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2017/10/07

和漢三才圖會卷第五十四 濕生類 蚰蜒(げじげじ)


Geji

げぢげぢ  入耳 蚨虶

      蜟※ 𧉀

      蛉蛩

蚰蜒

      【介知介知】

ユウ ヱン

[やぶちゃん注:「※」「虫」+「屯」。但し、東洋文庫がママ表記をして「本草綱目」に従って『蚳』と訂正注するので、訓読では、それに変えた。]

 

本綱蚰蜒墻屋爛草中最多狀如小蜈蚣而身圓不扁尾

後禿而無岐足多正黃色長寸餘死亦踡屈如環好脂油

香故入人耳及諸竅中用龍腦地龍硇砂單吹之或以香

物引之皆効

淮南子云菖蒲去蚤虱而來蛉窮蛉窮蚰蜒也【按窮蛩不同未審】

△按蚰蜒有毒如舐頭髮則毛脱昔以梶原景時比蚰蜒

 言動則入讒於耳爲害也

――――――――――――――――――――――

草鞋蟲 狀似蚰蜒而身扁亦能入人耳

 

 

げぢげぢ  入耳       蚨虶〔(ふう)〕

      蜟蚳〔(いくし)〕 𧉀蚭〔(ちじ)〕

      蛉蛩〔(れいきよう)〕

蚰蜒

      【「介知介知」。】

ユウ ヱン

 

「本綱」、蚰蜒、墻屋〔(しやうをく)〕・爛草〔(らさう)〕の中に最も多し。狀、小さき蜈蚣のごとくして、身、圓くして、扁〔(へん)〕ならず。尾の後〔(うしろ)〕、禿(は)げて岐(また)無し。足、多く、正黃色。長さ、寸餘。死すも亦、踡-屈(わだかま)りて環(わ)のごとく〔なれり〕。脂-油(あぶら)の香を好む。故に人の耳及び諸〔(もろもろ)の〕竅(あな)の中に入る。龍腦・地龍(みゝず)・硇砂〔(だうしや)〕を用ひて單〔(ひと)〕へに之れを吹く、或いは香〔(かう)〕の物を以つて之れを引く。皆、効あり。

「淮南子」に云はく、『菖蒲、蚤・虱を去れども、蛉窮〔(れいきゆう)〕を來〔(らい)〕す。』〔と〕。蛉窮は蚰蜒なり【按ずるに「窮」と「蛩」と〔は〕同からず。未だ審〔(つまびら)か)にせず〕。】。

△按ずるに、蚰蜒、毒、有り。如〔(も)〕し、頭髮を舐(ねぶ)れば、則ち、毛、脱(ぬ)ける。昔、梶原景時を以つて蚰蜒に比す。言ふこころは、動-則(やゝもす)れば、讒を耳に入れて害を爲せばなり。

――――――――――――――――――――――

草鞋蟲〔(わらぢむし)〕 狀、蚰蜒に似て、身、扁〔(ひら)〕たし。亦、能く人の耳に入る。

 

