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2017/10/06

和漢三才圖會卷第五十四 濕生類 蜈蚣(むかで)


Mukade

むかで   ※𧔌 蝍蛆

      天龍

蜈蚣

      【和名無加天】

ウヽ コン

[やぶちゃん注:「※」=「虫」+「蒺」。

 

本綱蜈蚣春出冬蟄身扁長背色光黒節節有足其足色

赤或黃雙鬚岐尾其腹色黃也凡性畏蜘蛛以溺射之卽

斷爛也又畏蛞蝓不敢過所行之路觸其身則死又畏蝦

蟇又雞喜食蜈蚣故人被蜈蚣毒者蛞蝓搗塗之雞屎桑

汁白鹽皆治之

蜈蚣【辛温有毒】 小兒撮口驚風等厥陰經藥也

南方有大蜈蚣丈餘能啖牛俚人然炬遂得以皮鼓肉

 曝爲脯美於牛肉

五雜俎云蜈蚣一尺以上則能飛龍畏之故常爲雷擊一

云龍欲取其珠也

△按本朝亦南方有大蜈蚣一尺有餘者多矣俗相傳曰

 蜈蚣者昆沙門天使也不知其所由

     著聞集此のすすはくらまの福にてさふらふそされはとて又むかてめすなよ 石泉法印

 

 

むかで   ※𧔌〔(しつれい)〕 蝍蛆〔(しよくそ)〕

      天龍〔(てんりよう)〕

蜈蚣

      【和名、「無加天」。】

ウヽ コン

[やぶちゃん注:「※」=「虫」+「蒺」。]

 

「本綱」、蜈蚣、春に出で、冬は蟄す。身、扁く、長く、背の色、光り、黒く、節節に足有り。其の足、色、赤く、或いは黃。雙鬚〔(さうしゆ)〕あり。岐ある尾。其の腹、色、黃なり。凡そ、性、蜘蛛を畏る。溺(ゆばり)を以つて之れを射るときは、卽ち、斷(き)れ爛(たゞ)るなり。又、蛞蝓(なめくぢ)を畏る。敢へて行く所の路を過ぎず。其の身に觸(ふ)るゝときは、則ち、死す。又、蝦蟇を畏る。又、雞〔(にはとり)〕、喜んで蜈蚣を食ふ。故に、人、蜈蚣に毒せらるる者、蛞蝓を搗きて之れに塗る。雞の屎〔(くそ)〕・桑の汁・白鹽、皆、之れを治す。

蜈蚣【辛、温。有毒。】 小兒の撮口・驚風等、厥陰經〔(けついんけい)〕の藥なり。

南方に大蜈蚣有り。丈餘。能く牛を啖(くら)ふ、俚人、炬(たいまつ)を然(とも)し、遂に得て、皮を以つて鼓に(は)り、肉を曝〔(さら)〕して脯(ほじし)と爲す。牛肉より美なり。

「五雜俎」に云はく、『蜈蚣、一尺以上あれば、則ち、能く飛ぶ。龍、之れを畏る。故に常に雷の爲に擊(う)たる。一つに云ふ、「龍、其の珠を取らんと欲するなり」〔と〕。』〔と。〕

△按ずるに、本朝にも亦、南方には大蜈蚣有り。一尺有餘の者、多し。俗に相ひ傳へて曰はく、「蜈蚣は昆沙門天の使ひなり」〔と〕。其の由る所を知らず。

 「著聞集」

 此のすずはくらまの福にてさふらふぞ

  さればとて又むかでめすなよ

               石泉法印

 

