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2017/10/14

トゥルゲーネフ「散文詩」全篇 神西清個人訳(第一次改訳) ニンフ


Ninf

   ニンフ

 

 半圓を描く、美しい山脈(やまなみ)を前に、私は佇んでゐた。綠なす若樹の森が、山の頂から麓までを隈なく蔽つてゐる。

 山脈のうへに、南方の空は靑々と澄み、太陽は中天に光の箭を弄ぶ。足もとには小流が、半ば草に埋れてさらさらと鳴る。

 ふと私は古い傳説を思ひ出した。――キリスト降誕の最初の世紀に、一艘の希臘船が、エーゲの海を渡つて行つた時のことを。……

 時は正午、風もなく穩かな日和だつたとか。……遽かに揖取の頭上にあたつて、はつきりと呼ぶ聲があつた、「汝、かの島のほとりを行くとき、高らかに呼べ。――大いなるパンは死せりと。」

 楫取は驚き畏れた。が、船が島のほとりを過ぎるとき、その聲の命じたままに呼んだ、「大いなるパンは死せり。」

 忽ち、彼の叫びびに應ずる如く、その無人の島の岸邊一帶には、激しい啜泣き、呻き、また長く尾を曳く嘆きの聲が起つた。「死せり、大いなるパンは死せり。」

 この傳説を思ひ出したとき、奇妙な考が湧いて來た。――「いま私も、何か叫んで見たらどうだらうか。」

 しかし、歡び溢れるあたりの眺めを前にしては、死を思ふ氣にはなれなかつた。で私は聲を限り叫んで見た、「甦れり、大いなるパンは甦れり。」

 すると、おおなんといふ不可思議、私の呼聲に應じて、ひろびろと半圓をなす綠の山々から親しげな笑が響き、歡びの聲、どよめきが湧き起つた。「彼は甦れり、パンは甦れり」と、若やぐ聲々が一齊にさざめいた。前方の眺めは忽ち、大空高く燃える太陽よりも明るく、草間に奏でる小流よりも愉しげに笑み崩れた。そして、忙しく地を蹴る輕い足音が聞え、綠の樹がくれに雪をあざむく輕羅や、生き生きと紅らむ裸身がちらつき始めた。……見ると樣々のニンフたち――樹のニンフ、森のニンフ、バッカスの祭尼たちが、山頂から麓の野邊めがけて、駈け下りて來る。

 その姿は、一どきに森の端々に現れた。氣崇い顏のめぐりに捲髮の房を搖り、しなやかな手に手に花束と鐃鈸を捧げ、高らかなオリンポスの笑ひを、身の動きにつれて搖りこぼしながら……

 眞先に進むのは女神で、身の丈は群を拔き、且つ一番美しい。肩には箙、手に弓、波を打つ捲毛の髮には、銀の月の利鎌がかかつてゐる。……

 ディアーナとは、貴女のことだつたのか。

 そのとき、女神は步みを止めた。從ふニンフ達もみな立止まつた。高らかな笑聲は歇んで、ひつそりとなつた。私は見た、啞のやうに默り込んだ女神の額が、忽ち死の蒼白に蔽はれるのを。足は化石したやうに佇み、なんとも言へぬ恐怖に口は明き、大きく見開いた眼は遙か遠方に注がれるのを、何を彼女は見たのだらう。何を見詰めてゐるのだらう。

 その眼の行方を追つて、私は振返つた。……

 遙か空の涯、野の盡きるあたり、キリスト教會の金の十字架が、白い鐘塔の上に一點の炎となつて燃えてゐた。この十字架を女神は見たのだ。

 私は背後に、長い嗟嘆を聞いた。その聲は琴の斷絃の響に似て、あやしく顫へる。私が眼をかへすと、既にニンフ達は消えて跡形もなかつた。……森は相變らずひろびろと綠に、ただ處々枝葉の繁みを透して、何かしら白い物影を見え隱れさせる、それはニンフたちの衣の端であつたか、谿間を這ひ上る靄であつたか、私は知らない。

 とまれ、消え失せた女神達を思つて、私の胸は悲しかつた。

            一八七八年十二月

 

[やぶちゃん注:「箭」「や」。矢。

「小流」「こながれ」。

「希臘船」「ギリシヤせん」。

「遽かに」「にはかに(にわかに)」。

「揖取」「かぢとり(かじとり)。

「甦れり」「よみがへれり(よみがえれり)」。

大いなるパンは甦れり。」

「輕羅」「けいら」。体に纏うごく薄い懸け物。

「紅らむ」「あからむ」。

「バッカスの祭尼」「祭尼」は「さいに」で巫女(みこ)のこと。バッカスBacchusは言わずもがな、ローマ神話の酒(ワイン)の神で、ギリシア神話のディオニソスDionysosに相当する。各地を遍歴して人々に葡萄の栽培を教えたが、そこから生み出される葡萄酒の酔いに象徴されるような熱狂的ディオニソス信者が現われ、特に女性の狂信的信仰者を「マイナス」(Maenad:複数形はマイナデス、ギリシャ語で「わめきたてる者」の意)と呼び、一種のトランス状態の中で踊る、その崇拝者集団を「バッカスの巫女」と呼んだ。そうした連中をイメージしつつ、それらを精霊の一種に還元した謂いであろう。

「氣崇い」「けだかい」。崇高な。

「搖り」「ゆり」。揺らし。

「鐃鈸」「ねうばち(にょうばち)」ここ小型のシンバル。

「箙」「えびら」。狩場や戦場に於いて矢を入れるための筒状の携帯具。腰に装着するもの背負い型のものがあるが、ここは後者であろう。

「利鎌」「とかま・とがま」切れ味のよい鎌。

「ディアーナ」(ラテン語:Diāna)はローマ神話に登場する狩猟・貞節と、月の女神。新月の銀の弓を手にする処女の姿が特徴。日本語では長母音記号を省略してディアナとも呼ぶ。英語読みのダイアナ(Diana)でも知られる。ギリシア神話ではアルテミスに相当する。南イタリアのカプアとローマ付近のネミ湖湖畔のアリキアを中心に崇拝されていた(以上はウィキの「ディアーナに拠る)。

「歇んで」「やんで」。止んで。]

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