[やぶちゃん注:節足動物門多足亜門唇脚(ムカデ)綱ゲジ目 Scutigeromorpha のゲジ(通称「ゲジゲジ」)類。我々が見て忌避するそれは、ゲジ科ゲジ属ゲジ Thereuonema tuberculata(本邦に広く分布する、成虫体長が三センチメートル程度の小型種。体幹は、比較的、柔らかく、灰色の斑(まだら)を有する)、或いは、同科オオゲジ属オオゲジ Thereuopoda clunifera(本州南岸部以南に棲息する、体長七センチメートルにも達する大型種。足を広げていると、大人の掌に収まり切れないほどの大きさである。体は丈夫で、褐色で光沢がある。広く「咬まれると痛い」と言われるが、私はこれに咬まれた人を周囲に知らぬ。但し、ネット上で縦覧したところ一センチメートルほどのゲジに咬まれた(屋内であり、大きさから見ても前種であろう)という実例はあるにはあった(チクリとした痛みがあった以外には、腫れその他は生じなかったとある。彼らが積極的にヒトを攻撃することは、まず、ない。但し、彼らは広義のムカデの仲間であり、肉食性という共通性も持つので(後述)、咬毒にはムカデ毒と同一の成分が含まれている(但し、遙かに弱毒と推定される)と考えてよいから、万一、大型種に咬まれた場合はムカデに準じた処置を施すべきであるが、かなりレアな危険生物まで挙げている二〇〇三年学研刊の「学研の大図鑑」(以前にも述べたが、この本、ジャリ向けだと侮ってはいけない。何と言っても、総てにラテン語学名が附されているのである)の「危険・有毒生物」にはゲジは所収していない)。昼間は物陰や洞窟などに多数固まっていることがある)である(後述)(以上はウィキの「ゲジ」他を参考にしつつ、オリジナルに記載した)。なお、荒俣宏氏の「世界博物大図鑑 第一巻 蟲類」(一九九一年平凡社刊)の「ゲジ」の項によれば、目名の『スクティゲロモルファはギリシア語の〈ナメシ皮の楯 skytos〉と〈蛇の抜け殻 gēras〉の合成で〈楯のような抜け殻をした〉の意味』とあり、和名「ゲジ」については、柳田國男の「蟷螂考」(決定稿は昭和二(一九二七)年九月『土のいろ』発表)の中で触れたものを要約されて、『おそらく修験者や祈禱師』、『魔術師を示す〈験者〉』(げんざ・ゃ)『という言葉に由来し』、『いやな奴』・『気味の悪い存在』、『という意味で使われたのであろう』、『と述べている』とされる。ウィキの「ゲジ」によれば(前の叙述と重複する部分も敢えて載せた)、ゲジ類は『構造的にはムカデと共通する部分が多いが、足や触角が長く、体は比較的短いので、見かけは随分異なっている。移動する際もムカデのように体をくねらせず、滑るように移動する。胴体は外見上は8節に見えるが、解剖学的には16節あり、歩肢の数は15対である。触角も歩脚も細長く、体長を優に超える。特に歩脚の先端の節が笞のように伸びる。この長い歩肢と複眼や背面の大きな気門などにより徘徊生活に特化している。オオムカデ』(唇脚亜綱オオムカデ目 Scolopendromorpha)『よりは、イシムカデ』(唇脚綱イシムカデ目イシムカデ科 Lithobiids)『の類に近い』。『幼体は節や足の数が少なく、脱皮によって節や足を増やしながら成長し、2年で成熟する。寿命は56年である』。『食性は肉食で、昆虫などを捕食する。ゴキブリやカマドウマなどの天敵である。走るのが速く、樹上での待ち伏せや、低空飛行してきた飛行中のガをジャンプして捕らえるほどの高い運動性を持つ。また他のムカデと異なり、昆虫と同じような1対の複眼に似た偽複眼を有し、高い視覚性を持つ』。『鳥等の天敵に襲われると足を自切する。切れた足は暫く動くので、天敵が気を取られている間に本体は逃げる。切れた足は次の脱皮で再生する』(私は、あのバラバラになった脚が、それでも蠢いているのが、何ともムズいと感ずる)。『ゲジは全世界に分布して』おり、『日本には、ゲジとオオゲジの2種の生息が確認されている』。『夜行性で、落ち葉・石の下・土中など虫の多い屋外の物陰に生息する。屋内でも侵入生物の多い倉庫内などに住み着くことがある』。『ムカデの近縁種であるが、ムカデと違って攻撃性は低く、積極的に人を刺咬することはない』。『噛まれたとしても毒は弱く、人体に影響するほどではないが、傷口から雑菌に感染する可能性があるので、消毒するなどの注意は必要である。これはゲジに限った話ではない』。『人間にとって基本的には無害な生物であり、ゴキブリなどの衛生害虫をはじめ様々な小昆虫を捕食する。害虫を捕食する虫であるという点では「益虫」である』。『しかし』、『その異様な外見や、意外なほど速く走り回る姿に嫌悪感を持つ人は多く、餌となる虫や快適な越冬場所などを求めて家屋に侵入してくることもある。このようなことから不快害虫の扱いを受けることもある』。『特に山間部などにある温泉宿や旅館等では、宿泊客が就寝中に姿を現』わ『し、苦情や駆除の要請を受けるケースもある』。『ムカデと同じく乾燥に弱いので、部屋を乾燥させておくこと』が肝要である、とある。

