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2017/10/12

トゥルゲーネフ「散文詩」全篇 神西清個人訳(第一次改訳) エゴイスト


Ego

   エゴイスト

 

 彼には、家庭の笞になるあらゆる素質が具つてゐた。

 生れながらに健康と富とに惠まれ、長い生涯を通じて矢張り富み且つ健康であり、一遍の過失にも陷らず、一度の心の一躓きも知らず、失言もなく、未だ曾て的を射外したこともなかつた。

 その潔白さは、一點の曇もなかつた そして己れの潔白に傲つて、緣者、親友、知人の別なく、ひとしく地に踏まへた。

 彼にとつて、潔白こそは資本だつた、彼はこれから、飽くことない高利を貪つた。

 潔白は彼に、無慈悲である權利、・また道德律によつて命ぜられる善を顧みぬ權利を賦與した。從つて彼は無慈悲であり、善行を顧みなかつた。何故なら、道德律によつて強ひられるとき、善は既に善では無いからである。

 彼は自分一個のこと、かくも世の範とすべき自分のことにしか、心を勞さなかつた。そして他人が、彼に就いて心を勞すること些かでも薄いときは、本當に腹を立てた。

 それと同時に、彼は自らエゴイストだとは思つてゐず、而も何物にも增してエゴイストを非難し、エゴイズムを攻擊した。無理もない、他人のエゴイズムは、己れのそれの妨げになるからだ。

 自分の身に些かの弱さも見ぬ彼は、他人の弱さに理解を持たず、從つて少しの容赦もしなかつた。總じて彼は、何物にも亦何人にも理解を持たなかつたが、それは彼自身四方八方蟻の這出る隙もなく自我に取圍まれてゐたからである。

 彼は恕の心の何かをさへ解しなかつた.自分を恕す要を感じたことがない以上、なんで他人を恕すことが要らう。

 己れの良心の法廷、己れの心の神の面前に立つても、この驚くべき德行の畸人は、昂然と眉を上げて、はつきりと言ひ切る、「如何にも私は、立派な有德の士です。」

 死の床でも、この言葉を繰反すだらう。そして、一點の汚點、瑕瑾の跡もない石のやうな彼の心は、依然なんの動搖も覺えぬであらう。

 ああ、安價に購はれ、自足し、我執の強い美德の醜さよ。お前の厭はしさは、惡德の明らさまな醜さに比べて、勝るとも劣らない。

            一八七八年十二月

 

[やぶちゃん注:一九五八年岩波文庫刊の神西清・池田健太郎訳「散文詩」版にはこの中山版の挿絵はない。]

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