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2017/10/03

トゥルゲーネフ「散文詩」全篇 神西清個人訳(第一次改訳) 阿房


Bakamono

   阿房

 

 或るところに阿房がゐた。

 永年のあひだ鼻唄まじりに暮してゐたが、そのうちに自分が到るところで、髪の毛の三本足りない呆(うつ)け者と言囃されてゐることが、段々と耳にはいる樣になつた。

 阿房は大いに悲しんで、どうしたらこの汚名を雪げようかとさまざまに心をくだいた。

 やがてふと、或る妙案がそのにぶい性根にも閃き渡つた。そこで時を移さず、實地に應用して見ることにした。

 道で行逢つた友達が、さる畫の大家を褒めちぎつた。

「笑談ぢやないぜ」と、阿房が叫んだ、「あの先生はもう夙(とう)の昔に、物置の隅に抛り込まれてるのさ。君は知らないのかい。へえ、そりや意外だ。君は時代遲れだよ。」

 友達は仰天して、忽ち阿房に同意を表した。

 「ああ今日(けふ)は、何て素晴しい本を讀んだものだ」と、別の友達が言つた。

 「冗談はやめ給へ」と、阿房が叫んだ、「よく羞しげもなく、そんなことが言へるね。ありやもう、何にもならん本さ。誰でも夙に緣を切つてゐる。え、知らなかつたつて? 時代遲れだな。」

 この友だちも仰天して、忽ち同意した。

 「あのN君は、何て得難い友人だらう」と、また別の友達が言つた、「あんな親切な男は又とあるまい。」

 「冗談も大抵にし給へ」と、阿房が叫んだ、「ありや君、札附きの不道德漢だぜ。親類中の財産を殘らず捲上げたのだ。誰一人知らぬ奴はないのに、君もよつぽど時代遲れだね。」

 その友達も仰天して同意を表し、忽ちその親友と絶交した。そんな次第で、阿房の前で何か褒めた者は、一人殘らず逆捻ぢを喰ふことになつた。

 時には、慷慨口調で附加へる、「ああ、君もやつぱり、權威盲信の徒かね。」

 「厭味な、附き合ひ惡(にく)い男だな」と、友達仲間が評判しはじめた、「しかし、何といふ鋭い頭だ。」

 「そして、何といふ辯舌だ」と、他の連中が和した。「ありや君、天才だぜ。」

 たうとう仕舞ひには或る大雜誌から、論説部長になつて呉れと賴まれた。

 そこで阿房は、その毒舌をここを先途と、萬物萬人の上に振ひはじめた。

 嘗て権威を否定した彼も、今は自ら大權威に成りすまして、一世の靑年を膝下に摺服させてゐる。

 哀れなる者よ、汝の名は靑年。別に崇拜する義理もないのに、一朝その崇拜を返上したら最後、たちまち時代遲れの汚名を着るのだ。

 腰拔千人、阿房萬歳の時世である。

             一八七八年四月

 

[やぶちゃん注:この挿絵は中山省三郎譯「散文詩」のものであるが、理由は不明ながら、一九五八年岩波文庫刊の神西清・池田健太郎訳「散文詩」には挿絵はない標題「阿房」は「阿呆」と同じで、「愚かな人」の蔑称「あはう(あほう)」である。なお、これらは当て字で、幾つかの語源説はこの漢字をもとにまことしやかなことを述べているが、実際には語源は未詳である。なお、「道で行逢つた友達が、さる畫の大家を褒めちぎつた。」の一段は底本では行頭から書かれてあるが、これは版組の誤りと断じ、一字下げとした。以下、訳者註。

『或る大雜誌 從來の刊本には『或る新聞』とある。『祖國時報』なぢ左派の大雜誌の文藝批評欄に向けた諷刺の、露骨に失するを怖れた友人らの勸告によつて、校正の際に置換へられた字が、久しくその儘になつてゐたものである。それにせよ、この一言は、發表當時種々の物議を招いた』。

これは、中山省三郎譯「散文詩」の註にも以下のようにある。

   *

・或る大雜誌:嘗ての刊本には「或る新聞」となつてゐた。これは或る種の人々や「祖國時報」など左翼の雜誌の文藝批評論に對する當こすりが目立つものとして、校正の時に置きかへられた文字が永い間その儘に放置せられてゐたのである。而も發表の頃、既に物議を釀した。

   *

私はその中山省三郎譯「散文詩」の電子化注で以下のようにオリジナルに補註した(今回、多少、手を加えた)。

   *

本詩を理解する一助になろうかと思われる事蹟を、サイト「ロシア文学」「ツルゲーネフの伝記」から引用する。本詩発表の十年程前の一八六七年、ツルゲーネフは『小説「煙」を発表、ロシアにおける全てのスラヴ主義者と、あらゆる保守的な宗教思想を攻撃した。ロシアの多くの人々は、彼がヨーロッパに身売りし』、『祖国との接触を失ったとして非難し、同年彼を訪れたドストエフスキーも、彼を母国の中傷家として攻撃し』た。また、本詩の書かれた前年、一八七七年には七年間もの『準備の末に成った小説「処女地」が発表された。これはツルゲーネフの最長の作品であり、数多い世代研究の』一『つである。今度は』一八七〇『年代のナロードニキ運動が扱われ、父親たちの無益な饒舌と空虚な理想主義に飽いた若い彼らが行動を決意するのである』。『この作品はヨーロッパではベストセラーになったものの、ロシアでは全ての派から断罪された。この不評に起因する落胆と厭世的気分は』、一八七八年に執筆したこの『「セニリア」(のち「散文詩」(Стихотворение в прозе, 1882)の題名が付けられた)という小編に反映している』とある。本詩が、まさに、そうした詩の一篇であることは疑いない。

 

「N君」原文は“N. N.”。ロシア語で匿名氏・何某を示すのか? しかし、そもそもキリル文字には“N”はない。不審。識者の御教授を乞う。

「ここを先途と」「先途」は「せんど」と濁る。多くこの「ここを先途と」「形で、勝敗・運命などの大事な分かれ目として、瀬戸際と心得て、の意で用いる。

「摺服」は「せうふく(しょうふく)」と読むが、一般的な熟語ではない。「摺」には「破る・壊す」「折り畳む」「挫(くじ)く・拉(ひし)ぐ」の意があるから、ここは折伏(しゃくぶく)して自身の配下・影響下に置く、といった意味であろう。]

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