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2017/10/28

トゥルゲーネフ「散文詩」全篇 神西清個人訳(第一次改訳) 婆羅門(バラモン)


Baramon

   婆羅門(バラモン)

 

 婆羅門は、おのれの臍を見つめ、「唵(オム)」を反復誦唱して、佛性に近づく。

 しかも人のからだのうち、およそ臍ほどに佛性の薄く、現身の無常を思はせるものが、又とあらうか。

             一八八一年八月

 

[やぶちゃん注:「婆羅門」バラモン教の僧及び信徒。バラモン教については、小学館「日本大百科全書」の前田専學氏の解説を引く。『バラモン教は古代インドにおいて、仏教興起以前に、バラモン階級を中心に、ベーダ聖典に基づいて発達した、特定の開祖をもたない宗教。およそ紀元前』三『世紀ころから、バラモン教がインド土着の諸要素を吸収して大きく変貌』『して成立してくる』、『いわゆるヒンドゥー教と区別するため』、『西洋の学者が与えた呼称で、ブラフマニズムBrahmanismと称する。バラモン教(婆羅門教)はその邦訳語。バラモン教はヒンドゥー教の基盤をなしており、広義にヒンドゥー教という場合にはバラモン教をも含んでいる』紀元前千五百ン頃を『中心に、インド・アーリア人がアフガニスタンからヒンドゥー・クシ山脈を越えてインダス川流域のパンジャーブ(五河)地方に進入し、さらに東進して肥沃』『なドアープ地方を中心にバラモン文化を確立し、バラモン階級を頂点とする四階級からなる四姓制度(バルナvara)を発達させた。彼らはインドに進入する際、それ以前から長い間にわたって保持してきた宗教をインドにもちきたり、それを発展させ、進入時からおよそ前』紀元前五百年頃までの間に、「リグ・ベーダ」をはじめ、「ブラーフマナ」・「アーラニヤカ」・「ウパニシャッド」を含む膨大な根本聖典ベーダを編纂した。『その内容は複雑多様であるが、彼らが進入以前から抱いていた自然神崇拝、宗教儀礼、呪術』『から高度な哲学的思弁までも包摂している。その宗教の本質は多神教であるが』、「リグ・ベーダ」に『端を発する宇宙の唯一の根本原理の探求はウパニシャッドにおいてその頂点に達し、宇宙の唯一の根本原理としてブラフマン(梵(ぼん))が、個人存在の本体としてアートマン(我(が))が想定され、ついには両者はまったく同一であるとする梵我一如の思想が表明されるに至った。またウパニシャッドで確立された業(ごう)・輪廻』『・解脱』『の思想は、インドの思想・文化の中核となったばかりか、仏教とともにアジア諸民族に深く広い影響を与えている。ベーダの神々のなかには、帝釈天』『のように日本で崇拝されているものもある』。

「唵(オム)」原文は“«Ом!»”。現在は一般に「オーム」と表記され、アルファベットでは“om”又は“oM”と表記される(実際には“o”と“m”が同化して鼻母音化し「オーン」【õ:】と発音する)。バラモン教のみでなく、広くインドの諸宗教及びそこから派生し世界に広がった仏教諸派の中にあって神聖視される呪的な文句・聖音とされるものである。バラモン教ではベーダ聖典を誦読する前後及びマントラ(mantra:宗教儀式における賛歌・祭文・呪文を記した文献の総称)を唱えたりや祈りの前に唱えられる聖なる音である。バラモン教の思想的支えとなるウパニシャッド哲学にあっては、この聖音は宇宙の根源=ブラフマンを表すものとして瞑想時に用いられる。後の近世ヒンドゥー教にあっては、「オーム」の発音としての“a”が世界を維持する神ビシュヌを、“u” が破壊神シバを、“m”がブラフマンの人格化された創造神ブラフマーに当てられ、その「オーム」という一組の音によって三神は実は一体であること、トリムールティTrimurtiを意味する秘蹟の語とされる。なお、これは仏教の密教系にも受け継がれて「恩」(おん)として真言陀羅尼の冒頭に配されている。唐の般若訳「守護国界主陀羅尼経」にはヒンドゥー教と同様、仏の本体・属性・顕現を意味する三身を、即ち「ア」が法身(ほっしん)を、「ウ」が報身(ほうじん)を、「ム」が応身(おうじん)を指すとし、三世諸仏はこの聖音を観想ことによって全て成仏すると説かれている。

「佛性」恐らく神西は「ぶつしやう(ぶつしょう)」と仏教用語として訓じていると推定するが、これはそもそもが仏教以前の多神教であるバラモン教を素材として詠んだものである以上、「佛性」ではおかしい。原文は“божеству”で、これは広く「神仏」の意もあるが、ここはやはりロシア語の第一義の「神性(しんせい)」と訳すべきと考える。後の中山省三郎氏の訳でも『復誦することによりて神に近づく』と「神」となっている。]

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