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2017/11/12

江戸川乱歩 孤島の鬼(17) 少年軽業師

 

   少年軽業師

 

 私は一と目見て、それが、鎌倉の海岸にいた子供の一人であることを感じた。そのことを諸戸に合図すると、彼は満足らしくうなずいて、子供のそばへ腰をおろした。私も食卓をはさんで席についた。ちょうどその時、子供は食事をおえて、書生に絵雑誌を見せてもらっていたが、私たちに気がつくと、ただニヤニヤ笑って、私たちの顔を眺めた。薄汚れた小倉の水兵服を着て、何か口をもぐもぐさせている。一見白痴のように見えて、その奥底にはなんともいえぬ陰険な相がある。

「この子は芸名を友之助(とものすけ)っていうのですよ。年は十二だそうだけれど、発育不良で小柄だから十くらいにしか見えない。それに義務教育も受けていないのです。言葉も幼稚だし、字も知らない。ただ芸が非常にうまくて、動作がリスのように敏捷なほかは、智恵のにぶい一種の低能児ですね。しかし動作や言葉に妙に秘密的なところがある。常識はひどく足りないが、そのかわりには、悪事にかけては普通人の及ばぬ畸形な感覚を持っているのかもしれない。いわゆる先天的犯罪者型に属する子供かもしれないのです。今までのところ、何を聞いても曖昧な返事しかしない。こちらのいうことがわからないような顔をしているのですよ」

 諸戸は私に予備知識を与えておいて、少年軽業師友之助の方へ向き直った。

「君、このあいだ鎌倉の海水浴へ行っていたね。あのとき、おじさんは君のすぐそばにいたのだよ。知らなかった?」

「知らねえよ。おいら、海水浴なんか行ったことねえよ」

 友之助は、白い眼で諸戸を見上げながら、ぞんざいな返事をした。

「知らないことがあるもんか。ほら、君たちが砂の中へ埋めていた、肥ったおじさんが殺されて、大騒ぎがあったじゃないか。知っているだろう」

「知るもんか。おいら、もう帰るよ」

 友之助は怒ったような顔をして、ピヨコンと立ちあがると、実際帰りそうな様子を示した。

「ばかをお言い、こんな遠い所から一人でなんか帰れやしないよ。君は道を知らないじゃないの」

「道なんか知ってらい。わからなかったらおとなに聞くばかりだい。おいら十里くらい歩いたことがあるんだから」

 諸戸は苦笑して、しばらく考えていたが、書生に命じて、例の花瓶とチョコレートの包みを持ってこさせた。

「もう少しいておくれ、おじさんがいいものをやろう。君は何が一ばん好き?」

「チョコレート」

 友之助は立ったまま、まだ怒った声で、しかし正直なところを答えた。

「チョコレートだね。ここにチョコレートがたくさんあるんだよ。君はこれがほしくないの。欲しくなかったら帰るがいいさ。帰ればこれが貰えないのだから」

 子供は、チョコレートの大きな包みを見ると、一瞬間さも嬉しそうな表情になったが、しかし強情に欲しいとはいわぬ。ただ、元の椅子に腰をおろして、だまって諸戸を睨んでいる。

「それみたまえ、君は欲しいのだろう。じやあ上げるからね、おじさんのいうこと聞かなければだめだよ。ちょっとこの花瓶をごらん。綺麗だろう。君はこれと同じ花瓶を見たことがあるね」

「ううん」

「見たことがないって。どうも君は強情だね。じやあ、それはあとにしよう。ところで、この花瓶と、君がいつもはいる足芸の壺とどちらが大きいと思う? この花瓶の方が小さいだろう。この中へはいれるかい。いくら君が芸がうまくっても、まさかこの中へははいれまいね。どうだね」

 といっても、子供がだまりこんでいるので、諸戸はさらに言葉をつづけて、

「どうだね。一つやってみないかね。ご褒美をつけよう。君がその中へうまくはいれたら、チョコレートの函を一つ上げよう。ここで食べていいんだよ。だが、気の毒だけれど、君にはとてもはいれそうもないね」

「はいれらい。きっとそれをくれるかい」

 友之助は、なんといっても子供だから、つい諸戸の術中に陥ってしまった。

 彼はいきなり七宝の花瓶に近づくと、その縁に両手をかけてヒョイと花瓶の朝顔形の口の上に飛び乗った。そして、先ず片足を先に入れ、残った足は、腰のところで二つに折ってお尻の方から、クネクネと不思議な巧みさで、花瓶の中へはいって行った。頭が隠れてしまっても、さし上げた両手が、しばらく宙にもがいていたが、やがてそれも見えなくなった。実に不思議な芸当であった。上から覗いて見ると、子供の黒い頭が、内側から栓のように、花瓶の口一ぱいに見えている。

「うまいうまい。もういいよ。じやあご褒美(ほうび)を上げるから出ておいで」

 出るのは、はいるよりむずかしいとみえて、少し手間取った。頭と肩は難なく抜けたけれど、ほいる時と同じように、足を折り曲げて、お尻を抜くのに、一ばん骨が折れた。友之助は花瓶を出てしまうと、ちょっと得意らしく微笑して、下へおりたが、別に褒美を催促するでもなく、やっぱり押しだまったまま、ジロジロと私たちの顔を眺めて突っ立っている。

