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2017/11/01

トゥルゲニエフ作 上田敏譯 「散文詩」(抄) 處世法

 

       處世法

 

 いたく敵を窘め、またこれを害はむとまで思ひ込まばと狡獪なる老奸われに語るやう、おのれ自ら持てりと知れる缺點をもて、彼を誹るに如かず。 大に憤りて………責むるに如かじ。

 かくなさば、先づ、おのれに、さるかたの缺點なしと世に信ぜらるゝ利あり。

 つぎには、汝の憤は、佯ならずしてすむべし。………

 卽ちおのが良心の呵責を、他(ひと)に移すことを得。

 君にもし、首鼠兩端の性あらば、敵を譏りて、汝、無主義なりと、罵れ。

 君、もし心から卑屈の人ならば、嚴しく人を責めて、汝は盲從家なり………歐州文明の奴隷なり、社會主義の奴隷なりと告げよ。

 非盲從論の奴隷ぞとも、いひ得可くやと、われ口插めば、それもよからむと、くせもの點頭(うなづ)く。

 

[やぶちゃん注:意味を採り難い方は、神西清個人訳(第一次改訳) 處生訓中山省三郎譯「散文詩」の当該詩「處生訓」(二つある最初の方)を参照されたい。

「窘め」「くるしめ」。苦しめ。

「害はむ」「そこなはむ」。

「狡獪」「かうくわい」。「狡猾」に同じい。悪賢いこと・狡(ずる)く立ち回るさま。

「老奸」「らうかん(ろうかん)」邪(よこしま)で悪賢い年取り。

「誹る」「そしる」。

「憤」「いきどほり(いきどおり)」。

「佯」「いつはり(いつわり)」。偽り。

「首鼠兩端の性」「首鼠兩端」は「しゆそりやうたん(しゅそ-りょうたん)」と読み、「ぐずぐずして、どちらか一方に決めかねていること」或いは「形勢を窺い、心を決めかねている」ことの譬え。所謂、「日和見主義者」「変節者」のこと。「穴から首だけを出した鼠が外を覗って、両側をきょろきょろ見回している動作からとも、「首鼠」はもとは「首施(しゅし)」に同じで、「躊躇するさま」からともいう。「両端」は「二(ふた)心」の意味。出典は「史記」の「灌夫傳」とする。

「譏りて」「そしりて」汝、無主義なりと、罵れ。]

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