[やぶちゃん注:節足動物門 Arthropoda 多足亜門 Myriapoda ムカデ上綱 Opisthogoneata 唇脚(ムカデ)綱 Chilopoda のに属する種群の内、和名に概ね、「ムカデ」を含む、ムカデ類。かく述べたのは、ゲジ亜綱 Anamorpha の内のゲジ目 Scutigeromorpha に属するゲジ類を除くためである(ゲジは三項後に出る)。ムカデの毒成分はセロトニン・ヒスタミン及び酵素類等から成る複合毒である。私は、二センチほどの子どもに咬まれたことがあるが(瞬間、チクリとしたが、大事には至らなかった)、幸いにして成虫に咬まれた経験はない。大型種の場合は、咬まれた旧同僚の話によると、咬傷時の痛みも激烈で、死に至ることはないが、腫れはがひどく、治癒には数日かかる。なお、ムカデは概ね誰もが「百足」と書くが(流石に私も面倒なので「蜈蚣」とは書かないし、書いても読めない人の方が圧倒的に多い)、ネットのQ&Aサイトによれば、ムカデ類の脚の数は、イシムカデ目(ゲジ目の成体は15対)・オオムカデ目では21又は23対、ジムカデ目では種によって異なり、27対から37対・41対・47対などを示し。多い種は100対を超え、173対まであり、総括すると総脚数(単体換算)は変異態を除いて、30本・42本・46本・5464本・82本・94本・200本以上346本まで、とある。

とある。最後に唇脚綱の「唇」であるが、以前、私は彼らの脚を細い唇に擬えたものと思っていたが(私は無論、多足類には慄っとするくちだが、この「唇脚類」という呼称には妙に惹かれるのである)、ウィキの「によれば、『節足動物の口器は主として付属肢に由来する構造からなり、そのため左右の対をなす構造からなるが、これに口の前後に配置して前後方向に動く構造が加わる場合があり、これに唇の名が与えられる例がある。口の前にあるものを上唇(じょうしん)、後ろにあるものを下唇(かしん)といい、これらは互いに異なった』発生起源を持つ、とあるから、これが「唇」の由来と考えてよいようである。

 

 

𧔌〔(しつれい)〕」読みは東洋文庫に従った。

「蝍蛆〔(しよくそ)〕」「そくそ」とも読める。

「雙鬚〔(さうしゆ)〕」一対の触角のこと。

「岐ある尾」生物学的には、尾ではなく、曳航肢という一対の脚(あし)である。因みに、総てのムカデが持つ毒を注入する「顎」と呼ばれる一対の牙状の器官も牙ではなく、顎肢という脚の変化したものである。勘違いしている人が特に後者では多いので言い添えておく

「性、蜘蛛を畏る」相互に捕食関係にあるが、それなりの大きさの蜘蛛であれば、地上で一般的な中型のムカデ類と遭遇した場合は、身体の柔軟性が高いクモの方が有利であると思われる。

「溺(ゆばり)を以つて之れを射るときは」主語が省略されているが、クモがその小便をムカデを狙って射出した際には、の意。但し、これ、粘着度の高い糸を見誤ったものではなかろうか。

「蛞蝓(なめくぢ)を畏る」これは「蝦蟇(かへる)」で述べた「三すくみ」と関係がある、事実ではない俗説である。確かに、「本草綱目」の「蜈蚣」の項には、ここにある通り、『性、畏蛞蝓。不敢過所行之路。觸其身卽死』(性、蛞蝓を畏る。敢へて行く所の路(みち)を過ぎず。觸るれば、其の身、卽ち死す)とあるのであるが、そこの注で考察した通り、陰陽五行の相生相克理論に基づくものと私は断ずる。

「蝦蟇を畏る」ヒキガエル類の大型個体は事実、ムカデの天敵のレベルであるが、小型のカエルは簡単にムカデに捕食される

「雞〔(にはとり)〕、喜んで蜈蚣を食ふ」鷄がムカデを捕食するのは、小さな頃、鹿児島の母の実家で実際に目撃したことがある。実は鳥類にはムカデを捕食する種は稀れではない。あるネット記載では、鳥綱スズメ目ヒタキ科イソヒヨドリ属イソヒヨドリ Monticola solitarius は好んでムカデを摂餌するとあった。