 ……私は実際に小学生の頃、大船の天神山の、防空壕跡と思われる、かなり大きな洞窟を友人らと探検した折り、天井に物凄い数のオオゲジがいて、皆で泡食って走り逃げ出たの思い出す……また、若い頃、アパート住まいしていた大船の岩瀬で、夏の夕刻、家賃を払いに大家の家に行ったところ、玄関の框にまさに掌を越えるサイズのそ奴がいた。僕が蒼くなって「アッツ!」と指差した瞬間、対応していた、その大家の美人の若い浴衣の奥方が、笑いながら、「あらあら」とスリッパで一撃、いとも簡単に叩き潰したのを忘れない……何となく、ぞっとしたのは……ゲジゲジの方ではなかったことは、言うまでもない……あのアパートでは、この超巨大ゲジゲジにはポットン便所の中でも顔を突き合わせて遭遇したりした……それ以外にも、既に書いたように、室内を音立てて走る巨大ムカデと格闘したり……道に無数に転がるヒキガエルを泥の塊りと見間違えて自転車で轢いて、その叫び声にこっちが驚いて、ヒキガエルの群れの中に顔面からスライディングしたこともあった……何せ、アパートの左右には、鎌倉市の「保存樹林」と「自然保護地域」という二本の指標が麗々しくそそり立っており、前の谷戸の奥の古びた屋敷の中には、栗の木林が生い茂り、沼さえあったのである(ある夏の午前三時、気温が異様に上昇した途端、その栗林で蝉が何十のシンバルを一斉に鳴らすように鳴き出して驚かされもした)……僕は時々、そのアパートの前に佇んで、谷戸の奥を眺めながら、『「アッシャー家の崩壊」……』(エドガー・アラン・ポーEdgar Allan Poe)作(The Fall of the House of Usher 1839年))と独り呟いたのを思い出す……

 

「墻屋〔(しやうをく)〕」垣根や家屋内。

「爛草〔(らさう)〕」腐った草本類。

「扁〔(へん)〕ならず」平たくない。

「尾の後〔(うしろ)〕、禿(は)げて岐(また)無し」ゲジの体幹の後部は有意には細くならず、截ち切れたように見えることを「禿げて」と言っているものと思われる。

「正黃色」本邦産二種は、概ね、黒褐色で、赤褐色を呈する個体もあるが、まっ黄色というのは、まず、見ない。但し、幼少個体は肌色をしている(私の家には常連である)。中国産の別種(「一寸餘」とするから、小型種)か。

「脂-油(あぶら)の香を好む。故に人の耳及び諸〔(もろもろ)の〕竅(あな)の中に入る」これを読むに、人体の皮脂に誘引されて、ヒトの耳や鼻・口・肛門(ここはちょっと入れないと思うけど)等に入り込む、というのであるが、ガが耳に入って狂乱状態になったという話は昔の同僚の奥方の実例を知っており、他にゴキブリのケースも読んだことがあるが、ゲジゲジの事例は私は知らない。但し、ムカデが耳や鼻腔に侵入するというケースはかなり知っており、「耳囊 卷之四 耳中へ蚿(むかで)入りし奇法の事」にも記されてあるから、ゲジゲジが侵入してもおかしくはない。その私の注でも紹介したが、数年前のネット上で、東南アジアのさる国の婦人が、かなり以前から鼻の違和感を覚えており、専門医に診てもらったところが、鼻腔内に数年(!)に亙って数センチのムカデが寄生しており、生きたムカデが彼女の鼻腔から目出度く摘出されたというショッキングなニュースをも読んだことがある。ゾワゾワ!

「龍腦」アオイ目フタバガキ科 Dryobalanops 属リュウノウジュ Dryobalanops aromaticaの樹幹の空隙から析出される強い芳香を持ったボルネオール(borneol)。ボルネオショウノウとも呼ばれる二環式モノテルペン。ウィキの「ボルネオール」によれば、『歴史的には紀元前後にインド人が、67世紀には中国人がマレー、スマトラとの交易で、天然カンフォルの取引を行っていたという。竜脳樹はスマトラ島北西部のバルス(ファンスル)とマレー半島南東のチューマ島に産した。香気は樟脳に勝り価格も高く、樟脳は竜脳の代用品的な地位だったという。その後イスラム商人も加わって、大航海時代前から香料貿易の重要な商品であった。アラビア人は香りのほか冷気を楽しみ、葡萄・桑の実・ザクロなどの果物に混ぜ、水で冷やして食したようである』とある。

「地龍(みゝず)」ルビと漢名から見てミミズのことと読めるが、東洋文庫訳では割注で『蔓草の一種』とするのは不審。漢方で「地龍(じりゅう)」というと、ミミズの腹を裂いて、体内の内容物を除いて乾燥した生薬であり、解熱・利尿薬として用いられる。

「硇砂〔(だうしや)〕」「磠砂」とも書き、「ろしや(ろしゃ)」とも読む。塩化アンモニウム(NH4Cl。アンモニアを塩酸で中和して得られる無色の結晶。苦みを帯びた辛みがあり、水によく溶ける。天然には火山の噴出物中などに存在し、肥料や乾電池製造・鍍金(メッキ)などに使用される)の古名。但し、「磠」の字音は「ロ」である。『字形の近似から「硇」に通用させたものか』と、小学館の「大辞泉」にはある。

