 何處か、ロシヤゐ荒凉たる片隅。そこの一軒家にゐる夢を見た。

 天井の低い、だだ廣い部屋に、窓が三つ明いてゐる。壁は白く、家具は一つもない。窓の外は一面の荒野原で、次第に低まりながら、つひに眼路は極まる。灰一色の物憂い空が、天蓋さながら重く垂れてゐる。

 部屋の中には、私だけではなく、およそ十人ほどの人間がゐる。みな普段着を着た、普通の人達である。一樣に默り込んで、まるで足音を盜む樣に步き𢌞る。互ひに避け合ふ風に見えるが、そのくせ心配さうな眼を見交してゐる。

 伺故自分がこの家に居るのか、誰も知らない。自分と一緒にゐるのが何者なのか、誰も知らない。どの顏を見ても、同じ不安と憂愁の色が讀まれる。順番に窓邊に立つては外を眺める。何者かの到來を待つ樣に。

 それから、また步き𢌞る。その間を縫つて、小さな男の子が眼まぐるしく駈け𢌞つて、時折きいきい聲で喚く、「お父ちやん、怖いよう。……」

 その聲を聞くと、胸が惡くなる。この私まで怖くなる。何が怖いのか。解らないが、兎に角何か途方もなく大きな禍が、刻々に近づく豫感がする。

 子供の喚き聲は歇むかと思ふとまた起る。ああ、此處を出て行けないものか。何といふ息苦しさ鬱陶しさ、また胸苦しさ。だが出ては行けない。

 空は經帷子のやう。そよとの風もない。大氣までが死んだのか。

 不意に子供が窓に駈け寄つて、同じ泣聲で喚いた、「お父ちやん、來て御覽よ、地面が失(な)くなったよう。」

 「なに、失くなつたつて?……」本當に、つい先刻(さつき)まで家の前は平原だつたのに、いま家は身の毛もよだつ宙有にもち上つてゐる。地平は逢か下に沈み、窓の眞下には刳つた樣な絶壁が、底知れぬ岩肌を黑ずませてゐる。

 一同に窓の所に塊つた。悽愴な思ひが、皆の心臟を凍らせる。「たうとう來た、たうとうやつて來た」と、隣の男が低く呟いた。

 そして見よ、地の極まるあたり一面に、何物かか蠢きはじめた。圓い小山の樣なものが幾つも、膨れまた縮みはじめた。

 「あれは、海だ」皆が一齊にさう思つた、「もう直きに、俺たちは皆あの中に吞み込まれるのだ。」……しかし、どうしてあれが、この絶壁の上に達くほど大きくなれよう。

 しかし、見る見る中にそれは膨れ上つた。巨大な塊になつた。今はもう、別々の小山が遙かに突進して來るのではない。それは怪物めいた團々たる大濤になつて、地平を蔽ひ匿してしまつた。

 それが飛ぶやうに、此方へ押寄せる。氷の龍卷と舞ひ、地獄の闇と狂ひながら。……四邊(あたり)は一齊に震動した。押寄せる巨濤からは、雷の爆け鳴る音、千萬の咽喉を一度に衝くかと思はれる、凄じい慟哭が漏れた。

 噫、これに何といふ咆哮、また叫喚。恐怖の淵からの、大地の呻きなのだ。

 大地の斷末魔、萬物の終。

 子供の鋭い聲が、また聞えた。私は隣の男に獅嚙みつかうとした。しかし既に、轟々と鳴る氷の樣な黑濤は私達を吞込み、押潰し埋め盡した。

 闇。……永遠の闇。

 息も絶え絶えに、そのとき目が覺めた。

             一八七八年三月

 

[やぶちゃん注:「眼路」「めぢ(めじ)」と読み、「目路」とも書く。目で見通した範囲。視界。

「宙有」空中。大空。

「刳つた」「ゑぐつた(えぐった)」。

「達くほど」「とどくほど」。

「獅嚙みつかう」「しがみつかう(しがみつこう)」。]

« トゥルゲーネフ「散文詩」全篇 神西清個人訳(第一次改訳) 處生訓 | トップページ | トゥルゲーネフ「散文詩」全篇 神西清個人訳(第一次改訳) マーシヤ »