「雞の屎〔(くそ)〕」東洋文庫訳が「屎」を『尿』とするのは誤読である。まあ、総排泄孔だから味噌も糞も、同じっちゃ、同じだけどね。

「白鹽」「はくえん」。粗塩(あらじほ)を精製した白い塩。

「撮口」既注であるが、再掲すると、「臍風(さいふう)」と同義語と思われる。小児科内科医の広田嘩子氏の論文「日本における臍風の記載について」(PDF)に、『臍風は撮口ともいい、現代でいう臍破傷風のことだったと思われる』とある。「臍破傷風」(恐らくは「さい/はしょうふう」と読む)は新生児の臍帯の傷からの破傷風菌(細菌(ドメイン)フィルミクテス門クロストリジウム綱クロストリジウム目クロストリジウム科クロストリジウム属クロストリジウム・ テタニ(破傷風菌)Clostridium tetani)感染によって起こる破傷風のことを指す。ウィキの「破傷風」によれば、『新生児の破傷風は、衛生管理が不十分な施設での出産の際に、新生児の臍帯の切断面を汚染し』て発症するもので、『破傷風菌は毒素として、神経毒であるテタノスパスミン』(Tetanospasmin)『と溶血毒であるテタノリジン』(Tetanolysin)『を産生する。テタノスパスミンは、脳や脊髄の運動抑制ニューロンに作用し、重症の場合は全身の強直性痙攣をひき起こす』乳幼児ではない一般的な症状では、『前駆症状として、肩が強く凝る、口が開きにくい等、舌がもつれ会話の支障をきたす、顔面の強い引き攣りなどから始ま』『(「牙関緊急」と呼ばれる開口不全、lockjaw)』り、『徐々に、喉が狭まり硬直する、歩行障害や全身の痙攣(特に強直性痙攣により、手足、背中の筋肉が硬直、全身が弓なりに反る』)『など重篤な症状が現れ、最悪の場合、激烈な全身性の痙攣発作や、脊椎骨折などを伴いながら、呼吸困難により死に至る。感染から発症までの潜伏期間は』三日から三週間で、『短いほど重症で予後不良』である。『神経毒による症状が激烈である割に、作用範囲が筋肉に留まるため意識混濁は無く鮮明である場合が多い。このため患者は、絶命に至るまで症状に苦しめられ、古来より恐れられる要因となっている』。『破傷風の死亡率は』五〇%である。成人でも一五〜六〇%、新生児に至っては八〇〜九〇%と高率である。『新生児破傷風は生存しても難聴を来すことがある』。『治療体制が整っていない地域や戦場ではさらに高い致死率を示す。日本でも戦前戦中は「ガス壊疽」などと呼ばれ恐れられていた』とある。

「驚風」複数回既出既注であるが、再掲する。一般には小児疾患で「ひきつけ」を起こす病気の称。現在の癲癇(てんかん)症や髄膜炎の類に相当する。

「厥陰經〔(けついんけい)〕」既出既注であるが、再掲する。古代中国の医学に於ける十二経絡(人体の中の気血栄衛(気や血や水などといった生きるために必要なもの。現代の代謝物質に相当)の「通り道」として考えられた導管。「経」脈は縦の脈、「絡」脈は横の脈の意)の一つ。この場合は足を流れるとする厥陰肝経(肝臓と胆嚢及び目の周囲を掌る)の不全を指すから、「厥陰病」と考えてよいか。ウィキの「厥陰病」によれば、後漢末から三国時代にかけて張仲景が編纂した知られた医学書「傷寒論」によれば、『「厥陰の病たる、気上がって心を撞き、心中疼熱し、飢えて食を欲せず、食すれば則ち吐しこれを下せば利止まず」といわれ上気して顔色は一見赤みがかっているが、下半身は冷え、咽が渇き、胸が熱く、疼み、空腹だが飲食できない。多くはやがて死に至る』とある重病である。

