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2017/10/02

和漢三才圖會卷第五十四 濕生類 蝌斗(おたまじゃくし)


Otama

かへるこ  活師  活東

      玄魚  懸針

      水仙子

蝌斗

      【加閉流古】

コウテ◦ウ

 

本綱蝦蟇青鼃之子也生水中二三月鼃蟇曳腸於水際

草上纏繳如索日見黑點漸至春水時鳴以聒之則蝌斗

皆出謂之聒子所謂蝦蟇聲抱是矣其狀如河豚魚頭圓

身上青黒色始出有尾無足稍大則足生尾脱月大盡則

先生前兩足月小盡則先生後兩足崔豹云聞雷則尾脱

亦未必然凡弁其頭尾觀之有似斗形故得斗名搗泥染

髭髮甚効【取靑胡桃子上皮與蝌斗和搗爲泥染之一染不變也】

△按蝌斗處處池塘多有如上所説其如黑繩者既孚爲

 科斗尾脱足生爲小蝦蟇芒種後半寸許小蝦蟇多出

 跳阡陌者卽成長者也

 

 

かへるこ  活師  活東

      玄魚  懸針

      水仙子

蝌斗

      【「加閉流古」。】

コウテ

 

「本綱」、蝦蟇〔(かへる)〕・青鼃〔(あをかへる)〕の子なり。水中に生じ、二、三月、鼃蟇〔(あば)〕、腸(はらわた)を水際の草の上に曳(ひ)いて纏(まと)ひ繳(まと)ふこと、索(なは)のごとく、日に黑點を見る。漸く春水〔(しゆんすい)〕の時に至りて、鳴きて以つて之れを聒(み)るときは、則ち、蝌斗、皆、出づる。之れを「聒子〔(かつし)〕」と謂ふ。所謂〔(いはゆ)〕る、「蝦蟇〔(かへる)〕は聲にて抱(かへ)す」と云ふは、是れなり。其の狀、河豚魚(ふくと〔うを〕〕のごとく、頭、圓く、身の上、青黒色。始めて出るとき、尾、有りて、足、無し。稍〔(やや)〕、大なるときは、則ち、足、生じて、尾、脱す。月の大に、盡〔(つ)く〕するときは、則ち、先づ、前の兩足を生ず。月の小に盡るときは、則ち、先づ、後の兩足を生ず。崔豹が云はく、『雷を聞くときは、則ち、尾、脱す』と。〔されど、〕亦、未だ必ずしも然らず。凡そ、其の頭尾を弁(あは)せて之れを觀れば、斗〔(ひしやく)〕の形に似たること有り。故に「斗」の名を得。搗きて泥にし、髭〔(ひげ)〕・髮を染む。甚だ効あり【靑胡桃〔(あをくるみ)〕の子〔(み)〕の上皮を取り、蝌斗と和して搗き、泥と爲し、之れを染む。一染〔(いつせん)のみにて〕變らずとなり。】

△按ずるに、蝌斗、處處の池塘、多く有りて、上に説く所のごとし。其れ、黑繩〔(くろなは)〕のごとくなる者、既に孚(かへ)りて、科斗と爲〔(な)り〕、尾、脱〔(ぬ)〕け、足、生じて小蝦蟇〔(こかへる)〕と爲る。芒種の後、半寸許りの小蝦蟇、多く出でて、阡陌〔(あぜ)〕に跳(と)ぶ者は、卽ち、成長せる者なり。

 

[やぶちゃん注:両生綱無尾(カエル)目 Anura の幼生であるオタマジャクシ。現行では「蝌蚪」(音「カト」)と中国語名由来の漢字表記することが多い。生態その他はウィキの「オタマジャクシを参照されたい。上記に見るように、中国の本草学でも、幼生が有意に大きく目立ち、飼育や観察が容易であるから、卵生の湿生類の蛙の子どもの変態であることが早くから認識されていたことは幸いである。少なくとも「蝌蚪」という別個な生き物が「蛙」という別個な生物に変化するという寮庵お得意の化生説信仰からは免れていることは幸いである。

 

「腸(はらわた)を水際の草の上に曳(ひ)いて纏(まと)ひ繳(まと)ふこと、索(なは)のごとく、日に黑點を見る」「腸」という捉え方は、一見、異様に見えるが、哺乳類の出産にしても、言わば結果的にはそうした現象のように見えのであるからして、問題とするには当たらぬ。寧ろ、「日に黑點を見る」という観察を評価すべきである。

「春水〔(しゆんすい)〕」これは一般名詞で、春になって氷や雪が溶けて流れる時節を指している。

「聒(み)る」ルビはママ。この漢字(音「カツ」)は「かまびすしい・やかましい」の意であるから、後の「蝦蟇〔(かへる)〕は聲にて抱(かへ)す」で、親がその卵に向かって騒がしく鳴いて刺激することを指しているようである。にしても「みる」はピンとこない当て訓である。「よばはる」ぐらいにしたい。

「河豚魚(ふくと〔うを〕〕」「ふくと」は「河豚」の二字の脇に附されているのでかく読んでおいた。無論、かのフグである(本邦にはいないが、世界的には純粋な淡水フグもかなり棲息する。ウィキの「淡水フグなどを参照されたい)。

「月の大に」旧暦のの月(三十日)。

「盡〔(つ)く〕するときは」意味が採り難い。大の月に、最初の変態の機序が尽きる(満)て起動したその場合には、「先づ、前の兩足」が生え、そうではなく、「月の小」(二十九日)にその機序が起動した場合には「先づ、後の兩足を生ず」と読める(というかそうしか読めないと私は思う)。しかし、これは生物学的にはおかしく、御存じの通り、オタマジャクシの四肢は、まず、後肢が出て、続いて前肢が現れる

「斗〔(ひしやく)〕」杓文字(しゃもじ)。

「搗きて泥にし、髭〔(ひげ)〕・髮を染む。甚だ効あり【靑胡桃〔(あをくるみ)〕の子〔(み)〕の上皮を取り、蝌斗と和して搗き、泥と爲し、之れを染む。一染〔(いつせん)のみにて〕變らずとなり。】」この話は知らない。ちょっと腥さそうだし、何より、搗き潰すのもちょっと可哀想だ。

「芒種」既出既注。二十四節気の一つで、時間特定では現在では六月六日頃であるが、ここは「後」とあるので、次の節気である夏至(六月二十一日頃)の前日までの期間を指す。「半寸」一・五センチメートル。]

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