「じゃ、これを上げるよ。構わないからおたべなさい」

 諸戸がチョコレートの紙箱にはいったのを渡すと、子供はそれを引ったくるようにして、無遠慮に蓋をひらき、一箇の銀紙をはがして、口にはうりこんだ。そして、さもおいしそうに、ベタベタいわせながら、眼では、諸戸の手に残っている、一ばん美しい罐入りの分を、残念そうに眺めている。彼の貰ったのが、粗末な紙箱入りなのを、はなはだ不服に思っているのだ。これらの様子によっても、チョコレートやその容器に対して、彼がまことに並々ならぬ魅力を感じていたことがわかる。

 諸戸は彼を膝の上にかけさせて、頭を撫でてやりながら、

「おいしいかい。君はいい子だね。だがね、そのチョコレートはそんなに上等のではないのだよ。この金色の罐にはいったやつは、それの十倍も美しくって、おいしいのだよ。ホラこの罐の綺麗なことをごらん。まるでおひさまみたいにキラキラ輝いているじゃないか。今度は君にこれを上げるよ。だが、君はほんとうのことをいわなければだめだ。私の尋ねることにほんとうのことをいわなければ上げることはできない。わかったかい」

 諸戸はちょうど催眠術者が暗示を与えるときのように、一語一語力をいれながら、子供にいい聞かせた。友之助は驚くはどの早さで、次から次と銀紙をはがしては、チョコレートを口に運ぶのが忙しくて、諸戸の膝から逃げようともせず、夢中でうなずいている。

「この花瓶はいつかの晩、巣鴨の古道具屋にあったのと、形も模様も同じでしょう。君は忘れはしないね。その晩にこの中へ隠れていて、真夜中時分そっとそこから抜け出し、縁の下を通ってお隣の家へ行ったことを。そこで君は何をしたんだっけな。よく寝ている人の胸のところへ、短刀を突きさしたんだね。ほら、忘れたかい。その人の枕もとに、やっぱり美しい罐入りのチョコレートがあったじゃないか。そいつを君は持ってきたじゃあないか。あのとき君が突きさしたのは、どんな人だったか覚えているかい。さあ答えてごらん」

「美しい姉やだったよ。おいら、その人の顔を忘れちゃいけないって、おどかされたんだ」

「感心感心、そういうふうに答えるものだよ。それから、君はさっき鎌倉の海岸なんか行ったことがないといったけれど、あれは噓だね。砂の中のおじさんの胸へも、短刀をつき刺したんだね」

 友之助は相変らず、たべることで夢中になっていて、この問いに対しても、無心にうなずいたが、突然何事かに気づいた様子で、非常な恐怖の表情を示した。そして、いきなり、たべかけたチョコレートの箱を投げ出すと、諸戸の膝をとびのこうとした。

「怖わがることはないよ。僕たちも君の親方の仲間なんだから、ほんとうのことをいったって、大丈夫だよ」

 諸戸はあわててそれを止めながらいった。

「親方じゃない『お父(と)つぁん』だぜ。お前も『お父つぁん』の仲間なんかい。おいら『お父つぁん』が怖くてしようがねえんだ。内証にしといてくれよ、ね」

「心配しないだって、大丈夫だよ。さあ、もう一つだけでいい、おじさんの尋ねることに答えておくれ。その『お父つぁん』は今どこにいるんだね。そして、名前はなんとかいったね。君は忘れちまったんじゃあるまいね」

「ばかいってら『お父つぁん』の名前を忘れるもんか」

「じゃいってごらん。なんといったっけな。おじさんは胴忘れしてしまったんだよ。さあいってごらん。はら、そうすれはこのお日(ひ)さまのように美しいチョコレートの罐がお前のものになるんだよ」

 この子供に対して、チョコレートの罐は、まるで魔法みたいな作用をした。彼は、ちょうどおとなたちが莫大な黄金の前には、すべての危険を顧みないのと同じに、このチョコレートの罐の魅力に何事をも忘れてしまうように見えた。彼は今にも諸戸に答えそうな様子を示した。

 その刹那、異様な物音がしたかと思うと、諸戸は「アッ」と叫んで、子供をつき離して飛びのいた。変てこな、ありそうもないことが起こったのだ。次の瞬間には、友之助はそこのジュウタンの上にころがっていた。白い水兵服の胸のところが、赤インキをこぼしたように、まっ赤に染まっていた。

「蓑浦君あぶない。ピストルだ」

 諸戸は叫んで、私をつき飛ばすように、部屋の隅へ押しやった。だが用心した第二弾は発射されなかった。たっぷり一分間、私たちはだまったまま、ぼんやりと立ちつくしていた。

 何者かが、ひらいてあった窓のそとの暗闇から、少年を沈黙させるために発砲したのである。いうまでもなく友之助の告白によって危険を感じる者の仕業であろう。ひょっとしたら、友之助のいわゆる「お父つぁん」であったかもしれない。

「警察へ知らせよう」

 諸戸はそこへ気がつくと、いきなり部屋を飛び出していったが、やがて彼の書斎から、付近の警察署を呼び出す電話の声が聞こえてきた。

 それを聞きながら、私は元の場所に立ちつくして、ふと、さっきここへくるとき見かけた、無気味な、腰のところで二つに折れたような老人の姿を思いだしていた。

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