「丈餘」三メートルを有に超える。出会いたくないが、幸い、こんな巨大ムカデは流石に現生種ではいない。現行の世界最大種とされるのは、唇脚綱オオムカデ目オオムカデ科オオムカデ属ペルビアンジャイアントオオムカデ Scolopendra gigantea(英名:Peruvian giant yellow-leg centipede or Amazonian giant centipede英文ウィキのScolopendra giganteaに拠る)でウィキの「ペルビアンジャイアントオオムカデ」によれば、『ブラジルやペルーなどといった南米の熱帯雨林帯に生息している』。体長は通常でも二〇~三〇センチメートル、最大で四〇センチメートルを『越えるという巨大種である。頭部の色は赤で胴体はワインレッド、節目の関節の色がピンクで、脚の色が黄色という派手な体色をしているが、それは毒を持っていることを示す警告色である』。『熱帯雨林の地上層に住み、夜行性だが、場合によっては昼間も活動し、獲物を求めて木に登ることもある』。『最大のムカデだけあって小さな毒蛇を思わせる程の大きさで、首を持ち上げて威嚇する。その牙の威力も強力で、プラスチックの網などは砕いてしまうほどの威力を誇っている』。『肉食性で、獲物は昆虫類やクモやサソリ、タランチュラ、トカゲやカエルに、マウスや小鳥、時には小型のヘビまでも襲う程の獰猛さを持ち、触れた者に対しては容赦なく噛みつく』。『その毒の強さについては不明だが、体の大きさから非常に危険であるといわれている』とある。なお、You Tube でアメリカアラバマ州二〇一一年十月に発見されたとする一・七メートルの巨大ムカデ(しかも断片とする)の映像を見たが、これは大型の蛇の腐敗後の脊椎骨のようにしか、私には見えなかった。

「然(とも)し」原典の字は下の「れっか」が「火」となった字体。「點(とも)し」。

「皮を以つて鼓に(は)り、肉を曝〔(さら)〕して脯(ほじし)と爲す。牛肉より美なり」太鼓の類の皮として張り、残った肉は乾燥させて干し肉にする。その肉は牛肉より美味である、というのは流石にどう見ても、大蜈蚣じゃあなくて、大蛇でっショウ!

「龍、其の珠を取らんと欲するなり」東洋文庫の編者注に、『龍が蜈蚣の持っている珠を取ろうとするのであろうか』という意味であるが、『しかし神獸は龍の方で、従って珠をもっているのは龍の方ではないであろうか』と疑義を差し入れ、実際に本文の訳は、蜈蚣が『竜の珠を手に入れたいと思っているためである』と訳してある。全面的に同感である。

「本朝にも亦、南方には大蜈蚣有り。一尺有餘の者、多し」ややデカすぎる感があるが、唇脚綱オオムカデ目オオムカデ科オオムカデ属トビズムカデ Scolopendra subspinipes mutilans(北海道南部から沖縄に分布。体長は通常で八~十五センチメートルであるが、稀れに二十センチメートル近くに成る個体もいる。私は教職に就いた頃に借りていた鎌倉市岩瀬のアパートで有に十八センチは超えた本種の巨大個体に遭遇した。部屋の中を這う音が明らかにザザッと強烈で、お湯を沸かして洗面器に張り、長箸で摘んで投げ入れて、昇天して貰ったが(ぬるま湯でもコロリとゆく。大型個体は殺虫剤では暴れ回るだけで容易に死なないので注意されたい)、外に捨てる際に、その湯が腕にかかったところ、翌日、その部分が赤く腫れ上がった。恐るべし!(但し、咬傷は暖めると、毒成分が活性化するので注意! ムカデ毒は四十五度以上にならないと失活しない) 体色に個体変異が多く、赤い頭に黄色い足を持つ個体や、朱色の頭と足を持つ個体など、実にオゾマシいまでにカラフルである。巨大になる一因には本種の寿命が七年と節足動物では比較的長寿であることにもあろう)か、体長二十~二十五センチメートルとされる沖縄島・南大東島・北大東島・八重山諸島に棲息するオオムカデ科オオムカデ亜科タイワンオオムカデ Scolopendra morsitans となろう。