「單〔(ひと)〕へに」ひたすら。

「之れを吹く」これを侵入した耳などに吹き入れる。

「香〔(かう)〕の物」香りの強い物質。

を以つて之れを引く。皆、効あり。

「蛉窮〔(れいきゆう)〕」これは中文サイトでは、特定の種を指すのではなく、「耳に入り込む虫」のことを指すように読める。或いは「淮南子」の「窮」は「竅」の誤りではなかろうか? 「蛉」は蜻蛉(とんぼ)以外に「青虫」も指し、蜻蛉を翅を持つ虫や這い蠢く類に拡大するなら、それが「竅」に入り込む属性を持つとするなら、私は納得出来るのであるが。

「來〔(らい)〕す」(逆に)呼び込む。

「按ずるに「窮」と「蛩」と〔は〕同からず。未だ審〔(つまびら)か)にせず〕」は項目冒頭で出すゲジの別名「蛉蛩」との対比の中で述べている部分である。「窮」には特定生物を意味する義はない。「蛩」は既に出た通り、ヤスデを意味する。

「如〔(も)〕し、頭髮を舐(ねぶ)れば、則ち、毛、脱(ぬ)ける」これは、一つは、ゲジゲジが自切したその長い脚を髪と誤認したのではないかという仮説を私は持つ。或いは、先にゲジの特異な截たれたような尾部を「禿(は)げて」いると表現したこととの関連性も感じないではない。一種の類感呪術的な誤認伝承である。

「梶原景時」(?~正治二(一二〇〇)年)は相模国鎌倉郡梶原郷(現在の鎌倉市梶原)が本領。桓武平氏鎌倉景清の子(一説には景長の子)。治承四(一一八〇)年の「石橋山の戦い」で大庭景親に属しながら、源頼朝の危機を救い、再起した頼朝に臣従した。寿永二(一一八三)年には頼朝の命を受けて(彼が頼朝に讒言した可能性が高い)、上総広常を誅殺した。その後、源義仲や平家を追討するため、西国を転戦、元暦元(一一八四)年には播磨・美作両国の惣追捕使に任ぜられて占領地の軍政に従事した。翌年の「屋島の戦い」の際には、「逆櫓」で知られる源義経と作戦上の問題で対立し、平家滅亡後、義経を頼朝に讒訴して失脚に至らせた。弁舌に巧みで、都ぶりの教養にも富んでいた景時は、頼朝から強い信任を受け、侍所所司として御家人統制に当たったが、その強引なやり口や厳しさから御家人たちの強い反感を買った。また、権勢欲も強く、和田義盛から侍所別当の職を借りたまま返さなかったことでその一端を知ることが出来る。正治元(一一九九)年、頼朝の死後に組織された宿老会議のメンバーとなったが、同年、結城朝光を源頼家に讒言したことから、有力御家人六十六名が連署した弾劾を受けて失脚、鎌倉から追放された。その後、甲斐の武田有義を擁して謀反を企てたとされて(必ずしも断定は出来ないが、彼が鎌倉を見限って朝廷方(朝廷は頼家の影時追放を大失策と批判しており、景時に同情的であった)に活路を見出そうと京を目指した(後述)ことは強く推定出来る)、同二年一月、上洛の途中、駿河国清見関付近で、在地の武士に襲撃され(これは鎌倉方の反景時勢力の最終謀略と考えてよい)、一族とともに敗死した(以上は「朝日日本歴史人物事典」を参考にした)。彼の最期は私の北條九代記 梶原平三景時滅亡を読まれたい。

「蚰蜒に比す。言ふこころは、動-則(やゝもす)れば、讒を耳に入れて害を爲せばなり」彼が極悪人とされ、「げじげじ」の綽名を頂戴するのは、恐らく後世の時代物や浄瑠璃・歌舞伎などであろうが、この「耳に入る」説は何となく納得してしまう。別に、頼朝の信頼を笠に着て、何事も「御下知(げち・げぢ)、御下知」と威張り散らしたことに由来するという説、彼の「かげとき」の名から悪意を以って転訛したとする説もある。

「草鞋蟲〔(わらぢむし)〕」甲殻亜門軟甲(エビ)綱真軟甲亜綱フクロエビ上目等脚(ワラジムシ)目ワラジムシ亜目 Ligiamorpha 下目 Armadilloidea 上科ワラジムシ科 Porcellio 属ワラジムシ Porcellio scaber、或いはワラジムシ亜目Oniscidea の多数の種を総称する呼び名。私は既に先行する䗪(おめむし)を本種に同定している。お馴染みの同類異種であるオカダンゴムシ科カダンゴムシ属オカダンゴムシ Armadillidium vulgare)との違いなど、詳しくはそちらを参照されたい。

「能く人の耳に入る」う~ん、地べたに寝て居れば、入らぬでもないだろうが、この事例も私は聞いたことはないなぁ。]

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