「蜈蚣は昆沙門天の使ひ」武田信玄など戦国武将が甲冑や旗指物に蜈蚣を用いたり、鉱脈探しの山師や鉱山労働者の間で蜈蚣が守り神として崇敬され、はたまた、市井でもそのデザインを金運のお守りとしたことはよく知られるところである。これに就いては、福田博通氏のサイト「神使像めぐり」の「毘沙門天の百足(むかで)」がよい。それによれば、『軍神と財宝の神である、毘沙門天のお使いがなぜ「ムカデ」なのかは不明です。百足は、「毘沙門天の教え」だともいわれます。「たくさんの足(百足)のうち、たった一足の歩調や歩く方向が違っても前に進むのに支障がでる。困難や問題に向かうには皆が心を一つにして当るようにとの教えである」とのことです(寺の説明)』。『武田信玄など戦国武将は、毘沙門天が武神で戦勝の神とされることと合わせて、そのお使いのムカデは一糸乱れず果敢に素早く前に進み、決して後ろへ退かないなどとして、武具甲冑や旗指物にムカデの図を用いたりしたとされます』。『しかし、毘沙門天が古代インドでは宝石の神とされていたことに加えて、百足は足が多いので、おあし(銭)がたくさんついて金運を呼ぶとか、商人や芸人の間では「客足、出足」が増え繁盛するなどと、人々の信仰を集めました。また、鉱山師や鍛冶師にも信仰されたとのことですが、これは、鉱脈の形や鉱山の採掘穴がムカデの姿形に似ているからともいわれます』として、信仰に纏わる種々の対象物(生態画像はないので安心してクリックされてよいと思う)の写真も豊富に貼られてある。必見! 

「著聞集」「古今著聞集」。以下は「卷第十八 飮食」にある短章「石泉法印祐性(ゆうしやう)、篠の歌を詠む事」(読みは推定)である。

   *

石泉法印祐性、鞍馬寺の別當にて、かれよりすゞをおほくまうけたるを、或人のもとへつかはすとて、よめる、

  此すゞは鞍馬の福にて候ふぞさればとてまたむかでめすなよ

   *

作者石泉法印は伝未詳。「新潮日本古典集成」(昭和六一(一九八六)年刊/西尾・小林校注)の「古今著聞集 下」の注によれば、「かれよりすゞ」とは『「枯れ縒りすず」で枯れて縒じれているようなさまの、細い筍、のことか。「すず」は小竹のこと』とある。「すず」は漢字では「篶」「篠」と書き、「篠竹(すずたけ)」(狭義にはササ類の一種である単子葉植物綱イネ科タケ亜科スズタケ属Sasamorpha borealis var. purpurascens を指すが、ここはスズダケ属 Sasamorpha の仲間としておく)の異名で、そのの筍(たけのこ)をも指す。「すずのこ」とも呼ぶ。「まうけたる」は「貰った」の意。

「此のすずはくらまの福にてさふらふぞさればとて又むかでめすなよ」整序しておくと、

 此の篶(すず)は鞍馬の福にて候ふぞさればとて又むかで召すなよ

同じく「新潮日本古典集成」の注によれば、『毘沙門天の使いと言われる白いむかでに似たこの篠の筍』(成長線の節がムカデの体節に似るからであろう)『鞍馬の山の福の物でありますぞ。といっても』(筍の皮を)『むかで(むかないで)召し上るようなことはことはなさらぬように。「むかで」に剝(むか)でと百足(むかで)とを掛けた』とある。なお、「寺社関連の豆知識」の「七福神(毘沙門天)」のページによれば、『毘沙門天を祀った鞍馬寺では、昔正月の初寅の縁日に「お福むかで」といって生きたムカデを売った。(といっても漢方薬に使ったらしい)』とあり、荒俣宏氏の「世界博物大図鑑 第一巻 蟲類」(一九九一年平凡社刊)の「ムカデ」の項にも、『京都の鞍馬地方でも』、『ムカデは毘沙門天の使いだと言って』、『殺すことを忌』み、『正月の初寅には』、『境内で生きたムカデが売られ』、『〈おあし〉が多い縁起物として商人が買っていく風習もあった』とある。売られている様子を、想像するだけで、なかなかムズムズしてくるんだが、誰もが漢方薬にしたものでもあるまい。主人が買って帰った商家の虫嫌いの子女が卒倒するさまを思うと、同情を禁じ得ぬ。

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